質問主意書

第213回国会(常会)

質問主意書

質問第一五〇号

東日本大震災の発災翌日に菅直人総理が福島第一原発を視察した行為を後世の教訓とすることに関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和六年五月二十九日

浜田 聡


       参議院議長 尾辻 秀久 殿



   東日本大震災の発災翌日に菅直人総理が福島第一原発を視察した行為を後世の教訓とすることに関する質問主意書

 地震や台風、大雨などの災害があった際、被災してから七十二時間を経過すると生存率が大幅に低下する傾向があるとされている。その根拠として国土交通省近畿地方整備局の資料「阪神・淡路大震災の経験に学ぶ 震災時における社会基盤利用のあり方について」のデータでは震災発生後一日目の救出者に対する生存者の割合は七十四・九%、二日目は二十四・二%、三日目は十五・一%、四日目になると五・四%、五日目には四・八%にまで低下しているということが明らかにされている。また、一般的に「人間が飲まず食わずで生き延びられる限界は七十二時間」とも言われている。大規模災害発生時においては国や自治体は偏に人命救助を優先する必要がある。とりわけ発災後の七十二時間はそのことが徹底されて当然である。

 平成二十三年三月十一日十四時四十六分にマグニチュード九・〇を記録する東北地方太平洋沖地震が発生した。この地震により、場所によっては波高十メートル以上、最大遡上高四十・一メートルにも上る巨大な津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。警察庁によると令和五年二月末時点で死者は一万五千九百人、行方不明者は二千五百二十三人に上っている。岩手、宮城、福島の三県を中心に一都一道十県で死者、行方不明者が、一都一道十八県で負傷者が発生した。

 また、地震から約一時間後に遡上高十四メートル以上の津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所は全交流電源を喪失した。このため、ポンプを稼働できなくなり核燃料の冷却が不可能となった。核燃料が自らの熱で溶け出すメルトダウンが起き、水素が大量発生し、原子炉建屋、タービン建屋各内部に水素ガスが充満した。十一日二十三時頃から一号機原子炉内圧力の異常な上昇を検知し、海江田万里経済産業大臣は三月十二日早朝、大量の放射性物質が大気中に放出される恐れを承知の上でベント実施を命令し、菅直人内閣総理大臣も福島第一原発を訪れて、ベントを急ぐように指示した。難航したベントは十二日十四時三十分に漸く成功したが、結局一時間後の十五時三十六分に一号機の原子炉建屋は水素爆発を起こした。三号機も三月十四日十一時一分に水素爆発を起こすに至った。

 防衛省の資料によると発災当日である平成二十三年三月十一日には八千四百人の自衛隊員によって八千二百二人が救助されている。翌十二日には三万人の自衛隊員によって六千三百六十二人が救助、十三日には六万千人の自衛隊員によって三千九百四十四人が救助、発災後七十二時間以上が経過した十四日には六万六千人の自衛隊員によって四百六十五人が救助されている。このことからも如何に発災後七十二時間の対応や措置が重要であるかがわかる。

 菅直人総理は発災後に緊急災害対策本部を官邸内に設置した。併せて官邸内に原子力災害対策本部も設置している。情報が官邸内に集約される状況を構築することで大局観から判断を下し迅速な指令を出せたはずである。それにも関わらず発災後七十二時間が経過しない唯一無二の時間内に官邸を留守にし、福島第一原発や東北沿岸部の視察に向かうことは取り返しのつかない誤断である。官邸による避難想定の甘さが多くの震災関連死に繋がっているという指摘も多い。菅直人総理は緊急対策本部の本部長を担っていたにもかかわらず官邸を離れて現地視察に赴いたことは致命的な失敗であったと想察する。ましてや、福島第一原発視察時に冷静さを失い、東京電力の現地職員に対して激しい言葉を投げかけたことは看過できない愚行であろう。生死の岐路で苦しむ多くの国民が助けを求めている中、本部長である菅総理が冷静さを失い、危機管理の要である官邸を長時間にわたり離れたことは次世代の者が危機時における冷静な判断の肝要さを学ぶ逸話として学校教科書等に掲載するべき事例であると思料する。歴史、社会科、政治経済の教科書内での記述は、福島第一原発事故によって放射能が拡散され、多数の近隣住民が長期間にわたり非難を余儀なくされたことやエネルギー確保の方法論が活発となったことなどが主に記載されているに留まる。事故対応に関する教訓を掲載することは他に勝るとも劣らぬ重要事項であり、当時の総理かつ対策本部の本部長であった菅直人氏の対応について記載することは必要不可欠であり、後世を担う国民が戒めとして学ぶことは意義深いことであると考えるが政府の見解を示されたい。

 質問主意書については、答弁書作成にかかる官僚の負担に鑑み、国会法第七十五条第二項の規定に従い答弁を延期した上で、転送から二十一日以内の答弁となっても私としては差し支えない。

  右質問する。