質問主意書

第189回国会(常会)

質問主意書


質問第七〇号

安倍内閣の農業政策に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十七年三月九日

吉田 忠智   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   安倍内閣の農業政策に関する質問主意書

 安倍政権の農業政策について、以下質問する。

一 農協改革について

1 安倍政権の農業協同組合(以下「農協」という。)改革の目的について今年一月十五日に西川前農相は、農家の所得を増やし、農山漁村の賑わいを取り戻していくことである旨発言している。全国農業協同組合中央会(以下「全中」という。)による単位農協への監査(以下「全中監査」という。)の権限をなくし、全中を農業協同組合法(以下「農協法」という。)に基づく組織から一般の社団法人に移行させることがどのようなプロセスで農家所得増につながり、地域の賑わいを取り戻すことになるのか、因果関係を具体的に示されたい。
2 農協改革で全中監査の権限をなくす理由として、今年一月十三日の衆議院農林水産委員会において西川前農相は、全中監査の廃止により単位農協の自由度を高めていかないと農家所得を上げようがない旨答弁するなど、全中監査が単位農協の経営を縛り自由度を奪っているかのような指摘がなされているが、そうした実例はあるのか、具体的に示されたい。また、一月二十日の記者会見において菅官房長官は、全中監査の結果として農協役員に経営者としての自覚、責任感が薄くなりがちとの旨発言したが、どのような根拠に基づいているのか、具体的に示されたい。
3 西川前農相は、今年一月六日の記者会見において全中監査について、強制監査権は持たせない方向で詰めていきたい旨発言(以下「西川前農相発言」という。)し、一月十五日には、全中が昭和二十九年に設置されてから六十年が経過し、いつまでも強制監査権が必要なのかと言えば、その使命は果たしたという意見が強い旨述べている。ところが、昨年六月二十四日に閣議決定した「規制改革実施計画」では全中監査に全く触れていない。それにもかかわらず、最近になって言及しているのはどのような理由からか。また、二〇〇七年十二月十八日の参議院農林水産委員会において当時の若林農相が、中央会における農協指導と監査は車の両輪となって有効に機能しており、全中監査を、公認会計士監査のように指導と結び付かない外部監査に置き換えることはできない旨答弁しているが、この間、農協の経営をめぐって大きな環境変化があったわけではないのに政府の評価が一転したのはなぜか。全中監査の有効性や独立性を認めてきた農林水産省の長年の姿勢が間違っていたという認識か。
4 西川前農相発言について、全中監査の根拠となる農協法に「強制」の文言はなく、農林水産省もこれまでは農協法で定める監査という意味合いで「法定監査」という文言を使用してきたはずだが、なぜ呼び方を変更したのか。政府の規制改革会議は全中の一律的な経営指導で、「各地域農協の独自性が押さえ込まれている」と主張しているが、そうした印象を強める目的があるのではないか。
5 今回の農協改革について西川前農相は農家所得の増大を目的に掲げて、単位農協が自由に活動できるよう全中監査の権限をなくし、公認会計士による監査を導入するのが望ましいとの考えを示している。しかし二〇〇四年には、農林水産省の有識者会議が単位農協の経済事業強化には全中の強力なリーダーシップが必要ととりまとめた報告書を踏まえて全中の指導力を強める農協法改正を行った経緯がある。農家所得の増大という同じ目的でありながら十年余りでなぜ正反対の結論になるのか。また、西川前農相は単位農協の数が現在は七百を切っている点を挙げ、全中が監査権限を持って農協を指導する役割は終わったとの認識を示しているが、二〇〇四年の時点でも単位農協の数は約九百と現在と大差がなかったのに全く違う対応を取らなければならない理由は何か。
6 規制改革会議は、全中監査を不要としているが、営利企業の会計処理が正しいかどうかを重視し投資家の保護に力点を置く公認会計士監査と、組合員が農協の事業を継続的に利用できるよう農協経営の健全性を担保することに主眼を置く全中監査はそもそも主目的が大きく異なるため、監査の手法が違っても問題はないのではないか。全中が一九五四年に発足してから六十年以上、経営破綻した農協が出ていないのは全中監査が有効に機能してきた証明と考えるがいかがか。
7 准組合員の組合事業利用を見直すべきと規制改革会議などは主張しているが、過疎化が進む中山間地域や離島などでは農協が運営する金融窓口やスーパーマーケット、給油所などが地域住民のインフラとして大きな役割を果たしており、准組合員の利用が制限されれば弊害は極めて大きく、安倍政権が掲げる「地方創生」にも逆行すると考えるがいかがか。
8 全国農業協同組合連合会(全農)を株式会社化した場合、共同計算による農産物の委託販売や需給調整を目的とした共同販売・共同購入は独占禁止法(以下「独禁法」という。)に抵触すると認識しているのか。
9 そもそも協同組合は組合員が出資・管理・運営する組織であり、農協改革は組合員の意思に基づく自主的・主体的な改革であるべきで、政府がその方向性を決めるのは筋違いと考えるがいかがか。昨年六月二十四日に閣議決定した「規制改革実施計画」では、中央会制度について「自律的な新たな制度に移行」と規定し、「具体的な事業や組織の在り方については、農協系統組織内での検討も踏まえて」結論を得るとしているが、「自律的」とは何を指すのか。「農協系統組織内での検討も踏まえ」るのであれば、昨年十一月に全中が公表した「JAグループの自己改革について」を議論の大前提にするべきではないか。
10 国際協同組合同盟を始め、国内外の協同組合組織が安倍政権の農協改革論に、組合員による組織の自治という協同組合原則を侵害する旨の強い懸念を示している。その事実をどう認識しているか。
11 在日米国商工会議所は昨年五月、「JAグループは、日本の農業を強化し、かつ日本の経済成長に資する形で組織改革を行うべき」と題する意見書を公表し、農協の金融事業の規制強化や准組合員の員外利用制限、独禁法適用除外の見直しなどを求めているが、日本政府も同じ認識か。そうであれば日本政府はTPPを背景にした米側の改革圧力に屈しているのではないか。

二 その他の農政

1 昨秋からの米価大幅下落に対し、新年度予算案では「収入減少影響緩和対策移行円滑化交付金」三百八十五億円が新規計上されたが、二〇一四年産限りの限定措置で付け焼き刃の感は否めず、農業者の懸念を払拭するには全く不十分である。規模の大小を問わず安定した経営を下支えするためには農業者戸別所得補償制度の縮減・廃止方針を見直し、同制度の法制化と拡充が欠かせないと考えるがいかがか。
2 新年度予算案で危機的な状況にある畜産・酪農関連予算が増額されたことは当然だが、飼料や子牛など深刻な生産コストの高騰を踏まえれば、直接所得補償制度の導入や「肉用牛肥育経営安定特別対策事業(新マルキン事業)」補填割合の十割への引上げ、輸入粗飼料価格への補填など、安心して再生産できる抜本的な対策を早急に講じるべきではないか。
3 政府は四ヘクタールを超える農地転用の許可権限を農相協議を条件に国から都道府県に移譲し、二ヘクタール超から四ヘクタールの農地転用で必要だった農相協議を廃止する方針を打ち出した。地方分権の必要性は否定しないが、国民への食料供給に直結する優良農地の維持のため、乱開発を防ぐ実効性のある転用許可事務の適切な運用をどのように担保するのか。

三 TPPと日豪EPAについて

1 一部報道によると、TPP日米協議で日本側は豚肉の関税について高価格品の関税を撤廃し、安い価格帯の関税は段階的にキロ当たり五十円まで引き下げ輸入急増時のセーフガード(緊急輸入制限)も最終的にキロ当たり百円に引き下げる、牛肉の関税は現行の三十八・五%からまず二十%程度に下げ、十五年程度かけて九%にまで引き下げるという提案をしたとされるが事実か。今年一月に発効した日豪EPAには「日本国が第三国との国際協定に基づいて当該第三国に対して与えた特恵的な市場アクセスの結果」、一部の原産品について「日本国の市場における競争力に重大な変化がある場合」などに日豪間で再協議する規定が含まれているが、日米間での大幅な関税引下げは両国間にとどまらず、他のTPP交渉国からも同様の措置を要求される恐れがあるのではないか。
2 前記三の1に関して、同じく一部報道では、TPP日米協議で日本側はミニマムアクセスの枠外で無関税又は低関税で受け入れる米国産主食用米の輸入特別枠を新設して年間最大五万トンを輸入する案を示し、それに合わせて同じ量の国産米を政府備蓄米として買い入れることを検討しているとされるが事実か。米国に特別枠を与えれば、TPP交渉国のうち米輸出国であるベトナムやオーストラリアなどからの輸入圧力も強まり譲歩の連鎖につながるのではないか。また、安倍政権は二〇一四年からの新たな米政策で、主食用米の生産調整をし、飼料用米などへの転換を奨励しているが、その一方で米国から主食用米を輸入拡大するのは政策の整合性が全く取れていないのではないか。さらに特別枠新設の見返りに備蓄米を増やし飼料用米として市場に放出する量が増えれば市場価格が下落し、飼料用米の生産に切り替えた農家が大きな打撃を受ける恐れが強いと考えるがいかがか。
3 TPP日米協議で米や牛肉、豚肉に関し大幅な関税削減や輸入枠設定を行うことは、農林水産物の重要品目について、「引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること。十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」、「それが確保できないと判断した場合は、脱退も辞さないものとすること」などを政府に求めた二〇一三年四月の衆参農林水産委員会での「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉参加に関する決議」に明確に反するのではないか。政府としてこれら委員会決議を遵守する必要はないとの認識か。また、前記三の1の報道が事実とすれば日本農業や日本人の食生活に与える影響は甚大であり、国民に交渉の状況を知らせない秘密交渉のまま水面下で大幅な譲歩をすることは許されず、直ちに情報公開を行い国会で徹底した審議を尽くすべきではないか。
4 昨年十一月、米国農務省がTPP合意で二〇二五年までに関税が完全撤廃になった場合、参加国の輸出増加額の七十%に当たる五十八億ドル分は日本が輸入する一方、日本の輸出増加分は参加国全体の輸出増加分の一・四%の八千三百万ドルにすぎないとの、「日本一人負け」とも言うべき予測を示したが、日本政府も同じ認識か。また、実際のTPP交渉でも、米国はこうした試算に基づいた主張を行っているのか。さらに、日本政府の認識が異なるのであれば米国政府に論拠をただしたり反論を行ったりしているのか。
5 日豪EPAは本年一月十五日に発効したが、政府は酪農・畜産を中心とした国内農業への影響試算を今もって公表していない。公表しない理由は何か。今からでも公表すべきではないか。
6 日豪EPAは「二年目」を今年四月一日から始まる旨規定しているため、牛肉は発効時と今年四月の、わずか三か月で二段階の関税引下げを迫られる。なぜ時間的に多少の余裕の生まれる四月以降の発効としなかったのか。日豪両国間の協議に日本政府はどのような方針で臨み、交渉の過程でどのようなやりとりがあったのか、明らかにされたい。
7 牛肉は輸入の際の関税収入を財源に国内対策を行ってきた経緯があるが、今回の日豪EPAによって関税収入は最終的に二百億円減少するとされている。不足分をどのように手当てする計画なのか。
8 日豪EPAではプロセスチーズ原料用のナチュラルチーズについて、国産ナチュラルチーズとの抱き合わせを条件に無関税及び低関税輸入枠を拡大したが、昨今の酪農危機と生乳減産で国産チーズそのものの確保が困難との声もある。日豪EPAを推進した政府としてどのように対処するのか。

  右質問する。