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参議院の動き

参議院70周年記念論文表彰式

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 当事者の声を伝えるために

兵庫県  兵庫県立和田山特別支援学校高等部 3年

西井 拓海

私が国会議員になったら、「障害のある当事者目線の政策」を提案したい。

障害者差別解消法が施行され、合理的配慮などが明文化されたことにより、障害者の社会参加における障壁は徐々に小さくなっている。行政機関において配慮を義務化したことで、「機会の平等」が担保されつつある。

しかしながら、これらの法を定めた立法機関である国会には、障害のある議員が少ないという。家族や近親者が障害者である議員は何人か見受けられるものの、障害当事者の立候補や選出には「見えない壁」があるのではないか。国連で障害者の権利に関する条約が起草された際のスローガンである「Nothing about us without us」は、その条約を採択している日本で守られているのだろうか。

私自身、障害者である。そのため、当事者ではない目線で「これを望んでいるだろう」といった仮定を中心とする法案は、これからの生活を勝手に決められているような感覚に陥る。障害者も一介の人間であり、他の世間一般の人と同じように参政権がある。私たちの意見がもっと反映され、障害の有無に関わらない社会を創るためには、当事者の目線から政策を提案することが必要不可欠だと考える。

私たちが当事者目線の政策を提案するためには、現在の社会に潜んでいる「偏見」を取り除かなければならない。その為には、福祉や教育、行政機関などの制度を適宜変革し、社会に多様性をもたらすべきである。そこで、私は4つの政策を考えた。

1つ目は、街づくりの改革である。これまでもバリアフリーやユニバーサルデザインの観点からの街づくりは提案されてきたが、車椅子では勾配の急なスロープや狭いエレベーターなど、当事者が使いにくい設備が散見される。予算や場所の関係で実現が難しい場所もあるだろうが、もっと障害者の社会参加が可能な街づくりを当事者目線で行えるような街を作っていく必要がある。

2つ目は、教育環境の改革である。既存の制度でも高等教育の多種化や特別支援学校におけるキャリア教育など、社会参加に対するサポート体制は整っている。しかし、一歩社会に出てしまうと教育面でのサポートは難しく、障害者が生涯学び続けることのできる環境はまだ整っていない。特別支援学校専攻科といった高等教育の在り方も模索されているが、その実践例は少ない。専攻科の拡充や大学・専門学校の門戸拡大はもちろん、障害者・健常者の区別なく、共通の目標ではなく個人の能力に即した学びができる教育制度づくりを提案する。

3つ目は、働き方の改革である。かつて、障害者は「働かない権利」という名目で社会参加が成されなかった。それが近年になって、障害者雇用や特例子会社制度によって雇用が推奨されている。しかし、それぞれの障害に対する不理解や偏見が原因となり、離職率は下がらない。それぞれの生き方に合った働き方をするために、障害のある人との接し方といった更なる理解・啓発はもちろん、既存の「身体障害者中心の雇用」を知的及び精神障害者にも更なる活躍ができるような働き方改革を提案する。

4つ目は、「障害者と健常者が議論できる場を創ること」だ。私の考える「当事者目線の政策」は、ともすれば現実的ではなく、実現が難しいかもしれない。そのうえで、私は議論の場をつくる必要性があると考える。

そもそも、偏見を抱く大きな理由が、お互いについて知らないことにある。お互いにコミュニケーションをとる機会が無ければ、当人同士は他人事であるかのように、関心を持てなくなってしまう。

私が実際に近隣の高等学校と交流を行った際、私自身も会話によってコミュニケーションの大切さを学び、相手も私に対して偏見なく接してくれているように感じた。

そこでの経験をきっかけに、議論の場があれば当事者の考えを直接伝えることができ、且つ相互理解を深めることもできると考えた。それを行うことができれば、当事者目線の政策の実現に近づく事にもつながるのである。

そこで提案するのが、教育現場での交流学習の更なる推進だ。小中学校では学校内に特別支援学級が設置されていたり、近隣の特別支援学校との交流があったりするものの、高等学校での交流学習はそう多くない。双方に教育段階で接する機会があれば、社会に出てからも偏見を抱くことは少ないのではないか。そのため、積極的な交流学習の推進が必要である。

「共生社会」という言葉がある。障害者が積極的に社会参加できる社会を指す言葉だ。我が国はそのような社会を目指しているのだが、それには制度や設備だけでなく、各人の意識を変えることが不可欠になると考える。どちらか片方だけでは不完全なものになってしまうのである。制度や設備といったハード面で生活は向上するだろうが、改革のハードルは高い。他者の意識や心といったソフト面が備わっていれば、共生社会の実現はぐっと近づくだろう。

私が国会議員になったら、そのような社会を実現するために、意識や心を変えるきっかけとなるような制度・設備を創っていきたい。それが障害者における社会参加の一歩となり、我が国をより良い方向へ変革できる一助にしていきたいと思っている。