質問主意書

第190回国会(常会)

質問主意書


質問第一三一号

関東大震災時の朝鮮人、中国人等虐殺事件に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十八年五月二十七日

田城 郁   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   関東大震災時の朝鮮人、中国人等虐殺事件に関する質問主意書

 一九二三年九月一日の関東大震災時には、朝鮮人、中国人及び日本人が虐殺される事件が起きた。この事件については既に多くの歴史研究の蓄積があり、朝鮮人についての流言蜚語の伝播や、朝鮮人、中国人等の虐殺に官民が関わっていたことが裏付けられている。
 一九九九年十二月、日本弁護士連合会人権擁護委員会は、朝鮮人虐殺事件の目撃者からの人権救済の申立を受け、朝鮮人、中国人等虐殺事件について調査した。そして、その調査結果をふまえて、二〇〇三年八月二十五日に「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」及び「勧告書」(日弁連総第三十九号二〇〇三年八月二十五日)を小泉純一郎内閣総理大臣に提出し、日本政府に被害者遺族への謝罪及び真相究明を行うよう勧告した。しかし、現在まで日本政府からこの勧告に対する回答が示されていない。
 この調査報告書によれば、申立をした目撃者は関東大震災発生当時から日本に在住する在日朝鮮人であり、申立人の父の知人が関東大震災直後に虐殺され、あるいは、朝鮮人の遺体が残酷な仕打ちを受けているのを見て深く傷ついた経験から申立に至ったという。この申立の趣旨は、
 「一 関東大震災時の朝鮮人虐殺は「集団虐殺」であり、重大な人権侵害であることを明らかにせよ。

二 朝鮮人虐殺は、外国人虐殺であるから、国際法により外国人(他民族)に対する集団虐殺行為としての責任があることを明らかにせよ。

三 集団虐殺の加害責任者を日本の国内法により処罰しなかった日本政府の責任をあきらかにせよ。

四 日本政府は、虐殺の責任をみとめ、謝罪せよ。在日朝鮮人、在日外国人に対する集団虐殺の再発防止措置をとれ。」というものである。
 日本弁護士連合会人権擁護委員会は、申立を受けて事件に関する諸資料を検証し、

一 関東大震災時の戒厳令施行の目的が騒擾その他の犯罪行為を予防・鎮圧する治安行動的な対応であったこと

二 軍隊による朝鮮人及び中国人の虐殺が起こったこと、これらの事件は裁判にも軍法会議にもかからなかったこと

三 国は千葉県の東京海軍無線電信所船橋送信所からの無線電信等を通じて、朝鮮人が放火・爆弾所持・投擲・井戸への毒物投入等を行っているとの誤った事実認識及び「周密なる視察を加え、鮮人の行動に対しては厳密なる取締を加え」るべきであるという虚偽事実(流言)の広範な流布を行ったこと、それから埼玉県の事例に見られるように、県庁が各町村を通じて民間人に自警団を組織させ警戒態勢を取らせたこと、そのことが民間人による朝鮮人虐殺(いわゆる自警団事件)を引き起こした要因となったこと等を事実として確認し、日本政府へ左の勧告を行った。
 「一 国は関東大震災直後の朝鮮人、中国人に対する虐殺事件に関し、軍隊による虐殺の被害者、遺族、および虚偽事実の伝達など国の行為に誘発された自警団による虐殺の被害者、遺族に対し、その責任を認めて謝罪すべきである。

二 国は、朝鮮人、中国人虐殺の全貌と真相を調査し、その原因を明らかにすべきである。」

 なお、前記の調査報告書は、右の結論を日本政府が履行すべき理由として、「軍隊による国の直接的な虐殺行為はもとより、内務省警保局をはじめとする国の機関自らが、朝鮮人が「不逞行為」によって震災の被害を拡大しているとの認識を全国に伝播し、各方面に自警の措置をよびかけ、民衆に殺人・暴行の動機付けをした責任は重大である。しかるに国はその責任をあきらかにせず、謝罪もしていない。そればかりか、国として虐殺の実態や原因についての調査もしていない。虐殺の規模、深刻さにかんがみると、長期にわたるその不作為の責任は重大であるといわなければならない。国のこれら亡くなられた被害者やその遺族に与えた人権侵害行為の責任は、八十年の経過により消滅するものではなく、事実を調査し、事件の内容を明らかにし、謝罪すべきである。」と述べている。
 また、同調査報告書は、在日外国人に対する排外的な言動が強まる現状を憂慮し、「予測できない大きな事件や災害が起きたとき、今の日本でも流言飛語などの影響で在日外国人に不当な民族差別と嫌悪感、排斥的感情を引き起こす可能性があることを自戒すべきである。事件発生八十周年の今こそ、国が事件発生の原因を事実に即して究明すべくただちに調査に着手すること、事件発生にかかわる重大な責任をみとめて謝罪すること、そのことを通じてかかる重大なあやまちを再発させないとの決意を内外に明らかにすべきときである」と指摘している。
 その後、内閣府中央防災会議の「災害教訓の継承に関する専門調査会」における第三期報告書中の「一九二三関東大震災報告書」(第二編、平成二十一年三月)も、結論部分において「軍隊や警察、新聞も一時は流言の伝達に寄与し、混乱を増幅した。軍、官は事態の把握後に流言取締りに転じた」(二百二十四頁)と記している。たとえば、百五十九頁から始まる「(四)船橋送信所問題」では、同送信所からの虚偽事実の流布について「公電の中に、朝鮮人暴動の流言を事実と誤認した内容のものも含まれていた」(百六十頁)ことが書かれており、二百六頁から始まる「第二節 殺傷事件の発生」においても、「特に三日までは軍や警察による朝鮮人殺傷が発生していたこと」(二百七頁)が明記されている。
 以上のように、関東大震災人権救済申立事件調査報告書で確認された朝鮮人、中国人等の虐殺事件については、内閣総理大臣をはじめとする全閣僚が構成員である中央防災会議においても、政府の機関たる軍隊が朝鮮人、中国人等の虐殺事件に関与していたことが歴史的な事実として書かれている。
 以上のような事実認定があるにもかかわらず、これまで日本政府は流言蜚語の伝播や虐殺に政府自身が関与したことを公的に認めず、政府自身による虐殺の被害について調査を行うことはなかった。それは、一九二三年九月五日に臨時震災救護事務局警備部に政府の関係者が集まり「朝鮮人の暴行又は暴行せむとしたる事実を極力捜査し、肯定に努むること」、「風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定することに努むること」(詳細は、山田昭次「関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後-虐殺の国家責任と民衆責任」創史社二〇一一年参照)という方針を決定したことに表れているように、朝鮮人が暴動を起こしたという流言を流し、虐殺にも関与した国家の責任を隠すためであった。
 在日外国人に対する差別煽動(いわゆるヘイト・スピーチ等)や暴力等の人権侵害を許さない国の姿勢を示すことがますます重要となっている現在において、過去の重大な人権侵害を二度と繰り返さないという真摯な反省の上に立って政治の責任を果たすことが求められている。
 以上のことを前提として、以下質問する。

一 政府は、関東大震災時における朝鮮人、中国人等の虐殺事件に日本政府が関与したことを事実として認定するか。

二 日本弁護士連合会の「関東大震災人権救済申立事件調査報告書」及び「勧告書」(日弁連総第三十九号二〇〇三年八月二十五日)は、どの機関が受理し、内容を精査したのか。そしてその「勧告書」への対応をどうするかについてどのような検討を加え、回答しないという結論に至ったのか説明を求める。

三 中央防災会議の「一九二三関東大震災報告書」(第二編、平成二十一年三月)は、「過去の反省と民族差別の解消の努力が必要なのは改めて確認しておく。その上で、流言の発生、そして自然災害とテロの混同が現在も生じ得る事態であることを認識する必要がある」(二百二十四頁)としている。今次の熊本地震においても「熊本の朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などのデマがネット上にあふれたことが伝えられている。政府としてあらためてこの中央防災会議の報告書に耳を傾け、同報告書の指摘事項に真摯に対応すべきと考えるが、その意思はあるか。

  右質問する。