質問主意書

第217回国会(常会)

質問主意書

質問第一八四号

行政事務標準文字の導入及び電子証明書を用いたeKYCの制度運用等に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和七年六月十二日

齊藤 健一郎


       参議院議長 関口 昌一 殿



   行政事務標準文字の導入及び電子証明書を用いたeKYCの制度運用等に関する質問主意書

 現在、日本の行政データの連携や処理の標準化が進む中で、ガバメントクラウドの導入やガバメントクラウド上で利用される標準化された文字の果たす役割が重要視されている。現在、導入が進められている行政事務標準文字(以下「MJ+」という。)により、住民票やマイナンバーカードなど行政サービスで使用される文字の統一が進み、業務の効率化と精度向上が期待されている。MJ+の導入と活用により、重要なアイデンティティとも言える氏名が公的に統一され、正しい字形で様々な領域において適切に扱われることで、個人の尊厳を尊重する基本的な権利が広く実現されることが期待される。そのため、マイナンバーカードの券面及び電子証明書の氏名表記については、早急にMJ+に移行されることが望ましい。

 MJ+への移行に必要な環境整備として、現在、ISO/IEC JTC 1/SC 29において、フォント形式の国際標準であるISO/IEC 14496-22:2019 Open Font Formatに対し、MJ+で多種多様な字形を実装するために不可欠な「b64k拡張」の追加に関する議論が行われるなど、国際標準の拡張議論も本格化している。しかし、MJ+の導入といったデジタルトランスフォーメーションの社会実装を実現するためには、これらのデジュール標準に対して日本国内で必要な拡張を要求・対応していくだけでなく、近年、技術標準として重要であるUnicode Consortiumなどのフォーラム標準との協働体制も重要である。しかし、デジタル庁の「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」(二〇二四年三月二十九日発行)の二章「ウェブアクセシビリティの基礎」には、W3C(World Wide Web Consortium)のフォーラム標準であるWCAG二・〇について「二〇一二年に国際規格のISOからWCAG二・〇の内容をそのまま採用したISO/IEC 40500:2012が出されました。この動きによってWCAGを規格として使うことができるようになりました。」と記載されており、従来、日本政府はフォーラム標準の活用に消極的であった姿勢が読み取れる。

 また、マイナンバーカードの電子証明書の利活用については、マイナンバーカードや内蔵された電子証明書による個人認証を基本とするマイナポータルの普及等により、導入当初から偽造耐性の欠如の危険性が指摘されていた。こうした中、過渡期として容認されていたマイナンバーカードの券面撮影によるホ方式eKYC(electronic Know Your Customer)に代わり、電子証明書を用いた安全なeKYCが民間サービスにおいても広がりを見せている。直近では、警察庁が二〇二五年五月九日に公示したパブリックコメント「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令案」に対する意見の募集において、電子証明書を利用しないマイナンバーカードの券面撮影によるホ方式eKYCを廃止する方針が示された。特定個人情報であるマイナンバーや個人を唯一に特定できない氏名を使用しない代わりに、特定個人情報に該当しない電子証明書の発行番号(以下「シリアル番号」という。)を活用することで、マイナンバーカードと健康保険証の一体化や銀行を含む民間におけるマイナンバーカードの多様な活用が進められている。このようなデジタルトランスフォーメーションにより、行政と民間において、本人確認の利便性と安全性が向上していくと期待される。そのため、電子証明書を用いた安全なeKYCの導入は安全性と利便性の両面から高く評価される施策である。

 また、マイナンバーカードの有効期限は、カード発行時に十八歳以上の場合はカード発行から十回目の誕生日まで、十八歳未満の場合は五回目の誕生日までである。これに対し、電子証明書の有効期限は年齢にかかわらず、電子証明書の発行から五回目の誕生日までである。この点についても、J―LIS(地方公共団体情報システム機構)による新旧シリアル番号のひも付け機能により、民間事業者に追加の負担をかけることなく、更新前後の電子証明書の同一性を把握することが可能となっている。

 さらに、マイナポータルの機能整備により、先進諸外国において最重要視されている個人番号利用の履歴を本人が監査できる環境が整いつつある。マイナポータルでは、電子証明書利用時にメールによる通知を設定できるほか、連携する自己情報について、どの行政機関等が照会・提供したか閲覧可能となっている。

 しかし、以下の課題が依然として存在している。

 住民記録システムの戸籍照合通知において、住民基本ネットワーク統一文字(以下「住基ネット統一文字」という。)に含まれない文字については、コードポイントU+D700を設定し外字の字形を付随データとして送信することになっている。これに加え、地方自治体の旧来のJIS文字コードに依存したシステムからUnicodeへの移行に伴う経過措置として、住基ネット統一文字に含まれる文字であってもU+D700を設定する方式での連携が許容されているという背景もある。

 U+D700はUnicode上ではハングル文字として定義されている実在のコードポイントであり、本来意図された用途とは異なる形で文字コードを流用していることになる。マイナンバーカードを利用した住民票のコンビニ交付において、住民票印刷前の確認画面等においてハングル文字が表示された事例が報告されている。このような設計は、今後の国際標準やマルチリンガル環境との整合性、さらには、文化的・技術的誤解を招くリスクがあるため、適切な記号への変更も含めた見直しが必要と考える。

 また、これまで手書きや個人のPC入力によって開設された銀行口座等には、旧来の文字体系に基づいて登録された氏名が数多く存在すると考えられる。近年、電子証明書を用いたeKYCによる口座開設や住所変更等のデジタル手続が普及しつつあるが、こうした仕組みでは、氏名や住所などの情報について完全一致を前提とする照合が求められる場合が多い。そのため、MJ+に未対応の住基ネット統一文字やJIS X 0213など旧来の文字体系を用いて登録された情報との間で表記の不一致が生じ、本人確認を円滑に行うことができないケースも報告されている。今後、文字コード体系の統一や照合処理における柔軟な対応の仕組みの整備が求められる。

 この対応には、MJ+や住基ネット統一文字と旧来の文字セット間での縮退(フォールバック)マッピング(以下「縮退マップ」という。)を整備し共有することが急務である。民間サービスにおける電子証明書を用いたeKYCによる本人確認の円滑な実施のためにも、信頼性の高い縮退マップの策定が求められる。さらに、MJ+を実際に利用するための環境整備として、日本国内で必要とされる機能を国際標準へ追加することが急務である。前記デジタル庁の文書に記載されているように、これまで日本政府として関与・利用に消極的であったフォーラム標準に分類される国際標準についても積極的な関与が必要である。例えば、日本国内のみで検討・策定されたMJ+の字形であっても、それをUnicode Consortiumが管理する字形データベース(IVD)に登録できなければ、地方自治体の行政事務を含む一般環境での実用は困難であると思科される。これらのフォーラム標準についても、デジュール標準に限った国際規格と同格として対応する必要がある。

 MJ+の検討は、戸籍統一文字を取り込む形で制定された文字情報基盤に対して、地方自治体が利用する戸籍システムで使われるベンダーが作成した外字を整理し、さらに、実際に外字が利用されているか否かを基準に分別された文字を文字情報基盤に追加する形で行われている。しかし、総務省の「「市区町村が利用する外字の実態調査」報告書」(二〇一二年三月)(以下「外字実態調査」という。)などでも明らかにされているように、実際に行政の現場で利用されている文字について五万字を超える大量の同定不可能文字(不明文字)が認知されており、現在も地方自治体ごとにMJ+への同定作業が行われている。

 なお、デジタル庁は、MJ+は地方自治体向けに限定された仕様であり、民間での利用は想定していないとしている。しかし、税務関係を始めとする各種行政文書やマイナンバーカードの券面、電子証明書を用いたeKYC等の民間利用も含め、今後どの文字セットを標準として扱うべきかという問題については、住基ネット統一文字にとどまらず、MJ+も含めた継続的な議論と制度設計が必要であると考えられる。

 以上を前提に、以下質問する。

一 住民記録システムにおいて、住基ネット統一文字に存在しない文字についてはUnicodeで実在するハングル文字に割り当てられたコードポイントU+D700が外字を利用するためのキーとして設定されており、住民票印刷前の確認画面等において表示された事例が確認されている。このような実在文字を識別不能な文字の代替として用いることは、技術的な整合性や国際的配慮の観点から問題があると考えるが、当該コードポイントを選定した経緯及びその判断根拠を明らかにされたい。また、将来的には記号等への変更を検討すべきと考えるが、政府の見解を示されたい。

二 二〇二〇年に実施されたマイナポイント施策によって発行枚数が急増したマイナンバーカードについて、その電子証明書の五年更新が本格化する中、電子証明書のシリアル番号については、J―LISによる新旧シリアル番号のひも付け機能が提供されている。しかし、これによりマイナンバーカード更新後も過去のシリアル番号が実質的に追跡可能となる場合、「永続性がない」として特定個人情報に該当しないとしてきた前提と矛盾する懸念がある。新旧シリアル番号のひも付けについて、マイナンバーカードを更新した後も維持されるか否か、その制度的・技術的な設計及び個人情報保護制度との整合性について政府の見解を明らかにされたい。

三 マイナンバーカードの電子証明書を用いたeKYCが広がる中で、住民票記載の氏名と銀行等の既存顧客情報との間に異体字等の差異がある場合、照合不一致となる事例が想定される。今後、照合精度と実務の円滑性を両立させるには、氏名表記の照合が一致する許容範囲を明確にするとともに、縮退マップの整備が不可欠と考える。こうした基準や縮退マップの整備状況を示されたい。また、国際標準としての適合性をどのように確保していくのか、政府の見解を示されたい。

四 マイナポータルでは、電子証明書の利用通知や行政機関による情報連携の履歴確認機能が提供されているが、これらの機能は十分に周知されておらず、利用実態も明らかになっていないと思料する。当該通知機能を有効化している利用者数及び履歴確認機能の利用回数の実績を示されたい。また、紙媒体による情報連携については履歴が記録されないとされるが、行政の透明性を高める観点から、全ての情報連携についてマイナポータル上での記録・閲覧を可能とすることが必要と考えるが、政府の見解を示されたい。

五 MJ+が地方自治体で活用され、全ての行政事務を効率良く一つの文字基盤の上で遂行するためには、実際の行政事務で利用されている外字が全て同定されMJ+に包含される状態になることが不可欠と考える。地方自治体の行政事務で利用される外字について、外字実態調査により文字情報基盤に同定不可能文字(不明文字)が多数存在することが判明していた中で、MJ+の策定に当たり、戸籍システムのベンダーが作成した外字に限って整理するという方針を決めた背景を明らかにされたい。また、行政事務で利用されている外字のMJ+への同定作業には専門性のある判断が必要となる場面も多いと思われるが、政府による地方自治体への支援の状況及び将来的にMJ+へ取り込んでいく予定について、政府の見解を示されたい。

  右質問する。