質問主意書

第187回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一四号

原子力損害賠償紛争解決センターによる死亡慰謝料の算定に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十六年十月二日

荒井 広幸   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   原子力損害賠償紛争解決センターによる死亡慰謝料の算定に関する質問主意書

 東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「原子力事故」という。)に係る賠償については、原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)第十八条に基づき、文部科学省に設置された原子力損害賠償紛争審査会(以下「原賠審」という。)が策定する「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」等(以下「中間指針」という。)に基づき、原則、被害者と東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)との直接交渉により賠償が進められているが、直接交渉が難航する場合には、原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)による和解の仲介手続を利用して紛争解決を図ることも可能である。和解の仲介手続では、中間指針及びセンターの総括委員会が策定する総括基準(以下「総括基準」という。)に基づき、中立・公正な立場の仲介委員(弁護士)が、被害者と東京電力の双方から事情を聴き取って損害の調査・検討を行い、双方の意見を調整しながら、事案に応じて個別事情も考慮しつつ、和解案を提示するなどして、当事者の合意(和解契約の成立)による簡易・迅速な紛争解決を図ることが強く求められている。
 しかるに、平成二十六年八月三十日付けの毎日新聞朝刊は、原子力事故による避難中に亡くなった人の精神的損害(以下「死亡慰謝料」という。)を算定する際、原子力事故の影響をほぼ一律に五割とするセンターの内部文書が存在すると報じている。記事中の平成二十四年十二月二十六日付け「被災者が本件事故に伴う避難により死亡した事案の主な論点について」と題する文書(以下「文書」という。)は、毎日新聞社のホームページにおいて公開されている。センターの運営について、政府は、「原子力損害賠償紛争審査会が定める指針を踏まえ、和解の仲介を行う際に円滑かつ効率的に手続を進めるため、多くの申立てに共通する問題点に関して、(中略)総括基準を策定している」と国会において答弁している(第百八十六回国会衆議院文部科学委員会議録第二十四号八頁 平成二十六年六月十八日)が、文書については、これまでその存在が公表されることはなかった。
 報道が事実だとすれば、死亡慰謝料を意図的に低く抑えるものであり、被害者、ひいては国民のセンターに対する信頼を大きく裏切り、センターの運営のみならず、公正かつ適切な賠償が迅速に行われるよう取り組むとする政府の姿勢そのものに対し、強い疑念を抱かざるを得ない。以下、かかる観点から質問する。
 なお、答弁に当たっては、「センターが策定したもので、政府として承知していない」、あるいは便宜質疑項目を束ねるといった不誠実な回答ではなく、原子力事故の重大性を踏まえて、被害者や遺族の心に思いを寄せ、真摯に答弁されたい。

一 センターは、文部科学省のほか、法務省、裁判所、日本弁護士連合会出身の専門家らによって構成された公的な紛争解決機関であり、政府が文書の存在を承知していないということはあり得ないとの前提で質問するが、センターが作成したとされる文書について、政府は、その存在を承知しているか。承知している場合、政府は、この文書の存在をいつ、いかなる形で承知し、また、この文書の性質を現在どのように認識しているか。

二 文書は、誰の指示により、誰がどのような目的で作成し、誰に対して配付したものであるか。

三 文書は、仲介委員が和解案を作成する際に、実際に利用されてきたことが強く疑われるが、政府は、その実態をどのように把握しているか。

四 文書一頁の「原発事故避難が相応の寄与をしていると考えられる場合」の意味するものについて、政府はどのように認識しているか。

五 現在までに、センターに持ち込まれている死亡慰謝料の支払に係る和解の申立て件数、うち和解が成立した件数をそれぞれ明らかにされたい。また、和解が成立した事案のうち、寄与度の割合別の詳細を明らかにされたい。

六 平成二十六年八月三十日付けの毎日新聞朝刊は、仲介委員が提示する和解案のうち、寄与度五割以下となっている事案が八割を占めると報じており、寄与度五割が和解案の事実上の上限となっていることが推測される。記事中、寄与度を一律五割とするルールは存在しないとセンターが主張していることについて、政府は、どのように認識しているか。

七 平成二十六年八月二十六日、福島地方裁判所は、原子力事故により住み慣れた土地から避難を強いられ、過酷な生活を苦に自死された方の遺族が東京電力に損害賠償を求めた訴訟で、自死と原子力事故との間には相当因果関係があり、事故が自死原因に寄与した割合を八割と認定し、損害額を約四千九百万円とする判決を下した。この判決に対し、東京電力は控訴を断念し、地裁の判決が確定している。訴訟を提起すれば、寄与度八割と認定される可能性のある事案でも、和解の仲介手続において仲介委員が提示する和解案では、文書の一頁にある「寄与度割合は、一律五割とし、四割か六割かといった細かい認定は行わない」という運用により、寄与度を低く認定した事案が多いのではないかとの疑念を持つが、政府の見解を示されたい。また、こうした運用が事実であれば、公平かつ適切な賠償の実現という政府の方針に反すると考えるが、いかがか。

八 文書の一~二頁では、第2の「2 相応の寄与を認める範囲」として、①から④として考慮すべき事情を類型化しているが、このうち、①から③に該当する事例は極めて限定的であることに加え、④の「死亡と避難との間で因果関係を認めると世間から非常識であると思われるような事情は特にない」という記述は、個別事情に応じた和解の仲介を行うというセンターの理念に反するものであると考えるが、政府の見解を示されたい。

九 文書の二頁の「第3 寄与度割合による減額前の死亡慰謝料額」では、交通事故の死亡慰謝料算定で法曹関係者に広く使われている「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」(いわゆる「赤い本基準」)をA案とし、センター独自の基準をB案としている。B案はA案よりも金額が低く設定されているだけでなく、八十歳以上の人を「一千万円から一千八百万円」とし、亡くなった人の年齢により格差を設け、この理由を、「訴訟の水準よりも証明度を緩和していること、寄与度に関する判断もざっくりとしたものであることとのバランスを考慮する必要はないか」と説明し、死亡慰謝料額を控えめにする必要性について言及した上で、A案よりも低額なB案を採用することを求めている。このように、証明度を緩和することで賠償額そのものを低く抑えるという文書の考え方について、政府はどのように認識しているか。また、逸失利益は別として、年齢によって死亡慰謝料を低く抑える考え方が、通常の民事訴訟において採用されているのか、明らかにされたい。

十 文書の一頁の「参考資料1」、「参考資料2」及び四頁の「参考資料3・省略」について、該当する文書の概要をそれぞれ明らかにされたい。仮に、明らかにできない場合は、その理由を示されたい。

十一 センターにおいて、仲介委員が和解案の作成・提示に当たり、参考にしている内部文書・基準(既に公表されている中間指針及び総括基準を除く。)の有無について、政府として、その存在を把握しているか。把握しているのであれば、その有効性について、政府の見解を示されたい。

十二 センターを通じて精神的損害等の賠償増額を求める人々の本当の気持ちは、家族の死や自らが受けた苦痛・損害に対し、「原発事故の責任を明らかにしたい」という願いである。政府は、不誠実な内部文書の一掃を含めセンターに運営の適正化を求めるとともに、原発政策は「国策民営」で進めてきたものであることから、政府自らの責任を認めるべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。

十三 平成二十六年四月十六日付けの毎日新聞朝刊は、東京電力社員が申立人となっている和解の仲介手続において、東京電力が和解案の受諾を拒否する事例が相次いでいることを報じている。仲介委員が提示した和解案の受諾を東京電力が拒否したことにより、①和解の仲介手続が打ち切られた件数、②打切りに至っていなくても、現時点で東京電力が和解案の受入れを拒んでいる件数について、東京電力社員が申立人となっている内訳が分かるように明らかにされたい。

十四 東京電力が和解案の受諾を拒否する事例に対し、センターとしてどのような対応を取っているか。また、政府として、センターへの指導・監督を行っているのであれば、その詳細を明らかにされたい。

十五 センターの上部組織である原賠審は、昨年十二月二十六日以降、今日に至るまで開催されていない。東京電力が和解案の受諾を拒否する事例やセンターにおける死亡慰謝料に関する内部文書の存在等、この間に発生した諸問題に対し、原賠審としてどのような考えを持ち、どのような対応をとっているか、明らかにされたい。

十六 死亡慰謝料の算定について、今後、原賠審においても、事実認定の在り方や寄与度の算定方法等を検討し、新たな指針を策定すれば、被害者の負担軽減や簡易・迅速な紛争解決につながると考えるが、政府の見解を示されたい。

十七 センターにおける和解の仲介手続を担う調査官や仲介委員は、いずれも弁護士で構成されている。死亡慰謝料の算定に当たっては、死亡と原子力事故との間に相当因果関係の有無の判断、寄与度の算定に医学的な知見も不可欠であることから、中立的な医師等が手続に関与する仕組みが必要と考えるが、政府の見解を示されたい。

十八 センターにおける和解の仲介の成否は、東京電力が受諾するかどうかによるところが大きく、東京電力が和解案の受諾を拒否すれば、手続は打ち切られることとなる。そこで、①仲介委員が提示する和解案に強制力を持たせられるよう「仲裁」などが行えるようにする、又は、②東京電力に対し、可能な限り和解案を受諾させるための仕組みが必要と考えるが、政府の見解を示されたい。

十九 平成二十六年八月二十六日付け福島地方裁判所の判決やセンターにおける死亡慰謝料の算定に当たり寄与度をほぼ五割としているとみられる運用を見ると、避難による死亡と原子力事故との間に相当因果関係が認められるのは明らかである。これらは、原子力事故により、避難を強いられたことによって死を招いたことが明らかとなった事例であり、原子力災害の実態を如実に示すものである。一方で、自治体が把握している災害関連死は、自然災害により避難中などに死亡したと認定された場合を意味し、必ずしも人為的な災害である原子力災害による死亡を意味するものではない。しかし、これまで述べてきたとおり、原子力事故による避難を強いられたことに起因する死亡事例は、自然災害に起因する災害関連死ではなく、原子力事故に起因する「直接死」である。よって、政府は、原子力事故で亡くなった人はいないという認識を改めるべきであると考えるが、政府の見解を示されたい。また、政府として、原子力事故に起因して亡くなった原子力事故「直接死」とも言うべき事案の詳細な調査が必要と考えるが、いかがか。

  右質問する。