質問主意書

第179回国会(臨時会)

質問主意書


質問第五七号

国土交通省「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十三年十二月八日

紙 智子   


       参議院議長 平田 健二 殿



   国土交通省「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」に関する質問主意書

 民主党は二〇〇九年八月、「コンクリートから人へ」を掲げて政権交代を実現し、同年十月には当時の前原誠司国土交通相が多くのダム建設の凍結を決めて、ダム事業を継続するかどうか順次検討すると述べた。その後、十二月三日に国土交通省「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」(以下「有識者会議」という。)が設置され、冒頭、前原国土交通相(当時)は「私は、ダムはすべて悪いと言うつもりは全くございませんが、ダムによって水がせきとめられて砂がたまる。それにより砂が供給されなくなり海岸の侵食などが起こるケースも当然出てきて、そのために護岸工事をやっていかなくてはいけない状況になるわけでございます。そうした場合に、堤防の強化、今までのダムを中心とした河川整備ももちろん必要ですが、そういった前提を一たんリセットして、いろいろな制約要因の中で、日本人がこれから持続可能な生活をしていくために、この河川整備はどうあるべきなのかを先生方には根本的に考え直していただきたい」と有識者会議の役割を示した。
 その後、有識者会議の論議の結果、ダム検証のための指針となる「今後の治水対策のあり方について 中間とりまとめ」(二〇一〇年九月。以下「中間とりまとめ」という。)を決定し、それに基づく検証作業が始まった。それから約一年を経て、有識者会議は多くのダム事業を継続と決定し、「ダムによらない治水」は実現せず、この会議の役割について改めて大きな疑問が生じている。よって、以下質問する。

一 「中間とりまとめ」について

 「中間とりまとめ」の基本的立場を示す「はじめに」では、「我が国は、現在、人口減少、少子高齢化、莫大な財政赤字という、三つの大きな不安要因に直面しており、このような我が国の現状を踏まえれば、税金の使い道を大きく変えていかなければならないという認識のもと、「できるだけダムにたよらない治水」への政策転換を進めるとの考えに基づき今後の治水対策について検討を行う際に必要となる、幅広い治水対策案の立案手法、新たな評価軸、総合的な評価の考え方等を検討するとともに、さらにこれらを踏まえて今後の治水理念を構築していくこととなった。」と述べている。また、「第一章」では、「従来行ってきた治水政策を構造的に幅広く再検討し、今後の国土の持続的発展に適合する治水のあり方が問われなければならない。」と述べている。
1 「中間とりまとめ」の基本的立場について
 「はじめに」及び「第一章」に加え、前原国土交通相(当時)は、「前提を一たんリセットして」と述べた。これらを総合すると、「中間とりまとめ」の基本的立場は、「従来の治水政策は幅広い視点からの検討が欠けていたので、今まで行われてきたダム計画を一たんリセットして、今後の国土の持続的発展に適合するために、様々な視点から再検討する必要がある」と理解してよいか。
2 有識者会議の基本的立場について
 有識者会議が「中間とりまとめ」をまとめたので、有識者会議は当然、前記1で述べた立場に立っていると考えてよいか。
3 個別のダム事業検証の趣旨について
 「中間とりまとめ」の「二.一 検証の背景」では、「現在事業中の個別のダム事業について検証し、事業の必要性や投資効果の妥当性を改めてさらに厳しいレベルで検討する」と述べている。凍結されたダム事業について、その必要性や投資効果の妥当性を検討するのが、「中間とりまとめ」の目的と理解してよいか。
4 「検証に当たっての基本的な考え方」の問題点について
 「二.二 検証に当たっての基本的考え方」では、「(三)個別ダムの検証は、まず複数の治水対策案を立案する。複数の治水対策案の一つは、検証対象ダムを含む案とし、その他に、検証対象ダムを含まない方法による治水対策案を必ず作成する。(四)治水対策案は、河川整備計画において想定している目標と同程度の目標を達成することを基本として立案する。(十一)目的別の総合評価に当たって、一定の「安全度」を確保することを基本として、「コスト」を最も重視する。なお、これらの考え方によらずに、特に重視する評価軸により評価を行う場合等は、その理由を明示する。」と述べている。これは、現行のダム事業案を中心に考えて、それとは異なる複数の対策案を立案し、それぞれのコストを最重視して総合評価するのが基本と理解されるところ、コスト面を主とする評価は「一たんリセットして、様々な視点から再検討する必要がある」という考え方と異なるのではないか。また、前記3のそもそものダムの必要性に関する検証が欠落しているのではないか。

二 個別ダムの検証の問題点について

 我が国は国民主権の国であるので、住民に影響を及ぼす事業に関しては住民の意見が尊重される建前になっている。しかし、原発問題で明らかになったのは、あの手この手による批判的意見の封殺、無視または切捨ての実態であった。原発を進める者は、原発への疑問や批判に正面から向き合い真摯に説明することなく、批判的意見を抑え込んで原発を推進してきた。そのことが、東京電力福島第一原子力発電所事故という悲惨な結果を招来した。
 「中間とりまとめ」による個別ダムの検証は、これと同様に疑問や批判に応えず、説明を尽くすこともなく、批判的意見を抑え込んでいるのが実態である。
1 検討主体を地方整備局としたことについて
 検討主体とは検討を行う責任者だが、この検討主体が、「中間とりまとめ」ではダム事業を推進してきた地方整備局としている。利害や意見が異なる場合には、一般には第三者機関が主体となる。九州電力や北海道電力の「やらせ」が問題になったときには、原発を推進してきた電力会社でもなく、原発反対運動を展開した者でもない、第三者委員会が「やらせ問題」の検証に当たってきた。ダム事業を推進してきた地方整備局が、「ダムによらない治水」を進めることができるとは通常考えられず、適格性を欠くのではないか。地方整備局が「できるだけダムによらない治水」への政策転換をできると考えた根拠を示されたい。
2 ダム推進派だけの委員によって構成された「検討の場」について
 「中間とりまとめ」は、ダム事業の検証に係る検討は「地方公共団体からなる検討の場」で行うとしている。この「検討の場」の委員は基本的には地方自治体の首長で、地方自治体の首長はほとんどがダム推進の立場を明確にしている。そのような委員からなる「検討の場」で検証に係る検討ができるとは考えられない。前記一で示したように、中間とりまとめの趣旨では「従来行ってきた治水政策を構造的に幅広く再検討」することになっているが、ダム推進の立場の者だけで構成された「検討の場」では、構造的に幅広く再検討ができないのは明らかではないか。実際の検討の場では、ダムをすぐ造れとの大合唱が行われている。実際の検討の場を顧みて、「検討の場」で構造的に幅広く検討されたと考えているのか。
3 批判的意見の黙殺について
 ダム事業の見直しは「人口減少、少子高齢化、莫大な財政赤字」という大きな不安要因の背景に加え、一度できると河川環境を破壊し続けることから、住民や学識経験者からも多くの意見と運動が展開されたことも重要な契機となってきた。
 しかしながら、現状は、ダムの河川環境への影響に対する懸念に対し、適切な対応がなされていない。
 一例として、サンルダムがサクラマスに多大な悪影響を及ぼすことは、既に一致した見解となっており、北海道開発局は影響緩和策として魚道を造るとしているが、他のダムの既存の魚道は効果が認められないため、魚道の効果については全く不明である。
 さらに、「中間とりまとめ」の「第七章」における「対策の内容や想定される効果等について明らかにする。」の「想定される効果」についても不明なままである。このことを論議している「天塩川魚類生息環境保全に関する専門家会議」に対して、批判的意見を持つ者が懇談を要請したが拒否されている。この拒否は、あくまでダム建設を前提とした考え方に固執しているためと考えられるが、こうした対応について国土交通省はどう評価するのか。
 また、ダム事業の必要性についての検討が検証作業で抜けているために、批判的意見を黙殺したままとなっているのではないか。
4 ダムの検証状況とその結果について
 全国のダム検証状況について、検証の結果、ダム建設が継続となった件数、建設中止となった件数及び検証途中の件数を、直轄ダム及び補助ダム別に示されたい。また、継続を決定したダム事業の中で、住民や学識経験者から批判的意見が出されていた件数を示されたい。

三 有識者会議について

 前記一及び二で示したように、「中間とりまとめ」は、「はじめに」と「第一章」のほか、前原国土交通相(当時)のあいさつにおいてダム事業計画を「一たんリセットして」ダムの必要性についても議論する視点を示しながら、「第二章」以下では、ダムの必要性の検証が具体的に記載されていない。さらに、ほとんどがダム推進者である地方自治体の首長だけで検討している現実があるので、「検討の場」から出てくる結論の多くはダム継続になっている。
1 第十八回有識者会議(二〇一一年九月二十六日)の冒頭に、座長から次の発言があった。「この有識者会議を開いております間に、さまざまな団体から寄せられるご意見、そういうものがございます。(中略)なお、これらのご意見の中には、ダム事業検証の仕組み、当有識者会議の役割につきまして十分にご理解されていないでお出しになっているものもあるように思います。今回のダム事業検証におきましては、各検討主体から検討結果が国土交通本省に報告されます。当有識者会議は、「中間とりまとめ」で示した共通的な考え方に沿って検討されているかどうか、これについて意見を述べることといたしております。このことは、当有識者会議の「中間とりまとめ」に明記しております。また、個別の河川の河川整備計画につきましては、それぞれの河川管理者が地域の意見を踏まえて策定しているものであり、個別の河川の治水計画等につきましてのご質問等がございましたら、策定された主体にお尋ねいただくことが適当であるかと考えます。」。
 この有識者会議の座長の発言は、有識者会議の役割について重大な疑問を示すものである。有識者会議は「中間とりまとめ」の「検証に当たっての基本的考え方」に列挙されている事項のみを審議するのか。記載されていないことは審議の対象としないのか。
2 有識者会議の議事録を見ると、例えば委員の一人が、水道水についての水利権の運用や流水の正常な機能を維持するためのダム容量について再考すべきという意見を出しているが、これらは審議されていない。これは、「中間とりまとめ」の「検証に当たっての基本的考え方」の列挙事項外のため、議論されなかったのか。
3 有識者会議は、これからの治水に関するあらゆる問題、予期しない問題や国民からの様々な疑問にも対応するためにあるのではないのか。有識者会議が、「検討の場」の検討結果が「中間とりまとめ」の記載事項に沿っているかどうかだけを審議する場であるならば、有識者会議ではなく国土交通省の担当官が対応すれば十分ではないか。
4 北海道の厚幌ダムでは、パブリックコメントに対して真摯に回答しない形だけの回答がなされ、「検討の場」でもパブリックコメントを検討せずに、ダム建設が最善との結論を出した。このような検証が適切といえるか。政府の見解を示されたい。
 パブリックコメントを提出した住民らは、厚幌ダムの「検討の場」である有識者会議の座長を務めた方に、疑問に応えていただくよう要請したが、検討主体の北海道が「座長が疑問に応える必要なし」と回答した。このような対応は適切といえるか。政府の見解を示されたい。
 住民の疑問に検討主体が応えない場合には、有識者会議が、北海道に事実関係をただすなど、しかるべき対応をとるべきではないか。そうでなければ、住民の疑問に蓋をする結果となる。住民から検討主体への質問が拒否された場合、それを看過すべきではなく、そのことについて、有識者会議は無関係ということにはならないのではないか。政府の見解を示されたい。

四 有識者会議の対応について

 前記二において、ダムの検証の現状が、検証主体も「検討の場」の委員もダム推進者だけであり、批判的意見を排除したものとなっていることを指摘した。パブリックコメントでは、批判的意見についても聴くことになっているが、ホームページにおいて同意見に対する一方的な見解を述べるだけで、実質的には形骸化しており、その見解に対する疑問、反論は許されていない。
1 このような形式的対応は、実質的には批判的意見を聴いたということにはならないのではないか。批判的意見に真摯に対応しなければ、先にも述べたように、原発問題と同じ轍を踏むことになる。有識者会議は批判的意見に耳を傾ける責任があるのではないか。政府の認識を示されたい。
2 有識者会議が責任を実行するためには、批判的意見を有する者・団体の代表者と意見交換を行うか、または、有識者会議の委員をダム推進派とダム批判派の半々にして議論するか、しなければ、国民の合意を得た検証結果とならないのではないか。政府の見解を示されたい。

  右質問する。