質問主意書

第211回国会(常会)

質問主意書

質問第一八号

戦時下の朝鮮半島出身労働者をめぐる問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和五年二月十四日

神谷 宗幣


       参議院議長 尾辻 秀久 殿



   戦時下の朝鮮半島出身労働者をめぐる問題に関する質問主意書

 政府は戦時下における朝鮮半島出身労働者をめぐる問題(以下「本件問題」という。)に関し、韓国大法院判決で日本企業がすべきとされた賠償を韓国の財団に肩代わりさせる解決案を韓国政府が正式決定すれば、過去の政府談話を継承する立場を改めて説明して「痛切な反省」と「おわびの気持ち」を示す方向で検討に入ったという趣旨の報道がされている(令和五年一月二十八日付け共同通信社など)。また、これに伴い、輸出に当たって優遇措置を適用する対象国に韓国を再指定すること、いわゆる「ホワイト国」に復帰することの検討がされていることも報道されている。

 これは、平成三十年十月三十日の韓国大法院判決で「戦時中に新日鐵による工員募集に応募して雇用されたが、賃金が未払いであるので賠償されるべきだ」と主張する原告ら四人の日本企業に対する損害賠償請求が認容されたことから日本企業の財産が差し押さえられ、原告らが日本側に謝罪を求めていることに起因する。

 しかし、戦後の問題については、日韓請求権・経済協力協定により、財産・請求権問題が解決されたことを確認するとともに、五億ドルの経済協力(無償三億ドル、有償二億ドル)を実施しており、法的に解決済みである。政府もこのことについて一貫した立場をとっている(平成三十年十一月二十日内閣衆質一九七第四九号)。

 こうした戦争に関わる賠償問題について国家間で合意が成立した場合、個人が受けた損害については損害を受けた人が国籍を有する国の政府が行うことが、二十世紀に入ってから、特に第一次世界大戦終結以後は国際的な慣行、後にはジュネーブ条約で裏打ちされた国際法上のルールとなっている。近年解決した我が国のシベリア抑留者に対する補償もこの精神に則って、最高裁判決が国による補償を否定した後にもかかわらず、議員立法によって事実上、抑留期間に応じた賃金支払いに準ずる形で政府からの補償が行われた。

 そもそも韓国大法院の先の判決は、日本のみならず世界において戦争被害、損害に関わる補償に関して実施されている国際ルールに則ったやり方を無視したものである。まして、判決後に日本企業の資産を差し押さえた状態にあることは由々しき事態と言わなくてはならない。

 この度、大法院判決時の政権は大統領選挙で覆ったことにより、戦時中の未払い賃金に関する補償を日本企業から取立てた資産によらず、韓国側の寄付による財団基金によって行う案が出たのは、前記の国際ルールに照らせば当然の方向であり、正常な在り方へ一歩進んだものと評価できる。しかし、こうした日韓関係を超えて広く各国で実施されている戦争被害補償の在り方について、これの実施と引き換え条件のように日本政府が「痛切な反省」と「おわびの気持ち」を示すというのは、全く筋の通らない無意味かつ必要のない譲歩である。

 そもそも、原告らは、当時の国家総動員法下の国民徴用令において「募集」に応じたのであり、「徴用」されたわけではない(平成三十年十一月一日衆議院予算委員会安倍内閣総理大臣答弁)。そして、先の韓国大法院の判決そのものにも原告らが「徴用工」であるとされていないにもかかわらず、「ハンギョレ新聞」のような韓国リベラル・メディアが「徴用工補償で判決」のように決めつけ、これが日本のメディアにも伝播していつの間にか日韓両政府のやりとりに関しても「元徴用工」という言葉で説明されるようになった。

 これは、殊更この問題に関して、「募集」と「徴用」を区別せずに「強制労役に動員された」としてきた韓国側のプロパガンダに乗せられたものである。実際の記録がある歴史の姿を歪めることで、かえって補償で救われるべき被害の解決を先送りしてきた要因の一つと考える。

 さらに、この問題に絡めて日本から輸出される戦略的重要資材(大量破壊兵器製造に活用できる資源や資材など)の輸出管理については、韓国において物資が行き先不明となり第三国への転売の可能性が指摘されたことが「ホワイト国除外」の原因となっている。したがって、これを「戦時中の未払い賃金補償」の扱いに関する条件のように扱うことは、全く本筋を外した在り方で、理解できない。

 歴史の事実の歪曲を前提に物事を交渉し「政治的妥結」を図っても、結局新たな事実が明らかになる度に合意が崩れるというのが、日韓基本条約締結以降の日韓関係を俯瞰しての教訓である。輸出管理も生じた問題の正しい解決を展望して、扱いの基準が決められなくてはならない。

 以上の認識に立って、質問する。

一 本件問題について、報道をはじめ各所で「徴用工問題」などの表記を用いることが多い。この点、政府は、過去に「旧民間人徴用工」としていた呼称を「旧朝鮮半島出身労働者」に改めているようだが、こうしたことの意味と今後も同様の呼称を用いていくのかどうかを示されたい。

二 令和五年二月五日放送のテレビ番組で、外務省出身の与党国会議員が、本件問題について「解決自体は日本の国益だ」と述べるとともに、「解決できるのは保守政権の尹政権だけだから、尹政権が倒れないように配慮すべき」との発言をしている。しかし、そのような忖度で相手が望むままに「痛切な反省」と「おわびの気持ち」を表明し、過去同様に歴史の事実について妥協するような態度、なかんずく我が国が朝鮮半島住民・出身者の「強制連行」と「強制労働」を認めたことを示すような姿勢をとることは、引き続き問題の根本的解決を妨げるものであると考える。岸田文雄総理大臣のこの点での認識を示されたい。

三 本件問題と、いわゆる「ホワイト国」の問題は全く関係がないことは明らかである。しかし、報道では、本件問題解決の見返りとして、韓国のホワイト国復帰を認める方向で政府が検討しているかのような論調が見受けられる。韓国をホワイト国から除外した理由は、核兵器製造に転用できる戦略物資が行方不明であることに韓国政府から説明がなかったことであり、歴史問題とは無関係である。しかし、今回本件問題に絡めて韓国のホワイト国復帰を認めれば、最初から「歴史的問題を提起した韓国への報復目的であった」との韓国側の主張を認めたとの印象を世界に与えかねない。本件問題と「ホワイト国」の問題は完全に切り離して考えるべきだが、岸田文雄総理大臣の認識を示されたい。

四 本件問題は、すでに日韓請求権・経済協力協定において両国間で解決済みである。そうであるとすれば、本件問題については、国際法に則った解決を図るべきである。後に韓国国内でこれに反する判決がされ、これを国内的に対処するからといって、日本側がこれに対する見返りとして、日本側が「痛切な反省」と「おわびの気持ち」を表明し、ホワイト国への復帰を許すことは、我が国の国益を損なうとともに、戦争被害の救済に関わる国際ルールを崩すことになると考えるが、岸田文雄総理大臣の認識を示されたい。

  右質問する。