第213回国会(常会)
質問第一〇四号 我が国の薬物乱用実態とそれが国家安全保障に与える影響に対する認識に関する質問主意書 右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。 令和六年四月九日 神谷 宗幣
参議院議長 尾辻 秀久 殿 我が国の薬物乱用実態とそれが国家安全保障に与える影響に対する認識に関する質問主意書 厚労省薬物乱用対策資料(令和五年八月八日公表)によると、我が国の覚せい剤の押収量は、平成二十五年から令和四年の十年間で一万六百六十一キログラム、一年間あたり、平均して千六十六キログラムが押収されている。 覚せい剤の一回使用量は静脈注射で〇・〇三グラム程度とされていることから、日本全国で、毎日九万七千三百六十人が使用できる恐るべき量に達している。 これは我が国の中小規模都市の市民すべてが毎日、覚せい剤を使用できる量に相当している。 さらに、警察庁組織犯罪対策部が公表した「令和四年における組織犯罪の情勢」によると、薬物密輸入事犯の検挙人員に占める外国人の割合は五十四%、MDMA等合成麻薬では八十六・七%と非常に高くなっており、薬物押収量の多寡や検挙実態などから、海外の薬物犯罪組織が深く関与していることがうかがわれると指摘している。 言うまでもなく、この検挙人員や押収量は、発覚した氷山の一角であることに疑いはなく、我が国への非合法薬物の実際の密輸入総量は、その何倍にも達するとみられ、こうした非合法薬物が国内で大量消費されることで、非常に多くの国民に深刻な健康被害を引き起こしている現状がある。 さて、我が国は長年、こうした深刻な薬物汚染の状況におかれているが、最近では、新たな麻薬、オピオイド系のフェンタニルが米国などを中心に大量に流入しており、甚大で致命的な被害が発生している。その深刻な状況は、SNS等に投稿された動画などでも広く拡散され、米都市フィラデルフィア等の惨状が知られている。 米国ブルッキングス研究所が令和五年三月三十一日に公表した報告書「China's role in the fentanyl crisis」によると、平成十一年以降、その毒性の強さからオピオイド系薬物の過剰摂取等で約百万人が死亡、直近の令和三年には十万六千六百九十九人が死亡し、令和四年には十万七千四百七十七人が死亡したと推定されると指摘している。これらの死亡原因のほとんどは、フェンタニルによるもので、フェンタニルは単独で、あるいは偽造された処方薬、ヘロイン、最近ではメタンフェタミン(覚せい剤)やコカインに混ぜて消費されているという。 米国麻薬取締局(DEA)で、麻薬捜査官を二十八年間務めたDerek Maltz氏は、ヘリテージ財団のインタビュー記事(令和五年五月十日)において、 ・フェンタニルは、メキシコの汚く不衛生な研究所で製造され、毒物のようなものだ。これらの原料となる化学薬品は中国の化学ブローカーから仕入れて、フェンタニルは、ヘロイン、コカイン、メタンフェタミン(覚せい剤)に混ぜられている。 ・彼らは偽造薬を製造している。非合法な粉状のフェンタニルを入手し、錠剤を作り、(鎮痛薬や抗不安薬等の)オキシコドン、パーコセット、ザナックス、場合によっては、アデロールと偽って販売している。 ・不安やうつ病に苦しんでいる米国の若者は、より良い気分になりたいために、こうした非合法で製造された偽造薬を購入して、それで死んでいる。フェンタニルは、ヘロインの五十倍も強力で、たった二ミリグラム、塩四粒分が致死量となる。 ・この狂気の背景には、中国が介在している。中国が化学薬品をメキシコの麻薬カルテルに供給し、また、メキシコの麻薬カルテルにマネーロンダリングの機会を提供している。 ・これは超限戦である。中国は米国を不安定化させたい。毒物をアメリカで売りさばくことで、我々の未来世代を殺害し、未来の軍の指導者、看護師、医師、教師、バス運転手、配管工、電気技術者を奪っているのだ。 と述べている。 Derek氏が指摘する「超限戦」とは、本来なら非軍事的な社会活動等でさえ軍事行動の一環として利用しようとするもので、「戦争と非戦争」、「軍事と非軍事」という全く別の世界の間に横たわっていたすべての境界を打ち破る戦い方をいう。ロシアの新軍事ドクトリンでは「ハイブリッド戦」と呼ばれている。Derek氏の指摘は、こうした強力な非合法薬物が国家の弱体化や不安定化を助長するための破壊工作、サボタージュであることを示唆するものである。 我が国においては、非合法フェンタニルの乱用は、覚せい剤に比べて目立っていない。しかし、我が国の非合法薬物の取引にも海外薬物犯罪組織が深く関与していることから、今後、国際情勢の変化に応じて、我が国にも急速に流入し、超限戦として、我が国に対する破壊工作に使用される可能性も否定できず、その流通動向は、安全保障の観点からも厳しく監視しておかなければならない。 以上を踏まえて、以下質問する。 一 米国ブルッキングス研究所が令和四年三月七日に公表した報告書「China and synthetic drugs: Geopolitics trumps counternarcotics cooperation」によると、当初、中国は米国にフェンタニルを直接供給していた。五千社以上の企業が中国の政治的に強力な製薬業界を構成しており、基礎化学製品や前駆体化学物質の輸出額では世界最大であるが、その多くは法的認可を受けずに操業し、ペーパーカンパニーの陰に隠れている。令和元年まで、無数の中国の化学会社やブローカーは、違法であるにも関わらず、米国にフェンタニルを輸出していた。しかし米国の激しい外交に直面し、中国は令和元年五月にフェンタニル系薬物を、平成三十年には主要なフェンタニル前駆体を規制下においた。この規制を受けて、中国の貿易業者はメキシコの麻薬カルテルへの前駆体化学物質の販売に切り替えたという。また、中国の対米薬物対策協力は、両国間の地政学的関係の悪化に影響を受けており、米中関係が改善することがなければ、中国は対米薬物対策協力を強化する可能性は低い、としている。また同報告書は、メタンフェタミン(覚せい剤)についても、その製造にかかる前駆体化学物質の主要な供給国が中国であると指摘している。こうした中国の薬物への姿勢を踏まえて、我が国は、薬物対策において、主要な原料供給国とされる中国に対して、どのような働きかけ、要請をしているのか、あるいは実際にどのような協力を得ているのか具体的に明らかにされたい。 二 我が国では、非合法のフェンタニルが流通している状況は、まだ確認されていないと仄聞する。しかし、令和五年二月二十七日付け朝日新聞デジタル記事によると、無職の女性が交際相手の男性に、医薬用で鎮痛作用のあるフェンタニルを含有するシールを貼付し、筋肉を弛緩する作用のある錠剤を飲ませて薬物中毒で死なせる事件が発生している。本事件は、合法的に女性に処方されたフェンタニル含有シールが悪用されるケースとなった。さらに、フェンタニルは、ヘロインやコカイン、または抗不安薬などの偽造薬に混入されているとの報告もあり、これらヘロインやコカインはもとより、同じくフェンタニルが混入された抗不安薬等の偽造薬が海外通販サイトなどから我が国に持ち込まれることも懸念される。これらの状況を踏まえて、我が国における医薬用フェンタニルの規制、悪用状況、及び海外通販サイトから我が国に持ち込まれる薬物の流通実態、それら個人輸入として持ち込まれている薬物の真贋やその成分について、鑑定、検査する体制があるのか、また、我が国でこれまでフェンタニルが混入された非合法薬物の取締り、押収実績があるのか示されたい。 三 「令和四年における組織犯罪の情勢」は、薬物密輸入事犯に海外の薬物犯罪組織が深く関与していることがうかがわれると指摘しているが、具体的にどのような犯罪組織があるのか、その名称、規模、拠点国などを含めて概要を示されたい。 四 非合法薬物は、国家間の戦争や国際政治の道具として利用されてきた歴史がある。日本戦略研究フォーラムHPに掲載された「中国が仕掛ける「超限戦」、宣戦布告なき米中アヘン戦争(政策提言委員 元公安調査庁幹部 藤谷昌敏氏)」によると、 ・麻薬と中国の歴史は長く根深い。現在の中華人民共和国を創設した中国共産党指導者は、共産軍の増強に備えて武器や弾薬を手に入れるためにアヘンを育てて売っていた。 ・当時の共産党軍は、陝甘寧辺区で大規模なケシの栽培を始めていて、一時はアヘンの売買による利益が党中央の財政収入の約半分を賄っていたともいわれる。 ・その後も中国とミャンマー、ラオスなど周辺諸国を含めた麻薬サプライチェーンは深い繋がりを維持している。 ・カンボジアでは近年、中国資本が多数進出しており、その流れの中で中国マフィアも入り込み、麻薬製造やカジノ経営、人身売買などの凶悪犯罪を主導している。カンボジア国内においても、メキシコのように政府内の腐敗が進み、中国マフィアに積極的に協力する有力者も存在している。 ・米国軍事専門家は、「フェンタニルは致死性の高い軍事目的の化学兵器で、その蔓延には中国が水面下で深く関わっている。これは米国に向けられたアヘン戦争だ。中国は「超限戦」の一環として「薬物戦」を米国に仕掛けている」と見做している。また、「中国の超限戦は、これまでの戦争の概念を打ち破ったルールがない戦争だ。中国は、いかなる手段を用いてでも戦争に勝たなければならないという強い意志を持っている」と分析する。 と指摘している。 これを踏まえて、政府は、フェンタニルや覚せい剤の主要原料供給国であると指摘されている中国は、超限戦の一環としての「薬物戦」を展開しているとの認識はあるか、あるいは、その可能性について政府関係機関において何らかの議論、提言がされたことはあるか、あるとすれば具体的にどのような内容か示されたい。 右質問する。 |