質問主意書

第208回国会(常会)

質問主意書

質問第五三号

関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件における犠牲者の遺体処理に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  令和四年五月二十六日

有田 芳生


       参議院議長 山東 昭子 殿



   関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件における犠牲者の遺体処理に関する質問主意書

 関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件(以下「朝鮮人虐殺事件」とする)については、犠牲者の氏名・出身地、さらにその人数すら明らかになっていません。それは虐殺された遺体の多くが官憲によって秘密裏に処理されたためです。

 しかし、日本人労働運動家らが亀戸警察署の中で習志野騎兵連隊によって殺害された、いわゆる亀戸事件に関しては、犠牲者の遺族が弁護士・労働組合幹部らと共に遺骨を受け取りに出かける等の行動があったため、新聞各紙に報道されており、遺体処理の経過をある程度追うことができます。そして、当時の亀戸警察署長が、開削中の荒川放水路にかかっていた四ツ木橋の下手に亀戸事件の犠牲者を埋めたと証言したため、同じ場所に埋め棄てられていた朝鮮人犠牲者の遺骨についても、新聞の端々で知ることができます。

 朝鮮人虐殺事件に関し、弁護士は、朝鮮総督府の東京出張所の立会いを求めましたが、「朝鮮人の遺骨は亀戸ばかりじゃない、諸所にあるから特に一か所ばかり引き取る訳には行かぬ」(「国民新聞」一九二三年十一月十三日)という返事でした。

 やむを得ず遺族らが同年十一月十三日に遺骨の発掘に向かおうとしたところ、「遺骨はもう亀戸警察署にある」と言われました。その前夜に亀戸警察によって遺骨が掘り出されていたのです。その後、荒川放水路の現場は警察官・乗馬憲兵が厳戒態勢を敷いて、遺族らは近寄ることもできませんでした(「報知新聞」一九二三年十一月十四日)。さらに、翌日の十一月十四日、「四ツ木橋下半町の付近三か所」は、亀戸警察署の高等係主任以下巡査十九名によって再び遺骨が掘り返され、亀戸警察署・寺島警察署の警察官六十名が警戒線を張る中、白骨も着衣の遺体も全部一まとめに十三個の棺に納めてどこかへ持ち去られてしまいました(「国民新聞」一九二三年十一月十五日)。

 これら一連のことから明らかなのは、事件の発覚を恐れた治安当局が、戒厳令の下、犠牲者の遺体・遺骨を埋め棄てるだけでなく、さらに一まとめにしてどこかに持ち去り、日本人も朝鮮人も判明できないように処置したという事実です。

 この虐殺事件の隠蔽工作方針を示す、国立国会図書館憲政資料室所蔵の斎藤実関係文書という史料には「大正十二年十二月 関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況 朝鮮総督府警務局」という文書が収められており、その中の「極秘 震災当時ニ於ケル不逞鮮人ノ行動及被殺鮮人ノ数之ニ対スル処置」の項には、「(三)処置 被殺鮮人死体始末ハ関係官憲ニ於テ区々ニナセルヨリ其ノ後左記一定ノ方針ノ下ニ処置セラレツツアルカ未タ遺骨引渡シヲ申出タル遺族ナシ而シテ此等被殺者ノ遺族ニ対スル慰藉方法其ノ他ニ就キテハ目下当局ニ於テ考慮中ナリ」、「一、埋葬シタルモノハ速ニ火葬トスルコト」、「二、遺骨ハ内鮮人判明セサル様処置スルコト」、「三、被殺者姓名判明セル者ニ対シ遺族カ引取方申出シタルトキハ其ノ遺骨ヲ引渡スコト」、「四、遺族ニアラサル引取人ノ申出テアリタル場合ハ遺骨ヲ引渡ササルコト」、「五、起訴セラレタル事件ニシテ鮮人ニ被害アルモノハ速ニ其ノ遺骨ヲ不明ノ程度ニ始末スルコト」との記述があります。

 「処置」とは、被殺者の遺体をどうするかということです。

 朝鮮人虐殺事件の犠牲者の氏名や人数が不明なのは、人権を顧みない当時の政府の隠蔽工作によるものというほかはないことを指摘して、以下質問します。

一 前述の「大正十二年十二月 関東地方震災ノ朝鮮ニ及ホシタル状況 朝鮮総督府警務局」の文書中、「極秘 震災当時ニ於ケル不逞鮮人ノ行動及被殺鮮人ノ数之ニ対スル処置」の存在を、政府は確認していますか。

二 朝鮮総督府警務局は大日本帝国の国家機関ですか。政府の見解をお示しください。

三 「被殺者姓名判明セル者」は、何人いたのですか。また、「被殺者姓名判明セル者」の名簿はどこに存在するのですか。

四 「被殺者ノ遺族ニ対スル慰藉」は、実行されましたか。

五 前記四に関し、慰藉が実行されていた場合、その遺族を政府はどのように認定したのですか。

六 前記五に関し、政府が遺族を認定したのであれば、犠牲者も認定されていたと理解していいですか。

七 前記六に関し、政府によって犠牲者が認定されていたとすれば、その「犠牲者」の名簿及び「被殺者ノ遺族」の名簿はどこにあるのですか。

八 遺骨を日本人であるか朝鮮人であるか判明しないよう処置すると、当時の政府にどのような利点があったと考えられるのですか。政府の見解をお示しください。

九 一九二三年当時、朝鮮人虐殺事件で起訴された者は民間人のみであり、官憲や軍隊等は責任追及されなかったという問題があります。しかし、数少ない起訴された事件の被害者の遺骨すら、速やかに「不明ノ程度ニ始末」するという当時の政府の方針は、虐殺事件の隠蔽のため以外のなにものでもありません。人道という観点に照らして、朝鮮人虐殺事件に関する政府の対応をどのように考えているのですか。政府の見解をお示しください。

  右質問する。