質問主意書

第164回国会(常会)

質問主意書


質問第七八号

ロシア連邦のサハリンⅡ石油・天然ガス開発事業と油流出対応に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十八年六月十四日

谷 博之   


       参議院議長 扇 千景 殿



   ロシア連邦のサハリンⅡ石油・天然ガス開発事業と油流出対応に関する質問主意書

 ロシア連邦サハリン州では、サハリンⅡ石油・天然ガス開発事業(以下「サハリンⅡ」という。)が進行中である。海洋掘削施設の増設や八百キロメートルに及ぶ石油・ガスパイプラインの敷設、天然ガス液化処理施設や原油ターミナルの建設を含む第二期工事は二〇〇三年五月に開発宣言され、既に建設工事は七〇パーセント以上が終了していると聞いている。
 一方、サハリンⅡの事業者(以下「本事業者」という。)は二〇〇三年に、国際協力銀行(以下「JBIC」という。)や、我が国が第二の拠出国である欧州復興開発銀行(以下「EBRD」という。)等の公的機関に対して融資を要請している。ところが本事業者が実施した環境影響評価は、JBICの「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)やEBRDの「環境政策」が示す要件を満たしていなかったことから、現在も融資審査の過程にあり、二〇〇六年六月九日現在融資の最終判断は行われていないと承知している。
 サハリンは漁業が主要産業であり、また、希少野生生物が数多く生息していることから、開発による漁業資源や自然環境への影響が懸念されてきた。希少な野生生物の中には、文化財保護法で天然記念物に、種の保存法で国内希少野生動植物種にそれぞれ指定され、日露渡り鳥条約の保護指定種となっているオオワシなど、サハリンと我が国、特に北海道を行き来するものが含まれる。
 また、石油開発における最大のリスクの一つである油流出が起これば地理的に近い我が国、特に北海道が被害地域に含まれることから、北海道の漁業関係者や住民、専門家、NGOは融資審査を慎重に行うよう強く求めてきた。
 現在、JBIC及びEBRDでは、いよいよ融資審査過程の最終段階にあると承知している。二〇〇二年一二月四日の参議院災害対策特別委員会における私の質疑に対し、JBICは本ガイドラインに沿った形でサハリンⅡの環境社会配慮を行っていく旨の政府答弁があった。我が国のエネルギー安全保障上、極めて重要な事業であるからこそ、環境及び社会面での配慮が求められているとの認識に立ち、サハリンⅡにおける環境社会配慮の状況及び油流出対応について、以下質問する。

一 JBICは二〇〇四年一〇月に「サハリンⅡフェーズ2に係る環境関連フォーラム」(以下「フォーラム」という。)を設置した。フォーラムは東京・札幌において合計九回の会合を開催して、国内の利害関係者から環境審査の参考とするためにサハリンⅡの環境及び社会影響に関する意見や情報を聴取した。
 JBICが融資審査を開始して以降、JBICには本事業に関する意見・情報・懸念等(以下「本事業に対する意見等」という。)としてどのようなものが寄せられているのか。フォーラムの場だけでなく郵便、電子メール、ファクシミリ等で寄せられたものも含め、同種の意見等ごとにまとめて具体的に列挙されたい。

二 一に対する答弁で示された本事業に対する意見等の中で、本ガイドラインの要件を満たしていないと判断し、本事業者に解決ないし改善の働きかけを行った問題を具体的に示されたい。また、それらの問題に対する本事業者の環境及び社会対策における対応も具体的に示されたい。

三 本事業者は、絶滅危惧種コククジラの餌場環境保全のために、サハリン北東部チャイボ湾を新たにパイプライン建設ルートとして選択した。しかし、当該地域はオオワシの他、カラフトアオアシシギなど日露渡り鳥条約の保護指定種が営巣する重要な生息地であり、影響が懸念される。
 日露渡り鳥条約第六条では、生息環境の保全が締約国の努力義務となっている。サハリンⅡの開発が始まってからこれまで、日本政府としてどのような努力義務を果たしたのか、また、今後どのように指定種を保護していく考えかをそれぞれ明らかにされたい。

四 二〇〇六年四月、LNGプラント建設現場の隣町コルサコフで、サハリンⅡによる社会的影響の調査がNGOによって行われ、女性や子供など弱者に負の影響が及んでいることが報告された(『Boom Time Blues』by CEE Bank Watch May 2006)。コルサコフは人口約三万人の町であるが、そこに数千人の労働者が流入したことにより、売春や性感染症が増加しているという。また工事現場へ行き交うトラックの交通量が増えたことから、子供が事故に巻き込まれることが懸念されている。
 本ガイドラインには「女性、こども、老人、貧困層、少数民族など社会的な弱者については、一般に様々な環境影響や社会影響を受けやすい一方で、社会における意思決定プロセスへのアクセスが弱いことに留意し、適切な配慮がなされていなければならない」とあるが、サハリンⅡにおいては具体的にどのような対策がとられているのか、JBICが承知するところを示されたい。

五 本事業者は、本年四月に札幌及び東京で開催したパブリックミーティングにおいて、サハリンⅡ第二期工事に対応する油流出対応計画(Oil Spill Response Plan)について、二〇〇六年中盤には完成させロシア政府の承認取得を目標とすることを公表している。これまでに計画策定の工程表(ロードマップ)のみが公開されているが、日本政府は現在の進捗状況をどのように承知しているか。また、計画の完成以前に、草案(ドラフト)段階で広く公開し、利害関係者からの意見聴取をJBICないし本事業者が行うべきであると考えるがいかがか。

六 油流出対応計画が策定・公開されていないため、日本一の生産量を誇る北海道の沿岸漁業等に壊滅的な影響を与えかねない大規模な油流出事故が起こった際に、迅速な対応がなされるのか確認できないという深刻な懸念がある。これに対してJBICは、第一回及び第六回のフォーラムにおいて「融資判断の前に必ずしも油流出対応計画を審査の対象とする必要はない」との考えを表明しているが、融資判断に当たり油流出対応について最低限どのような書類が必要と考えているのか。例えば、北海道の陸域での油回収、処分法などを含む地域的な緊急対応計画ができれば最低限の要件を満たすと考えているのか。

七 仮に融資決定後に油流出対応計画が策定された場合、本事業者が約束している「国際的に認められたベストプラクティス」、つまり国際的な最高水準に達した十分な内容の計画であることを北海道の漁業者や環境NGOなどの関心を持つ者に対して保証するために、JBICはどのように関与するつもりであるのか。

八 本事業者による環境影響評価補遺版の第二章油流出対応の項には、「当社はフェーズ1プロジェクトの一環として、日本の海上災害防止センターとの間に覚書を調印済みである。この覚書は、実用的な緊急対応計画の策定にあたっての両国の協力と支援について定めるほか、当社のヴィチャーズ生産複合体から大規模な油流出が発生し、日本周辺海域に脅威となる可能性が生じた場合の対応策について定めている。(中略)同覚書はフェーズ2に対応するよう、現在改定を行っている。」との表記がある。

1 ここでいう「実用的な緊急対応計画」とは具体的に何を意味しているのか。対象地域や計画の概要、運用主体について、独立行政法人海上災害防止センターないしJBICが知りうるところを明らかにされたい。
2 この「実用的な緊急対応計画」の範囲は、計画策定の趣旨にかんがみ、北海道沿岸のみならず、青森県や秋田県などの日本海沿岸域も含めて検討されるべきであると考えるがいかがか。また、例えば、NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)の枠組みにおいても、地域的調和・連携をとることが望ましいと考えるがいかがか。
3 地域住民の不安を少しでも解消するためにも、この覚書の内容は公開されるべきと考えるがいかがか。また、現在、覚書の改定作業の進捗状況はどのようになっているか。

九 五で示したパブリックミーティングにおいて、本事業者は、「『油流出対応関連専門家会合』を設置・運営し、北海道における地域的な緊急対応計画を策定する」と表明している。その対象地域や計画の概要、運用主体について、独立行政法人海上災害防止センターないしJBICが知りうるところを明らかにされたい。また、その範囲が道東沿岸域のみ又は北海道全域であれば、北海道知事のリーダーシップの下、北海道庁が運用するべきものと理解するがそれでよいか。

十 油流出対応における日露両国並びに本事業者の連携は重要な課題であるが、二〇〇六年五月に実施された合同訓練はヘリコプター事故のため中断された。今年、再訓練は実施されるのか。また、合同訓練は二〇〇七年以降も継続して実施することで両国が合意しているのか。
 さらに、油流出対応が最も困難とされる冬季の訓練を行うべきと考えるが、いつ予定しているのか。

十一 二〇〇〇年二月二二日に開かれた「油汚染事件に対する準備及び対応に関する関係省庁連絡会議」にて申し合わせのあった事項のフォローアップについては、二〇〇三年一〇月一〇日に具体的措置事項についての説明を受けている。しかし、この申し合わせ事項自体が、少なくとも二〇〇四年一月二六日に改正されていると承知している。直近でいつ、どのような改正が行われたのかを具体的に示すとともに、改正後の申し合わせ事項ごとの担当省庁名並びに具体的措置事項を詳細に示されたい。

十二 十一で取り上げた申し合わせ事項には、外務省が「ロシア政府に対し、『一九九〇年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する条約』の早期締結について働きかける」という項目があるが、二〇〇三年一〇月一〇日以降、ロシア政府に対してどのような働きかけを行い、どのような回答があったのかを詳細に示されたい。

十三 「油汚染事件に対する準備及び対応に関する関係省庁連絡会議」は定期的に開催されるべきと考えるが、今後の開催予定はどうなっているか。また、その議事内容や十一で触れた申し合わせ事項のフォローアップはインターネットで公開されるべきと考えるが、いかがか。

十四 今年二月に発覚した知床半島沿岸での海鳥大量死事件は、未だに原因が明らかになってない。発覚直後から、原因究明において日露政府の見解の相違が見られ、両国の連携、情報共有における問題が明らかになった。日本政府は、海鳥の被害をもたらした油の流出原因を調べるために、事件発覚以降どのような対応をとったのか。ロシア政府とのやり取りを含めて明らかにされたい。

十五 十四で取り上げた事件は、燃料油による被害である可能性が示唆されている。そうであればサハリンⅡとは関係のない、船舶事故や沈船からの漏出、廃油の不法投棄などいろいろなケースが想定される。同様の事故の再発防止のためには、流出の原因究明が不可欠と考えるが、日本政府は今後どのような法的根拠で、どの省庁が主導して、具体的にどのように原因を究明するつもりか。

十六 北海道沿岸にはサハリンⅡと関係のないタンカーも航行しているが、本事業者が独立行政法人海上災害防止センターに委託して策定を進めている北海道の地域的な緊急対応計画は、サハリンⅡと関係のない大規模な油流出事故にも十分対応可能な内容となるものと日本政府は認識しているのか。また、このような地域的な緊急対応計画の策定においては、地元住民、漁業関係者はもちろんであるが、加えて地域の生態系に詳しい専門家なども策定作業に参加するべきと考えるがいかがか。

十七 そもそも日本近海にはどこでも大型タンカーが往来しており、大規模油流出の危険性は北海道に限らず、日本列島全域にある。現在、政府はHNS議定書批准に基づき国家緊急時対応計画の改定作業中と承知しているが、国家緊急時対応計画だけでは、大規模油流出時の全国津々浦々の海岸陸域での油回収、処分などの対応は困難であり、北海道同様、地域ごとの緊急時対応計画の策定が必要ではないか。また、そのために地方自治体に対する国のリーダーシップが不可欠と考えるが、今後の予定も含めて、政府の見解を示されたい。

  右質問する。