質問主意書

第212回国会(臨時会)

質問主意書

質問第八五号

精神医療における本人の同意に基づかない入院の在り方等に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和五年十二月八日

神谷 宗幣


       参議院議長 尾辻 秀久 殿



   精神医療における本人の同意に基づかない入院の在り方等に関する質問主意書

 厚生労働省の統計によると、日本の精神病床数は、現在、三十万床を超え、入院患者は二十六万人に上る。そして、このうち約半数は、本人の意思によらない措置入院及び医療保護入院となっている。日本の精神病院のベッド数は、世界でも突出しており、全世界の五分の一の精神病床が日本にあるとのデータもある。諸外国と比べ、平均在院日数も長く、入院患者の六割強が一年以上在院し、そのうちの五割強が五年以上在院している。

 二〇〇四年に厚労省が「精神保健医療福祉の改革ビジョン」の一環として、「入院医療中心から地域生活中心へ」との理念を打ち出し、「受入条件が整えば退院可能な者約七万人について、十年後の解消を図る」とした。しかし、十年後の到達点は、目標値の半分強である四万人減にとどまっている。結果として、本人の意思によらない措置入院及び医療保護入院数もわずかな減少に過ぎないものとなっている。

 二〇二一年十月、日本弁護士連合会は「精神障害のある人の尊厳の確立を求める決議」を出した。同決議では、精神障害のある人に対する障害を理由とした人権侵害の根絶を達成するために、現行法制度の抜本的な改革を行い、精神障害のある人だけを対象とした強制入院制度を廃止して、これまでの人権侵害による被害回復を図り、精神障害のある全ての人の尊厳を保障すべきであるとされている。

 厚労省は、二〇二二年三月に医療保護入院について、制度の将来的な廃止も視野に入れ、縮小する方向での検討に入ったが、同年五月には、一転、有識者検討会の報告書案から当初盛り込んでいた「将来的な廃止」「縮減」との文言を削除し、方針を後退させた。

 二〇二二年九月には、国連の障害者権利委員会が障害者権利条約の国内実施状況に関する審査において、日本政府に対して、強制入院の廃止や、入院中の全ケースの見直し、インフォームドコンセントの確保、地域社会で必要な支援とともに自立した生活を育むことなどを要請している。

 日本の医療保護入院の要件は、精神保健指定医の診察及び家族等の同意のみが必要で、本人の同意は不要であり、本人の意思を担保する制度も整備されていない。例えば、韓国では、医療保護入院には、保護義務者二人の同意と精神科専門医一人の診断が必要とされ、日本の制度よりも厳格であった。しかし、二〇一六年九月には、精神科医や家族の悪用を防ぐ手立てに欠けるなど患者の人権保護が不十分であるとして、本人の同意のない精神科への強制入院が違憲であるとの判決が韓国憲法裁判所で下された(Constitutional Court of Korea 2014Hun-Ka9、以下「韓国憲法裁判所判決」という。)。

 また、米国では、重症精神疾患者の強制入院は裁判官が決定し、英国やオーストラリアでは精神保健審判裁判所等が決定するなど、司法審査が導入されている。

 以上を見るなら、諸外国と比較して我が国の保護入院における患者の人権保護前進に向けた取組は、遅れていることが明らかである。

 また、政府は、家族等の同意が要件となる理由として、「原則として、本人についての情報をより多く把握していることが期待できる」(内閣衆質一九三第一四〇号)旨答弁しているが、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下「精神保健福祉法」という。)第三十三条では、「家族等のうちいずれかの者の同意があるときは、本人の同意がなくてもその者を入院させることができる」とされているのに、同意する家族の優先順位は定められていない。この点について、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案」(第百八十三回国会閣法第六五号)に対する衆議院厚生労働委員会の附帯決議(以下「精神保健福祉法案衆議院附帯決議」という。)では、「同意を得る優先順位等をガイドラインに明示し、厳正な運用を促すこと」が求められているが、このガイドラインはいまだ制定されていない。

 以上を踏まえ質問する。

一 日本は諸外国に比べ、精神病床数が多く、入院期間も長い傾向にある。政府は改善を図るとしているが、取組が諸外国と比べて遅れているのはどのような理由があると考えられるか、示されたい。

二 今後、「入院医療中心から地域生活中心へ」との理念のもと、病床を減らしていくとすると、民間の精神科病院の再編が必要となると思われるが、その経営転換に係る政府の計画と、財政的助成措置などについて、説明されたい。

三 精神保健福祉法第三十三条が想定する「家族等」について、患者とその家族との関係は多様で、同居していない場合や関係が良好でない場合もあると思われる。実際に、同居している配偶者がいるにもかかわらず、本人とは疎遠であった長男が同意を行い、トラブルが発生した事例があるとも聞く。これらを踏まえ、同意権者について、優先順位を設けることを検討することが肝要と思われるが、現状での政府の認識を示されたい。

四 措置入院及び医療保護入院後、患者本人の同意なく投薬がされるケースがあると聞く。措置入院及び医療保護入院後の治療方針や投薬に関して、どのようなインフォームドコンセントがなされているか、政府は把握しているか。また、国としてはどのような在り方が望ましいと考えているか、示されたい。

五 「精神保健医療福祉の改革ビジョン」では「入院医療中心から地域生活中心へ」を基本方策としているが、この理念を具体化するには精神疾患患者の地域での生活を支え、多様化するニーズにも対応するため、退院後の生活環境相談員となる精神保健福祉士等の役割が益々重要となると思われる。役割の増大が明らかである要員の増員等の施策について、具体的に示されたい。

六 精神障害者の地域生活への移行を促進するため、精神疾患と精神障害者に対する地域社会、国民の間での正しい理解の促進が必要であると思われる。政府はこの課題について、いかなる施策を考え具体化しているのか。今後の課題を含め、示されたい。

七 国際的な機関も含めた人権関連団体から我が国に対し、本人の同意に基づかない入院を廃止すべきとの勧告等がなされている。これらを政府はどのように受け止めているか。これらを受けた具体的な施策の準備があれば示されたい。

八 韓国憲法裁判所判決の内容について、我が国においても精神保健福祉法の改正を検討する際の重要な指標となると思われる。政府は、この判決の内容について今後の精神保健福祉行政を考える上でどのような意義があると考えるか。

九 精神保健福祉法案衆議院附帯決議では、「精神障害者の意思決定への支援を強化する観点からも、自発的・非自発的入院を問わず、精神保健福祉士等専門的な多職種連携による支援を推進する施策を講ずること。また、代弁者制度の導入など実効性のある支援策について早急に検討を行い、精神障害者の権利擁護の推進を図ること。」としている。ここで指摘されている代弁者制度について、政府はどのような検討が行ってきたか。今後、代弁者制度ないしこれに準ずる本人の同意を担保する何らかの制度を導入する方針を持っているのか。

十 米国や英国、オーストラリアなどでは、強制入院に関し、司法審査を導入している。我が国においても、強制入院の際、司法審査と同等の要件を導入するべきではないか。

十一 我が国で措置入院及び医療保護入院となっている外国人の国籍別人数及び過去五年間の推移を示されたい。

  右質問する。