国際関係

外国議会との交流

○南アフリカ共和国全国州評議会議長の招待による同国公式訪問及び各国の政治経済事情等
視察参議院議長一行報告書

              団長 参議院議長   扇  千景
                  参議院議員   矢野  哲朗
                  同         江田  五月
                  同         魚住 裕一郎
              同行 委員部長     小幡  幹雄
                  秘書課秘書主幹 岡部  雅彦
                  議長秘書      宮﨑  一徳
                  警護官       日向   進

一、はじめに

 今回の扇議長の訪問は、南アフリカ共和国コアリ全国州評議会(上院。以下「上院」とする。)議長の招待によるものであり、両院の交流を通じて両国の友好のきずなを一層強め、相互の理解と親善関係を更に深める目的をもって行われたものである。

 日・南ア両国は、一九九二年の外交関係再開以来、広範な分野で友好関係を築いてきたが、特に本院においては、一九九四年の原議長の公式訪問を契機として、友好議員連盟による民主化支援を基軸とする交流が活発に行われる中、既に三度の南ア上院議長の公式招待がなされている。そうした経緯から本院議長の公式訪問については南ア側の強い期待が示されてきていたが、民主化十周年に当たる記念すべき年にようやく実現することとなった。

 一行は、議長に矢野自由民主党国会対策委員長、江田民主党・新緑風会議員会長、魚住公明党国会対策委員長の三議員が同行し、現地においては、コアリ上院議長、ムベキ大統領との会談等を精力的に行ったほか、イギリス、フランス両国の政治経済の現状を視察した。特に、一行が本年南アフリカに設置された全アフリカ議会(PAP)の開会式に来賓として出席したことは、政治的・経済的統合や紛争の解決と予防に向けた取組を強化しようとする全アフリカ諸国に対し、我が国の強い関心と支援強化の姿勢を明示することとなった。

二、訪問日程

議長一行は、九月十四日に日本を出発し、同月二十二日に帰国した。その日程は以下のとおりである。

 九月十四日(火) 東京発
            ロンドン着

   十五日(水) テート・モダン現代美術館及びカナリー・ワーフ地区視察
            ロンドン発

   十六日(木) ヨハネスブルグ着
            全アフリカ議会開会式出席
            ムベキ大統領との会談
            全アフリカ議会主催昼食会
            ヨハネスブルグ視察(ソウェト、ODAによる職業訓練施設等)
            マシュラング上院副議長、ムベテ下院議長との懇談
            在留邦人との懇談

   十七日(金) ヨハネスブルグ発
            ケープタウン着
            コアリ上院議長との会談
            ウィンドヴォエル上院院内総務及びオリファン筆頭委員長との懇談
            議会視察
            上院教育委員会との懇談
            歓迎晩餐会

   十八日(土) 喜望峰視察
            ケープタウン副市長との懇談
            答礼晩餐会

   十九日(日) ロベン島視察
            ケープタウン発
            ヨハネスブルグ着
            ヨハネスブルグ発

   二十日(月) パリ着
            ヴァラード上院仏日友好議員連盟会長主催夕食会

  二十一日(火) 上院公共放送インタビュー
            パリ発

  二十二日(水) 東京着

三、会談及び視察等の概要

 ○全アフリカ議会(PAP)開会式出席

 一行は九月十六日早朝、ヨハネスブルグに到着、公式訪問最初の日程として、当地で開催された全アフリカ議会の開会式に出席した。

 同議会は、アフリカ五十三か国・地域が加盟する世界最大の地域機関であるアフリカ連合(AU)の諸活動に対して民主的コントロールを行うことを目的として、本年設立されたAUの主要機関である。同議会設立を批准する四十六か国が各五名(うち最低一名は女性)の国会議員を送り、今後五年間、AUに対して諸勧告を行うが、その後は立法権限を持つことが検討されている。八月のAU首脳会議において同議会の所在地が南アフリカに決定された直後の今次会合は、議事規則、予算等の基本事項を討議、決定する重要な会議であり、ムベキ大統領の威信をかけたものとなった。

 冒頭、モンゲラ議長(タンザニア)による人権確立とアフリカ諸国の結束を訴える演説が行われたが、その中で来賓として扇議長一行が紹介され、満場の拍手を浴びた。

 引き続き各国要人が演説し、最後にムベキ大統領が、アパルトヘイトの克服など、全アフリカが同議会に夢と期待を託している旨のスピーチを行ったが、同大統領は三度にわたって扇議長の出席に言及し、日本とアフリカのパートナーシップ強化に対する双方の強い姿勢と期待を会場に訴えるものとなった。翌日のアフリカ各紙は、議長一行、インド大統領などを迎えた歴史的な同議会開会式の模様を詳報している。

○ムベキ大統領との会談

一行は、全アフリカ議会開会式終了後、同会場内でムベキ大統領との会談を行った。

 南アフリカは一九九四年、全人種参加による総選挙が実施された結果、ANC(アフリカ民族会議)が勝利、民主化がスタートしたが、同大統領は一九九九年、マンデラ初代大統領の後継者としてANC総裁から大統領に就任、本年四月に再選されている。大局的な世界観、歴史観に基づく長期的戦略を立てる人物と評され、「アフリカ・ルネッサンス」を提唱し、アフリカ自身の手による包括的開発計画であるNEPAD(アフリカ開発のための新パートナーシップ)の主導者として今後のアフリカを背負って立つリーダーの一人である。

 会談にはコアリ上院議長が同席し、まず扇議長は「日・南ア両国は、一九九二年の外交関係再開以来、首脳の相互訪問が最も盛んな国となっているが、昨年は、我が国が国連・世銀とともに推進しているTICAD(アフリカ開発会議)の第三回会議に出席するためムベキ大統領が訪日され、両国関係は一層強固なものとなった。参議院議長の南ア訪問は十年ぶりであるが、民主化達成十年、歴史的な全アフリカ議会開催、同じ女性であるコアリ上院議長の誕生などから南ア訪問を決めたものである。我が国は、TICADⅢのフォローアップとして十一月にアジア・アフリカ貿易投資会合を開催するが、今後、政治・経済両面でより緊密な関係を築くとともに、草の根・人間の安全保障基金等を通じての更なる援助も推進したい。また、二〇一〇年のサッカー・ワールドカップ大会の南ア開催決定をお祝いするとともに、我が国の経験を貴国開催に活かしていただくようできる限り協力したい。」と述べた。また、同行各議員から「我が国では与野党を問わず議会を通じても貴国の民主化を積極的に支援してきたが、改めて民主化達成をお祝いしたい。扇議長自身、日・南ア友好議員連盟会長を務めており、参議院として今後とも両国関係を強化すべく努力したい。」との発言があった。

 これに対し、ムベキ大統領は「扇議長一行の来訪を歓迎し、全アフリカ議会への出席を感謝する。議長の出席は、国連安保理常任理事国入りを目指す日本のプレゼンスをPAP議員を通じて全アフリカにアピールすることになったと思う。両国関係は政治的にも経済的にも大変良好かつ強固であり、議長に言及いただいた二〇一〇年のワールドカップに向けた協力を通じて一層強化されると信ずる。我が国は民主化からわずか十年でまだ改革の途上にあり、日本の長い民主化の歴史に大いに学びたい。」と述べた。

○コアリ上院議長との会談

 一行は九月十七日、ケープタウンの南ア議会を訪問し、コアリ上院議長と会談した。

 南ア上院は、州の利益を代表する議院であり、各州議会から選出される九十名(一州十名)で構成される。州に影響する法案(教育、安全、福祉等)は上院が先議権を有し、採決は一州一票で行われる。各州十名のうち六名は「常任議員」として会期中の出席が義務付けられるが、四名は、州首相と州首相が任命する三名の「特別議員」であり議会欠席が認められている。任期は五年である。外交、防衛等は下院(国民議会、定数四百名)が先議権を有するが、その後上院で審議されることとなる。

 また、南アの政治分野での女性進出は特筆すべきで、上下両院議長と下院副議長が女性であるほか、現在、正閣僚三十名中十二名、州首相九名中四名を女性が占めている。

 会談では、まずコアリ議長から「扇議長の来訪を心から歓迎するとともに、パンドール前議長訪日の際の温かい歓迎に感謝する。議長の来訪により両国の友好関係が一層深まることを信じている。南ア上院は、州を代表する九十名の議員で構成され、広範な分野の九つの常任委員会があって議員数が足りない実情であるが、国民の意思を反映させる素晴らしい機能を有する参議院との交流を更に深めて多くを学びたい。」とのあいさつがあったのに対し、扇議長は「民主化十周年に訪問が実現し、全アフリカ議会開会式に出席する機会を得たのもコアリ議長の御招待によるもので感謝している。一九九九年に訪問されたマンデラ大統領は、国会演説で、南アは人権差別のない平和を目指す国家であり紛争を対話によって解決したいとの強い決意を述べられたが、昨日の全アフリカ議会の南ア開催の実現はそうした努力の結果であると思う。」と答えた。

 さらに、扇議長は、南アの諸分野での女性の活躍を評価する一方、乳幼児死亡率の高さを懸念しその改善を期待する旨述べ、江田議員は「かつて英国留学の際、南アからの留学生が卒業後、母国に帰らず他国に流出していく現実を目の当たりにした。民主化の進展は喜ばしいが、昨日訪問したソウェトの現状にはいまだ悲惨なものがあり、今後とも南アの発展に協力したい。」旨、矢野議員は「今後の南アの民主化に関して両国の国会議員が協議する場が設けられることを期待する。」旨それぞれ言及した。これに対しコアリ議長は「南アの民主化後の十年は挑戦の十年であったが、今後も多くの問題に挑戦しなくてはならない。乳幼児死亡率改善は最重要課題であり保健省を中心に全力で取り組んでいる。他国への頭脳流出も依然大きな問題であり、日本の長い民主化の歴史から学ぶ勉強会等を是非設けたい。」と述べた。最後に扇議長が、我が参議院と南ア上院の相互交流が一層活発になるよう期待する旨述べ、会談を終えた。

○上院教育委員会との懇談

 アパルトヘイト制度下では黒人層の教育機会が極端に制限されていたため、民主化後、南ア政府が最も力を入れて取り組んだのが教育制度改革である。具体的には、全人種の教育の機会均等化と黒人居住区の教員の資質向上であり、年間教育予算は総予算の二十パーセントに達し黒人層の学力は徐々に向上しているものの、教師、両親、児童のHIV感染問題も深刻化しており、貧困層の学費問題など課題は山積している。

 十七日午後、南ア上院内で行われた上院教育委員会メンバーとの懇談は以下の内容である。

 トロ委員長は「扇議長一行をお迎えでき大変うれしい。教育委員会は十五人の委員構成で各州の教育問題を政治に反映させるべく努力している。民主化の十年はアパルトヘイトの長い歴史との比較ではごく短いもので、我々は教育分野でのアパルトヘイトの負の遺産になお悩まされている。第一には教師の質の問題、第二は教育設備で、地方には学校が不足し、あっても電気、トイレ、水道さえないことが多い。また、学校への交通手段も大きな問題で時には六十キロもの道のりを通う子供さえいる。国の発展には人材教育が最重要であるが、国際社会との協力は欠かせないと考えており、とりわけ日本の支援、アドバイスに期待している。」と述べた。

 一行は、扇議長が日本の教育システムについて説明した後、全寮制学校の導入、インターネット教育、学校以外の教育機能の活用などについて意見交換を行ったが、矢野、魚住両議員の「戦後日本も復興のため教育の充実を最重点にしてきたが、知識や設備を重視するあまり心の教育を置き忘れた感があり、現在は、いじめや自殺の増加に悩んでいる。是非人間的な心の面の教育も忘れないでほしい。」との発言に対し、各委員は「暗記教育だけでなく、考えるプロセスを重視する教育を目指したい。」と答え、懇談を終えた。

○ソウェト、ODAによる職業訓練施設等視察

 一行は、十六日午後、ヨハネスブルグ南西に広がる黒人居住区、ソウェトを視察した。

 アパルトヘイト時代の南アフリカでは、都市中心部に白人、その周辺に黒人の居住区を設置する強制的人種住み分けが行われていたが、ソウェトはその一つであり、マンデラ前大統領の旧住居もその一角にある。

 アパルトヘイト撤廃後も、旧体制下で確立された人種間経済格差のために居住分布は容易には変わらず、残念なことに依然ソウェト住民の生活は旧体制時代と変わらぬ状況にある。東京二十三区とほぼ同面積の地区に南アの黒人九部族の住民が密集するバラック小屋で暮らしており、その数は四百万人(南ア総人口の一割弱)と言われるが、諸外国の不法移民が増加していることからそれも定かではない。

 一行は、学校に行かない子供たちがあふれ、水や電気も満足でない住民の極貧を目の当たりにし、民主化十年を経てなお苦悩する南アの現状を実感することとなった。

 ソウェト南部のクリップタウン職訓組合は、失業等により経済的困難を抱えた地域の女性を対象にした職業訓練(服飾、カーテン等の裁縫、アクセサリー・玩具等の製作)を行い、女性の雇用、自立を促す活動を実施している。施設で使用されているミシン十五台は、我が国の草の根・人間の安全保障無償資金協力により供与されたものである。

 同施設では、同団体のインストラクター、子供たちを伴った訓練生約四十名が熱心に実習を行っており、ファクデ組合代表から、女性住民の意欲に反してミシンが絶対的に不足し、組合支部(四か所)間の連絡車輌も老朽化して危ない状態であるとの窮状を訴える説明があった。

 これに対し扇議長は、訓練生を激励するとともに、同行議員と協議し、「本施設の訓練はソウェト地区の女性の自立に大きな貢献をしているということであり、何らかの方法でミシン十台を寄贈することを検討したい。」旨述べると、施設の全員が歓喜し、歌と踊りで一行を囲む場面となった。

 扇議長の供与協力の申出に対しては、この後コアリ議長から「私自身がクリップタウン近隣の出身であり、我が国で最も不遇な状況にある女性の自立プロジェクトに対する扇議長の厚意に深く感謝する。」との表明があった。

 また、一九七六年のソウェト蜂起における少年に対する発砲死傷事件を機に国際世論は一気に反アパルトヘイトに流れることになったが、一行は、その少年の名前を冠して反アパルトヘイト運動の犠牲者を追悼するヘクター・ピーターソン記念碑に献花を行った。

○その他の日程

 以上のほか、一行は、南アにおいては、ムベテ下院議長、マシュラング上院副議長、ウィンドヴォエル上院院内総務、オリファン上院筆頭委員長、サミュエル・ケープタウン副市長などと会い懇談を行ったが、いずれも友好的な雰囲気の中、率直な意見交換が行われた。また、アパルトヘイト時代、マンデラ前大統領等が収容されたロベン島の政治犯刑務所(現在は記念館、世界遺産登録)などを視察した。

 ロンドンでは、東部テムズ河畔の旧港湾地域の再生と新たな雇用創出を促進するためサッチャー政権が着手した開発計画が進んでいるカナリー・ワーフ地区の都市再開発の状況等を視察した。

 パリにおいては、一九九二年から上院仏日友好議員連盟会長を務めるジャック・ヴァラード氏ら仏上院関係者と懇談し、両国の議会間交流を一層強化することを確認した。

 また二十一日、扇議長は仏上院公共放送局の番組「世界からの発言」のインタビューを受けた。

四、おわりに

 一行は、南アフリカ共和国上院の周到な準備と誠意ある接伴によって、順調かつ有意義に当初の日程を実施することができた。

 劇的な民主化達成から十年、今、南アフリカは全アフリカ議会の開催地となり、サッカー・ワールドカップ大会の招致も実現してアフリカ諸国のリーダーの地位を築きつつある一方、人種間の経済格差は依然大きく、貧困、三十パーセントを超える失業率、治安悪化、五百万人といわれるHIV感染者問題など、多くの解決すべき深刻な課題を抱えていることを実感した。さらに、国際社会に協力を訴える南アをはじめとするアフリカ諸国の期待は、戦後、政治的にも経済的にもゼロからの驚異的復興を成し遂げた日本に対してとりわけ大きなものがあり、一行は、今後も議会間交流を一層強化することによるアフリカ諸国への支援、協力の必要性を痛感したところである。

 最後に、コアリ南ア上院議長、ムベキ南ア大統領をはじめとする関係者の多くの温かい配慮に対し、改めて深い感謝の意を表するものである。また、在南アフリカ共和国、在英国、在フランスの各日本大使館の行き届いたサポートについても、ここに特記し、厚く御礼申し上げる。

(追記)

去る十一月二十一日、コアリ南アフリカ共和国全国州評議会議長は急逝された。当地での答礼晩餐会において扇議長が同議長の公式招待を表明したところ、同議長は大いに喜ばれ一行との日本での再会を約束していただけに、五十四歳の若さでの急逝は一行にとって大変な驚きであり、深い悲しみを禁じ得ない。

 ここに、扇議長から南アフリカ上院に発出した弔電を掲載し、一行の深甚なる哀悼の誠を捧げるものである。

 ジョイス・リサワナ・コアリ・南アフリカ共和国全国州評議会議長の突然の御逝去に接し、深甚なる哀惜の意を表します。

 去る九月、コアリ議長の御招待に応じ、民主化十周年という記念すべき年に貴国を訪問し、大歓迎を受け、またコアリ議長の御配慮により全アフリカ議会の開会式にも参加する機会を得るなど、これら感動がさめやらぬ矢先のコアリ議長の御夭折であり、痛悼の念極まりない次第です。

 コアリ議長におかれては、我が国と貴国との友好関係の更なる強化と発展のために、深厚なる御理解と御協力をいただき、ここに改めて厚く御礼申し上げるとともに、貴国の民主化の進展のために御尽力されたことに深く敬意を表します。

また、今般、貴国の地に本部が設置された全アフリカ議会が、コアリ議長の崇高なる精神を引き継ぎ、議会を通じたアフリカにおける民主主義の促進に貢献するものと確信しております。

 参議院を代表し、ここに謹んで、衷心より哀悼の意を表しますとともに、御遺族の方々に対しても、心からのお悔やみを申し上げます。

日本国参議院議長
扇  千景