質問主意書

第159回国会(常会)

答弁書


答弁書第九号

内閣参質一五九第九号
  平成十六年四月二十三日
内閣総理大臣 小泉 純一郎   


       参議院議長 倉田 寛之 殿

参議院議員谷博之君提出シベリア抑留問題に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員谷博之君提出シベリア抑留問題に関する質問に対する答弁書

一について

 今国会に提出している千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅰ)及び千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約の非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書Ⅱ)については、我が国としては、各国の動向をも見極めつつ慎重に検討してきたところであるが、近年、新たな締結が主要国によっても行われたこと、また、今般、事態対処法制の整備を通じてこれらの議定書の国内的な実施のための所要の措置を採ることが可能となることを受け、これらの議定書を締結することについて国会の承認を求めることとしたものである。

二及び三について

 いわゆるシベリア抑留は、人道上問題であるのみならず、当時の国際法に照らしても問題のある行為であったと認識しており、「日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ」とするポツダム宣言第九項に違反したものであったと考える。
 我が国政府が具体的にいつからかかる認識を有するに至ったかを特定することは困難であるが、我が国政府は、終戦直後より旧ソヴィエト社会主義共和国連邦(以下「旧ソ連邦」という。)の事実上の支配の下にある地域において終戦を迎えた邦人の安全に重大な関心を払い、これらの邦人を早期に帰還させるべく、我が国の外交権が連合国総司令部により全面的に停止されたという困難な状況下で、種々の活動を行った。
 すなわち、我が国政府は、終戦直後から、邦人の引揚げ促進に関し、我が国の在旧ソ連邦利益代表であるスウェーデン並びにローマ法王庁、赤十字国際委員会及び連合国総司令部に対し、旧ソ連邦政府への邦人の早期帰還に関するあっせん方依頼を行った。昭和二十年九月九日には外務省終戦連絡中央事務局から連合国総司令部に対し、満州及び北緯三十八度以北の朝鮮における事態の悪化を防止する措置を要請し、また、同年九月十三日には、当時の重光外務大臣よりサザランド連合国総司令部参謀長に対し、邦人の引揚げに関する支援を要請した。このような努力を通じて昭和二十一年十二月十九日には引揚げに関する米ソ間の協定が成立し、多くの邦人が帰還することとなった。
 また、昭和二十五年四月、旧ソ連邦は右協定に基づく引揚げを中止し、日本人捕虜の送還は終了したと主張したが、我が国政府は国際連合等を通じて情勢の緩和と引揚げの実現に努力し、その結果昭和二十八年十二月から引揚げが再開されることとなった。
 その後、昭和三十年から三十一年にかけて行われた日ソ国交回復交渉において、我が国は、旧ソ連邦に対し当時依然として抑留され続けていた邦人の即時無条件の帰国を強く要請し、累次にわたる困難な交渉の結果、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言(昭和三十一年条約第二十号。以下「日ソ共同宣言」という。)第五項により抑留者の送還が実現されることとなった。

四について

 いわゆるシベリア抑留に関し、日ソ共同宣言第六項は、「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。」と規定しているところ、これについて、国に法的な補償の責任はないというのが従来からの政府の見解であり、また、平成九年三月十三日に言い渡された最高裁判所第一小法廷平成五年(オ)第一七五一号各損害賠償請求事件の判決等も同様の判断を示していると承知している。

五について

 御指摘の「国家補償」が何を指すのか必ずしも明らかではないが、旧ソ連邦にだ捕抑留された漁船船主等に対する特別給付金の交付、中国残留邦人に対する援護及び北朝鮮当局によって拉致された被害者等に対する支援は、それぞれ対象者の自立や生活基盤の再建等を支援するものであり、国による補償としての性質を有するものではない。いわゆるシベリア抑留者に対する補償措置については、四についてで述べたとおりである。

六について

 いわゆる南方地域からの帰還捕虜については、昭和二十一年三月十日付け連合国総司令部覚書を受けた大蔵省告示により、捕虜としての所得を示す証明書の提示を要件とした日本銀行による支払が行われた事例がある。本支払に関する政府の立場は、本支払は、本来は抑留国が行うべき捕虜に対する支払を我が国が立替払するとの認識の下に行われたもので、我が国政府による法的義務としてなされたものではないというものである。
 また、いわゆるシベリア抑留者に関し、御指摘の「労働証明書」を、ロシア連邦政府が抑留者個人の要請に基づいて発給したことは承知しているが、当該文書を発給するか否かは第一義的には抑留国側の問題であり、当該文書に基づき抑留者の所属国たる我が国が当該抑留者に対し労働賃金の支払を行う国際法上の義務を負うことはない。

七について

 お尋ねの「労働証明書」がどのようなものを想定しているのか必ずしも明らかではないが、調査した限りでは、我が国政府が御指摘の者に対し、捕虜としての労働の事実関係を証明する文書を発給したとの事実は確認されなかった。

八について

 御指摘の「戦後補償を求める他の事案」が何を指すのか必ずしも明らかではないが、いわゆるシベリア抑留は、先の大戦の結果生じたものと認識しており、その請求権の問題については、日ソ共同宣言第六項が「日本国及びソヴィエト社会主義共和国連邦は、千九百四十五年八月九日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれ他方の国、その団体及び国民に対するすべての請求権を、相互に、放棄する。」旨規定している。

九、十及び十五について

 我が国政府が、いわゆるシベリア抑留者の早期帰還のため、困難な状況の中で最大限の努力を払ったことは二及び三についてで述べたとおりである。政府としては、いわゆるシベリア抑留問題については十分に認識しているところであり、国がいかなる措置を採るべきかについては、昭和五十七年から二年半にわたって戦後処理問題懇談会において検討が重ねられ、昭和五十九年に報告がなされたところである。政府としては、この報告の趣旨に沿って、平和祈念事業特別基金等に関する法律案を提出し、昭和六十三年に同法の成立をみたところである(昭和六十三年法律第六十六号)。いわゆるシベリア抑留者に対しては、同法に基づき、慰労金の支給、慰労品の贈呈等の慰藉事業を行ってきたところである。政府としては、今後ともこれを適切に推進することにより、関係者の心情にこたえてまいりたい。
 また、御指摘の「未払賃金問題」を含めた補償措置については、四についてで述べたとおりである。

十一について

 昭和六十三年度から平成十四年度までの間に、平和祈念事業特別基金が支出してきた慰藉事業費の決算額の総額は四百十億二千二百九十二万九千九百七十五円である。

十二について

 昭和六十三年度から平成十四年度までの間に、平和祈念事業特別基金が財団法人全国強制抑留者協会及び全国抑留者補償協議会に支出してきた補助金等の決算額の総額は、それぞれ十六億八千五百七十七万七千七百九十三円、八百六十三万二千円である。

十三について

 平成十六年四月一日において独立行政法人平和祈念事業特別基金に勤務する役職員のうち、役員については、四人中一人が内閣官房を退職した後に、一人が内閣府を退職した後に就任しており、二人が民間から就任している。職員については、十九人中二人が内閣府を退職した後に採用されており、その他は九人が内閣府、六人が総務省、一人が財務省、一人が厚生労働省からの出向者である。
 また、昭和六十三年度から平成十四年度までの間に平和祈念事業特別基金が支出してきた役職員給与費及び退職金の決算額の総額は、それぞれ三十三億二千四百六十七万三千三百六十八円、九千九百八万六千五百円である。

十四について

 お尋ねのような独立行政法人平和祈念事業特別基金の解散及び資本金の取崩しを決めたとの事実はない。
 平成十四年十月に国会に提出した平和祈念事業特別基金等に関する法律の一部を改正する法律案は、平成十三年十二月十九日に閣議決定された「特殊法人等整理合理化計画」に基づき、認可法人平和祈念事業特別基金を解散して独立行政法人平和祈念事業特別基金を設立することとしたものである。
 いずれにせよ、独立行政法人平和祈念事業特別基金の事業については、今後とも独立行政法人制度の趣旨にのっとり、不断の見直しを行ってまいりたい。