質問主意書

第177回国会(常会)

質問主意書


質問第三二号

諫早湾干拓事業訴訟の上訴放棄に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十三年一月三十一日

秋野 公造   


       参議院議長 西岡 武夫 殿



   諫早湾干拓事業訴訟の上訴放棄に関する質問主意書

 平成二十二年十二月六日、福岡高等裁判所において、長崎県の国営諫早湾干拓事業の潮受け堤防排水門について三年間の猶予期間ののち五年間の常時開門を命じる判決(以下「福岡高裁判決」という。)が出された。そして、同月十五日に菅総理大臣は、長年にわたって国の事業に協力してきた長崎県や干拓農地の営農者等に何ら説明することなく、唐突に上告放棄を表明した。
 国営諫早湾干拓事業は、防災機能強化と農地造成のため、長崎県の諫早湾湾奥部約三千五百ヘクタールを全長約七キロメートルの潮受け堤防で締め切り、九百四十二ヘクタールの干拓地を造成した国の事業である。総事業費二千五百三十億円を費やし、事業計画決定から二十一年を経て、平成二十年三月に完成し、干拓農地ではすでに営農が始まっている。
 福岡高裁判決については、潮受け堤防の締め切りと漁業被害についての因果関係を認めたことや、潮受け堤防が防災機能や営農に果たしている役割が適正に評価されていないこと、常時開門による漁業や自然環境への影響が適正に配慮されていないことなど重大な問題を含んでいるとの指摘がある。
 仮に、常時開門が行われれば、防災機能が損なわれ、新しい干拓地や背後地農業の基盤が崩壊し、諫早湾内の漁業へも甚大な被害をもたらし、淡水生物の生態系に対して壊滅的な影響を与えると危惧されている。
 このような懸念がある中、長崎県・長崎県議会・関係市長・関係市議会・地元代表は、政府に対して再三にわたり地域の実情と地元の考え方を説明してきたにもかかわらず、政府からは一片の説明もない中で、上訴の放棄と常時開門の方向性が示されたことは重大な違背行為であり、民主党がマニフェストに掲げた「国民の生活が第一」の政治と大きく乖離しており、まさに「有言不実行」である。
 国は、上訴を放棄するに当たり、福岡高裁判決の判決理由についてどのように評価しているのかや、判決に基づき常時開門を行う場合の影響と被害及び防災対策等について、どのような具体的対応策をもって、判決の受け入れを判断したのかなど、菅総理大臣が最終判断するにいたった熟議の内容と決定過程をオープンにし、透明度を高くして、国民に対し納得のいく説明をすることが必要である。よって、以下のとおり質問する。

一 国営諫早湾干拓事業訴訟の上訴放棄について

1 普天間基地の問題など、地元の合意を無視した手法についてこれまで反省を繰り返した現政権が、従前「地元の理解を前提として判断」としてきた経過に反して、国営諫早湾干拓事業に協力してきた地元・長崎県の意向を確認せずに上訴を放棄したことは極めて不誠実かつ不適切であると思われるが、政府の見解如何。
2 平成二十二年十二月二十日に長崎県知事が菅総理大臣に面会した際に、菅総理大臣が調整池からの排水を指して、「あそこは開門しているんでしょ」と発言したと聞いているが事実か。事実なら、菅総理大臣は、福岡高裁判決の言う開門が排水とは異なることについて現時点において理解できているか。また、その程度の認識しか持ち得なかった菅総理大臣が科学的根拠に基づかないで常時開門の判断をしたことは極めて不誠実かつ不適切と思われるが、政府の見解如何。
3 地元に事前の説明を行わなかっただけでなく、長崎県・諫早市・雲仙市の公開質問状に対して平成二十三年一月末の期限までに回答しないのであれば、極めて不誠実であると思われるが政府の見解如何。また、回答しないのであれば出来ない理由を示されたい。
4 鹿野農林水産大臣は、平成二十三年一月二十三日に行われた長崎県との意見交換会において、「農林水産省としては、高裁判決の主文の「常時開門及び例外として閉門が認められる防災上やむを得ない場合」の内容が不明確であり、防災・営農・漁業への影響が懸念される問題があることから、上告すべきと提起したが、政治判断として菅総理自身が決断した」と発言しているが、菅総理大臣は農林水産省の提起をなぜ聞き入れなかったのか。これは閣内不一致ではないか。また、菅総理大臣が総合的に上告すべきでないとした最終判断のうち、上告すべきでないとした判断した根拠となる要素を示されたい。
5 鹿野農林水産大臣は「判決主文が不明確で、今後、この防災、営農、漁業への影響に十分配慮をし、今後話合いを通じて明確にしなくてはならない」として話合いを行うとしているが、福岡高裁判決が確定した後に誰と話合いをする予定か。福岡高裁判決とは異なる判断について話し合うのは司法及び原告に対して不誠実ではないかと思われるが、政府の見解如何。
6 一方で、鹿野農林水産大臣及び筒井農林水産副大臣は、「今度の判決は常時全面開放、常時全面開門としか解釈できない中身であり、漁業、農業、防災、環境の観点から、非常に難しい主文の中身になっている」と、福岡高裁判決の問題点を認識しているが上告しないという政府の責任を放棄したかのような矛盾した説明をしている。福岡高裁判決の問題点を認識しているのであれば、最高裁判所において、長崎県の関係者と一緒に話し合って解決すべきだったと思われるが、政府の見解如何。

二 環境アセスメントとの関係について

1 環境アセスメントの結果に基づいて開門の検討を行うとしていた方針を転換した根拠を示されたい。また、環境アセスメントの結果、科学的根拠に基づいて開門すべきでないとの結論が出された場合の対処方針については、上訴を放棄する時点で定めておくべきであったと考えるが、政府の見解如何。
2 環境アセスメントの実施結果と地元住民の理解を前提として開門を行うべしとの結論を出した諫早湾干拓事業検討委員会は、各省の閣僚や民主党の地元選出の国会議員も委員として加わったものであるが、その提言についての政府の見解如何。
3 上訴の放棄は現在係争中の長崎地裁における裁判における政府の主張と矛盾することになるが、それを一か月以上も放置していることについて政府の見解如何。
4 潮受け堤防の締め切りと漁業被害の因果関係については、平成十七年の最高裁判所判決において既に「ない」と確定したはずであるが、福岡高裁判決において潮受け堤防と漁業被害の因果関係があると示されたことに対して上訴を行わなかったことは、因果関係を認めることに方針転換したことになる。その根拠について政府の見解如何。
5 平成二十三年一月二十三日の鹿野農林水産大臣の説明では、潮受け堤防締め切りと漁業被害との因果関係については、潮受け堤防締め切りによる潮流の流速変化や、諫早湾湾奥部の海域の消滅が、魚類や貝類の生育環境等に影響を及ぼした複数の要因の一つである可能性は否定できないということだが、こうした影響は当初から想定されていたものであり、既に漁業補償されているのではないか。政府の見解如何。

三 防災機能への影響について

1 福岡高裁判決では、潮受け堤防の防災機能の発揮が限定的に留まるとされていることについて、政府の見解如何。
2 福岡高裁判決によると、気象予報をもとにした必要時の閉門により、防災機能を一定程度維持できるとされているが、政府の見解如何。人命を守ることについて「一定程度」維持できるという判断を受け入れることは人命軽視ではないかと思われるが、政府の見解如何。
3 小潮時には干潮位が〇メートルを超えることを政府は掌握しているか。調整池の水位が海の潮位と連動して背後の低平地より高くなり、一週間近く排水することができない場合もある。その際に大雨の予報が出た場合はどのように対応する方針か、政府の見解如何。
4 平成十四年度の短期開門調査において排水樋門や河川河口部に潟土が最大六センチメートル堆積していることが判明しているが、開門後の潟土対策をどのように進めていく方針なのか、政府の見解如何。

四 農業用水の確保対策と農業への影響について

 一日最大一万二千トンと見込まれる農業用水をどのように確保していくのか、政府の見解如何。福岡高裁判決では窒素濃度の高い下水処理水を用いる可能性が示されているが、政府の見解如何。過去に現地にて地盤沈下を起こしてきた地下水の取水の可能性について、政府の見解如何。河川からの取水の可能性について、政府の見解如何。万が一にも農業用水の確保の目処もなく上告を断念したのであれば、極めて地元に不誠実な判断と思われるが、政府の見解如何。

五 常時開門による漁業への影響について

1 平成十五年の中長期開門調査検討会議においては、常時開門により、周辺漁場に甚大な被害を及ぼすことが示されているが、福岡高裁判決では各排水門の常時開放によって漁業被害が発生する具体的危機及び被害の程度等を認めることができないとされ、食い違う結果になった。上訴放棄による常時開門により被害は起こらないと考え方を転換した根拠はどこで話し合われ、どのように示されているのか。
2 同検討会議においては、中長期開門調査を実施したとしても有明海の環境への影響を検証できるかについて明確な結論を得ることはできないとした報告書をまとめているが、これとは異なる上訴放棄の判断を行った根拠について、政府の見解如何。

六 有明海全体の環境異変との因果関係について

 有明海の環境異変のうち、潮受け堤防締め切りの影響が占める割合をどの程度と見積もっているか。また、ノリ養殖の酸処理剤使用、熊本新港、筑後川河口堰による影響をそれぞれどの程度と見積もっているか。万が一、潮受け堤防締め切りによる影響を見積もることができていないなら、常時開門によって有明海をきれいにするとした根拠について政府の見解如何。

七 常時開門による具体的な対策費用について

1 常時開門によって漁業被害を起こさないとした福岡高裁判決の上訴放棄と、平成十四年の短期開門調査の際に補償金約六千万円が支払われたこととの整合性について政府の見解如何。
2 福岡高裁判決においては、漁業補償契約において漁協組合員は当事者となっておらず、漁協組合員の漁業行使権が既に漁協と国との間に結ばれた補償契約に拘束されないことを認めた内容となっているが、事業着手前に漁協に対し約二百八十億円の漁業補償を行った国の立場との整合性について政府の見解如何。仮に補償契約に拘束されないと認めるのであれば、国は二百八十億円を何の目的で支出したものと整理するのか、政府の見解如何。
3 福岡高裁判決における排水門を常時開門することによって過大な費用を要することとなるなどの事実は認められないとの指摘と、平成十五年の中長期開門調査検討会議において農業用水の確保等を除く対策として六百三十億円の費用が想定されていることとの整合性について政府の見解如何。
4 上訴せず、常時開門を受け入れるという判断を行ったということは、国営諫早湾干拓事業においては、国が争ってきた主張や考え方をこの時点で大きく変更したことになるが、その論拠は何か、政府の見解如何。

  右質問する。