質問主意書

第219回国会(臨時会)

質問主意書

質問第二三号

集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約批准に向けた同条約と国内法制との関係の整理に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和七年十月二十八日

伊勢崎 賢治


       参議院議長 関口 昌一 殿



   集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約批准に向けた同条約と国内法制との関係の整理に関する質問主意書

 二〇二四年三月十一日に日本人で初めて国際刑事裁判所(ICC)の所長に選出された赤根智子裁判官が、新聞社の取材に、日本が集団殺害犯罪の防止及び処罰に関する条約(以下「ジェノサイド条約」という。)を締結していないことは「世界的に見て恥ずかしいこと」、「早く国内法整備に取り掛かってもらいたい」と述べたこと(「産経新聞」二〇二四年三月十三日)が注目され、その後、赤根ICC所長の発言を引用する形でジェノサイド条約の早期締結を政府に求める国会での質疑や地方議会での意見書の採択が行われている。世界的に「ジェノサイド」に関する議論が高まる中、日本がジェノサイド条約を締結していないことは、国際社会から日本は人権保護に関心が低い国との評価を受けるおそれがあり、赤根ICC所長の言う「世界的に見て恥ずかしい」状況を脱することは、喫緊の課題である。

 政府は、七十年近くもジェノサイド条約の締結の検討を続けているが、最近では、二〇二五年五月二十八日の衆議院外務委員会において、岩屋毅外務大臣(当時)は、「例えば、このジェノサイド条約第三条が規定する集団殺害の共同謀議、あるいは直接かつ公然の扇動という規定がございますけれども、その意味するところが必ずしも明確ではないといったこともございます。したがって、これらの規定の国内法上の整備を含めて、やはり条約と国内法制との関係を整理する必要があるというふうに考えております。」と答弁した。しかし、ジェノサイド条約が発効した一九五一年当時とは異なり、現在では、ジェノサイドに関する国際法の判例が蓄積されてきており、また、日本の刑事法だけが世界的に見て特異な法体系であるとは思えず、適切な立法措置を講ずることにより、条約と国内法制との整合性を確保することは可能だと考える。

 以上を踏まえ、以下質問する。なお、本質問では、便宜、英文の原典の内容を日本語で記述しているが、当方の日本語による記述の内容にかかわらず、当該英文の原典に依拠して答弁されたい。

一 ロシア、中国及び北朝鮮は、ジェノサイド条約について、加入又は批准をしているか。

二 経済協力開発機構(OECD)の加盟国のうち、ジェノサイド条約について、加入、承継又は批准のいずれもしていない国はどこか。

三 ジェノサイドの煽動について、町村孝外務大臣(当時)は、二〇〇五年十月十一日の参議院外交防衛委員会において、「それを扇動するという際には例えば憲法で定める表現の自由との関係がどうなるのかといった、なかなかこれは法律的に難しい議論があるようであります。」と答弁した。

しかし、ジェノサイド条約第五条は、締約国は、自国の憲法に従って(in accordance with their respective Constitutions)、必要な立法を行うことを約束する旨規定していることから、ジェノサイド条約の国内担保法としては、日本国憲法に抵触しない範囲内で犯罪の構成要件を設ければ足りるのではないか。また、日本国憲法を理由にジェノサイド条約が求める内容の全てを国内担保法に規定することができない場合であっても、ジェノサイド条約に抵触しないのではないか。

四 一九九五年五月十一日に開催された国連国際法委員会第二千三百八十三回会議の会議録(A/CN.4/SR.2383)パラグラフ十一及び十二によれば、日本人の委員は、日本がジェノサイド条約の加盟国となっていない理由として、ジェノサイド条約のジェノサイドの煽動の規定が法的な障害となっている旨発言した(Japan had not acceded to the Convention on account of what it saw as a legal obstacle constituted by the provision on incitement to commit genocide contained in article III of the Convention.)。また、日本では、表現の自由を侵害しないように、煽動罪が規定されることはまれであって、その場合でも最も重大なケースのみである旨発言した(In order not to encroach on freedom of expression, "incitement" was rarely cited in Japan, and only in the most serious cases.)。

 しかし、日本の国内法制が煽動罪を「the most serious cases」(最も重大なケース)に限定していても、集団殺害犯罪(The crime of genocide)は、国際社会全体の関心事である「the most serious crimes」(最も重大な犯罪)の一つである(国際刑事裁判所に関するローマ規程(平成十九年条約第六号。以下「ICCローマ規程」という。)第五条一(a))以上、「the most serious crimes」の一つであるジェノサイドについて「the most serious cases」(最も重大なケース)である煽動罪を設けることに「法的な障害」はなく、この発言は、日本がジェノサイド条約を締結しない理由にならないのではないか。

五 ICCローマ規程にはジェノサイドの国内法による犯罪化を義務付ける規定はないが、ICCローマ規程前文は、「国際的な犯罪について責任を有する者に対して刑事裁判権を行使することがすべての国家の責務である」と規定している。

 日本が国内法を整備し、国際的な犯罪であるジェノサイドについて責任を有する者に対して刑事裁判権を行使することは、このICCローマ規程前文の責務か。

  右質問する。