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国際関係

重要事項調査

重要事項調査議員団(第二班)報告書

       団長 参議院議員   広中 和歌子
           同         阿部  正俊
           同         小野  清子
           同         木村   仁
           同         広田   一
           同         福本  潤一
       同行
           第二特別調査長首席調査員   五十嵐 吉郎
           参議院参事   大山   尚

 本議員団は、オランダ王国及び英国における経済活性化及び雇用政策に関する実情調査並びに両国の政治経済事情等視察のため、平成十七年十一月二十三日から十二月一日までの間、両国を訪問した。

 日程は次のとおりである。

 十一月二十三日(水)
  東京発
  アムステルダム着
 十一月二十四日(木)
  グリナリー社訪問
  日系企業関係者との懇談
  キヤノンヨーロッパ訪問
 十一月二十五日(金)
  社会・雇用省訪問
  ランドスタッド地域事務局訪問
 十一月二十六日(土)
  グラスハウス農業視察
 十一月二十七日(日)
  アムステルダム発
  ロンドン着
 十一月二十八日(月)
  ケンブリッジ大学訪問
  セント・ジョーンズ・イノベーション・センター訪問
 十一月二十九日(火)
  ノース・イースト・ロンドン・カレッジ訪問
  トッテナム・コネクションズ・センター訪問
  ケストン・ロード・コミュニティ・センター訪問
 十一月三十日(水)
  英国議会訪問
  ロンドン発(機中泊)
 十二月一日(木)
  東京着

 オランダ王国においては、地域経済の活性化の観点から、先進的な農業の実情、オランダの四大都市(アムステルダム、ロッテルダム、ハーグ、ユトレヒト)とその周辺地域であるランドスタッドにおける地域的な連携の実情等について、また、雇用政策については、パートタイム労働等多様な働き方に係る政策、実情等について調査を行った。

 英国においては、経済活性化に関係して、ケンブリッジ大学における産学連携、ケンブリッジ地域のサイエンス・パークの実情等について、また、雇用政策については、若年者雇用に関係して、職業訓練、若年者就業支援組織であるコネクションズの実情等について調査を行った。

 以下、訪問順にその概要を報告する。

一 オランダ王国

1 グリナリー社

 グリナリー社は、千八百の農家による組合であるVTN(オランダ青果物生産者組合)の下に、その生産する青果物を取り扱う卸売企業である。この分野のヨーロッパにおけるリーディング企業として、ヨーロッパのみならず、北米、中東、日本などアジアにも出荷し、取引相手国は六十か国以上に及んでいる。一九九六年、冬季温暖で労賃も安い南欧諸国との厳しい競争に対応するために、九つの野菜・果物の卸売市場が合併し、設立された。年間売上高は約十七億ユーロ、従業員数は約千八百人である。

 グリナリー社においては、まず同社の広大な施設における定温管理、自動選別、パック詰め、こん包などの過程を視察した。赤、黄、緑のパプリカが彩り豊かに袋詰めされ、また、大手顧客に対するパック詰め作業では、相手方の値札シールの貼付まで行い出荷する。なお、選別により約一〇%が農家に返品される。

 その後、次のような説明を聴取した。

 「グリナリー社のビジョンは、顧客から選択してもらえる供給者となることであり、そのために重要なことが四つある。それは、(1)需要によって動くこと、(2)顧客の要望を受け入れること、(3)コスト削減、効率性の観点から流通経路が短いこと、(4)様々なイノベーションが必要であること、である。グリナリー社は、VTNの下にある。千八百の農家は地域ごとにグループ化されて委員会が設置され、その中から理事が選ばれる。理事会では、戦略、予算などが話し合われる。七人の理事、三人のスーパーバイザーがおり、スーパーバイザーがグリナリー社を監督している。」

 派遣議員からの「VTN及びグリナリー社の法人格」についての質問に対し、「VTNはオランダ独特のコーポレーションの法律に 拠っており、グリナリー社はVTNが株主の一般の会社である。」旨の回答が、「魚を扱う同様のシステムの有無」については、「同様のシステムが存在する。」旨の回答が、「日本向けの青果物とオランダで販売される青果物の違い」については、「オランダでは天敵による害虫の駆除を行っているが、日本向けには化学薬品による駆除を行ってほしいとの要請がある。」旨の回答があった。

2 日系企業関係者との懇談

 大槻紀夫在オランダ日本商工会議所会頭外四名の役員と懇談会を行い、「オランダの立地条件の優位性」「オランダの外国資本への対応」「EU誕生による経済環境の変化」「EUの金融行政」「オランダのパートタイム労働の実情」等について意見を交換した。

3 キヤノンヨーロッパ

 キヤノンヨーロッパは、キヤノン株式会社の子会社であり、ヨーロッパ、アフリカ、中近東における販売・マーケティングに関する統括会社として一九八二年に設立された。売上高は六十九億四千九百万ユーロ、従業員数は六百五十二名(うち日本人出向者七十九名)である。

 同社においては、オランダにおけるパートタイム労働の実情等について、同社副社長伊藤明男氏及び人事部長ベティ・ローェディンクホルダー氏から、次のような説明を聴取した。

 「雇用者はパートタイム労働を希望することができ、使用者が拒否するには重要で避けられない理由が必要である。裁判では使用者はすべて敗訴している。夫婦共働きの場合、男性はフルタイム労働、女性はパートタイム労働が多いが、夫婦共パートタイム労働の割合も二〇〇三年で五%に増加しており、今後も増加すると考えられる。パートタイム労働の長所には、使用者にとっては、融通が利くこと、週の労働日を四日にすると生産性が上がることなどがあり、雇用者にとっては職を見つけやすいことなどがある。一方、短所としては、引継ぎに時間が掛かること、コストが掛かることなどがある。また、パートタイム労働は低いレベルに多いが、そのレベルの仕事は少なくなってきている。」

 派遣議員からの「経営側としての労働法制等に対する認識」についての質問に対し、「それほど意識していない。パートタイム労働については仕事の内容、質によって適、不適があり、内部で完結する仕事に向いている。」旨の回答が、「雇用者がパートタイム労働からフルタイム労働への転換を希望した場合の対応」については、「会社側がそのような仕事がないことを証明しなければ、認めなければならない。」旨の回答が、「会社側の都合で週の勤務日数を三日とすること」については、「使用者と雇用者の契約であり、使用者の都合ではできない。」旨の回答があった。

4 社会・雇用省

 社会・雇用省を訪問し、産業関係局長で労働とケアに関する政策担当者であるH.J.グローネンディック氏から、次のような説明を聴取した。

 「八〇年代後半から政府として労働とケアの両立を促進し、女性の労働市場への参入が進んだ。一番大きな影響を与えたのは、パートタイム労働である。パートタイム労働者にもフルタイム労働者と同じ権利が保障されている。現在、大部分の女性が週三十五時間以内の労働を行っており、教育レベルの高い女性は二十時間以上働き、低い女性は労働時間が短いという傾向がある。週三十五時間以上の労働を行う女性は、子供のいない女性がほとんどである。雇用者全体の四一%がパートタイム労働であり、女性では七四%に達する。男性では二二%であるが、ほとんどが学生か退職前の者である。子供のいる家庭では男性がフルタイム労働、女性がパートタイム労働という形が多い。労働時間調整法によって、十人以上を雇用する企業に一年以上勤務している雇用者は、会社側が損害のあることを証明できない限り、労働時間を長くも短くもできる。長くするためには、ポストと予算がなければならず、『ソーシャル・パートナー』と呼ばれる使用者と雇用者との間で決められる必要がある。パートタイム労働では、家庭や個人の状況に合った労働時間を決めることができるため、生活のバランス、家事に対する男女間のバランスがとれるようになる。特に子供のいる女性にとっては、働きながら、十分に子供のケアのための時間を取ることが可能になった。ヨーロッパ全体を対象とした調査ではオランダ人の生活の満足度が高かった。女性が働きに出ることによって、女性の仕事が増えたという事実もある。一方、パートタイム労働の短所としては、十分な賃金を受け取れないこと、労働力が不足することがある。高齢化が進むとともに、今後大量退職が始まるが、社会保障のレベルを一定に保つためには十分な労働力が必要であり、政府としては、政策によりパートタイム労働の労働時間を増やすことを奨励していかなければならない。」

 派遣議員からの「パートタイム労働により生産性が上がるとの指摘があること」についての質問に対し、「個人的には集中できるため生産性が高くなり得ると考えるが、学問的には証明されていない。分野によっても異なるであろう。」旨の回答が、「同じだとするフルタイム労働者とパートタイム労働者の権利の具体例」については、「報酬や経費、託児所の費用、社内の教育訓練、社会保障などすべてフルタイム労働者に与えられているものは、同様にパートタイム労働者にも与えられなければならない。」旨の回答が、「社会保険の保険料と給付」については、「保険料は給与に比例し、給付には差がない。」旨の回答が、「フルタイム労働者がパートタイム労働を希望する際の理由の必要性」については、「権利であるため理由は要らない。」旨の回答が、「パートタイム労働が奨励された理由」については、「八〇年代に経済が停滞し、雇用対策として奨励された。その後広く認知され、現状では、第一子が生まれるとパートタイム労働に移り、子供が大きくなっても、フルタイム労働には戻らないことが多い。」旨の回答が、「パートタイム労働を続けることによるキャリアへの影響」については、「組織の中で上に行けば行くほどフルタイムで働く必要が出て来るため、一定の地位までは上がれるが、それ以上は上がれず、『ガラスの天井』と言われている。高い地位の女性は子供がいないか、子供が大きな者である。男性はパートタイム労働を希望せず、大部分の家庭は、男性はフルタイム労働、女性はパートタイム労働である。」旨の回答が、「パートタイム労働の労働効率」については、「分野によって異なる。パートタイム労働者が多いのは、教育、医療、政府機関、サービス業等であり、建設業、貿易関係は少ない。」旨の回答があった。

5 ランドスタッド地域事務局

 ランドスタッドは、フルーネ・ハルトと呼ばれる開発を制限されている緑地帯をオランダの四大都市(アムステルダム、ロッテルダム、ハーグ、ユトレヒト)と周辺の市町村で取り囲んだ環状地域であり、オランダの総面積の二五%を占め、総人口の約半分の七百万人の人口を抱える。オランダの行政構造は国・州・市であるが、「ランドスタッド地域」は、二〇〇二年に設立され、この地域の広域的な政策調整を行っている。

 事務局長のハンス・ブルッケル氏から、次のような説明があった。

 「ランドスタッド地域は四州、四都市及び近隣の四地域の十二の地方政府による、この地域を代表する組織である。ヨーロッパにおける経済的な競争力を高めると同時に、住みやすい地域を作ることを目的に、国土計画的な分野、経済的な分野について域内の政策調整を行っている。十二の地方政府が協議し、コンセンサスを得つつ進めていくが、協力体制の弱点はリーダーがいないことである。中央政府とは年に三、四回話合いの場を設けている。経済的戦略としては、二〇一五年に地域としてヨーロッパ内の五位に入ることを目標としている。これまでは絞りきれていなかったが、来年からは、特に(1)国際的なプロモーション、(2)後背地域の道路・鉄道の接続、(3)スキポール空港、(4)OECDの地域評価、(5)水の管理、(6)フルーネ・ハルトの開発、(7)インフラの集約的整備、(8)EUとの関係、を取り上げたい。」

 派遣議員からの「国内の他地域における同様の活動の有無」についての質問に対し、「他の地域でも協力的な活動が行われている。」旨の回答が、「ランドスタッド地域の法人格」については、「パブリック・コーポレーション・ローという特別な法律に拠っており、十二団体の拠出金で運営されている。」旨の回答が、「各地方政府の広域的な計画への対応」については、「難しい面があるが、ヨーロッパの他地域との違いを示すことによって推進を図っている。」旨の回答が、「ランドスタッド地域設立による変化」については、「設立して間がなく、これまではビジョンの策定に力を入れてきており、これから実行していかなければならない。」旨の回答が、「ランドスタッド地域とEUの関係」については、「EUの政策に意見を反映させるため、ブリュッセルに事務所を置いており、EUでは地域が重要視されている。」旨の回答があった。

6 グラスハウス農業

 一九八〇年代以降、ロックウール(岩石を原料とする繊維)耕による青果物や花きの栽培が盛んになるとともに、栽培のためのグラスハウス(温室)も大規模化し、またコンピュータによる管理等先進的な農業が行われるようになった。このようなグラスハウス農業を視察するため、パプリカ生産者及びその近隣のトマト生産者を訪問した。

 パプリカ栽培のグラスハウスは、苗木の段階であり、トマト栽培のグラスハウスは、収穫の最後の時期であった。農場は、温度管理や培養液の管理などの育成段階から収穫段階まで、様々な工夫がなされ、生産がシステム化されていた。パプリカ生産者から派遣議員の質問に応じ、次のような説明がなされた。

 「グラスハウスは、一棟が幅八十メートル、長さ二百メートル、高さ四メートル七十五センチである。天然ガスによるボイラーで温水を循環させており、全部で五ヘクタール所有している。農場は、五百五十万ユーロを銀行から借り入れ、父から購入した。相続税が高く、買い取る必要がある。個人会社であり、従業員は十一人、三月から九月までの期間は臨時に八人を雇う。売上高は約百八十万ユーロ、利益は約十万ユーロであるが、パプリカの値段が変動するため、毎年変化する。オレンジ色のパプリカだけを生産している。作物を変えるためには設備投資が必要であり、その際は減価償却もあるため、五年間は同一作物を生産する必要がある。パプリカはグリナリー社に納入する。後継者がいない場合には、農場を売却することになろう。」

二 英国

1 ケンブリッジ大学

 ケンブリッジ地域は、ケンブリッジ大学を中核とした産学連携が進められたことにより、多くのハイテク企業が生まれるなど「ケンブリッジ現象」と呼ばれる状況が起こり、現在もハイテク・クラスターとして成長している。

 ケンブリッジ大学では、産学連携の窓口であるリサーチ・サービス・ディビジョン及びジャッジ・ビジネススクールを訪問した。

(1)リサーチ・サービス・ディビジョン

 パートナーシップ・グループ長代理のカレン・スミス氏から、次のような説明を聴取した。

 「ケンブリッジ大学は科学と人文の分野に強みを持ち、また、カレッジシステムという独特の組織によって活発な人的交流が行われており、そこから革新的なアイデアが生まれる。一九七〇年代から産学連携に取り組み、様々な組織が設立されている。ケンブリッジ大学の周辺には多くのハイテク企業が立地しており、EUのキャピタル・ベンチャーのための資金の八から一〇%がこの地域に与えられている。大学の二〇〇三年度の研究費は二億五千五百万ポンドであり、毎年増加している。二〇〇三年九月からは、『コーポレート・リエゾン・プログラム』という会員制のサービスを提供しており、日本企業ともパートナーシップ契約を結んでいる。」

 派遣議員からの「誰も相手にしないような研究に対する研究費の有無」についての質問に対し、「リサーチカウンセルに少額であるがそのようなものに対する研究費がある。」旨の回答が、「アメリカの大学と比較したケンブリッジ大学の取組」については、「マサチューセッツ工科大学でも長い間産学連携を行っており参考にしたが、そのままではなく、英国の伝統文化に即したものにして取り入れた。」旨の回答が、「教員が個人的に企業と関係を持つこと」については、「自由だが、相手方の名称だけは伝えてもらう。」旨の回答があった。

(2)ジャッジ・ビジネススクール

 ジャッジ・ビジネススクールでは、同スクール、ケンブリッジ・エンタープライズ及び起業家教育センターについて、説明を聴取した。

 ケンブリッジ・エンタープライズは、「ケンブリッジ大学で生まれた構想、発明、ビジネスコンセプトを商業化する際の支援を行い、国内経済に寄与するとともに、研究者、ひいては大学の研究及び教育にその恩恵を還元できるようにする。」ことを目的とし、技術等の商業化のための活動を行っている。大学内の起業家教育事業の予算を持ち、その責任者はジャッジ・ビジネススクールの起業家教育委員会の委員長を兼務している。また、起業家教育センターはジャッジ・ビジネススクールに属し、大学生、大学院生を対象に各種起業家プログラムを提供している。

 ジャッジ・ビジネススクールの経営科学部門の責任者であるダニー・ラルフ氏から、次のような説明を聴取した。

 「ジャッジ・ビジネススクールは比較的新しい部門であり、エグゼクティブのための教育を行うとともに、MBAのコースを有している。エグゼクティブ教育は、幾つかのプログラムがあるが、それは、伝統的な講義ではなく、それぞれの顧客に対応したものであり、その会社におけるエグゼクティブ教育を戦略的に変えていこうとするものである。クライアントとの関係を緊密にし、何がその会社にとって重要なのかを調べ、様々なトピックスを取り上げる。」

 派遣委員からの「企業に対するアプローチ方法」についての質問に対し、「企業のトップレベルにアプローチする。具体的なことを話さなくとも、ケンブリッジというブランドでドアは開く。」旨の回答が、「競争相手」については、「米国ではなく、英国内、ヨーロッパ内のビジネススクールである。」旨の回答があった。

 次いで、起業家教育センターのシャイレンドラ・ブロカルナム氏及びケンブリッジ・エンタープライズのシャーリー・ジェミーソン氏から、次のような説明を聴取した。

 「政府からの大学に対する助成が減少する一方、起業に多額の助成がなされたこと、また、政府からの助成の減少に対し、産業界との連携により対処する必要があったことから、大学が起業にかかわることが奨励された。ケンブリッジ大学には起業家教育センターとケンブリッジ・エンタープライズの二つの柱がある。センターには学部内と学部を超えて行う三十のプログラムがあり、年間二千から二千五百人の学生が学んでいる。今の学生は、大会社に入って一生働けるとは思っておらず、学生が自分で起業したいという意識を持つような教育を行っている。ケンブリッジ・エンタープライズの活動は、一つはライセンスに関わること、今一つは起業にかかわることである。社会のことと経済活性化を大学のことに優先して考えている。このような活動が、ヨーロッパ最大のバイオテクノロジーのクラスターを形成し、ITとソフトウェアについてはもっと大きなクラスターを生むことになった。」

 派遣議員からの「知的所有権の所在」についての質問に対し、「大学が所有し、収入は研究者や部門等に配分される。」旨の回答が、「産学連携が進んだ理由」については、「個人的には政府からの資金が減ったためと考えている。」旨の回答があった。

2 セント・ジョーンズ・イノベーション・センター

 セント・ジョーンズ・イノベーション・センターは、ケンブリッジにおける最大規模のサイエンスパークであり、新規事業の支援を柱に、技術情報の提供、資金調達支援などを行っている。

 同社社長のウオルター・ヘリオット氏から、次のような説明を聴取した。

 「二十五年前、ケンブリッジには二十のハイテクビジネスしかなかったが、近年では、千五百近いハイテクビジネスにより五万人の雇用を生み出している。一九八七年、セント・ジョーンズ・カレッジによって技術等の商業化を支援するため、当センターが設立された。イノベーション・センターとは、定義によれば、(1)建物があること、(2)入居、退去が簡単で一定期間入居が保証されていること、(3)ビジネス支援を行っていること、(4)大学と緊密な活動を行いビジネスの初期の段階に焦点を当てていること、の四つが必要である。当センターのテナント用スペースは五万平方メートルで六十社が入居しており、過去五年間の入居率は九〇%である。施設に対する政府からの補助はないが、事業への補助はある。今、英国には二百のインキュベーターやイノベーション・センターがあり、ヨーロッパにも多数ある。ヨーロッパモデルの特徴は、政府からの支援が多く、雇用創出に重点があることであり、一方、英国モデルの特徴は、政府の支援は少なく、富を生み出すことに重点があることである。」

 派遣議員からの「起業の支援に果たす金融業の役割」についての質問に対し、「銀行等はいわゆる金融商品の開発等に注力しており、個別の企業を育てることは行っていない。」旨の回答が、「センターを設立する権限」については、「各カレッジに与えられている。」旨の回答があった。

3 ノース・イースト・ロンドン・カレッジ、トッテナム・コネクションズ・センター、ケストン・ロード・コミュニティ・センター

(1)ノース・イースト・ロンドン・カレッジ

 ノース・イースト・ロンドン・カレッジはロンドン北部に所在し、ビジネス、ケアと健康、コンピュータ、建築、芸術・デザイン、語学、数学・科学、学習支援、教員養成等十三分野について、基礎レベルから高等教育レベルまでの三百弱のコースを有している。また、学内には若年者就業支援組織であるコネクションズが事務所を有し、活動を行っている。

 学校長のポール・ヘッド氏から、次のような説明を聴取した。

 「十六歳から二十二歳の若者が労働を行うための教育訓練を行っている。経済的な問題は大きいが、成功裏に行うためには、それよりも何に資金を使い、何を優先事項とするかというリーダーシップが重要である。当校では若者支援の方法としてメンター(指導者)制度を取り入れており、そこに資金を使っている。また、建築分野に力を入れている。ニート(学校に行かず、働かず、職業に就くための訓練も受けていない者)は手っ取り早く収入を得たいと思っており、建築関係の職種はそれに当たるため、そのための知識と技能を組み合わせた適切なプログラムを提供している。」

 次いで、メンターによる指導が行われているラウンジ、学習者支援センター、カウンセラー及びアドバイザーの執務室、コネクションズの事務所、建築関係の実習の様子等校内を視察し、説明を聴取した。その概要は次のとおりである。

 「メンター制度は、同年代の学生が学生を指導する制度である。メンターは固定的で通常一対一で行われる。メンターには一時間当たり七ポンドが支払われるが、これは良い賃金であり、メンターにやる気を与えている。また、メンターを行ったことを履歴書に記載すると有利になる。この制度を採用したことにより学生の成績も上がっており、学生への質問表などによる内部の評価でも良い結果が出ている。」

 「学習者支援センターは、奨学金など様々な情報を得る場所である。昨年からEMA(政府による週三十ポンドの学習者補助金支給)制度が始まり、学校への定着率が一〇%向上した。一般的な学生の年間授業料は、ホーム(英国又はEUに三年以上居住)の学生は六百から七百ポンド、オーバーシーズ(前記以外の者)は四千から四千六百ポンドであり、生活保護手当を受けている場合は無料になる。」

 「カウンセラー及びアドバイザーは、学生を福利面とメンタルヘルス面からサポートしている。学内のコネクションズのパーソナル・アドバイザーと連携し、学生に対し総合的なサポートを行っている。」

 「建築関係は、レンガ工、ペンキ塗装工、大工、配管工の養成を行っており、その養成コースには、実際に働いていて週一回訓練を受けるコース、週二回訓練を受けるコース、十六歳から十八歳までのニートを対象とした週四十五ポンドを受給して訓練を受けるコースの三コースがある。基礎的なコースの修業年限は二年間、更に進んだコースは三年間である。教員は全員実務経験があり、時に実務に戻りまた教職を続けている。十四歳から十六歳までの普通科と職業科を有する高等学校の生徒もここで職業訓練を受けており、まず、簡単な資格を取得させることで、学校からのドロップアウトを防いでいる。企業から研修に来ている学生に対しては、企業の要望に沿った研修も提供している。このプログラムは、学校、企業、労働組合が協議して行われ、労働組合を通じて政府から補助金が支出される。」

 派遣委員からの「高等学校教育との関係」についての質問に対し、「地元の学校と連携して職業的なカリキュラムを広げる支援を行っており、十四歳から十六歳の約四百名の生徒が水曜日と木曜日に来校している。このプログラムは政府の提唱を受け、過去二年間発展させてきた。その際、建築分野が重要であるのは、知識だけではなく、手を使わなければならないためである。実技と知識を組み合わせて教育を行った場合、ドロップアウトが少ない。この職業訓練の対象を美容、健康、実際的な科学などの分野に広げたいと考えている。十六、十七、十八歳の若者に生涯の技能を身に付けさせることは、非常に重要である。」旨の回答が、「運営費用の出所」については、「予算総額は二千八百万ポンドであり、内訳は政府からの補助金が七五%、学生負担が一二・五%、その他は企業とのプロジェクト等による資金であり、借入れも行っている。訓練に関する部分については企業の負担を高めたいと考えている。」旨の回答が、「政府補助金の使途の柔軟性」については、「政府の設定した目標は達成しなければならないが、そのための方法は任されている。学校の基礎的な機能である、読み書き算数、基礎的なIT教育、第二言語としての英語教育については政府から一〇〇%資金が出ているが、例えば、基礎的なレベルの配管工の訓練を受ける場合は、政府負担は二五%であり、七五%は個人又は企業が負担する。」旨の回答が、「設置形態」については、「インデペンデント・パブリック・コーポレーションであり、理事会の決定に基づいて運営され、政府の設定した目標を達成することを目的としている。」旨の回答があった。

(2)コネクションズ・サービス

 コネクションズ・サービスは、十三歳から十九歳までの若年者を対象に、職業意識を啓発し、社会との関係を維持し、自立した個人を育成しようとする取組であり、地域ごとに学校、警察、職業安定所、企業、NPO等が参加するコネクションズ・パートナーシップが運営主体となって活動を行っている。

 ノース・イースト・ロンドン・カレッジにおいて、北ロンドン・コネクションズ・パートナーシップ社長であるレニー・キーナー氏から、次のような説明を聴取した。

 「北ロンドンのコネクションズ・パートナーシップは、株式会社であるが、利益を得ようとするものではない。政府からこの地域でサービスを行うため年間千二百万ポンドの資金を得ており、EUのヨーロッパ社会基金からも資金を得ている。地方政府当局、地方教育技能庁の管轄下にあり、活動の目的はニートの割合を下げることにある。英国には四十七のパートナーシップがあり、ロンドンには五つある。北ロンドンの目標は二〇〇四年に九・一%であったニートの割合を二〇一〇年に七・一%に下げることである。四%まで下げることは可能であるが、それ以上は困難だと思う。この地域のニートの割合が高い理由は、経済的レベルが低いことにある。ニートには、住宅と学校の所在地による経済的、社会的不利が確実に反映している。ニート対策のためにパーソナル・アドバイザーが生まれた。パーソナル・アドバイザーは、若者に情報を与え、ガイダンスや一対一のカウンセリングを行う。個別化したサービスが成果を上げることが分かっている。北ロンドンには二百人弱のパーソナル・アドバイザーがおり、さらにパーソナル・アドバイザーのチームにスーパーバイザーがいて、パーソナル・アドバイザーに臨床的なアドバイスを行っている。」

 派遣議員からの「パーソナル・アドバイザーの選考方法」についての質問に対し、「公募し、その後専門的な研修を行う。」旨の回答が、「ニートの割合の限度を四%とする理由」については、「国内の最も豊かな地域でも四%弱であること、また、失業率との関係もある。」旨の回答が、「メンタルヘルスの問題を抱える若者への対応」については、「困難な面はあるが、自宅訪問やメンタルヘルスのチームとの連携で対応している。メンタルへルスについては需要が多く、サービスが追い付いていかない。」旨の回答があった。また、「教育での対応の重要性」については、ポール・ヘッド学校長から「学校、カレッジ、公共機関、労働組合、経営者が一緒になって、教育での対応を主流としようとしている。」旨の回答があった。

 この後、コネクションズの事務所であるトッテナム・コネクションズ・センター及びパーソナル・アドバイザーの活動拠点の一つであるケストン・ロード・コミュニティ・センターを視察した。

4 英国議会

 今回の派遣の一環として、英国議会を訪れた。同議会においては、英日議員連盟事務局長であるイアン・デービットソン下院議員外上下両院議員と懇談を行い、「経済活性化策」「雇用政策」「イラク問題」「オリンピック招致」「二大政党制における政権交代」等について意見を交換し、その後、クエスチョン・タイムを傍聴した。クエスチョン・タイムでは、三十分の間に、ブレア首相と野党党首の間で八回、また、その他の議員との間で十六回、計二十四回のやり取りが、簡潔かつユーモアを交え行われていた。

 以上が、本議員団による調査の概要である。最後に、今回の調査に当たって御協力をいただいた在外公館の方々、また、訪問を快く受け入れてくれた訪問先の方々等関係各位に対し、改めて感謝の意を表する次第である。