第217回国会(常会)
質問第九六号 我が国の自動消火設備がガラパゴス化している可能性等に関する質問主意書 右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。 令和七年四月十四日 浜田 聡
参議院議長 関口 昌一 殿 我が国の自動消火設備がガラパゴス化している可能性等に関する質問主意書 我が国の自動消火設備がガラパゴス化している可能性等について、以下質問する。 一 一九六四年に消防機器に係る検定制度が義務化されて以降、我が国で使われていた国外製(主に米国製あるいは英国製)のスプリンクラー設備は、散水分布等が国内検定基準に合致しないことを理由に使用されなくなっている。当時、国外検定基準を否定し、我が国が独自に定めた検定基準でなければ消火能力を担保できないという火災科学上あるいは技術上の根拠は存在したのか示されたい。 二 ⅠSO(国際標準化機構)の消防機器に関する委員会としてTC21があり、我が国は一九七九年から加盟している。日本消防検定協会が発行している検定協会だよりにおいては、「日本の消防界における特殊事情で独自の技術上の規格や基準が定められていても、国際規格を尊重することとなれば、日本国内は日本の検定品でなければ販売してはならないとされている現状であっても、近い将来国際規格に適合する消防機器の輸入を受け入れなければならない結果となる。そこで、昭和五十四年九月、我が国消防界は日本の規格や基準の背景にある特殊事情を十分理解して貰い、さらに国際規格に採用されるよう努力することを大目標として、TC21にPメンバーとして加盟し、国際会議へ積極的に参加することになった」と、TC21加盟当時の説明がなされている。前記「日本の消防界における特殊事情」は、一九六〇年代前半から一九七九年の間に生じたと考えられる。当該事情は、火災科学の観点から国民の生命と財産を守るために生じたものではなく、我が国(消防設備業界)の都合により市場から国外の機器及び技術基準を排除した結果として生じたものと考えるが、政府の見解を示されたい。 三 少なくとも一九九七年、一九九九年、二〇〇〇年、二〇〇四年のⅠSO/TC21におけるSC5(水を使用する固定消防システムに関する小委員会。以下「小委員会」という。)に出席したNFSA(全米スプリンクラー協会)副会長(当時)は「スプリンクラーの基本技術を統一する試みは世界的に大成功しているが日本は例外である」と我が国の特異性について指摘している。現在、我が国の自動消火設備はガラパゴス化しているとも言える状況にあり、自動消火設備の専門家とされる国内の有識者でさえ国外との違いを正確に把握していない。我が国でしか見られない特殊な例として、延べ床面積が数万平米といった大規模物流倉庫の倉庫部分にスプリンクラーが設置されないこと、天井高さ六メートルあるいは十メートル以上を「高天井」と定義して設置される開放型あるいは放水型スプリンクラー設備、機械式駐車場に設置される全域放出型ガス消火設備、平置式駐車場に設置される泡消火(泡スプリンクラー)設備等が挙げられる。政府はこのようなガラパゴス化の実態について把握しているか示されたい。 四 米国では実際に発生した火災における自動消火設備(大部分がスプリンクラー)の有効性を全国規模で検証しており、その数は二〇一七~二〇二一年における年平均で三万五千件以上である。有効に機能しなかったケースにおいては、その原因を洗い出して有効性の向上につなげている。米国においては、百五十年以上前から検証が行われているなど歴史は古く、世界的によく知られている。こうした事実が、米国由来のNFPA(米国防火協会)の技術基準が世界中で使われる一因となっている。一方、我が国では自動消火設備の有効性の検証を全国規模では行っていない。東京消防庁が有効性の検証を行っているが、その数は年間で十数件程度である。我が国においては過去に遡っても自動消火設備の検証数は推定で数百件程度であり、推定で数百万件程度とされる米国とは比較にならないほど少ない。我が国と米国の間には自動消火設備を使用した防火の経験や積み上げてきた知見において圧倒的な差があると考えられるが、政府も同様の認識か示されたい。世の中に存在するあらゆる設備やシステムにおいて設計の意図どおりに機能したかを検証し、その結果や問題点をフィードバックして改善につなげることは当然のように行われている。自動消火設備においても同様と考えられるが、政府の見解を示されたい。もし例外と考えるのであればその理由を説明されたい。 五 スプリンクラーに関するⅠSO規格としては、ⅠSO6182―1(防火―自動スプリンクラーシステム―パート1:スプリンクラーの要件と試験方法)があるが、NFSA副会長が指摘していたように、我が国の基準とは顕著な違いがある。具体的には、ⅠSO6182―1で規定している倉庫用スプリンクラー(Early Suppression Fast Response Sprinkler(早期制圧・速動型スプリンクラー)を含む)を使用した設計基準は我が国には存在しないこと、スプリンクラーヘッドからの散水分布の基準に違いがあること(7.28 Water distribution tests(散水分布の試験)を参照)、我が国で認められている複数のオリフィスを持つスプリンクラーヘッドが認められていないこと(3.5.5 Multiple orifice sprinkler(複数のオリフィスを持つスプリンクラーヘッド)を参照)などが挙げられる。小委員会は一九七四年に発足しており、我が国は一九七九年からPメンバーとして参加している。我が国は、半世紀近く前から積極的に参加してきたにもかかわらず、小委員会の意向を規格に反映できておらず、また、決められた規格を強制規格の基礎として使用していない。結果として、我が国では他国の製品は使われておらず、他国では我が国の製品は使われていないため、小委員会に参加した当初の目的は果たせず、成果は乏しかったと思料する。また、スプリンクラーヘッドからの散水分布の基準は我が国独自のものであり、これが国際間取引の妨げとなっていると考えられる。この基準の見直しをせずに、今後も小委員会に参加し続ける意義はないと考えるが、政府の見解を示されたい。 六 WTO(世界貿易機関)の貿易の技術的障害に関する協定第二条「強制規格の中央政府機関による立案、制定及び適用」の2.4は、「加盟国は、強制規格を必要とする場合において、関連する国際規格が存在するとき又はその仕上がりが目前であるときは、当該国際規格又はその関連部分を強制規格の基礎として用いる。ただし、気候上の又は地理的な基本的要因、基本的な技術上の問題等の理由により、当該国際規格又はその関連部分が、追求される正当な目的を達成する方法として効果的でなく又は適当でない場合は、この限りでない。」と規定している。消防検定だよりによると、二〇〇四年十一月にベルリンで開催された小委員会の第二十九回会議において各国におけるⅠSO6182の採用状況が議論されている。米国は新しい規格についてはⅠSOを採用し、現存する規格についてはⅠSOに近づけていくとしている。欧州では強制規格であるEN(European Norm)規格が存在しており、EN規格とⅠSOに違いはあるが九十パーセント程度は同じとしている。一方、我が国については「ⅠSOの規格は今のところ影響しない。国の規格を使っている」としている。我が国はスプリンクラーの強制規格において、国際規格であるⅠSO6182―1を基礎として使用していないがその理由を示されたい。スプリンクラーの設置基準を含めた基本技術が他国と異なることが理由である場合、我が国の特異性を正当化できる科学的な根拠を示されたい。 七 本質問主意書で指摘してきたガラパゴス化の弊害と考えられる五事案を以下例示する。 1 一九九五年十一月に埼玉県で発生したラック倉庫火災では、当時の国内消防法に従ってスプリンクラーが設置されていたにもかかわらず有効に機能せず、倉庫は全焼し三名が死亡した。ラック内にスプリンクラーがなかったことが問題視され、自治省(現総務省)消防庁は一九九八年七月、米国基準などを参考に「ラック式倉庫の防火安全対策ガイドラインについて(通知)」(消防予第一一九号)を発出した。一方、米国ではこのリスクを一九七〇年代前半には認識しており、NFPAによると、NFPA13(Standard for the Installation of Sprinkler Systems 1973(スプリンクラー設備の設計及び設置 一九七三年版))においてラック内スプリンクラーの要求が追加されていたとのことである。 2 近年、延べ床面積が数万平米といった大規模物流倉庫における火災が頻発している。二〇一七年二月(埼玉県)及び二〇二一年十一月(大阪府)の事案においては、特に甚大な被害が発生している。物流倉庫におけるこのような被害を防ぐにためには、我が国以外では国際的な共通認識とされているⅠSO6182―1で規定している倉庫用の大容量スプリンクラーを設置することが最適と考えられる。我が国の技術基準にはそのような大容量スプリンクラーを使用した設計基準は存在せず、一般に倉庫部分(ラック式倉庫を除く)に大容量スプリンクラーは設置されない。 3 我が国では天井高さ六メートルあるいは十メートル以上を「高天井」としており、閉鎖型スプリンクラー設備は有効に機能しないとして、開放型スプリンクラー設備あるいは放水型スプリンクラー設備が設置されている。しかし、そのような設備は誤放水のリスクが高い一斉開放弁を使用しており、過去に劇場やホールの舞台部などで誤作動による水損が多数報告されている。また、それらの設備が火災時にどのくらい有効に機能したかという有効性のデータは存在しない。一方、スプリンクラーが不作動であったあるいは有効ではなかった原因を徹底的に調査してきた米国では、「高天井」は問題となっていない。NFPA13では、閉鎖型スプリンクラー設備を設置する上で天井高さの制限はなく、米国ではごく僅かな例外を除いて建物内には閉鎖型スプリンクラーが設置される。 4 全域放出型ガス消火設備のうち二酸化炭素を使用したものについては、誤放出等の際に人命が危険にさらされ、過去に多くの死傷者が発生している。我が国ではそのような設備を機械式駐車場に使用しており、最近では二〇二〇年と二〇二一年に計三件の事故が発生して七名が死亡した。一方、国外では駐車場に全域放出型ガス消火設備が設置されることはなく、通常は水を使用したスプリンクラー設備が設置されている。 5 我が国の多くの平置式屋内駐車場には泡消火(泡スプリンクラー)設備が設置されており、過去には、設備の誤作動等によって建物内及び公道に消火泡があふれることで市民生活に多大な支障を来した事案が発生した。また、消火泡の多くには発がん性が疑われるPFAS(有機フッ素化合物)が含まれている。環境省が二〇二四年十一月一日に公表した「令和六年度PFOS等含有泡消火薬剤全国在庫量調査(概要)」によるとPFASの代表的物質であるPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)について、国内に存在するPFOS等含有泡消火薬剤百八十五万リットルのうち半分以上に当たる約九十六万リットルが屋内駐車場に存在している。一方、国外では駐車場に泡消火(泡スプリンクラー)設備が設置されることはなく、通常は水を使用したスプリンクラー設備が設置されている。 ガラパゴス化により、我が国においては自動消火設備を使用した防火が非科学的に行われており、国民の生命、財産、事業活動及び生活を守る上で妨げとなっていると考えられる。これは憲法第十三条及び第二十九条で保障されている生命権及び財産権等を侵害している可能性があると考えるが、政府の見解を示されたい。 八 倉庫用スプリンクラーの一種である早期制圧・速動型スプリンクラーヘッドについて、現在、米国製の一つの製品のみが特例として我が国の消防検定に合格している。同製品は、外資系企業工事案件等で使用されているが、なぜこの製品のみが検定に合格したのか理由が明確ではなく検定のプロセスが不透明である。このスプリンクラーヘッドを販売している国内企業は、我が国における外資系企業工事案件等で優越的な地位を得ているという指摘がある。消防法で義務付けられている国家検定の基準が不透明であることは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第八条の事業者団体の禁止行為に抵触する可能性があると考えるが、政府の見解を示されたい。 質問主意書については、答弁書作成にかかる官僚の負担に鑑み、国会法第七十五条第二項の規定に従い答弁を延期した上で、転送から二十一日以内の答弁となっても私としては差し支えない。 右質問する。 |