質問主意書

第211回国会(常会)

質問主意書

質問第八五号

我が国のカウンターインテリジェンス強化に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和五年五月三十日

神谷 宗幣


       参議院議長 尾辻 秀久 殿



   我が国のカウンターインテリジェンス強化に関する質問主意書

 米国における中国の諜報活動事案については、米国シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が過去事案を集約した報告書をホームページで公開している。その報告書(Survey of Reported Chinese Espionage,2000 to the Present March 2023)によると、二〇〇〇年以降の中国による諜報活動事案は、二百二十四件報告されており、そのうち、中国軍又は中国政府が直接関与した事例が四十九%、非中国系(中国当局にリクルートされた米国市民)による事案は十%、中国政府の関係機関が関与したサイバー諜報事案が四十六%、軍事技術獲得を狙ったものは二十九%、商業技術獲得は五十四%、非軍事系官庁や政治家に関する情報獲得は十七%と分析している。

 同報告書には、確定判決の記載はないが、米国では一般的に違法な諜報活動は死刑を含む重罪となっている。例えば二〇一八年九月、米航空業界の企業秘密を盗み出そうとした中国人エンジニアは、禁錮八年の有罪判決を受けた。また、二〇一九年十一月、米国中央情報局(CIA)を退職した職員が中国の情報機関員と接触し、米国の機密情報を渡す見返りに数十万ドルを受け取ったとして、禁錮十九年の有罪判決を受けている。報道によると、この事件については、連邦捜査局防諜局長補佐ジョン・ブラウン氏が「国家の安全とCIAの職員らが深刻な危険にさらされた」と述べている。

 米国では、諜報活動の事例について、政府司法機関やシンクタンクが積極的に公表しており、米市民に諜報活動の実態を理解させるとともに、国家の安全を確保するための断固とした決意を強く内外に示している。

 我が国における中国の諜報活動事例について、CSIS報告書に相当する資料は見当たらなかったため、私が過去事例について国立国会図書館に依頼して調査した結果、二〇〇〇年以降、我が国で諜報活動事例に該当する可能性のあるものとして以下八例が抽出された。

(1) 二〇〇三年、在日中国大使館駐在武官の工作を受けた元自衛官で国防協会役員を務める人物がその求めに応じて防衛関連資料を交付していた(戦後の外事事件―スパイ・拉致・不正輸出― 外事事件研究会編著)。

(2) 二〇〇六年、コンサルタント会社「中国事業顧問」を経営する在日中国人が別の中国人から依頼を受けて不正に在留資格を取得させ、その報酬が台湾統一工作に流用されていた(戦後の外事事件―スパイ・拉致・不正輸出― 外事事件研究会編著)。

(3) 二〇〇七年、自動車部品メーカーの中国人技術者が、社内のデータベースから製品データを持ち出したとして横領の疑いで逮捕され、技術者はその後、不起訴処分となった(毎日新聞二〇〇七年三月十七日付け)。

(4) 二〇一二年、機械メーカーの中国人社員が、設計図の機密データを不正に複製したとして不正競争防止法違反の容疑で逮捕され有罪判決を受けた(読売新聞二〇一二年三月二十八日付け、毎日新聞同年四月十八日付け、読売新聞二〇一五年七月三十日付け)。

(5) 二〇一二年、在日中国大使館の一等書記官(当時)が外国人登録証明書を不正に使って商業活動をしていた疑いで、警視庁公安部から出頭要請を受けた(読売新聞二〇一二年五月二十九日付け、同年六月一日付け、同年十月六日付け)。

(6) 二〇一五年、長男の外国人登録を虚偽申請した疑いで逮捕された中国籍の男性が、中国人民解放軍総参謀部と定期的に連絡を取っていたと報じられた(産経新聞二〇一五年三月二十一日付け、同年四月十四日付け)。

(7) 二〇一九年、工具メーカー「富士精工」の中国籍社員が製品の設計データを不正に持ち出したとして不正競争防止法違反の疑いで逮捕された(朝日新聞二〇一九年二月二十八日付け、日経新聞同年二月二十八日付け、読売新聞同年六月七日付け)。

(8) 二〇二一年、JAXAなどへのサイバー攻撃に使用された日本国内のレンタルサーバーを中国人民解放軍の指示を受けて偽名契約したとして中国共産党員の男性が書類送検された(産経新聞二〇二一年十二月二十九日付け)。

 これに含まれていない過去事例も相当数あるとみられるが、それを考慮したとしても、米国の二百二十四件に比して我が国の八件は少なすぎるのではないか。

 また、これらの事例の判決を見ると、事例(4)は、懲役二年、執行猶予四年、罰金五十万円、事例(2)は、懲役一年、執行猶予三年、罰金五十万円、事例(7)は、懲役一年二月、罰金三十万円、事例(1)、(3)、(5)、(6)、(8)はいずれも不起訴処分となっており、米国の判決とは比較にならないほど軽微なものとなっている。

 これは、我が国の防諜能力、外国諜報活動に対する抑止力は、米国を始めとする他の先進諸国と比較してほぼ皆無であると言わざるを得ず、不名誉にも「スパイ天国」と呼ばれ続け、国家安全が深刻な危険にさらされている現状を裏付けているのではないか。

 我が国を取り巻く安全保障環境は、年々厳しさを増しており、外国勢力による諜報活動、破壊や暗殺工作、影響力工作は、水面下において一層、活発化していくとみられ、その取締りや抑止を担うカウンターインテリジェンス能力の抜本的な強化は、我が国の存亡を左右する喫緊の課題である。

 この深刻な現状に鑑み、以下質問する。

一 外国による諜報活動の摘発、取締りを担当する我が国の主たる機関は、警察の外事部門であると承知している。また、二〇〇八年四月には、内閣情報調査室に内閣情報官をセンター長とするカウンターインテリジェンス・センターが設置されて、カウンターインテリジェンス機能の強化が図られている。しかし、なぜカウンターインテリジェンスの重要な成果である諜報活動の検挙事例がこのように少なく、処分も軽微なのか、その根本的な問題がどこにあるのか、この状況を改善するために具体的で真に有効性のある方策は検討されているのか、政府の見解を示されたい。

二 カウンターインテリジェンス能力を強化するには、関係機関による情報収集、分析能力の向上に加えて、諜報活動を取り締まるための法的整備とそれを運用する法執行機関の体制強化が急務である。特に近年、外国の諜報活動はハイテク機器を駆使し、サイバー空間を活用するなど、諜報活動の秘匿、防衛について一層の高度化が図られており、その取締り、検挙が困難になっている。これらの事態に対処するためには、一般の犯罪捜査とは次元の異なる捜査を可能とする法的整備や体制強化が必要であり、米国では、外国情報監視法(FISA)や外国代理人登録法(FARA)などの法律により効果的な取締りを行っている。我が国もこうした法整備を検討すべき時期と考えるが、政府の見解を示されたい。

三 米国では、諜報事件事例の詳細な内容を司法省がホームページ等で公表しており、内外のインテリジェンス専門家などが、対象となる外国情報機関の実態解明や分析に活用している。他方、我が国では残念ながら、検挙例が少ないだけでなく、それらの貴重な事例に関する積極的で体系的な情報発信はなされておらず、一部報道により知らされるのがほとんどである。そのため、我が国の専門家だけでなく海外専門家からも日本における当該情報の少なさが指摘されており、我が国における外国情報機関の活動実態の分析が進まない原因の一つとなっている。政府は、米司法省のように、諜報事件事例の詳細な内容をホームページなどでしっかり公表していくべきと考えるが、政府の見解を示されたい。

  右質問する。