質問主意書

第176回国会(臨時会)

質問主意書


質問第二四号

原爆症の認定に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十二年十月十三日

糸数 慶子   


       参議院議長 西岡 武夫 殿



   原爆症の認定に関する質問主意書

 原爆症の認定に関して、以下のとおり質問する。

一 国は、原爆症認定却下処分の取消を求める訴訟に関する質問に対する答弁書(二〇一〇年五月二十一日内閣参質一七四第六八号)において、「原爆症認定に係る審査については、必要に応じて事前に医療分科会の委員が申請案件の確認を行っているほか、申請案件によっては、平成二十年度に医療分科会に設置された四つの審査部会と医療分科会の双方で審査を行っており、実質的に十分な時間をかけている」としている。
 第百九回原子爆弾被爆者医療分科会(二〇一〇年六月二十一日、午前十時開始)が答申した六百四十五件の審査結果は、認定十六件、却下六百十九件、保留十件であった。この日の審査が、午前十時から午後五時まで六時間程度行われたと考えると、一件あたりの審議時間は三十五秒にも満たない。このような短時間で申請者の「既往症、環境因子、生活歴などを総合的に考えて個別に放射線起因性を判断」することは不可能である。前記答弁書に言うように、医療分科会委員や四つの審査部会委員などで「事前に、実質的に十分な時間をかけて確認」することが必要だったと思われる。

1 医療分科会委員と四つの審査部会委員について、分科会及び部会ごとに、委員数及びその氏名を明らかにされたい。
2 六百四十五件の答申のうち、事前に医療分科会の委員が確認を行ったのは何件あるか。また、それはどの委員が、いつ、どこで、どのくらいの時間をかけて行ったのか、明らかにされたい。
3 六百四十五件の答申のうち、四つの審査部会と医療分科会の双方で審査を行ったのは何件あるか。また、それはどの委員が、いつ、どこで、どのくらいの時間をかけて行ったのか、明らかにされたい。
4 六百四十五件の答申のうち、第一号被爆者、そのうちの遠距離被爆者、第二号被爆者、第三号被爆者は、それぞれ何件であったのか、明らかにされたい。
5 認定された十六件のうち、第一号被爆者、そのうちの遠距離被爆者、第二号被爆者、第三号被爆者は、それぞれ何件であったのか、明らかにされたい。
6 六百四十五件の答申を行った医療分科会では、申請案件に要する審査は実質的には行われず、「事前に行った確認」のとおりに認否を決定したとしか考えられない。このことは、医療分科会は単に形式的なものとされ、認否の決定が「事前に行われた」ということを意味する。このような医療分科会の在り方は、どのような規定を根拠にして行われているものか、明らかにされたい。

二 本年八月六日、NHKは総合テレビで「NHKスペシャル 封印された原爆報告書」という番組を放送した。この「原爆報告書」は、日本政府が、原爆投下の直後から二万人の広島・長崎の被爆者、二百人の遺体の解剖、一万七千人の学徒動員された子どもたちなどを二年間にわたって徹底的に調査し、英語に翻訳して百八十一冊、一万頁の報告書にまとめて、自らGHQ(連合国総司令部)に提出していたものである。NHKはその全文を入手し、日米の関係者を取材して、「国は被爆者の救済よりも、アメリカとの関係を優先させ、原爆報告書を被爆者の救済には全く役に立てていない」と論評している。

1 アメリカが「原爆報告書」の全文を機密解除にしたのは、いつのことか、日本政府の把握しているところを明らかにされたい。
2 同番組では、日本政府が自発的にGHQに対して「原爆報告書」を提出した理由について、元大本営の幹部であり、陸軍軍医少佐だった三木輝雄氏が、「七三一部隊などの捕虜虐待という戦争犯罪から逃れるための有効なカードとして使った」と証言している。この証言を踏まえて、GHQに提出した「原爆報告書」は、日本軍の戦争犯罪に対してどのように有効に働いたのか、政府の見解を明らかにされたい。あるいは、その他に自発的に提出した理由があれば、それらについても具体的に明らかにされたい。
3 「原爆報告書」の原本は、現在、どこの省庁が保管しているのか、明らかにされたい。
4 NHKは「原爆報告書」の全文を入手し、国が隠蔽していた事実を公にした。しかし、国は現在も隠蔽したままである。その理由は何か、明らかにされたい。
5 国は「原爆報告書」の全てを公開することで、高齢になって時間のない被爆者救済のために、早急に役に立てなければならないと考える。政府の認識を明らかにされたい。
6 同番組では、「原爆報告書」は国の巨大な国家プロジェクトとして、科学者、医師らが全国から集められ、その数は千三百人を超えるとしている。しかし、今日まで、この事実について公にした人物は、番組の中の二人の医師の他には、だれ一人としていない。原爆投下から六十五年間、原爆被爆者が苦しんでいる現状に対して、彼らが沈黙を守ってきたことは非常に不自然である。国は「原爆報告書」の作成に関係した人々に沈黙を強いたのではないか。政府の見解をその理由とともに明らかにされたい。

三 最も緊急に解決しなければならない問題は、残留放射線について、国が重大な事実を隠蔽していたということである。
 NHK「封印された原爆報告書」では、原爆投下から四日後に、大本営の原爆調査団の一員として、広島市の調査に派遣された山口医学専門学校の学生、門田可宗(よしとき)さんが、初期放射線に直撃された被爆者と全く同じように急性症状を発症していたことを、原爆調査団のトップ、東京帝国大学の都築正男教授の要請によって、克明な日記に書き残していたことが明らかにされている。
 六十五年間、原爆の恐怖と闘い続けてきた門田さんは、現在、心臓などを患って療養中であるが、同日記について、「医学生らしく具体的に記述したこと、被爆者の役に立つなら非常に幸せであると書いたこと」を証言している。

1 門田さんの日記は、原爆投下から四日後に、広島市内には原爆症を発症させる程度の残留放射線が存在していたということを、国が六十五年前から詳細に知っていたということを意味する。国はこの事実をアメリカに対しては自発的に知らせておきながら、肝心の被爆者に対しては現在にいたっても隠蔽し続けている。
 大阪高等裁判所での原爆症認定集団訴訟において、国は、広島市に原爆投下の当日入市したX七さんへの却下処分の正当性について、次のように主張している。「X七が広島へ入市したのは八月六日の夕方であり、爆心地から五〇〇メートル付近の広島第一陸軍病院へ赴き、同月十四日まで同所において救護活動に従事したものと仮定しても、誘導放射能による累積放射線は〇・〇八グレイを超える事はない。国が広島原爆によって黒い雨が大量に降り、放射性降下物があったと認めている己斐・高須地区に、滞在または居住した事実は認められないから、放射性降下物による被曝の影響は考慮する必要はない。X七が主張した急性症状(脱毛、歯茎の出血、白血球減少、リンパ節の腫れ、体調の変化など)は、放射線被曝以外の要因(栄養失調、ストレスなど)でも発症しうるものであり、被爆者以外の者にもよく見られる症状である。被曝による急性症状とみるべき医学的根拠もない。X七の循環器疾患については、同年代の者に通常みられる循環器疾患と何ら変わりはないものであり、循環器疾患の発症に低線量の放射線被曝が寄与しうるとの確立した科学的知見は存しない。X七は原爆放射線による被曝をほとんどしておらず、既往症である肝機能障害、白内障、白血球減少症、膀胱がん、前立腺がんもその存在自体疑わしい。したがって、X七の却下処分に誤りはない。」
 大阪高裁は、このようなX七さんに対する国の却下処分を違法と判断したが、X七さんに対して、認定の知らせが届いたのは死後のことであった。
 原爆被爆者が「私たちは二度殺される。一度目はアメリカの原爆によって。次は日本政府の冷酷な被爆者行政によって」と口々に言っているように、原爆症を発症させるほどの残留放射線の存在を知っていながら、それを六十五年間も隠蔽して、X七さんのような原爆被爆者を騙し続けている国の行為はあまりにも残酷である。国は、事実を隠蔽し、不正な科学的・医学的知見によって、原爆被爆者を愚弄し続けてきたことについて、どのように認識しているのか、明らかにされたい。
2 同番組では、二〇〇三年から始まった原爆症認定集団訴訟において、原爆投下から五日後、四歳の時に母に連れられて広島の爆心地を歩き回った斉藤泰子さんが、原爆症を発症したが原爆症と認定されず、死後、裁判によって原爆症と認定された例も紹介されている。原爆症を発症させるほどの残留放射線が、被爆地には相当長時間存在していたことは、否定できないと考えるが、政府の見解を示されたい。
3 入市被爆者の数について、一九七八年三月の被爆者健康手帳交付者が、広島・長崎合わせて約十万六千人とされている。現在、生存している入市被爆者は何人か、明らかにされたい。
4 これまで原爆症認定申請を行い却下された入市被爆者について、生死を問わず、早急に認定審査をやり直し、その疾病と障害が放射線以外の原因であることが証明されない限り、全ての入市被爆者を原爆症と認定すべきであると考える。政府の見解を明らかにされたい。

四 NHK「封印された原爆報告書」では、学徒動員によって七十か所の建物疎開に駆り出されていた一万七千人の子どもたちが、屋外で同じ場所にまとまって作業を行っていて原爆に遭遇した。その子どもたちが、どこで、何人死亡したのかというデータを基にして作成した「死亡率曲線」は、子どもたちが、原爆の殺傷能力を確かめるためのサンプルにされたという意味を持つ。このデータは、原爆を投下したアメリカが最も知りたいデータであったという。アメリカに対して、原爆は残虐な兵器であり、国際法に違反すると抗議した日本が、子どもたちの犠牲をこのような形で利敵行為に利用した事実に慄然とする。しかも、日本は、そのような子どもたちを含めて、かろうじて生き残った原爆被爆者を、一九五七年に原爆医療法を作るまでの十二年間、全く救済しないで放置していたのである。これらの国の行為について、どのように認識をするのか、明らかにされたい。

五 本年八月五日、NHKは「クローズアップ現代」という番組で、「あの日、きのこ雲の下で」を放送した。広島市とさまざまな分野の研究者らが行った最新の研究によって、次のような国の主張とは異なるきのこ雲の実態を明らかにしている。
 広島市立大学の画像解析の専門家である馬場雅志講師は、国の内外から集めた四十枚のきのこ雲の写真を時系列に解析した。その結果、これまで八千八十メートルとされていたきのこ雲の高さは、約二倍の一万五千五百四十メートルであったことが判明した。
 気象庁気象研究所の千葉長さんは、高さが約一万六千メートルとなったきのこ雲が、どのような広がりをもったのかをシミュレーションした。それにより、きのこ雲は一万メートルを超えた所から偏西風によって東の方向に大きく広がっていったこと、そのような巨大なきのこ雲から降った黒い雨の範囲は、これまで考えられてきた範囲をはるかに凌ぐ広大なものであったことを示唆する結果が得られた。
 広島大学の大瀧慈教授は広島市とともに、一昨年、原爆投下時に広島市周辺に居た三万人の人々を対象にアンケート調査を行った。その結果、黒い雨の範囲は、国が終戦直後に行った百七十一人の聞き取り調査を基にして指定した「援護対象地域」を大きく超えていたことが分かった。
 放射線物理学が専門の広島大学・星正治教授は、「援護対象地域」の外側の十八か所で、原爆投下から三年以内に建てられた家の床下から土壌を採取、金沢大学で分析したところ、分析が終わった五か所の全てから広島原爆のセシウム一三七が検出された。
 以上のような広島原爆のきのこ雲についての最新の研究成果について、政府はどのように認識するのか、明らかにされたい。

六 国は、原爆症認定却下取消訴訟において、被爆者の被曝線量について「原爆のガンマ線と中性子線による初期放射線と残留放射線の線量は、DS八六によって正しく推定されており、極めて信頼性の高いものである。放射性降下物については、広島・長崎原爆は上空で爆発したために、未分裂のウランとプルトニウムや放射性物質があったとしても、高温により蒸発し爆風で大気中に拡散して流れ去っているから、放射性降下物は比較的少なかった」などと主張し、また、DS八六による被曝線量に基づいて作成された原因確率についても、「原子物理学、放射線学、疫学、病理学、臨床医学などの高度に専門的な科学的・医学的知識に基づくものである」などと主張していた。
 しかし、NHK「封印された原爆報告書」で明らかになった門田さんの日記は、原爆症認定集団訴訟の原告側の「DS八六は初期放射線のみによる被曝線量であり、残留放射線を軽視し、内部被曝を全く無視したものであって、原爆被爆者の実態を説明することができないものである」という主張が正当なものであったことを証明している。

1 国は、前記の答弁書において、長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決について、「最高裁判決は、DS八六及びしきい値については、当該原告の事案についてその適用を躊躇せざるを得ない旨を判示したものであり、DS八六及びしきい値そのものを否定したとは認識していない」としている。
 しかし、最高裁は、松谷さんが「相当量の放射線を浴びた」ものと判断して、放射線起因性を認めたのであって、DS八六及びしきい値から導き出したものではない。この「相当量の放射線」には、当然、DS八六が軽視ないし無視していた残留放射線を想定したことが認められる。つまり、最高裁は、DS八六及びしきい値そのものを認めず否定したのである。したがって、最高裁が否定したDS八六及びしきい値を、被爆者の放射線起因性を判断する基準とすることは、許されないことである。さらに、最高裁の判決の全てが、「高度の蓋然性」を証明したものと解されなければならない。
 それにもかかわらず、国は、DS八六やしきい値が、GHQに提出していた「原爆報告書」に記された事実を隠蔽して、不正に作成されたものであることを認識していながら、最高裁で敗訴した年の翌二〇〇一年五月、最高裁の判断とは異なる偏狭な「高度の蓋然性」の上に立ち、DS八六及びしきい値を絶対的な経験則とし、原因確率に基づいた「審査の方針」を策定した。このように、最高裁の判決を無視した「審査の方針」を策定した理由は何か、明らかにされたい。
2 今回、NHKが番組で明らかにした事実は、DS八六やしきい値が高度に科学的なものでも医学的なものでもなく、事実を隠蔽して作りあげた不正なものであったということである。もし国が、「原爆報告書」がいずれは公開されて、隠蔽していた行為が明らかになることを自覚し、最高裁での敗訴を千載一遇の機会ととらえて、真に被爆者が救済されるような公正な「審査方針」を策定していたなら、十年以上も前に、被爆者の多くが救済され、原爆症認定集団訴訟も提訴されず、今日のような恥をさらさないで済んだはずである。なぜ、そうしなかったのか、明らかにされたい。

七 国は、長崎原爆松谷訴訟において福岡高裁で敗訴した後、その上告理由書二において、「本件における事実的因果関係の証明は、その内容がそもそも科学的・医学的知見によらなければ証明することが出来ない事柄である以上、科学的・医学的知見を離れて、素人的、あるいは被害者を保護すべきであるといった価値判断を入れたものであってはならず、科学的・医学的知見を総合して、通常人が疑いを差し挟まない程度に、真実性の確信を持ちうるものであることを必要とする」と主張している。
 国の「科学的、医学的知見を離れて、素人的、あるいは被害者を保護すべきであるといった価値判断を入れてはならない」という主張には、冷酷な被爆者行政の本性があらわになっている。原爆被爆者は国の誤った戦争の最大の犠牲者である。原爆は、国が「国際法を無視した残虐な非人道的な兵器」と抗議したように、その残虐性は、戦争が終わって六十五年を経てもなお、原爆の放射線が被爆者の体をむしばみ続けており、その被害は一生涯続き死ぬまで終わらない。放射線がこれほどの被害をもたらすことは、かつて人類が経験したことがない。そのような被害にあった人々を保護しなければならないと考えることは法律以前の問題であり、人間が人間であることの証しではないのか。その上、憲法が、「国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利」とし、特に第十三条で、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と規定していることを踏まえると、国の主張は憲法の精神とも大きくかけ離れているとも考えられる。現在明らかになっている、国が被曝の事実を隠蔽していたことと、原爆を過小評価した「科学的・医学的知見」とを重ねて考える時、前記のような国の主張には、憤怒を禁じえない。このことについて、国はどのように認識するのか、明らかにされたい。

八 国は、原爆症認定却下取消訴訟の中で、DS八六について、「放射線学に関して最も信頼できる知見に基づいて作成されており、国際的な放射線防護の安全に関する基準を示しているICRPの基礎データとして、原発やレントゲンの線量推定システムとして、世界で応用されている。これが誤っていると批判された事はなく、異論を唱える者はいない」などと主張している。
 しかし、NHKの二つの番組は、国が入市被爆者に起きた事実を隠蔽していたことや、黒い雨の降雨地域を過小評価していたことを白昼の下に晒し出した。つまり、国際的に権威あるものと理解されているICRPの基礎データは、不正なものであったのである。世界で初めて原爆を作り、生きている人々の上に炸裂させたアメリカとともに、被爆国日本は原爆の人々への影響を過小評価し、そのことを隠蔽していたのである。事は日本の被爆者だけの問題ではない。放射線被曝の安全基準が過小評価されたものであるということは、世界の全ての人々に対しても重大な意味を持っている。この問題について、国の認識を明らかにされたい。

九 被爆者の診療を三十年を超えて行っている内科医師であり、原爆症認定集団訴訟では原告側の証言者として証言し、二〇〇七年の秋、当時の安倍内閣総理大臣の指示の下で始まった「原爆症認定の在り方に関する検討会」で意見陳述を行っている齋藤紀医師は、NHK「封印された原爆報告書」の中で、門田さんの日記で明らかにされた事実について、「国の被爆者援護対策の考え方が、根底から覆された意味を持っている」と発言をしている。また、同医師は、NHK「あの日、きのこ雲の下で」の中でも、黒い雨が「従来の降雨地域の範囲にとどまっているという国の主張は、根本から覆されてしまったと言ってよいと思う。そのような過小評価の立場を転換して、高齢になった被爆者に寄り添う施策に大胆に踏み込んでほしい」と要望している。このような国の被爆者援護対策を根底から改訂しなければならないとする齋藤医師の発言について、国はどのように受け止めるのか、明らかにされたい。

  右質問する。