第193回国会(常会)
質問第五八号 「防衛省・自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会報告書」に関する質問主意書 右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。 平成二十九年三月二十二日 福島 みずほ
参議院議長 伊達 忠一 殿 「防衛省・自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会報告書」に関する質問主意書 二〇一五年六月二日に提出した「戦争法案に関する質問主意書」(第百八十九回国会質問第一五一号)において、国際平和支援法案(「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案」)が制定されることにより「自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれるリスクが高まると考えられるが、その理解でよいか」と質問したところ、政府からは国際平和支援法案においても、「自衛隊の部隊等が安全な場所で活動を行うことについて、従来と変更はなく、御指摘のように「自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれるリスクが高まる」とか「後方支援を行う場所が、戦場になる」とは考えていない」との答弁があった。 しかるに、防衛省は同年四月に「防衛省・自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会」を設置し、国際平和支援法案を含む一連の戦争法案の国会審議や同法の施行準備の過程と平行して検討を行い、昨年九月二十一日には「防衛省・自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会報告書」(以下「報告書」という。)を発表した。 防衛省は報告書とともに「自衛隊の第一線における救護能力の向上について」を発表し、「第一線救護衛生員を、早期に部隊に配置するため、平成二十九年度前半より、第一線での新たな救命処置(緊急救命行為)の教育を開始」すると述べている。このように、国際平和支援法等の施行と平行して「第一線救護」の検討を行ったことは、防衛省・自衛隊が、前記答弁の言葉とは裏腹に、同法によって「自衛隊員が戦闘行為に巻き込まれるリスクが高まる」ことを認識していることを示しているのではないか。 そこで、報告書の内容と同検討会の議論の内容及び報告書にもとづく防衛省の政策について、以下、質問する。 一 報告書には、「検討会においては、前提として、「我が国が外部から武力攻撃を受けた事態(以下「有事」という。)において、敵の砲火下にある場面又は直接の砲火は脱したものの依然として脅威下にある場面(以下「第一線」という。)であって、基本的に民間人は退避しており、自衛隊員のみが活動でき、消防職員である救急救命士や民間の医療チームに救護を依頼することができない地域」において、受傷直後から医官が配置されている医療施設へ後送されるまでの間に必要となる救護処置について検討を行った」とある。 そして、報告書と同日に防衛省が発表した「自衛隊の第一線における救護能力の向上について」には「第一線救護衛生員を、早期に部隊に配置するため、平成二十九年度前半より、第一線での新たな救命処置(緊急救命行為)の教育を開始」とある。 防衛省が「早期に部隊に配置」しようとしている「第一線救護衛生員」とは、その教育と配置が開始される二〇一七年度以降、将来においても、報告書における「有事」、すなわち「我が国が外部から武力攻撃を受けた事態」にのみ活動するものと考えてよいか。 海外での自衛隊の活動、たとえば、南スーダンなどでのPKO活動やアデン湾での海賊対処行動、あるいはかつての、イラクでの「復興支援」活動のようなケースには、「第一線救護衛生員」の活動は適用されないものと理解してよいか。 二 報告書には、「有事に際して、第一線における救護から最終の病院治療までの一貫した治療後送ができる体系を平素から整備しておくことが重要である。特に、陸上又は洋上における第一線では、戦傷隊員に対して、医官による診療が実施できない場面が想定され、その場合、個人が携行している救急品を用いて自ら負傷部位の止血処置をする他、状況に応じて他の自衛隊員が応急手当を施すとともに、衛生科隊員により専門的な応急手当として第一線での救護を行うこととなる。その後、車両や回転翼機、艦艇により臨時に設置された医療施設へ後送され、医官による応急治療や外科治療による安定化が施された後、固定翼機を含めた輸送手段により自衛隊病院や部外病院へ後送され、専門的な治療を受けることとなると考えられる。また、航空救難が必要となる戦傷隊員が発生した場合には、第一線となる現場や収容直後の回転翼機内で応急的な処置を施しつつ医療機関へ後送されることとなる」とある。 しかし、この記述における「陸上又は洋上における第一線」という言葉は漠然としており、その意味するところが必ずしも明らかではない。「陸上又は洋上における第一線」とは、どのような場所を指すのかを具体的に説明されたい。「陸上」とは日本の領土に限定されるのか、「洋上」とは日本の領海に限定されるのか、排他的経済水域を含むのか、公海上を含むのか、明らかにされたい。また、前記記述における「部外病院」とは、具体的にどのような病院を想定しているか、明らかにされたい。 三 報告書には、「戦傷隊員に対して、医官による診療が実施できない場面が想定され」という旨の文言が繰り返し出てくるが、「戦傷隊員に対して、医官による診療が実施できない場面」とは、具体的にはどのような場合を想定しているのか、陸上と洋上のそれぞれについて、明らかにされたい。 四 「有事」、すなわち「我が国が外部から武力攻撃を受けた事態」の際、陸上の「第一線」における医官の配置をどのように想定しているのか、たとえば小隊に一名の医官、中隊に一名の医官、後方支援連隊に三名、というように、医官の配備の現状と将来の構想を具体的に明らかにされたい。 また、報告書には、「受傷直後から医官が配置されている医療施設へ後送されるまでの間に必要となる救護処置」という記述があるが、防衛省・自衛隊は「第一線」に医官を派遣することは想定していないということか、明らかにされたい。 五 南スーダンに派遣された第十一次隊には、何名の医官、准看護師、救急救命士の資格をもつ隊員が配置されているか、明らかにされたい。 六 「受傷機転」(報告書三ページ)とは、どういう意味か、明らかにされたい。 七 報告書には、「第二次世界大戦での全体の死亡率は十九・一%からアフガニスタンにおけるOperation Enduring Freedom及びイラクにおけるOperation Iraqi Freedom(以下、両者を併せて「OEF・OIF」という。)では九・四%まで低下し、救命率の向上が認められた。その背景には、防護装備の発達や回転翼機等による患者後送手段の改善、ダメージコントロール手術の発展に加え、Tactical Combat Casualty Care(以下「TCCC」という。)ガイドラインという標準化された戦傷救護方法が大きく貢献しているといわれている。TCCCガイドラインの策定にあたり、第七十五レンジャー連隊に対して同ガイドラインの救護方法を先行的に導入したところ、OEF・OIFでの当該部隊の戦傷者に対する医療施設収容前・収容時の死亡者の割合は十・七%であり、これは米軍全体の戦傷者を同様の方法で比較した十六・四%よりも低く、第一線における救命率の向上が確認された。 また、OEF・OIFにおける米兵の死因分析では、戦闘における負傷で死亡した者のうち八十七%が医療施設収容前の第一線で死亡しているが、そのうち二十五%は生存できた可能性があったとされている。この生存可能性があったとされる者の死因の内訳は、出血が九十一%、気道閉塞が八%、緊張性気胸が一%であった。ベトナム戦における米兵の死因分析でも、四肢からの出血、気道閉塞及び緊張性気胸を合わせた十五%については、医療施設に搬入される前の段階である第一線にて適確に処置が行われていれば、救命できた可能性があったといわれている」とある。しかし、ここで検討されている「OEF・OIF」や「ベトナム戦」は、いずれも米国の軍隊が自国領土以外の地域に出撃して行った戦闘であって、米国の国土が外部から武力攻撃を受けた事態ではない。他方、報告書が検討の対象にしているのは、「有事」すなわち「我が国が外部から武力攻撃を受けた事態」のはずである。 「有事」すなわち「我が国が外部から武力攻撃を受けた事態」と、米国の軍隊がアフガニスタンやイラク等国外に出撃して行った戦闘とで、戦傷者の発生状況や治療方法に特に差はないと判断しているのか、見解を明らかにされたい。 八 報告書には、「医官等に米軍の教育機関でTCCCに関する課程を履修させて教官要員を養成している。衛生学校では、これまでも医官に対して輪状甲状靱帯切開・穿刺や胸腔穿刺、薬剤投与等の教育・訓練を実施しており、有事緊急救命処置のための教育基盤はある程度整っているといえる」とあるが、そもそも自衛隊の医官の定員、現員及び充足率を病院、医務室、部隊、その他に分けて明らかにされたい。 「自衛隊病院等在り方検討委員会」報告書別添資料九-③によれば、二〇〇九年三月三十一日現在の、部隊における自衛隊医官の充足率は二十・五%とのことであるが、その数値は以後どのように変化しているか、明らかにされたい。 また、自衛隊医官の充足率が低い原因について、どのように認識しているのか、見解を明らかにされたい。 九 報告書には、「教育カリキュラム案は第三回検討会及び第五回検討会において検討し、現時点では妥当と判断するが、更に精査を行い、防衛省CMC協議会において承認することが必要である。また、承認後も定期的かつ継続的に見直していく必要がある」とあるが、教育カリキュラムについて、医療政策の所管官庁である厚生労働省の指導または了解を得ることは考えていないのか。もしも、厚生労働省の指導または了解を得ることを考えていないのであれば、その理由を明らかにされたい。 また、「防衛省CMC協議会」とは、どのようなメンバーで構成されるのか。防衛省にメンバーを限定する理由は何か、明らかにされたい。 十 報告書の提言は、医師以外の者が医療施設以外の場所で実質的な医療行為を行う道を開くものであり、「医師でなければ、医業をなしてはならない」(医師法第十七条)ことを定めた医師法や、「医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的」(医療法第一条)とする医療法の規定の根幹を変更する内容のものである。 こうした根本的な政策転換を行う際には、当然、国権の最高機関たる国会に関連法案を提出し、審議に付すことが最低限必要な手続きであるはずだが、防衛省は報告書にもとづく「第一線救護」の体制構築にかかわる法案を国会に提出する予定はないのか、明らかにされたい。 もしも関連法案を国会に提出する予定がないのであれば、法律の改定もせずに医師法等の規定を逸脱する制度を政府機関が構築することがなぜ許されると考えるのか、見解を問う。 十一 報告書が想定する「第一線救護」が行われる状況とは、生命そのものを含む市民の基本的人権が脅かされる状況である。また、この業務の実施を自衛隊員に命ずることは、何よりもまず当該の自衛隊員を多大な危険にさらすものであり、医療を受ける権利を含む自衛隊員の人権の侵害につながる可能性もあるが、この点について、見解を明らかにされたい。そもそも、こうした状況に陥ることを避けるべく、外交努力を重ねていくことこそ、政府の責務と考えるが、いかがか。 また、重大な政策転換であるにもかかわらず、国会での法案審議も経ずに「検討会」の提言の履行を進めることは、議会制民主主義の根幹を揺るがすものだが、この点についても見解を問う。 右質問する。 |