質問主意書

第186回国会(常会)

質問主意書


質問第一一七号

いわゆる「風評被害」に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十六年六月五日

山 本 太 郎   


       参議院議長 山崎 正昭 殿



   いわゆる「風評被害」に関する質問主意書

 株式会社小学館(以下「小学館」という。)刊、「週刊ビッグコミックスピリッツ」四月二十八日及び五月十二日発売号に掲載された雁屋哲氏原作「美味しんぼ」第六百四話「福島の真実」(以下「当該作品」という。)での描写において使われた一部表現をめぐり、許しがたい風評被害を生じさせているなどとして、双葉町を始め福島県さらには大阪市などの自治体より、小学館に対して相次いで抗議の申入れがなされた。また、環境省も五月十三日付け「放射性物質対策に関する不安の声について」において、「不当な風評被害が生じることを避ける」との文言をその文中に用いつつ、放射性物質対策に関し、環境省としての見解を示した。さらに、複数の閣僚からも当該作品に対し相次いで「風評被害」を懸念する批判的見解が示され、安倍首相も自ら五月十七日に福島県を視察に訪れた際、記者団の質問に対して「根拠のない風評には国として全力を挙げて対応する必要がある。」と答えた。
 このように、東日本大震災により発生した東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故(以下「原発事故」という。)以降、様々な状況において「風評被害」という言葉が多用されているが、そもそも「風評被害」とは、辞書においては「事故や事件の後、根拠のない噂や憶測などで発生する経済的被害。」(大辞林第三版)と定義されている語である。一方、原子力損害賠償紛争審査会により公表された「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」においては、「風評被害」は「報道等により広く知らされた事実によって、商品又はサービスに関する放射性物質による汚染の危険性を懸念した消費者又は取引先により当該商品又はサービスの買い控え、取引停止等をされたために生じた被害を意味するもの」と定義されているように、前記辞書による定義とは異なり、「事実」に基づく経済被害をも「風評被害」であるとしている。
 原発事故によって大気中又は海洋へと放出された放射性物質が、東日本を中心とした我が国の国土及び周辺海域を広範囲に汚染したことは、紛れもない「事実」である。この厳然たる「事実」に起因した経済的被害を、あたかも「根拠のない噂や憶測などで発生」していると一般的に捉えかねない「風評被害」という一語によって括ることは適切ではない。原発事故による「風評被害」とは、「事実」に起因して生じている被害であるのか、根拠なき噂に起因して生じている被害であるのかを、明確に定義することなく曖昧にしたまま、ただ一括りに「風評被害」と呼称し続けることは、被災地の経済問題や原発事故被害者の賠償問題のみにとどまらず、放射性物質による食品汚染や土壌汚染、被ばくによる健康被害、さらには表現の自由にまでも、多大なる混乱と悪影響を及ぼしかねないということが、今回の騒動によって懸念されることとなった。
 右の点を踏まえて、今回、原発事故に引き続き生じているとされる、いわゆる「風評被害」について、政府としていかなる見解、認識を持っているのか、また、いかなる対策を講じていく方針であるのかを確認すべく、以下質問する。なお、答弁書においては、各質問項目ごと個別に答弁されたい。

一 前記のごとく、「風評被害」との語は辞書においては「事故や事件の後、根拠のない噂や憶測などで発生する経済的被害。」と定義されている。政府が公式見解等で用いている「風評被害」との語も、この定義と同義か。政府における「風評被害」の定義を明確に示されたい。

二 原発事故以前の、我が国の農産物、水産物、畜産物等、食品中の放射性セシウムの平均値は、おおむね一キログラム当たり何ベクレル程度であったか。政府の把握している原発事故以前の直近のデータから、具体的数値を示されたい。

三 現在、原発事故後に政府が定めた食品中の放射性セシウムの基準値を上回る国産食品は市場に流通していない、というのが政府の公式見解であると思われるが、現在、市場に流通している国産食品のうち、その基準値以下ではあるが、前記二の数値を超えているものは存在するのか、政府の把握している範囲において、存否を示されたい。

四 原発事故以前も、我が国の国土は核実験やチェルノブイリ原子力発電所事故等の影響により、少なからず放射性セシウムによる土壌汚染が存在していたと考えられるが、原発事故以前の直近の福島県内における放射性セシウムによる土壌汚染は、おおむね一平方メートル当たり何ベクレル程度であったか。政府の把握している原発事故以前の直近のデータから、具体的数値を示されたい。

五 前記四に関して、原発事故以前の放射性セシウムによる土壌汚染を上回る土壌汚染を認める地域は、現在、福島県内に存在するのか、政府の把握している範囲において、存否を示されたい。

六 平成二十五年一月三十日、原子力損害賠償紛争審査会より示された「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針第三次追補(農林漁業・食品産業の風評被害に係る損害について)」には、「一部の対象品目につき政府が本件事故に関し行う指示等があった区域については、その対象品目に限らず同区域内で生育した同一の類型の農林水産物につき、同指示等の解除後一定期間を含め、消費者や取引先が放射性物質の付着及びこれによる内部被曝等を懸念し、取引等を敬遠するという心情に至ったとしても、平均的・一般的な人を基準として合理性があると認められるほか、同指示等があった区域以外でも、一定の地域については、その地理的特徴、その産品の流通実態等から、同様の心情に至ったとしてもやむを得ない場合があると認められる。」との記述がある。この記述からは、「放射性物質の付着及びこれによる内部被曝等を懸念し、取引等を敬遠する」という消費者や取引先の行動は、根拠のない噂や憶測などによりもたらされたのではなく、「政府が本件事故に関し行う指示等があった」という「根拠」に依拠した行動であるから「合理性があると認められ」た行動である、と解釈できる。すなわち、「政府が本件事故に関し行う指示等があった区域」及び「同指示等があった区域以外でも、一定の地域」においては、たとえ消費者や取引先の行動によって経済被害が引き起こされたとしても、それは「根拠のない噂や憶測などで発生した経済的被害」とは言えず、この事案を「風評被害」と呼称するのは、「風評被害」の語意を考慮すれば適切ではないと考えられるが、政府の見解如何。

七 現在、我が国の農産品、海産品、飼料等(以下「我が国の製品等」という。)に対して、何らかの輸入規制等を行っている国は何か国存在するのか、国名を全て列挙し示されたい。また、これらも「風評被害」として扱われるべき事案と認識しているか、政府の認識をその根拠とともに示されたい。この事案を「風評被害」として扱われるべきものであると認識している場合、政府として何らかの抗議を当該国に対して行っているのか、あるいは今後行う予定はあるのか。さらに、当該国に対する報復的禁輸措置などの対抗措置を講じる予定は今後あるのか、政府の見解を示されたい。

八 前記七に関連して、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に我が国が参入した場合、当該国による我が国の製品等に対する輸入規制の存在は、我が国にいかなる経済的影響を及ぼすのか、政府の見解を示されたい。また、この点について政府内で検討されているのか。検討されている場合には、その検討内容を示されたい。

九 福島県産を始めとした関東、東北地方の農産物、海産物の放射性物質による汚染を案じて買い控えをする消費者の行動及びこれらの地域に滞在することによる被ばくを懸念し旅行を差し控えるといった国民の行動について、根拠に基づいた、やむを得ない事情による個人の自由な選択として尊重し保障されるべきとの立場か、あるいは根拠のない噂や憶測に基づいた、風評被害を生じさせる行動として慎むべきとする立場か、政府はいずれの立場をとるのか見解如何。

十 五月十三日の閣議後の記者会見において、記者から当該作品についての意見を求められた根本復興大臣、森内閣府特命担当大臣、太田国土交通大臣、下村文部科学大臣、石原環境大臣ら複数の閣僚から相次いで「風評被害」を懸念する批判的見解が示された。一作品を指し示して、複数の閣僚が今回のように一斉に批判的見解を示すのは極めて異例の事態であり、さらに表現の自由を脅かす圧力となるのではないかと一部の国民から危惧する声も上がる事態にまで発展しているが、安倍首相の言う「根拠のない風評には国として全力を挙げて対応する必要がある。」とは、今後も風評被害を助長すると政府が認めた書籍図画等の出版物や映画等の作品に対しては、閣僚からの批判的談話の発信あるいは、発行者、制作者側に対する「風評被害」を招きかねない表現活動の自粛要請など、何らかの表現規制を含めた対応を講じることもあり得る、との意味か、政府の見解を示されたい。

十一 今後は、放射線被ばくと健康影響を論じる書籍図画等の出版物や映画等の作品を発行、公開する場合は、発行、公開前にその発行者、制作者側が「風評被害」による影響を及ぼさないよう十分にその内容、表現方法につき留意するとともに、「風評被害」を招来するおそれのあるものについては、発行、公開を自粛するなど、何らかの自主規制等がなされるべきと考えるのか、政府の見解如何。

十二 今後は、個人が自覚した身体の変調あるいは症状の存在が事実であったとしても、それが放射線被ばくによる影響と科学的に立証できない場合においては、その身体の変調あるいは症状を被ばくと関連付けて個人あるいは団体が公表することは、「風評被害」を助長する「根拠のない風評」として、国が対応すべき対象となり得るのか、政府の見解如何。

十三 放射線被ばくによる健康影響については、いまだ十分に解明されていないというのが現時点での科学的知見であるのは論をまたない。しかし、安倍首相は、昨年九月の国際オリンピック委員会総会(以下「IOC総会」という。)において、質疑応答の際に「健康問題については、今までも現在もそして将来も、全く問題ないということをお約束いたします。」(以下「首相発言」という。)と述べた。原発事故による健康影響については、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が本年四月二日に発表した報告書において「最も高い被ばく線量を受けた小児の集団においては、甲状腺がんのリスクが増加する可能性が理論的にあり得る」と指摘している。この報告書が発表される以前の昨年九月に、「健康問題については全く問題ない」との首相発言を可能としたのは、いかなる科学的根拠によってであるか。首相発言の科学的根拠となった報告書あるいは論文等が実在し、それを示すことが可能である場合、具体的に示されたい。

十四 前記十三に関連して、首相発言の科学的根拠を具体的に明示することができなければ、首相自らが根拠なき安全風評を国内外に向けて発信したことになるわけであるが、「風評」の専門家によれば、「風評被害」の原因は、正確なデータの公開不足によるものであるとされる。政府が「風評被害」を本気で払拭、解決すべき問題として対策を講じるのであれば、まずは「健康問題は全く問題ない」及び「汚染水の影響は完全にブロックされている」などといった、国民の不信感をかえって増長する根拠なき安全風評を政府自らが広報し続けることを直ちに止め、食品汚染や土壌汚染さらには健康影響について、国民の被ばく極小化に向けた対策を一層厳格化し、予防原則に立った規制値の見直し、調査体制の構築及び実施と情報開示を積極的に行っていくことが重要と考える。
 加えて、IOC総会において首相自らが全世界に向けて発信した、「健康問題は全く問題ない」及び「汚染水の影響は完全にブロックされている」との発言の科学的根拠を明示できない場合には、むしろ「風評被害」払拭のために撤回し、改めて国内外に我が国の現状を正確に発信し直すべきと考えるが、首相に同発言を撤回する意向はあるか。

  右質問する。