質問主意書

第210回国会(臨時会)

質問主意書

質問第六一号

生殖補助医療の現状に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和四年十二月七日

神谷 宗幣


       参議院議長 尾辻 秀久 殿



   生殖補助医療の現状に関する質問主意書

 令和四年十一月二十五日に公表された人口動態統計速報によると、本年一月から九月の出生数の累計は五十九万九千六百三十六人であり、前年と比較してマイナス四・九パーセントとなっている。この数値は、調査開始以来、最も少なかった昨年の出生数を下回るものであり、松野官房長官は、十一月二十八日の定例記者会見において「危機的状況である」と述べた。

 我が国において少子化問題は、喫緊の課題である。少子化の原因として、未婚化、晩婚化のほか、「夫婦の出生力の低下」が指摘されている(平成十六年版少子化社会白書)。

 不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦は、五・五組に一組に上り、現在、総出生数の七パーセント、およそ十四人に一人が生殖補助医療で誕生している。これまで不妊と言えば、女性側の問題として捉えられることが多かった。しかし近年、不妊原因の半数は男性側にあり、しかも男性不妊の原因の殆どが精子に何かしらの異常がある精子異常であると指摘されている。

 平成三十年七月二十八日に放送された「NHKスペシャル ニッポン精子力クライシス」では、「今ニッポンの未来を脅かす、異常事態が男性の身体に起きている。精子の数が少ない、ほとんど動かないなど、受精して妊娠を成功させる精子の力「精子力」が、どんどん衰えている」というショッキングな内容を報じている。同番組によれば、欧米の男性の精子数は、ここ四十年で半減したという驚きの調査結果が出たという。そして、欧米よりもさらに心配なのが日本であり、精子数を欧州四か国と比べたところ、なんと最低レベルだったことが分かったとのことである。

 不妊治療において、人工授精、体外受精、顕微授精の順に治療技術が高度化するが、中でも生殖補助医療の顕微授精は、頭部が楕円で元気に泳いでいる精子を正常と考え(運動精子=良好精子)、一つの運動精子を捕捉し、卵子に刺して人工的に授精を図る方法であり、精子の状態が悪い、精子数が少ない乏精子症や、精子運動率が低い精子無力症等の精子異常に対する最終手段として急速に普及した。顕微授精に必要な精子数は、たったの一つでよく、かつ人間の手により容易に受精率を上げられる技術であるという利便性から、適応範囲が大幅に広がり、現在では生殖補助医療の約八割を占めるに至っている。

 不妊治療業界では、「運動精子が一つでもいれば妊娠できる」、「顕微授精が精子の問題を解決した」というイメージが定着している。しかし一方で、現場では顕微授精が不成功の場合、これ以上の治療法がないことから顕微授精を繰り返すしかなく、顕微授精反復不成功の事例が積み上がっている。このような夫婦は、治療を反復しているうちに妻の加齢による卵子の老化も加わり、二重苦になるという辛い現実があり、不妊治療を始めた夫婦の半数以上は妊娠に至らずに治療を終えるという実態がある。生殖補助医療の実施件数が年々増加傾向にあるにもかかわらず、冒頭で示したように総出生率が低下している事実は、現場の影の実態を裏付けている。

 また、不妊治療業界では、長年にわたり「運動精子=良好精子」という認識の上に治療モデルが構成されてきた。そのため、多くの現場では、精子数、運動率、頭部形態等を主要な指標として精子側の妊孕力(女性を妊娠させる能力)を評価している。しかし、一見「元気よく泳ぐ良好精子」であっても、普通の顕微鏡では見えないDNA損傷等の精子異常が隠れている場合がある。大半の隠れ精子異常の背景には、「新生突然変異」という遺伝子の先天異常が関与し、通常の顕微鏡で判断できるような精子数の減少や運動率の低下という形では表れず、分子生物学的な特殊検査法でなければ見極めることができない。現実問題として、顕微授精反復不成功例の精子の中には、様々なタイプの隠れ精子異常が高頻度で見つかり、顕微授精反復不成功例の八割は精子異常が背景にあるとも言われる。

 この点について、日本産婦人科学会も、「一般精液検査は、精液や精子の量的性状を示しているだけで、必ずしも精子の質的性状(受精能力)を直接、反映するものではない」と述べている(日本産科婦人科学会雑誌平成二十一年六十一巻六号)。すなわち、これまでの運動精子=良好精子とする治療モデルは精子の品質管理が不十分であり、運動精子を捕捉して刺すだけでは顕微授精の有効性、安全性を保証できないのである。顕微授精は、あくまでも精子の数の補足をする技術であり、遺伝子の問題が関わる精子異常を治療できる技術ではない。

 現在、報告されている顕微授精による臨床統計(妊娠率)は、顕微授精を施行した夫婦の何割が妊娠したかをまとめたものに過ぎない。そのため、精子異常がない、もしくは、遺伝子の問題が関与しない軽度な精子異常のケースが妊娠率を押し上げているということになる。一方で、顕微授精が対応困難な重度な精子異常がある場合には妊娠率が極めて低くなるが、重症例の夫婦は「いつかは自分たちも妊娠できる」と期待して治療を続けて反復不成功例に陥るという図式がある。これが、顕微授精反復不成功例の八割は精子異常があるという背景につながっている。

 つまり、顕微授精は、生まれつき精子の設計を支配する遺伝子に問題がある精子異常を治すことができる技術ではないことから、安全性と有効性の視点から言えば、「顕微授精は精子異常には不向きな治療法」ということとなる。

 医療介入は必ずリスクを伴い、顕微授精だけが例外ではない。出生児の遺伝子の半分は精子が担うことから「どのような精子を穿刺するか」は出生児の健常性に直結する。前述したとおり、重度な異常精子を卵子に刺しても妊娠しないから反復不成功例が積み上がる訳だが、「命を造り出す」生殖補助医療において最も怖い点は、本来、受精しては困る、遺伝子の問題が関与している軽度から中等度の異常精子が顕微授精により人工的に授精させられ、妊娠、出産に至った場合に「どのような異常が生まれてくる子供に起きるのか」について未知の領域である点にある。我が国初の体外受精児が誕生して約四十年であり、生殖補助医療は新しい医療であるため、ヒトの平均寿命八十年以上の長期にわたり「安全である」ことを確認できた人はいまだいない。

 一方、欧米では十年以上前から「顕微授精で生まれてくる子供に精神発達障害を含めた先天異常の発症率が高い」という報告もあり、アメリカ疾病対策予防センター(CDC)は「顕微授精と自閉症スペクトラム障害(社会性、コミュニケーション、行動面の困難を伴う発達障害の総称)との間に因果関係がないとは言い切れない」という見解を出している(※)。

 (※)二〇一五年American Journal of Public Health

    二〇一二年The New England Journal of Medicine

 他方、日本の生殖補助医療による出生児の先天異常に関するフォロー体制においては、子供が成長している過程で診断が可能になる「自閉症スペクトラム障害」、「注意欠陥多動性症候群」、「精神発達遅滞」などの神経発達障害は含まれていない。

 「顕微授精と自閉症スペクトラム障害を含む神経発達障害との間に因果関係がないと言い切れない」現状では、命を造り出す生殖補助医療においては、因果関係があるという前提で危機管理をすべきである。特に、顕微授精に用いる一つの精子の選定は「命の選択」になる可能性を否定できないから、尚のことである。

 以上を踏まえ、現行の顕微授精に代表される生殖補助医療に関し、以下、質問する。

一 現在、日本生殖医学会において生殖医療専門医として認定を受けている九百七十三人のうち、主に男性側を診る泌尿器科医師数は僅か七十一人である。中でも、臨床精子学(ヒト精子の基礎研究)を専攻して博士論文を取得し、長年にわたり「ヒト精子」に精通し、臨床(患者)に橋渡しをしている医師は極めて少ない。専門医を増やす必要があると考えるが、政府は、どのような方策をとろうとしているのか。

二 ヒト精子の基礎研究に取り組む専門医が極めて少ないという背景も相まって、顕微授精は「一つの運動精子がいれば妊娠できる」というイメージが定着し、この約四十年、精子側の正確な科学的根拠に基づく医療(EBM。Evidence-Based Medicineの略)の提供がないまま、「運動精子=良好精子」とする治療モデルが生殖補助医療の八割を占めるまで普及した側面があると思われる。顕微授精の設計(精度)管理上、精子側の情報が不十分なまま技術提供したことが、治療の有効性と安全性を損なってきた可能性がある。精子の質を適切に管理することが生殖補助医療の効果を高め、リスクを軽減する取組の一つと考えられる。政府としては、ヒト精子の研究水準を高めるための方策をどのように考えているか、示されたい。

三 令和四年四月から不妊治療が保険適用されたことにより、一般の疾病と同様、生殖補助医療も有効性と安全性が認められた標準治療であることが前提条件となった。科学的根拠に基づいた医療の提供と、医療経済の観点から、不妊治療の適正化、効率化つまり費用対治療効果が求められる。結果として保険適用化に伴い、今まで議論されなかった「精度の高い臨床統計」に基づいて、「顕微授精の安全性、有効性」を明確にしなくてはならない。そのためにも、精子側の正確な科学的根拠に基づいた医療による「治療の限界」の提示と、リスクを含む適応基準の明確化(治療内容の絞り込み)が急務である。同時に、保険適用に伴い、「施設における技術格差がない」医療行為・措置の均質化が求められてくるため、施設ごとの実態調査をする必要性も生じる。これらに関し、政府としては、どのような方法で「治療の限界」の提示とリスクを含む適応基準の明確化、現場の実態調査を行う見通しであるかについて見解を示されたい。

四 現行の生殖補助医療では、精子側の正確な科学的根拠に基づいた医療の提供がないまま、採卵を繰り返す治療モデルが画一化され、その治療法に対して保険適応がされている。しかし、「不妊である」ことはあくまでも結果であり、不妊になる原因や背景は夫婦ごとに大きく異なる。このように、「不妊治療は究極の個別医療」であり、一律に同じ治療(画一化治療)をすることは低効率である。保険診療は標準治療であることが前提になるが、不妊治療はそもそも標準治療になじまない。にもかかわらず、現状のままでは、採卵を繰り返して顕微授精を反復することにより、国家財政が厳しくなる可能性も否定できない。また、一律保険点数内で管理された技術提供に収めざるを得ない状況になることにより、医療の質が低下する可能性や二次的な社会問題が発生するリスクも否定できない。政府は、このリスクについてどのような検討を行っているか、見解を示されたい。

五 命を造り出すことになる生殖補助医療では、何より安全が最優先されなくてはならない。だからこそ、精子側の正確な科学的根拠に基づいた医療の提供がなく、運動精子一つを卵子に刺す顕微授精で生まれてくる子供の異常との因果関係を完全に否定できない現状において、保険診療下で出生児に何らかの問題が認められた場合には、医療機関に限らず、政府も責任を負う可能性が生じることになる。この問題をどう考えるか、政府の見解を示されたい。

六 不妊治療の保険適用がこれまでの生殖補助医療の過去を総括して見直す良い機会になり、安全性戦略に向けたガイドライン等が策定されることが期待される。同時に、生殖補助医療に携わる現役医師の臨床精子学の教育研修(知識・技術・経験)強化が早急に求められる。政府の見解を示されたい。

  右質問する。