質問主意書

第180回国会(常会)

質問主意書


質問第一七一号

原子力規制委員会設置法、改正原子力基本法、改正原子炉等規制法における「我が国の安全保障に資する」との文言の解釈に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十四年七月二日

加藤 修一   


       参議院議長 平田 健二 殿



   原子力規制委員会設置法、改正原子力基本法、改正原子炉等規制法における「我が国の安全保障に資する」との文言の解釈に関する質問主意書

 昨年三月十一日の東京電力福島第一原子力発電所の大事故によって、日本は、少なくとも五回の核エネルギーによる被ばくを経験したことになる。すなわち、広島及び長崎の原爆投下による被ばくであり、ビキニ環礁における水爆実験がもたらした第五福竜丸の被ばく事件であり、初めて日本国内で事故被ばくによる死亡者を出した東海村のJCOの臨界事故の被ばくに次ぐ経験である。
 日本は、二百カ国近い世界の中でも、極めて希な被ばくを経験していることから、核不拡散、非核三原則を採用してきた。国連の場においても、日本政府は一九九四年以降毎年、核軍縮決議案を国連総会へ提出し、世界各国の圧倒的多数の支持を得て採択されている。昨年十二月の第六十六回国連総会においても、二〇一〇年に引き続いて米国を含む過去最多の九十九カ国の共同提案国を代表して、日本政府が提出した核軍縮決議案(「核兵器の全面的廃絶に向けた共同行動」)が、賛成百六十九票、反対一票、棄権十一票の圧倒的賛成多数で採択されたところである。また、日本政府は、FMCT(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の早期交渉開始、CTBT(包括的核実験禁止条約)の早期発効、核軍縮における透明性の確保、IAEA追加議定書の普遍化など、具体的提案に基づく行動を進めているところである。さらに、現在は、二〇一五年に開かれるNPT(核不拡散条約)再検討会議に向けて積極的な準備を行っているところでもある。
 このような状況の下で、昨年三月十一日の東京電力福島原発事故を受けて、原子力発電の安全神話は崩れ去り、新しい原子力規制組織の関係法制の議論が行われてきた。そうした中で、「原子力規制委員会設置法案(衆第一九号)」が衆議院環境委員会において急きょ委員会提出法律案として起草された。その後、参議院では、六月十五日に本会議において趣旨説明及び質疑が行われ、環境委員会の審査を経て、会期末が切迫した二十日の本会議において可決・成立したところである。
 しかし、環境委員会における審査の最終日に当たる二十日には、法案中の「我が国の安全保障に資する」との文言の意味への疑念が指摘された。
 原子力規制委員会設置法の第一条は、「この法律は、(中略)、原子力利用における事故の発生を常に想定し、(中略)、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、(中略)、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする。」とある。
 また、原子力規制委員会設置法の附則第十二条において改正された原子力基本法においても、第二条第一項は、「原子力利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」とあるところ、同条に第二項を追加して、「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」とある。
 さらに、原子力規制委員会設置法の附則第十五条において改正された核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」という。)第一条において、「もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」と、全く同様の文言が追加された。
 「我が国の安全保障に資する」という文言について、その意味を含めて、軽々に使用されるべきではないとの指摘があり、一部からは、日本が堅持してきた非核三原則を崩すものではないか、との懸念が広がった。しかも、上位法である原子力基本法が同様に改正されたことによって、さらに疑念が広がった。
 言うまでもなく、原子力基本法は、原子力規制委員会設置法の上位法に当たる基本法であり、原子力利用を平和の目的に限定した「原子力の憲法」である。「我が国の安全保障に資する」との文言が、日本の核武装化に道筋をつけるのではないかとの疑念を生じさせ、また、一定の意志の下に日本の核廃絶への道を阻害することが、万が一にもあっては、原子力規制委員会の本来の趣旨に反しかねないものである。さらに、現下の日本の外交に不利益を与えかねないものである点等が指摘されたことも事実である。
 政府は、原子力規制委員会設置法、改正原子力基本法、改正原子炉等規制法の有権解釈の責務を有するものであり、これらの三法律に基づいて具体的な施策を展開する役割を持っている。そこで、政府の正式な見解について改めて確認するために、以下質問をする。

一 原子力規制委員会設置法の趣旨説明について

 まず、原子力規制委員会設置法案の趣旨説明を取り上げる。趣旨説明においては、「この事故では、原子力を推進する経済産業省に原子力安全・保安院が属するなど、規制機関の独立性が欠如していたことや原子力規制機関に専門的知識を有した人材も能力も欠落していたことなど、我が国の原子力に関する行政についての問題点が次々と明らかとなり、国内外の信頼は、大きく損なわれました。今回の事故の深い反省に立ち、このような事故を二度と起こさないためにも、また、損なわれた信頼を回復するためにも、原子力の安全に関する行政の体系の再構築が喫緊の課題であるとの認識の下で、本案を提出した次第であります。(中略)第一に、この法律の目的として、原子力の安全規制は、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するものであることを明確にしております。」とある。このように日本の原子力規制行政等に関して、大きく改革すべきとの世論が形成され、統治機構を大きく変える本法律の成立を目指したものと深く認識している。改めて、趣旨説明にある「我が国の安全保障に資する」との文言の意味は、まさにこの文言が意図している範疇に収まるものであり、それを逸脱するものではないことを敢えて確認する。この点に関する民主党政権の見解を問う。

二 法案提出者の国会答弁について

 参議院環境委員会において、法案提出者(自民党)は、「我が国の安全保障に資する」との規定について「全く、非核三原則そして軍事転用を目的としたものではございません」と明確に答弁した。他の提出者(民主党及び公明党)も同様の趣旨から、「全くその通りです」と答えた。この答弁の趣旨に対する政府の見解を明らかにされたい。

三 原子力規制委員会設置法附則第十二条による原子力基本法改正に関する内閣法制局答弁について

 参議院環境委員会において、与党委員の一人は、原子力基本法の改正について内閣法制局に次のように質疑している。「安全保障というものはスリーSということの範囲の中で使われている問題であって、将来の日本の核武装でありますとか、非核三原則から逆の道を行くこととか、そういうことにはつながらないという範囲の言葉の意味で使っているんだということがありました」と提出者の答弁を取り上げ、「内閣法制局の御見解として、この立法者の意思というものがこの言葉の語義を設定するというふうにみなすものなのか、あるいは、一般に使われている、安全保障という一般的な普通名詞としての言葉がこの場合にはその解釈として考え得るのか、その点につきまして、内閣法制局にお伺いしたい」と質疑した。この質疑に対して、政府参考人である内閣法制局は「議員立法についての御審議の過程のお話でございますので、本来、私の方の立場からお答えすることはいかがかと思います。特に、今の安全保障についての意義がどうかということについて具体的なお答えをすることは私どもの立場では難しいと思いますが、あえて、今御質問のところを一般論として法律の解釈ということについてお話をしたいと思いますが、一般論として申し上げれば、議員立法であろうが内閣提出の法案であろうが、一般にその法律の解釈というのは、当該法律の規定の文言ですとか趣旨、その他の規定の整合性等に即して論理的に確定すべき性質のものであると考えられます。その際、特に国会における法案審議の過程等で、発議者あるいは立案者の方の意図が明らかにされている場合には、これらも考慮されるべき重要な一要素であるというふうに考えております。」と答弁した。これに対して、当該与党委員は、「先ほどの提出者、提案者からのお答えというものがこの場合の該当する条文の言葉の意味であると解釈してよろしいですか。」と質疑し、改正原子力基本法第二条第二項の意味、すなわち「前項の安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として、行うものとする。」との規定における、「我が国の安全保障に資する」に対応する意味であるのかと確認している。しかし、内閣法制局は一部について対応しつつも答弁は不明確である。一般論は一般論であるところ、まず内閣法制局は、改正原子力基本法における「我が国の安全保障に資する」との文言の解釈を誤解のないように明確にすべきである。この解釈に関する政府の見解を示されたい。
 さらに、この審査の中で、政府参考人の内閣法制局は、「先ほど申し上げたちょっと安全保障という言葉について、今この段階で私も十分に御審議を拝見しているわけでございませんので、それについて少し即答することは難しゅうございますけれども、先ほど申しましたように、今後の政府におけるいろんな法律解釈の際においては、こういった発議者あるいは立案者の方の考え方というのは、先ほど申したように重要な考慮要素で、それを踏まえてある程度法律の解釈をしていくということかと思っております。」と答弁した。委員会当日は、少し即答が難しいとの事であるが、それ以降、一定の期間の経過があり、藤村修官房長官の答弁もある今、法制局を含めて政府の統一見解を明確に示されたい。

四 改正原子力基本法第二条第二項の「前項の安全の確保」について

 改正原子力基本法第二条第二項の「安全の確保」が、第二条第二項末尾の「我が国の安全保障に資する」の理由や状況などによって、逆に制限されるものではないことを敢えて確認する。すなわち、第二条第一項の「安全の確保」も第二条第二項の「安全の確保」も、第二条第二項の「我が国の安全保障に資する」ことを目的としたものと捉えるべきと認識しているが、政府の見解を問う。

五 原子力規制委員会設置法及び改正原子炉等規制法について

 原子力規制委員会設置法、改正原子炉等規制法に盛り込まれた「我が国の安全保障に資する」との目的規定の解釈についても、政府の見解を改めて明らかにされたい。

六 参議院環境委員会附帯決議の第十一項目について

 参議院環境委員会において、原子力規制委員会設置法案に対する全二十八項目からなる附帯決議を行った。その第十一項目は、「我が国の安全保障に資する」の解釈について、「政府は、本法第一条及び本法改正に伴う改正原子力基本法第二条において、原子力の安全の確保の目的の一つに我が国の安全保障に資することが規定されている趣旨について、本法改正により原子力規制委員会が原子力安全規制、核セキュリティ及び核不拡散の保障措置の業務を一元的に担うという観点から加えられたものであり、我が国の非核三原則はもとより核不拡散についての原則を覆すものではないということを、国民に対して丁寧に説明するよう努めること」を政府に求めている。非核三原則及び核不拡散の原則について、政府の見解を丁寧な説明によって国民に明らかにされたい。

七 細野豪志原発事故担当大臣の答弁について

 参議院環境委員会において、細野豪志原発事故担当相は、原子力規制委員会設置法及び改正原子力基本法に盛り込まれた「我が国の安全保障に資する」とは「核拡散をしない趣旨である」として、核テロ対策や核物質の盗取対策など、核セキリュティ措置を安全保障の事例として強調した。しかし、日本独自の核兵器技術の開発・研究などの軍事転用については、否定の言及はなかった。政府は、国是たる非核三原則に何らの変質もないことを明確に発言すること、また、ここにおける安全保障が、軍事転用や日本の核武装化を意味しないことを、改めて明らかにされたい。

八 六月二十一日の藤村修官房長官の会見における「我が国の安全保障に資する」に係るやりとりについて

1 軍事転用につながる懸念に関する記者からの質問について
 藤村修官房長官は、「それは誤解だと思う。政府ないし我が国の原子力の平和利用の原則、非核三原則の原理はいささかでもゆらぐものではない。政府として軍事転用という考え方は一切もっていない。委員会審議の中でも、提出者、法案提案者からの答弁もしっかりとそのことに触れていると思う。必要ならいま答弁を言いますが、簡単に言ってしまうと、『改正後の原子力第二条一項において、従来通り、原子力利用は平和の目的に限定すると規定されており、今般の改正によって軍事利用に道を開く可能性が生じるとの指摘は全くあたらない』――これは答弁ですが、提出者の意思であるということです。」と答弁した。この点について、政府の見解を改めて示されたい。
2 政府の運用方針等に関する記者からの質問について
 藤村修官房長官は、「『我が国の安全保障に資する』との文言は、核セキュリティや保障措置、核不拡散の取組が『我が国の安全保障に資する』ということを踏まえて、原子力規制委員会が原子力安全規制、核セキュリティ及び核不拡散に関する保障措置の業務を一元的に担うことになるとの観点から加えられたものだという答弁であり、細野大臣もその趣旨で発言していると思う。累次、法案提出者からもそういう答弁がなされているということです。いずれにしても、我が国は、いわゆるNPT(核不拡散条約)上の非核兵器国として、非核三原則を堅持する立場からも、今後とも平和目的に限定した原子力利用をすすめていくことに何ら変わりはない。」と答弁した。この点について、政府の見解を改めて示されたい。

九 従来の政府の非核三原則等の継続性等について

 一九六七年十二月十一日、佐藤栄作内閣総理大臣(当時)は、衆議院予算委員会において、「核は保有しない、核は製造もしない、核を持ち込まないというこの核に対する三原則、その平和憲法のもと、この核に対する三原則のもと、そのもとにおいて日本の安全はどうしたらいいのか、これが私に課せられた責任でございます」、と自民党政権下の総理として述べている。
 また、日本が核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずとの非核三原則を堅持することについては、これまで歴代の内閣により累次にわたり明確に表明されている。政府としては、今後ともこれを堅持していく立場に変わりはないか。日本は、一九五五年に締結された日米原子力協力協定や、それを受けた国内法の原子力基本法及びNPTによって、非核兵器国として核兵器の製造や取得等を行わない義務を負っている。このような点から見ても、日本が核兵器を保有することはないとの政府見解が示されてきた。
 以上の佐藤総理(当時)の見解及び従来の政府見解について、民主党政権の見解も同様か、改めて明らかにされたい。

  右質問する。