質問主意書

第162回国会(常会)

質問主意書


質問第四七号

長崎における被爆者援護の在り方と被爆体験者精神影響等調査研究事業の問題点に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十七年八月五日

犬塚 直史   


       参議院議長 扇 千景 殿



   長崎における被爆者援護の在り方と被爆体験者精神影響等調査研究事業の問題点に関する質問主意書

 昭和二十年八月九日、長崎に原爆が投下されて、本年で六十年目を迎える。
 長崎に投下された原爆によって、当時約十四万八千人が死傷し、奇跡的に生き残った者の多くは半世紀以上たってもなお、その後遺症や精神的な不安に苦しんでいる。
 長崎の被爆者は、かねてから昭和三十二年に指定された被爆地域を爆心地から半径十二キロメートルの範囲に拡大すべきことを求めてきた。この要請を受けて、長崎市及び周辺六町が未指定地域に居住している住民八千七百人を対象とする調査を行った結果が、被爆五十五周年の平成十二年に公表された「原子爆弾被爆未指定地域証言調査報告書」である。この調査報告書により、原爆の被爆体験によって、外傷後ストレス障害(PTSD)とそれに起因する健康障害が少なからず生じていることが明らかとなっている。これを受けて、当時の厚生労働省は「被爆地域の拡大は認めがたいが、感染症、外傷、がんの三疾病を除くなら、他の疾病はすべて新たな施策の対象とするので結果的には被爆者健康手帳と同等の取扱いとなる。」との説明を行う一方で、被爆地域の取扱いについては、その拡大を拒んだのである。ここに改めて、長崎の被爆者の主張は、あくまでも被爆地域の拡大であり、がん及び感染症を医療給付の対象から外すことには反対であることを、政府においても銘記していただきたい。
 さて、高齢化が進む中で、被爆者援護法上の被爆者はもとより、外傷後ストレス障害(PTSD)とそれに起因する疾病を患う被爆体験者に対しても、援護施策を拡充することは、一刻の猶予もできない状況となっている。特に、今日まで公的な支援の対象から外されてきた者に対しては、施策の実施に当たり、きめ細かな配慮と関連事業の運用の改善が急務となっている。
 平成十四年度から行われてきた被爆体験者精神影響等調査研究事業(以下「本事業」という。)は、被爆者援護法の枠外で予算措置により、被爆体験及び精神症状の有無のスクリーニング検査を実施し、被爆体験者の心理的影響による精神疾患等に対して医療費を支給するものである。健康診断以外は被爆者援護法の適用外となる被爆体験者が、本事業の創設により、検査及び医療費を受けることができるようになったのである。
 ところが、本事業は平成十七年六月一日から、新たな実施要項(以下「新実施要項」という。)に基づいて実施されているが、新実施要項には、対象者の居住要件、本事業の対象疾患の範囲等に疑問が少なくない。また、本事業についても、必要な予算額が確保されないなど、多くの問題があり、原爆を体験した住民の要望に応えるものとなっていない。我々は、本事業の創設に際し、解決を長引かせることは一日千秋の思いで被爆者健康手帳の交付を待つ被爆体験者の心情を考えると得策ではないと判断したのであって、その経緯からして、今回の政府の方針変更は許されないものである。
 そこで、以下質問する。

一 被爆体験者精神影響等調査研究事業について

1 本事業は、「第二種健康診断受診者証の交付を受けた者であって、現に長崎県の区域内に居住している者」を対象としているが、第二種健康診断受診者証の交付を受けた者、そのうち現に長崎県の区域内に居住している者とそれ以外の者(長崎県の区域外に居住している者)は、それぞれ何人いるのか。最新の数字を示されたい。
2 1のうち、平成十四年度から平成十六年度において、本事業により、スクリーニング検査を受けた者、そのうち被爆体験及び精神症状の両者が「有」であった者、医療費の支給を受けた者の数を、年度ごとに、それぞれ明らかにされたい。
3 本事業により、医療費の支給を受けた者のうち、本事業の対象となる精神疾患の診断を受けた者及び対象精神疾患に合併する対象合併症(身体化症状・心身症)の診断を受けた者の数をそれぞれ明らかにされたい。
4 本事業の平成十四年度から平成十六年度のそれぞれの決算額と、その内訳を明らかにされたい。
5 平成十七年度において、本事業を実施するための予算額はいくらか。
6 平成十四年度から平成十六年度までの間、本事業の予算額と決算額について、毎年、大幅な差額が発生していると承知しているが、その理由は何か。予算編成上の技術的な問題なのか、事業の実施体制あるいは運用に問題があるのか。政府として、その要因をどのように分析しているのか、明らかにされたい。

二 新実施要項の居住要件について

1 在外被爆者に関する訴訟において、大阪高等裁判所が平成十四年十二月に下した判決は、「被爆者はどこにいても被爆者である」と述べている。国はこの判決に対して上告を断念した。この判決は確定したものとなっている。被爆体験者についても、原爆の投下を目の当たりにした精神的不安に悩まされているという点では、現に長崎県の区域内に居住している者も、原爆体験後、長崎県外に転居した者も全く変わらないはずである。
 新実施要項は、本事業の対象者について、「爆心地から半径十二キロメートル以内の居住者」から「長崎県の区域内に居住している者」と改めた。しかしながら、「現に」長崎県の区域内に居住している者に限定することについては、長崎県の区域外に転居した被爆体験者が納得しうる合理的な理由が見いだせないのではないか。政府が、本事業の対象者を「現に長崎県の区域内に居住している者」と限定する理由を、分かりやすく説明されたい。
2 長崎県の区域内に居住している被爆体験者で、医療費の支給を受けていた者が、今後、長崎県の区域外に転居した場合には、どのような取扱いとなるのか。
3 第二種健康診断受診者証の交付を受けた者で、長崎県の区域外に居住している者が、長崎県の区域内に転居してきた場合、どのような取扱いになるのか。
4 第二種健康診断受診者証の交付を受けた者で、長崎県の区域外に居住している者については把握できているのであるから、必要な調査を行うことが可能である。国の責任において、実態調査を行い、被爆体験者に対する精神影響等の科学的根拠を明らかにすべきである。政府にはこれを拒む理由はないと考えるが、政府の取組を問う。
5 仮に、「現に長崎県の区域内に居住している者」という居住要件を撤廃し、長崎県の区域外に居住する者に対しても本事業を適用する場合、必要とされる予算額はどれくらいと見込まれるか。
6 本事業において、「現に長崎県の区域内に居住している者」という居住要件を撤廃し、被爆体験者のすべてに本事業の適用を認めるべきであると考えるが、政府の対応を問う。

三 新実施要項の対象疾患の範囲について

1 今回、本事業の実施要項が改められたことにより、医療費が支給される対象疾患が「精神疾患とそれに合併する身体化症状、心身症」に限定された。この見直しにより、今まで医療費が支給されていた疾患で、今後、支給の対象とならないものにはどのようなものがあるのか。
2 これまで医療費の支給を受けていた被爆体験者で、医療費の支給を受けられなくなる者の数は、どれくらいと見込まれるのか。
3 本事業においては、平成十四年度の創設時から、がんについては、被爆体験による精神的要因に基づく健康影響とは関連がないとして、医療費の支給の対象疾患から除かれてきた。しかし、被爆から生じる後遺症の中には数十年後に発症するものもある。原爆の体験が原因で将来がんになるのではないかと恐れ、精神的な不安に悩まされてきた被爆体験者も多い。こうした被爆体験による極度のストレスが、がんを引き起こす要因となることは十分考えられるのではないか。長期にわたる強度の心理的なストレスが、がん発生のトリガーとなるとして、ストレスとがんとの因果関係を示唆する研究もある。被爆体験による長期かつ強度のストレスとがんとの関連性について、科学的な調査を行うべきであると考えるが、政府の見解を問う。
4 本事業は、「第二種健康診断受診者証の交付を受けた者であって、現に長崎県の区域内に居住している者」に対して行われているが、第二種健康診断には、がん健診が含まれていない。被爆体験者の健康上の不安を取り除くためにも、被爆体験者に対して行う第二種健康診断にがん健診を加えるべきであると考えるが、政府の対応を問う。
5 本事業の被爆体験者に対する医療費の支給については、その対象疾患にがんを加えることを検討すべきであると考えるが、政府の対応を問う。
6 本事業の目的を制度創設当時の「被爆体験者の健康保持と向上」に戻すこと、あるいは本事業とは別に「被爆体験者の健康保持と向上」を目的とした事業の創設について、検討すべきであると考えるが、政府の対応を問う。

四 対象疾患の認定基準について

1 本事業の対象疾患を診断する際の診断基準が不明確であるとの声も聞く。個々の医師が対象疾患として認定する際に、明確な基準は示されているのか。あるとすれば、医療機関に対して、どのように周知徹底しているのか。
2 本事業の対象疾患の診断は、「必要に応じ、病院又は診療所の精神科医師のうち、精神医学的診断に基づいて精神疾患に関する診断及び合併症に関する診断の両者を適切に実施することができると認められる者」に委託することができるとされているが、委託をする場合の具体的な基準について、明らかにされたい。
3 本事業の対象疾患に係る診断の委託について、その実態を明らかにされたい。

五 本事業に係る予算額について

1 新実施要項に基づき、居住要件が拡大されたことで、新たに本事業の対象となる者はどれくらい増えるのか。
2 新実施要項に基づき、居住要件が拡大されたことで、新たに本事業の対象となる者に対する予算額はどのくらいと見込んでいるのか。
3 本事業の適用対象者が増えるにもかかわらず、予算額を大幅に増額していない。その理由、背景、狙いなどを分かりやすく説明されたい。

  右質問する。