質問主意書

第217回国会(常会)

質問主意書

質問第六六号

情報流通プラットフォーム対処法における表現の自由の侵害リスクに関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和七年三月十八日

浜田 聡


       参議院議長 関口 昌一 殿



   情報流通プラットフォーム対処法における表現の自由の侵害リスクに関する質問主意書

 総務省は令和六年十二月二十日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(「情報流通プラットフォーム対処法」。以下「本法」という。)施行規則の一部を改正する省令案等に対する意見募集を開始し、「本法第二十六条に関するガイドライン(案)」を公開している。同ガイドライン案の七頁には、「1―2.情報の送信を防止する義務が生ずる場合」の「1―2―1.人格権侵害その他法令の規定に基づく差止請求」という項目があり、人格権の一つである名誉権に基づき表現行為の事前差止めを認めた北方ジャーナル事件の最高裁判決に言及している。

 北方ジャーナル事件の最高裁判決では、表現行為の事前差止めの抑止的効果に言及した上で「表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二十一条の趣旨(以下「表現の自由」という。)に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」とし、「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき(中略)に限つて、例外的に事前差止めが許される」としている。同事件は、公人に対する表現行為の事前差止めに関する事案であるため、本法第二十六条が定める事後的制裁である送信防止措置とは異なる事案であるとの指摘も考えられる。一方、石に泳ぐ魚事件の最高裁判決では、新潮社が「石に泳ぐ魚」という題名の小説(モデルは私人)を公表した後であったにもかかわらず、北方ジャーナル事件と同様の基準に基づき、出版の差止めを認めた東京高裁の判決を維持している。

 本法第二十六条の送信防止措置は、投稿の削除や投稿者のアカウント停止を行うことを想定しているが、投稿の削除は前記のような表現行為の事前差止め、投稿者のアカウント停止は表現の禁止に当たる行為であって、前記の北方ジャーナル事件や石に泳ぐ魚事件のような出版の差止めと同じ「表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させる」行為に当たると言える。

 以上の議論を踏まえれば、最高裁判所の有権解釈としては、事前、事後にかかわらず表現行為の事前差止めは北方ジャーナル事件で採用された「厳格かつ明確な」基準に基づき判断すると解するのが相当であると考え、以下質問する。

一 表現行為の事前差止めにおいては、北方ジャーナル事件の最高裁判決と同じ「厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」という解釈を採用すべきと考えているか、政府の見解を示されたい。

二 前記一について、北方ジャーナル事件の最高裁判決と同じ解釈を採用すべきとの見解の場合、「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」に限って表現行為の事前差止め、すなわち送信防止措置が認められるという解釈についても政府の見解と同様か示されたい。また、同様の場合、「本法の省令及びガイドラインに関する考え方」(総務省資料、令和六年十一月)においては、「違法情報ガイドライン」について「どのような情報を流通させることが権利侵害や法令違反に該当するのかを明確化する」との見解を示していることを踏まえ、本法ガイドラインに「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき」という基準を記載すべきと考えるが政府の見解を示されたい。

三 前記一について、最高裁判決の解釈を採用すべきではないとの見解の場合、本法による表現行為の事前差止め、すなわち送信防止措置はいかなる時に認められるのか、政府が採用している解釈及びその根拠を示されたい。また、政府と同じ解釈を採用した判例又は裁判例があれば、全て示されたい。

四 判例タイムズ一四七〇号(二〇二〇年五月号)には、廣瀬孝裁判官(札幌地裁部総括判事(当時))が北方ジャーナル事件最高裁判決以降の五十件の判例・裁判例(名誉権に基づく出版の差止めが求められた裁判例で公刊物等に掲載されたもの)を調査した論文「名誉権に基づく出版差止め―北方ジャーナル事件以降の裁判例の整理―」(以下「本論文」という。)が掲載されている。筆者は、本論文のうち「出版後の差止めの判断基準」と題する項目の中で、「これまでの裁判例において緩やかな基準を用いたものは二件しかなく」と述べており、北方ジャーナル事件における表現行為の事前差止めの基準よりも緩やかな基準を採用した裁判例は二件しかないとしている。また、緩やかな基準を採用した裁判例のうちの一件は、石に泳ぐ魚事件の判例と同じ基準を採用していることから、北方ジャーナル事件の基準よりも緩やかな基準を採用した裁判例は実質的に一件しかなく、それ以外の裁判例は北方ジャーナル事件の基準を採用しているという趣旨の記述もある。

1 本法ガイドラインの作成に当たり、事前、事後にかかわらず、表現行為の事前差止めに関する下級審の裁判例を参考にしたか示されたい。参考にした場合、その裁判例について全て示されたい。

2 本論文では公刊物等に掲載された五十件の裁判例が索引として引用されているが、これらの裁判例を改めて調査又は把握し、表現行為の事前差止めの可否について認められた裁判例及び認められなかった裁判例の概要をまとめて本法ガイドラインへ掲載すべきと考えるが、政府の見解を示されたい。

五 「本法の省令及びガイドラインに関する考え方」においては、侵害情報調査専門員の要件について、「法令の知識又は文化的・社会的背景の理解の観点から、弁護士等の法律専門家、日本の風俗・社会問題に十分な知識経験を有する者(自然人に限る。)が考えられる。」と示していることから、侵害情報調査専門員については必ずしも法律専門家ではない者が採用されることもあり得る。現在の本法ガイドライン案には、表現行為の事前差止めに係る基準が明示されていないことから、侵害情報調査専門員の判断に個人差が生じ、「送信防止措置」が北方ジャーナル事件の判例よりも緩やかな条件で表現行為の事前差止めが行われるおそれがある。当該リスクは、表現物が自由市場に出る意義を喪失させる危険性や表現に対する抑止的効果も想定され、憲法で保障された表現の自由の侵害となる極めて重要な問題である。

1 本法ガイドラインの作成に当たり、憲法で保障された表現の自由を侵害するというリスクに対して、政府が行っているリスクマネジメントを示されたい。

2 本法における大規模特定電気通信役務提供者の義務に関するガイドライン(案)に記載された「日本の風俗・社会問題に十分な知識経験を有する者」とは、法律や判例、裁判例に詳しくない者も想定されているか、政府の見解を示されたい。

3 前記2について、法律や判例、裁判例に詳しくない者も想定されている場合、現在の本法ガイドライン案にある送信防止措置の要件が明文化されていないことから、当該者が行う「送信防止措置」により表現物が自由市場に出る意義を喪失させ、かつ、表現に対する抑止的効果につながる危険性をどのように認識しているか政府の見解を示されたい。

 質問主意書については、答弁書作成にかかる官僚の負担に鑑み、国会法第七十五条第二項の規定に従い答弁を延期した上で、転送から二十一日以内の答弁となっても私としては差し支えない。

  右質問する。