質問主意書

第196回国会(常会)

質問主意書


質問第二〇五号

死刑制度における手続き的問題に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成三十年七月十九日

福島 みずほ   


       参議院議長 伊達 忠一 殿



   死刑制度における手続き的問題に関する質問主意書

 本年三月の国連人権理事会で死刑廃止に関連した勧告を日本に対して発した国は三十か国を超えたにもかかわらず、日本政府はこれらの死刑制度に関するすべての勧告のフォローアップを拒否した。このような日本政府の態度は、死刑制度をめぐる問題が、人の生命の権利という最重要の人権保障に関する問題であるということを否定する考え方として、国際社会から強い危惧の念を持って見られている。
 そして、二〇一八年七月六日、上川陽子法務大臣はオウム真理教に関連した七名の死刑確定者に対して死刑の執行を行った。このような大量同時執行とこれに関する報道は、非人道的な刑罰の執行であるとして国際世論から強く非難されている。
 この死刑執行には、再審請求中の者が六名含まれ、心神喪失の状況にあるとして日弁連から死刑執行の停止を求められていた者一名が含まれていたと報道されている。このような死刑執行は刑事訴訟法第四百七十九条第一項と自由権規約第六条第四項に違反する違法なものである。以下今回の死刑執行に際し、死刑制度における手続き的問題に関して質問する。

一 再審請求中の死刑執行に関して

1 現行の刑事訴訟法は、再審請求事件が係属中であることを死刑執行停止の事由としては規定していない。しかし、免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件の四事件では、死刑の執行はなされていない状況で再審が開始され、再審請求人らは生きて無罪が確定された。これは、法務省が再審請求中の死刑の執行について慎重な姿勢をとってきたことを示していると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。
2 二〇〇二年四月三日の衆議院法務委員会において、森山法務大臣は、「死刑というのは人の命を絶つ極めて重大な刑罰でございますから、その執行に当たっては、法務行政の最高責任者である法務大臣において、刑の執行停止、再審、非常上告の事由あるいは恩赦を相当とする情状の有無などについて慎重に検討した上で命令を行う」と答弁している。現在の安倍内閣の認識もこの答弁と同じであるか、明らかにされたい。
3 戦後の刑事裁判制度の中で、死刑確定事件について再審請求中に死刑が執行されたケースはどれだけあるか。そのようなケースの執行日、死刑執行対象者の氏名、再審請求が何次のものであったかを明らかにされたい。なお、一九五二年四月に発生した門司の幼児三人殺害事件の容疑者は、責任能力が争われるも、一九五五年十二月二十六日に最高裁で上告が棄却され、死刑が確定した。無実を訴え、一九五八年四月十二日に死刑が執行されるまで十四回再審請求を提出し、うち三回について裁判所の決定が出ておらず、死刑執行後に棄却が決定しているとの情報があるが、その真偽を明らかにされたい。
4 戦後の刑事裁判の中で、再審請求を行っていた死刑確定者が死刑執行された例としてよく知られているものは、藤本松夫氏の事件である。藤本氏は、ハンセン病に罹患し、恵楓園内の菊池医療刑務支所に収容されたまま三度の再審請求を行った。三度目の再審請求が棄却された翌日である一九六二年九月十四日、死刑が執行された。まず、この死刑執行が第三次再審請求の棄却直後の執行であったことを認めるか。政府は、再審請求中の執行はできないと考えていたため、再審請求棄却の翌日に死刑を執行したのではないか。また、その後の、厚生労働省、法務省、最高裁判所、外務省が進めてきた、ハンセン病に関する司法の差別と人権侵害に関する政府としての検討と取り組みの結果を踏まえて、この時の死刑執行について正当な根拠を持ってなされたものと考えているのか。政府としての、この死刑執行についての現在の見解を明らかにされたい。
5 一九九九年十二月十七日、小野照男氏の死刑が執行された。当時、小野氏は、自力で第七次再審請求中であったが、執行の三日前にはじめて弁護人がつき、弁護人作成の補充書が裁判所に提出されていた。補充書の提出は、検察庁には死刑執行の二日前に知らされていたが、法務大臣には知らされていなかったと二見伸明衆議院議員(当時)が発言している。小野氏の死刑に関する事実経過を政府として把握しているか。
6 一九六二年九月十四日以降、一九九九年十二月十七日まで、再審請求中の死刑確定者に対する死刑が執行された事実はないことを認めるか。
7 一九九九年十二月十七日以降、二〇一七年七月十三日に西川正勝氏の死刑が執行されるまで、再審請求中の死刑確定者に対する死刑が執行された事実はないことを認めるか。
8 西川氏の死刑が執行されたとき、西川氏は第三次再審請求中だった事実は間違いないか。
9 二〇一七年十二月十九日、関光彦氏、松井喜代司氏の二名の死刑を執行した後の記者会見で、上川法務大臣は、「再審請求を行っているから執行はしないという考え方は採っていないということです」と述べている。この発言は、再審請求の当否について裁判所ではなく、法務省が審査し判断するという意味か。
10 死刑が執行された当時、関氏は第三次再審請求中であったこと、松井氏は第四次再審請求中であったことを認めるか。
11 一九九九年十二月の死刑執行の後に、二〇〇〇年二月十日、古田佑紀法務省刑事局長(当時)は、死刑の執行について、「再審制度がある以上、再審請求の機会を与えないことはその趣旨に反することにもなる。そこで、再審の請求があったときには、十分それを参酌する。」と対談で述べていた。
 しかし、今回死刑が執行された松本智津夫氏、遠藤誠一氏、土谷正実氏、井上嘉浩氏、新実智光氏、中川智正氏、早川紀代秀氏の死刑確定者計七人のうち土谷氏以外の六人全員が再審請求中であり、井上・中川両氏は初の再審請求中(第一次再審請求中)であった。再審請求について一度も裁判所の判断が示されていない事件についての死刑執行は、戦後の刑事裁判史上にも全く例を見ないものと言わざるを得ない。戦後の死刑執行において、第一次再審請求中に死刑の執行を行った例があるか。あるとすれば、その年月日、対象者の氏名を明らかにされたい。また、前記対談で古田刑事局長が述べた、死刑執行と再審請求との関係についての法務省の認識を示されたい。認識が異なる場合は、認識が異なる理由を説明されたい。
12 日本政府が批准している自由権規約の第六条第四項は、再審請求する権利を死刑確定者が有していることを規定している。この規約は死刑確定者にどのような権利を保障したものと理解しているか。裁判所の判断を一度も経ることなく、第一次再審請求中に、死刑確定者に対して死刑を執行することは、明白に同規約第六条第四項に反するのではないか。
13 再審請求中の死刑確定者に対する死刑執行が、日本の国内法上、可能と考える根拠を説明されたい。そしてその執行の可否を分ける基準があるのか。あるのだとすれば、その基準を示されたい。

二 心神喪失状態の者への死刑執行に関して

1 刑事訴訟法第四百七十九条第一項によれば、死刑確定者が心神喪失の状態にあるときは死刑の執行を停止するよう定められている。死刑執行を停止する理由として通説は「自己の生命が裁判により失われるという自覚を欠く者に対しては、刑の執行として意味を有しない」ためであると捉え、同項における「心神喪失の状態」とは、「認識能力」(自己の違法行為を非難する裁判に基づいて自己の生命の絶たれることを認識する能力)を欠く状態であると説明している。さらに、死刑執行の直前まで死刑確定者に再審請求権を認めている再審制度自体が、有罪判決を受けた本人に死刑執行の直前まで判断能力(認識能力と防御能力)があることを当然の前提としているということとなる。防御することができないような状態にある場合は、自ら又は弁護人を選任して、再審請求を行うことができないからである。以上の観点に照らして、刑事訴訟法第四百七十九条第一項の「心神喪失の状態」とは、認識能力又は防御能力を欠く状態というべきであると考えるが、このような理解でよろしいか。政府の理解する同条同項の立法趣旨を説明されたい。
2 政府の考える心神喪失の状態にあり死刑執行を停止するべき死刑確定者というのは、どのような状況にあるものを言うのか、具体的に示されたい。
3 死刑が執行されようとしている死刑確定者が心神喪失の状態にあるのか否かの判定は、刑事訴訟法など関係法令において誰が行うと規定されているのか。その法的根拠を示されたい。
4 日本弁護士連合会が本年七月六日に発表した会長声明では、「今回執行された死刑確定者の中には、当連合会が、二〇一八年六月十八日付けで、心神喪失の状態にある疑いが強いので、死刑の執行を停止するよう、法務大臣に対し人権救済申立事件の勧告をしたものが含まれている。同勧告で述べたとおり、死刑確定者について、適正手続保障の観点から、法務省から独立した機関において、心神喪失の状態にあるか否かを判定する必要があるが、そうした法整備がなされないまま、法務大臣の命令により執行がなされた。」と指摘されている。会長声明で言及された勧告の対象に七月六日に死刑が執行された松本智津夫氏が含まれていると認識しているか。また、七月六日の死刑執行の可否の検討にあたって、法務大臣は、前記日弁連会長声明で言及されている勧告に照らして死刑執行の可否を検討したか。検討したとすれば、検討の経緯とその結果を明らかにされたい。
5 自由権規約委員会は二〇一四年八月二十日の第六回定期報告書審査の総括所見第十三項において、「死刑執行に直面する人が「心神喪失状態」にあるか否かを判断するための独立の精神鑑定が行われていないこと、再審請求または恩赦の申請には死刑執行を停止する効力がなく、かつ、実効性がないことに留意する。」として、「死刑確定者の精神上の健康に関する独立した審査制度を設けること。」と勧告している。七月六日の死刑執行の可否の検討にあたって、法務大臣は、この勧告に照らして死刑執行の可否を検討したか。検討したとすれば、検討の経緯とその結果を明らかにされたい。
6 死刑確定者が心神喪失の状態にあるかどうか、法務大臣はどのような資料に基づいて判定しているのか。前記の日弁連の勧告や自由権規約委員会総括所見を上川法務大臣は自ら読んだのか。実際に、上川大臣はどのように検討を指示し、法務省内でどのような検討がなされたのか。
7 法務大臣の判定結果が適正かどうかはどのように担保されるのか。今後、日弁連や国連機関(自由権規約委員会、拷問禁止等委員会、人権理事会)から繰り返し求められている法務省から独立した機関による心神喪失状態についての判定の仕組みを作る計画はないのか。
8 政府は、個別の死刑確定者が心神喪失状態にあるか否かについては答弁を拒否してきたが、死刑確定者の家族、担当弁護士などが法の適正な運用がなされているか確認できないことは重大な人権上の問題を引き起こしている。前記二の4の日弁連の勧告では、合計で八名の死刑確定者に対して、心神喪失状態あるいはその疑いがあるとして、死刑執行の停止を求めている。これらの者の死刑執行の可否について、今後どのように検討していくつもりか。また、これらの検討状況を情報公開すべきであると考えるがいかがか。

三 死刑執行の手続きの報道機関への事前情報提供と情報公開について

1 本年七月六日、朝七時ごろから東京拘置所等において死刑執行が行われるとの報道があった。これまで、そのような情報が早朝から報道されたことはなかった。事前に一部の報道機関に対して、政府から意図的に情報が提供されていたことが強く疑われる。事前の情報提供はあったのか。あったとすれば、誰が誰に対して行ったのか。報道機関への事前の情報提供について、法務大臣又は法務事務次官は了承していたのか。事前の報道がなされるに至った事実経過を説明されたい。
2 死刑執行が行われる際、死刑確定者にはどの時点で知らされるのか。また、死刑確定者の家族、担当弁護士への連絡は、どの時点で行われるのか。連絡の仕方、時期について、基準があるのか。具体的に回答されたい。今回の七月六日の執行はそれぞれの死刑確定者に、いつの時点で知らせたのか。報道機関への情報提供よりも前の時点で死刑確定者に知らせたのか。
3 今回の執行では、被害者遺族の高橋シズヱ氏は午前九時四十五分に法務省の参事官から電話があったと述べている。死刑確定者が関与した事件の被害関係者への連絡は、どの時点で行われるのか。連絡の仕方、時期について、基準があるのか。今回はどの範囲の被害者に事前に知らせたのか。具体的に回答されたい。

四 恩赦に関して

1 自由権規約の第六条第四項には、「死刑を言い渡されたいかなる者も、特赦又は減刑を求める権利を有する。死刑に対する大赦、特赦又は減刑はすべての場合に与えることができる」と定められている。この規定は、死刑に直面した死刑確定者には、生命を防御するために恩赦を出願できる権利を保障しているが、日本における恩赦の出願は、本人しかできないのか。本人しかできないとすれば、その法的な根拠を示し、それが自由権規約違反ではないことを説明されたい。また、本人以外でも恩赦の出願ができる場合は、どのような場合か、事例を明示して説明されたい。
2 再審請求は、死刑確定者本人だけではなく、親族にもその権限が認められている。再審請求の権利が、本人のみならず親族もできるとしているのはなぜか。恩赦との違いを含めて、政府の考えを示されたい。

五 遺体の引き取りなどに関して

1 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する規則(以下「刑事収容施設規則」という。)第二十二条は、死亡した者の残した遺留物について定めた刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第五十五条に関する条項であり、遺体そのものについて定めたものではない。また、同法第百七十六条は、死亡の通知について定め、同法第百七十七条は、「死体の埋葬又は火葬を行う者がないとき」に施設長が埋葬・火葬ができることを定めているにすぎない。遺体そのものを受け取るべき「死体の埋葬又は火葬を行う者」をどのようにして決めるかについて定めた法律と規則は存在しないという理解でよろしいか。
2 法務省から、平成三十年三月七日付け矯正局名義の「死刑執行後の遺体の取り扱いについて」と題する書面を受領したが、この文書の法的な性格を説明されたい。また、このような文書はこれまで開示されていなかったものと理解して良いか。同文書には、遺体の引き取り人について、第一順位が「被収容者が指定した者(一人に限る)」と記されている。これは、刑事収容施設規則第二十二条の遺留物に関する規則内容を参考に定めているように見受けられるが、法や規則に基づかず、このような定めができる理由について説明されたい。
3 死刑確定者が執行直前に、遺体の引き取り人を指定した際、それは記録されるのか。
 記録されるとすれば、どのような書面においてか。また、その書面は遺族らに開示されるのか。記録されない場合、刑務官が恣意的な運用をしないよう、遺体の引き取り人の指定について、どのようにして正確性、正当性を担保するのか。
4 死刑確定者には、精神疾患があり日頃の意思疎通が困難な者もいると思われるが、そのような者の死刑の執行にあたって、遺体や遺留物の引き取りなどについての本人の意思をどのように確認するのか。その場合の本人意思の確認の仕方、あるいは家族、担当弁護士の判断を含めて引き取り方法を確認するのかどうか、取り決められている方法を明らかにされたい。
5 刑事収容施設規則第九十二条第一項は、被収容者が死亡した際の遺族等への通知の順位を定めているが、この規定はあくまで、通知の順位について定めたものであり、遺体の引き取り順位を定めたものではないという理解でよいか。
6 刑事収容施設規則第二十二条第一号に規定する被収容者が指定した者が「相続人廃除」などにより被収容者と絶縁しているような状況にあっても、同規則第九十二条第一項第二号以下の者よりも優先されるのか。遺留物の引き渡し先を判断しがたい場合、どのような解決方法が考えられるか。
(1) 当事者の意見を聞くことはあるのか。
(2) 最終的には誰が、どのような基準で判断するのか。
(3) 当事者の遺体の取り扱いについての意見が異なる場合、片方は遺体の引き取りを望み、片方は火葬後の引き取りを望む場合は、遺体の取り扱いは、誰が、どのような基準で、判断するのか。
(4) (1)及び(3)の判断について根拠づける法令は何か。

  右質問する。