質問主意書

第164回国会(常会)

質問主意書


質問第七〇号

シベリア抑留の真相究明に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十八年六月九日

谷 博之   


       参議院議長 扇 千景 殿



   シベリア抑留の真相究明に関する質問主意書

 本年四月一八日は、ミハイル・ゴルバチョフ旧ソ連邦大統領が、初めての公式な「ソ連邦抑留死亡者名簿」を持参して初来日し、両国の外務大臣が捕虜問題の早期解決を目指して「捕虜収容所に収容されていた者に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」(以下「本協定」という。)を締結してから十五年目に当たる。さらに、本年一二月二六日は、シベリアからの最後の引揚船「興安丸」が舞鶴港に入港してから五十年目に当たる。このように本年は歴史の節目に当たる年であり、この人類史上未曾有の大拉致事件であるシベリア抑留の真相究明に政府を挙げて全力で取り組むべきであると考える。
 そこで、以下質問する。

一 私が提出した「北朝鮮に移送されたシベリア抑留者に関する質問主意書」(第百六十三回国会質問第二十五号)に対する二〇〇五年一一月一一日付け答弁書(以下「本答弁書」という。)において、一九九一年に旧ソ連邦から提供された「ソ連邦抑留死亡者名簿」等は、各都道府県窓口で一般閲覧に供しているとある。しかし、実際に山形・栃木・埼玉・千葉・東京・神奈川・岐阜・三重・大阪・山口・福岡・佐賀の十二都府県の窓口で元抑留者が閲覧を求めたところ、閲覧できたのはわずかに東京だけだった。他はいろいろ閲覧に条件を付けたり、中には県の公文書館にしまって窓口に置いていない所もあった。半ば非公開に近い扱いで、資料も完備されておらず、窓口の職員も資料公開の意味を理解していなかった。このことは、前回の答弁書が虚偽の答弁書だったことにならないか。

二 厚生労働省は、一で示した一般閲覧に供する業務は地方自治法附則第十条に定める事務に当たることから、地方自治法第二条第八項にいう自治事務であると私に回答している。しかし、戦争責任を第一義的に担うべきは国であり、また、電子政府推進の観点からも、なぜ都道府県庁での閲覧のみでインターネットでの情報開示を行わないのかが疑問である。その理由を明らかにされたい。

三 本答弁書において、一般閲覧に供しているものは「『ソ連邦抑留死亡者名簿』等」であるとされているが、名簿の他にどのような資料が一般閲覧に供されているのか。また、シベリア抑留関係以外に、地方自治法附則第十条に基づき地方自治体が今日行っている業務を列挙されたい。
 さらに、地方自治法附則第十条第三項の規定に基づき、国庫が負担した経費はいくらか。過去五年度分について年度ごとに示されたい。

四 今日まで本協定に基づく事業実施のために日本政府が支出した総額を示されたい。

五 本協定に基づく旧ソ連邦の捕虜収容所に収容されていた者(いわゆるシベリア抑留者)に関する日ロ協議は、第一回が二〇〇三年一〇月、第二回が二〇〇五年二月に行われている。このような協議はもっと早く行われるべきだったと考えるが、なぜ協定から十二年もの歳月が必要だったのか。また、どのような情勢の変化から、二〇〇三年に第一回の協議が実現できたのか。

六 過去二回の協議はいずれもポツダム宣言に遡る歴史的認識の共有などについての話し合いがなされたと承知しているが、これは、戦後六十年、二十一世紀にもなって未だに本協定の歴史的背景さえ共有されていないことを意味し、これまで両国がこの問題に真剣に取り組んでこなかったことの証左である。今後第三回、第四回の協議を早急に開催していくために、日本政府としてどのような取組を考えているか。

七 本協定を履行するに当たって、ロシア政府はこれまでどのような体制を組んできたと政府は承知しているか。類似の事例として、日本の厚生労働省は韓国政府の要請を受けて、戦時中の朝鮮人徴用者遺骨捜索のために人道対策室を設置している。ロシア側は本協定履行のために何という組織が責任主体になっていて、何人体制なのかを具体的に示されたい。また、ロシアの外務省、国防省、内務省等がばらばらに対応しているのでは進展がないので、大統領府に真相究明本部を設置させるなど、責任ある実施体制の構築をロシア政府に強く求めていくべきではないか。

八 本協定によってもたらされた資料・情報によって、「シベリア抑留」が行われた理由・背景・実施のメカニズムなど明らかになった実態を示されたい。

九 日本人捕虜及び抑留者の強制労働が、戦後旧ソ連邦社会の建設に寄与・貢献した総額はどの程度と推定しているか。円換算にて示されたい。

十 すでに多数の日本人捕虜・抑留者の個人情報が届き、ロシア側も労働証明書を民間団体の求めに応じて発行している。政府は捕虜・抑留者全員の労働証明書の発行をロシア政府に求めるべきではないか。求めないのであればその理由は何か。

十一 昨年届いた北朝鮮逆送者名簿に関連して、北朝鮮逆送者名簿二万七千人のうち、現時点で何人の身元が判明し、そのうち帰国できずに死亡した者が何名で、生きて帰国された者が何名いたことがわかったか。また、照合できた事実について、御家族には伝えたのか。

十二 これまで私が把握するところによれば、北朝鮮以外に旧満州にも病弱者が逆送されている。いまだに行方が不明である者の名簿や情報に関して、早急に中国や北朝鮮に協力を申し入れるべきではないか。

十三 平和祈念事業特別基金によるシベリア抑留者への慰労金支給事業において、いわゆる逆送者、つまりシベリアから逆送後、北朝鮮や旧満州の港から日本へ帰還した方から慰労金支給申請がこれまで五百六十一件あり、そのうちシベリアに送られたという証明ができて慰労金を支給した件が七十件あったと承知している。すなわち、総務省は今年四月に私に対して、残り四百九十一件については、旧ソ連邦に送られたという証明ができずに、現在でも却下せずに控えを保管し申請原本は本人に返していると回答している。厚生労働省が保有する北朝鮮逆送者名簿に照会をかけ本人と特定できれば、シベリア抑留が証明できるので、慰労金は支給されるべきと考えるが、四百九十一件の照会結果はどのようなものだったか。

十四 『引揚援護の記録 全三巻』(厚生省編・二〇〇〇年発行)の第一巻『引揚援護の記録』資料四十六頁から六十頁に、一九五〇年二月一日付のシーボルト対日理事会議長特別報告が掲載されている。「(捕虜の)四分の一は死亡す」という見出しで、「ソ連からの帰還者による無数の口頭及び書面による質問に基礎を置いた調査では、二十万九千三百人の俘虜の内、五万千三百三十二人が栄養失調と伝染病で死亡している」とある。
 すなわち、一九四九年五月二六日時点で、日本人捕虜総数七十万人の約三割にあたる約二十一万人について、GHQ(連合軍総司令部)が確認した死亡者は五万千三百三十二人とある。この五万千三百三十二人の数字の算定方法及び根拠を示されたい。

十五 『引揚援護の記録 全三巻』の第三巻『続々・引揚援護の記録』百七十四頁から百七十五頁の表には、昭和三〇年代前半期(一九五五年-一九五九年)までに判明したサハリン州を含めた旧ソ連邦内の各州別の死亡人員は六万二千六百三十六人と記載されている。この数字の算定方法及び根拠を示されたい。

十六 昨年一〇月二二日、NHK教育テレビから放送された『北朝鮮に送られたシベリア抑留者たち』の中で元ハバロフスク軍事博物館館長ヴィクトル・カルポフ氏は、「北朝鮮には三万千五百八十四人の日本人捕虜がいた。日本に帰還できたのは二万二千四百三人だから、差引き約九千人の日本人捕虜たちが北朝鮮で亡くなったかもしれない」と述べている。また、『「シベリア抑留」ソ連機密資料が語る全容 スターリンの捕虜たち』(ヴィクトル・カルポフ著・長勢了治訳、北海道新聞社、二〇〇一年三月発行)の二十一頁から二十四頁及び八十二頁から八十三頁で、カルポフ氏は「赤軍後方部隊長参謀の一九四五年一二月二九日時点の資料によれば、極東の部隊には、六十五万百九十四人の日本将兵がいた」「引用した資料を比較対照すると、ソヴィエトの収容所に捕虜でいたとき、九万二千五十三人が死亡した、とすることができる」と述べ、また「(旧ソ連邦の)収容所長が多くの場合、捕虜の給養の悪さの責任を負わされるのを恐れて、収容所内の死亡率のレベルを隠したり、登録データを歪めたりしていたことはよく知られている」とも述べている。
 また、『シベリアの日本人捕虜たち-ロシア側から見た「ラーゲリ」虚と実-』(セルゲイ.I.クズネツォフ著・岡田安彦訳、集英社、一九九九年七月発行)の百二十八頁から百二十九頁に作業内容別の日本人捕虜死亡者数が記載されているが、それによると死亡者数は六万千五百三十八人とある。日本政府は、これらロシア側の民間の専門家に接触して、意見や情報を求めたことがあるか。また、私がここで記したこれらの指摘・見解に対して、政府の見解を示されたい。

十七 独立行政法人平和祈念事業特別基金が昨年三月に発行した『戦後強制抑留史 第三巻』九十一頁から九十五頁、第四編第三章第四節「シベリアに死体の堆積(やま)を築いた抑留者たち 1ソ連当局の死亡者数の操作」の中には、「シベリア抑留の犠牲者の正確な数はわかっていない」「死亡者数や死亡率には操作が行われる場合があったことをソ連側も正式に認めているということである」「ソ連本国への強制連行以降における死亡者数は、少なく見積もっても十数万人にのぼったと推定される」と述べられている。これまで長年にわたって収集してきた関係資料に基づき、左記についての推定数を示されたい。

1 旧ソ連邦からの引揚者のうち軍人・民間人の内訳の推定人数
2 一九四五年八月九日以降の日ソの直接の交戦で死亡した日本軍軍人・軍属の推定人数
3 旧ソ連邦側収容所に到着するまでの移動中に亡くなった日本軍人・軍属・民間人の推定人数
4 一九四五年八月九日以降に旧満州・朝鮮半島・旧樺太・千島の各地域において、軍から離脱するなどして行方不明になっている日本軍人・軍属・民間人の地域ごとの推定人数
5 元軍人・軍属の引揚者の中で、在職十年以下で軍人普通恩給を受給していない者の推定人数
6 旧満州及び北朝鮮にそれぞれシベリアから逆送された推定人数

  右質問する。