質問主意書

第177回国会(常会)

質問主意書


質問第八四号

原爆症の認定に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十三年二月二十一日

糸数 慶子   


       参議院議長 西岡 武夫 殿



   原爆症の認定に関する質問主意書

 原爆症の認定について、以下のとおり質問する。

一 二〇一〇年十月十三日提出の「原爆症の認定に関する質問主意書」で、二〇一〇年八月六日、NHKが総合テレビで放送した「NHKスペシャル 封印された原爆報告書」において明らかにされた、日本政府がGHQに提出した百八十一冊の「原爆報告書」について、その原本は、現在、どこの省庁が保管しているのか質問したところ、答弁書(内閣参質一七六第二四号)において、「日本国政府が連合国総司令部に対し「原爆報告書」を提出したという事実については承知していない」という答弁があった。
 前記NHKの番組で明らかにされたように、「原爆報告書」そのものが存在しており、提出先のアメリカ政府側の関係者が認めていることを考えると、「知らないことを知らない」と答弁したことは正直でいいとしても、この答弁は一国家としてはあまりにもお粗末すぎて恥ずかしいものである。しかし、答弁後四か月が経った今、国はおそらくその面目をかけて百八十一冊の「原爆報告書」について徹底的に調査し、その全容を精査したものと考える。
 現在、百八十一冊の「原爆報告書」はどこの省庁が保管しているのか、明らかにされたい。

二 答弁書(内閣参質一七六第二四号)で、「陸軍軍医学校臨時東京第一陸軍病院が(中略)昭和二十年十一月三十日に取りまとめた「原子爆彈による広島戰災医学的調査報告」については、日本学術会議が昭和二十八年に編集した「原子爆弾災害調査報告集」にも収録され、その内容が公にされており、これまで多くの科学者が当該報告書を活用して放射線被曝と健康影響についての研究を行ってきているものと承知している。当該報告書の原本の所在については承知していない」という答弁があった。
 この答弁についても、答弁から四か月経っており、国は「原子爆弾災害調査報告集」の原本の所在を確認し、内容も精査したものと考える。原本の所在及び精査の結果を明らかにされたい。

三 前記NHKの番組で明らかにされた事実の中で、原爆被爆者救済のために重要なことは、門田可宗(よしとき)さんの日記である。日記には、原爆投下から四日後に、大本営の原爆調査団の一員として、広島市の調査に派遣された山口医学専門学校の学生だった門田さんが、初期放射線に直撃された被爆者と全く同じように急性症状を発症していたことが、原爆調査団のトップ、東京帝国大学の都築正男教授の要請によって書き残されている。この日記について、前記NHK番組の中で齋藤紀医師は、「国の被爆者援護対策の考え方が、根底から覆された意味を持っている」と発言している。門田さんの日記は、国が徹底的に過小評価し、あったとしても微々たるものに過ぎないとしている残留放射線が、実は、原爆投下から四日後においても、原爆症を発症させるほど存在していたことを証明するものである。
 百八十一冊の「原爆報告書」および陸軍軍医学校臨時東京第一陸軍病院がまとめた「原子爆彈による広島戰災医学的調査報告」ならびに日本学術会議が編集した「原子爆弾災害調査報告集」の中に、門田さんの日記はどのように扱われているのか、明らかにされたい。

四 前記門田さんの日記を元にして行われた残留放射線や入市被爆者についての研究論文などは存在するのか。政府の把握しているところを明らかにされたい。

五 二〇一〇年五月十二日提出の「原爆症認定却下処分の取消を求める訴訟に関する質問主意書」で、医療分科会での答申件数と審議時間について質問をしたが、国は答弁書(内閣参質一七四第六八号)で、「必要に応じて事前に医療分科会の委員が申請案件の確認を行っているほか、申請案件によっては、(中略)四つの審査部会と医療分科会の双方で審査を行っており、実質的に十分な時間をかけている」と答弁した。また、二〇一〇年十月十三日提出の「原爆症の認定に関する質問主意書」で、第百九回原子爆弾被爆者医療分科会(二〇一〇年六月二十一日)が答申した六百四十五件の審査について、「事前に医療分科会の委員が確認を行ったのは何件あるか。また、それはどの委員が、いつ、どこで、どのくらいの時間をかけて行ったのか」などの質問をしたが、国は答弁書(内閣参質一七六第二四号)で、「医療分科会の事務局職員が、医師の資格を有する委員等をそれぞれ訪問するなどして、各委員に対し、申請者の疾病の状況に係る申請の確認をするよう依頼したものがあるが、これらの依頼をした具体的な日時及び件数並びに委員が確認に要した時間については、記録をとっていないため、お答えすることは困難である」と答弁した。
 被爆者にとって人生のすべてをかけた原爆症認定申請を審査するという重大な業務に関して、「記録をとっていない」というようなことが許されているとは、俄かには信じがたい。世間の常識では、記録をとらない行為とは、良心に恥じるような疾しい行為とか、あるいは、どうでもいいつまらない行為ではないだろうか。事の軽重を問わず、国が行う行為において、「記録をとっていない」ということは、どういうことなのか、まったく理解できない。
 被爆者は、原爆症の認定申請に当たって、国の要求により認定申請書、医療特別手当申請書、医師の健康診断個人票と意見書、さらに、ガンなどの病気があれば、その病理組織検査、画像の診断、内視鏡検査、腫瘍マーカー検査、病気の具体的な治療内容、手術の所見などの報告書、喫煙歴や鉱夫など職業歴などの書類を提出しなければならない。「新しい審査の方針」において、積極的に認定する範囲以外の申請について、申請者が提出した書類を「総合的に勘案」するとしているが、被爆者にとっては提出した書類が医療分科会でどのように議論され結論が出されるのかは最大の関心事であろう。裁判であれば、多くの時間をかけて結果が出されるために、その信頼性は高い。しかし、非公開の原爆症認定審査について、医療分科会の元委員である碓井静照・広島県医師会会長が、毎日放送が放送した「被爆六一年-終わらない認定裁判」(二〇〇六年十一月二十日)の中で、「被爆者一人ひとりの状況をじっくり吟味する時間など全くなかった。短い人は一分ぐらいで、長い人でも五分ぐらいだった」と証言している。この証言は原爆症認定集団訴訟の大阪地裁の口頭弁論でも上映されて、多くの国民の知るところとなっている。
 これまでの質問主意書で質問した主旨は、碓井氏が証言したことが過去のものであり、現在では、「実質的に十分な時間をかけ」「総合的に勘案」されていることの確認であった。それが記録さえしていないというのでは、あきれはてて言葉もない。国がこのような行為を行ってよいというようなことは、憲法は想定していない。もし、関係する法や政令などに定めがあるのなら、それは憲法違反であると考えるが、以下の項目について政府の見解を示されたい。
1 どういう根拠によって記録をとっていないのか。
2 記録をとらないことは常態となっているのか。記録をとらない行為を、どのようにして認定審査の中で活かしているのか。
3 医療分科会の委員の多くは広島や長崎在住者であるから交通費などの費用がかかるであろう。そういうことについても記録が無いのか。
4 担当した事務局職員に万が一のことがあり、業務の遂行が不可能になった場合、その行為はどのようにして引き継がれるのか。

六 長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決は、被爆者の放射線被曝線量を推定するDS八六では、原爆被爆者の実態調査で明らかになったさまざまな事実を十分に説明することができないとし、原告はDS八六による被曝線量の他に相当量の放射線を浴びているものとして、国の上告を棄却し、却下を違法とした高裁判決は確定した。最高裁の判断を一言で言うと、DS八六には欠陥があるということである。
 矢ケ崎克馬・琉球大学名誉教授は、「日米原爆線量再評価(DS八六)検討委員会報告書(一九八七年)、第六章・残留放射能の放射線量」について、「放射性降下物と誘導放射能による放射線、いわゆる残留放射線の測量は、広島・長崎を襲った九月十七日の枕崎台風が、原爆から生じた放射性物質の大半を海に流されてしまった後に行われたものである。しかし、DS八六は台風の風雨によって洗い流された後の測定値を、初めからあった量に変更して結論を出している」(『隠された被曝』矢ケ崎克馬著、新日本出版社、二〇一〇)と指摘されている。この矢ケ崎名誉教授の指摘は正当なものか。そうでないとするのなら、その根拠を科学的に明らかにされたい。

七 矢ケ崎名誉教授は、「DS八六は、放射能環境の主な放射線であるベータ線を測定していない」と指摘している。この指摘は正当なものか。そうでないとするのなら、その根拠を科学的に明らかにされたい。

八 矢ケ崎名誉教授は、「DS八六は、原爆の核分裂で生じた放射能原子の崩壊系列を無視している」と指摘している。この指摘は正当なものか。そうでないとするのなら、その根拠を科学的に明らかにされたい。

九 矢ケ崎名誉教授は、「放射線による被曝には、内部被曝と外部被曝があるが、DS八六はこの被曝形態を無視している」と指摘している。この指摘は正当なものか。そうでないとするのなら、その根拠を明らかにされたい。

十 国は、答弁書(内閣参質一七六第二四号)において、「爆心地で原爆投下後から五日を経た時点で、「原爆症を発症させるほどの残留放射線」が存在していたとは考えていない」と答弁している。この答弁は、原爆症認定集団訴訟において、原爆投下から五日後に四歳の時に母に連れられて広島の爆心地を歩き回った齊藤泰子さんが、裁判によって原爆症と認定されたことと矛盾している。齊藤泰子さんの原爆症は、五日後にも原爆症を発症させるほどの残留放射線によって被曝したためと考えるのが自然である。国は、齊藤泰子さんの原爆症の放射線起因性は、DS八六による初期放射線の他に、どのような放射線によって被曝したものとして認定したのか、明らかにされたい。

十一 国のいう遠距離被爆者とは、どのような被爆者のことを意味しているのか、明らかにされたい。

十二 十一で国が定義した遠距離被爆者について、一九七八年三月と二〇一〇年三月時点で、被爆者健康手帳の交付を受けている人は何人か、それぞれ明らかにされたい。

  右質問する。