1. トップ >
  2. 参議院の動き >
  3. 平成29年の参議院の動き >
  4. 参議院70周年記念論文表彰式

参議院の動き

参議院70周年記念論文表彰式

受賞論文一覧に戻る 


 将来の日本の一次救命処置(BLS)について考える

埼玉県  栄北高等学校 3年

小崎  瞬

私は将来、救急救命士の職に就きたいと考えており、日本の救命率(心臓疾患が原因で心肺停止となった人を一般市民が目撃してから1カ月以上生存した症例の率)を調べた。その結果5パーセント未満であることがわかった。そして、なぜ救命率が低いのかさらに調べたところ、バイスタンダーCPR(救急現場に居合わせた人が心肺蘇生法を行うこと)も低いことがわかった。つまり、バイスタンダーCPRを行う人が少ないことによって救命率も低いと考えられる。

人間の脳は2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90パーセント程度であるが、4分後になると50パーセント、5分では25パーセントとなってしまうのだ。また、呼吸が止まってから4分~6分程度で低酸素による不可逆的な状態に陥ってしまう。そのため、一刻も早く脳に酸素を送る必要がある。

例えば、2010年の救急車出動事例の中で、心原性(急激に心臓のはたらきが悪化して血圧が低下し、十分な酸素供給ができなくなることから、全身の臓器のはたらきが低下し、放置すると死に至るもの)の心臓機能停止の時点が一般市民により目撃されたもののうち一般市民による心肺蘇生が行われたものは51.3パーセントであり、その1カ月後生存率は13.8パーセント、1カ月後社会復帰率は9.1パーセントであった。一方で心肺蘇生が行われなかった場合の1カ月後生存率は9パーセント、1カ月後社会復帰率は4.9パーセントで、バイスタンダーCPRにより、1カ月後社会復帰率は1.9倍の救命率の上昇がみられている。1カ月後生存率と1カ月後社会復帰率の差は脳死も含めた神経的な後遺症である。

このようにバイスタンダーCPRが救命率に大きく携わっている。しかし、現在の日本の現状では、バイスタンダーCPRさえ低いのだ。

まず、理由として挙げられる要因として、日本の救命講習の受講率の低さが挙げられる。救命講習とは、日本の消防本部によって行われている応急処置技能認定講習で、消防局・消防本部が指導し認定する公的資格の1つである。また、普通救命講習と上級救命講習の2つの講習がある。普通救命講習では、主に心肺蘇生法や出血時の止血法の講習がある。上級救命講習では、普通救命講習の講習に傷病者管理法、外傷の手当、搬送法が加わる。

これらの講習を受け、修了することで資格が与えられる。

2010年に、消防機関において実施された救命講習受講者数は全国で148万5,863人であった。このことから、日本における救命講習率はおよそ20パーセントであることがわかる。この救命講習率の低さの背景には、消防局や消防本部のインターネットの公式ホームページや電話で予約をしなければならない。この過程を面倒に感じ、受講を拒否する人もいる。また、各地域ごとに救命講習を受講するための集会が開かれることがあるが、マンパワーの問題もあり難しい。そして、救命講習を受講した場合、普通救命講習Ⅰで約3時間、普通救命講習Ⅱで4時間、普通救命講習Ⅲで3時間と普通救命講習だけでも3種類あり、時間もそこそこかかる。その普通救命講習を受けた後に上級救命講習があり、受講時間は8時間となり、ほぼ丸1日かけて受講することとなる。そして、この資格の期限は3年間であり、3年経つとまた講習を受けなければならないのだ。

私はこの普通救命講習Ⅰ、普通救命講習Ⅱ、普通救命講習Ⅲと上級救命講習の受講に必要な所要時間の多さも問題の1つだと考える。

これらの救命講習を受講する際に出てくる問題点を減らすことで、バイスタンダーCPRも増えると考える。

2つ目に挙げられる要因として、救命講習を受講していて、資格をもっている、または、心肺停止状態の人を見つけたとしても、心肺蘇生法を実施せずに、救急隊員が現場に到着するのを待つだけで誰も助けようとしないことだ。

人命救助に必要なことはバイスタンダーCPRと救急隊員の連携である。バイスタンダーCPRが心肺蘇生法を実施し、現場に到着した救急隊員へと繋げることで、救命率が1.9倍にもなる。しかし、現状としてバイスタンダーCPRが機能することは少ない。

なぜ、このようなことが起こるのか調べたところ、2014年東京消防庁によって行われた都民へのアンケート調査により、一時救命処置を実施しない理由として「何をしたらよいのかわからないから」「かえって悪化させることが心配だから」などの意見があった。また、多くの一般市民が、応急手当に関する経験や知識の不足を理由に、一時救命処置をすることに抵抗感を抱いていることもわかった。そして、もっとも多い意見として「誤った応急手当をしてしまい責任を問われることが嫌だから」という。しかし、第31期東京消防庁救急業務懇話会答申ではこう示されている。「民事(損害賠償)責任に関しては、応急手当は基本的に法的な義務がない。第三者が他人に対して心肺蘇生法等を実施する関係であるから、民法上の「事務管理」(第697条から第702条)に該当するため、不法行為には該当しない。特に、被災者の身体に対する「急迫の危害」を逃れさせるために実施する関係であることから、「緊急事務管理」(第698条)になると考えられる。したがって、民法的に悪意または重過失がなければ、応急手当の実施者が被実施者等から責任を問われることはないと考えられる。「重過失」とは、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態(最高裁昭和32年7月9日判決民集11巻1203頁)とされており、実際上、善意で実施した応急手当の結果について、民事上責任を問われることはないと考えられている。(8訂版例解救急救助業務抜粋)

刑事責任に関しては、応急手当の実施を原因として被災者が死亡もしくは重篤化した場合、応急手当の過失が認められれば、「過失傷害罪」(刑法209条)、「過失致死罪」(刑法210条)、「業務上過失致死傷」(刑法第211条)の適用が問題となる。しかし、一般人が行う応急手当は、一般的に違法性が阻却されると考えられる。過失の有無は、「個別具体的な事例に応じて判断され、応急手当実施者に要求される注意義務が尽くされていれば、過失は成立しない」とされている。よって罪になることは非常に少ないのだ。

これらの事を多くの人が知ることができれば、バイスタンダーCPRは増加することだと私は考える。

アメリカのシアトルでは、救命率が年間平均で30パーセントから40パーセントという驚異的な数値がでている。これは、シアトルに住む約60万人の約半数が救命講習の受講者であることで、バイスタンダーと救急隊員の連携により「救命の鎖」が機能していることにより達成されている。そしてシアトルでは、善きサマリア人法という法が施行されている。これは「災難に遭ったり急病になったりした人などを救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのならば、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」という趣旨の法で、誤った対応をして訴えられたり処置を受ける恐れをなくしてバイスタンダーによる傷病者の救護を促進しようという意図があり、この法により数多くの命が救われているのだ。

したがって、私が国会議員としてやりたいことは、救命講習受講の呼びかけや、講習を受けられる受講施設の設置。そして、善きサマリア人法の立法をすることで、バイスタンダーCPRを増やすことで、より多くの人々が人命救助に携わることのできる国にすること。また、これらのことにより、日本の救命率が伸び、確実な一次救命処置のできる国になると考える。



《参考文献》

中山真樹『世界一の救命都市』(産業保健新聞、2014年8月11日)


田島典夫、田中美穂、井上保介、高橋博之、青木瑠里『日臨救医誌』(2013年、p.1)


消防庁次長『応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱』(平成5年3月30日)『東京防災救急協会』p.2