質問主意書

第156回国会(常会)

質問主意書


質問第二七号

ロシア連邦のサハリンⅡ石油・天然ガス開発事業と我が国の油防除体制に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十五年五月十九日

谷 博之   


       参議院議長 倉田 寛之 殿



   ロシア連邦のサハリンⅡ石油・天然ガス開発事業と我が国の油防除体制に関する質問主意書

 ロシア連邦のサハリンにおける大陸棚石油・天然ガス開発事業(以下「本件事業」という。)はⅠからⅨが計画されており、うちサハリンⅠ石油・天然ガス開発事業(以下「サハリンⅠ」という。)及びサハリンⅡ石油・天然ガス開発事業(以下「サハリンⅡ」という。)が既に進行中である。
 本件事業に対しては、サハリン内でも漁業への影響や自然環境への影響などを懸念する声があがっているが、地理的に近い我が国、特に北海道への影響も、漁業関係者、市民、専門家及びNGOの間で懸念されている。北海道の漁業は生産量、生産額共に全国一を誇り、北海道経済において重要な役割を果たしている。
 野生生物に関しても、サハリンには、希少野生生物が数多く生息している。文化財保護法で天然記念物、種の保存法で国内希少野生動植物種に指定され、日露渡り鳥条約の保護指定種となっているオオワシは、本件事業が行われている北東部沿岸を営巣地とし、北海道で越冬していることが確認されている。サハリンを営巣地とし、日露渡り鳥条約の保護指定種となっている希少鳥類は、ほかにヘラシギ、カラフトアオアシシギ、シマフクロウなどがある。また、サハリンⅠ及びⅡの海域は、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種の中でも最も危険度の高い「絶滅寸前」系統群とされ、生息数は百頭未満とされるニシコククジラの重要な採餌海域でもある。ニシコククジラはロシア政府によっても絶滅危惧種に、我が国水産庁や日本哺乳類学会でも絶滅危惧種に指定されており、国際的にも最も絶滅のおそれの高い大型鯨類の系統群の一つである。以上のことから、日本政府としては本件事業がサハリン及び地理的に近い我が国の環境社会に配慮されたものであるかを十分確認する責任があると考える。
 一方、サハリンⅠ及びサハリンⅡはいずれも国際協力銀行(以下「JBIC」という。)の融資を受けており、サハリンⅠへの融資額は千百億円、サハリンⅡ第一期工事への融資額は約百四十億円となっている。さらに、サハリンⅡ第一期工事には、日本が第二の拠出国である欧州復興開発銀行(以下「EBRD」という。)からもJBICと同額の融資が行われている。
 現在サハリンⅡは、海洋掘削施設の増設、八百キロメートルに及ぶ石油・ガスパイプラインの敷設、天然ガス液化処理施設や原油輸出ターミナルの建設を含む第二期工事に向けて準備が進んでおり、ロシア政府による事業承認や各機関の融資承諾などの準備が整い次第、今夏にも着工と言われている。これまでのJBICの本件事業へのかかわりから推測すると、サハリンⅡ第二期工事への融資が要請される可能性は非常に高いと思われるが、更なる融資を行う場合は様々な影響を踏まえ慎重な検討が必要である。
 JBICの「新環境・社会配慮ガイドライン」(以下「新ガイドライン」という。)は今年十月より施行されるが、昨年十二月四日の参議院災害対策特別委員会における私の質問に対し、サハリンⅡ第二期工事への融資要請が今年十月以前になされても、新ガイドラインに沿った形での環境社会配慮を行っていく旨の政府答弁があった。我が国のエネルギー安全保障上、本件事業は極めて重要であるからこそ、環境及び社会面で十二分の配慮が求められているとの認識に立って、以下質問する。

一、JBICがサハリンⅡ第二期工事に融資を行うに当たっての条件について

1 サハリン・エナジー社が第二期工事への準備として二〇〇二年九月に策定し、現在ロシア政府が審査中の「石油流出対応計画(Oil Spill Response Plan)」や「環境影響評価(EIA)」及び今年策定した「環境社会健康影響評価(ESHIA)」のうち我が国で懸念されている事柄に関する情報は、速やかに概要のみならず全面的に日本語に翻訳され、インターネットで事前に公開されることが求められるのではないか。
2 サハリンⅡ第二期工事に関する利害関係者間の協議が、サハリン・エナジー社により公開された情報を評価、検証するための十分な時間が確保された上で、サハリン及び我が国の利害関係者の参加可能な形式及び言語で開催されるべきではないか。
3 現地での情報公開や右記一の2の協議においては、少数民族など政治的、経済的な弱者や、技術面での専門知識を欠く利害関係者が、効果的に参加できるよう十分な配慮がなされるべきではないか。
4 右記一の2の協議において環境及び社会的影響への懸念が表明された場合、その懸念を解消するための事業計画の変更、あるいは対策について、融資決定前に、利害関係者の間で合意されるべきではないか。
5 サハリンⅡ第二期工事は「特に影響が重大で異論の多いプロジェクト」であり、JBICが融資のための環境審査を行うに当たっては、日露両国の野生生物や油汚染対策など各分野の専門家による委員会を設置して意見を求め、十分な議論がなされることが必要ではないか。

二、サハリン及び我が国の環境及び水産資源の保護について

1 サハリン北東部におけるオオワシの現在の生息状況について、モスクワ大学と(社)北海道野生生物保護公社の共同調査では、同時期に行われたサハリンⅡ第二期工事のための「環境影響評価(EIA)」における基礎データ調査より、けた違いに多いつがい数が確認されている。日露渡り鳥条約を遵守するためには、オオワシなどサハリンを重要な営巣地としている日露渡り鳥条約保護指定鳥類の保護対策を進める必要があるのではないか。
2 右記二の1の対策を進めるためには、まず、環境省が作成した希少猛禽類保護のマニュアル「猛禽類保護の進め方」に準じ、少なくとも二営巣期にわたる基礎データ調査を、サハリンⅡ第二期工事開始以前に日露共同で行うべきではないか。
3 日本政府は、サハリンⅡ第二期工事への融資を決定する前に、透明性と説明責任を確保し、各分野の専門家の参加を得て、野生生物保護のための十分な対策が採られていることを確認する必要があるのではないか。
4 ニシコククジラの保護のためには、今年二月に、ロシアの天然資源省が固めた「ニシコククジラ採餌海域を来年より開発制限水域とする」方針の具体化を、ロシア政府に働きかけるべきではないか。
5 サハリンには活断層が多く存在し、一九九五年にも死者二千人を出したマグニチュード七・六の大地震が発生した。サハリンⅡ第二期工事には、サハリンを南北に縦断する約八百キロメートルのガスと石油のパイプラインを約千本の川を横断して埋設する計画が含まれている。大地震などで石油パイプラインが破損した場合、大量の油が河川を汚染しながら下り、昨年北海道大学がその全貌を解明した東カラフト海流に乗って、北海道のオホーツク海沿岸に漂着し、周辺海域の漁業に影響を及ぼすことが懸念されるのではないか。
6 二〇〇一年の漁業生産額は、網走支庁管内だけで四百二十億円に達する。本件事業に伴い原油輸送タンカーの往来が激増することが予想され、大規模な油流出事故が発生する可能性も高まるが、北海道の漁業へ甚大な被害を及ぼすような場合、補償額の上限が本年十一月以降でも約三百三十億円にすぎない国際油濁補償基金の補償だけでは不十分である。漁業被害に十分な補償がなされるよう、何らかの対策を講じているか。
7 サハリン・エナジー社が二〇〇二年九月に策定した「石油流出対応計画(Oil Spill Response Plan)」には、結氷時や干潟等の水深の浅い海域等においても油処理剤(分散剤)の大量使用を前提とした対応が記されている。しかし分散剤の使用は、稚魚の発生阻害等、海中の生態系に重大な影響をもたらすことが知られており、イギリス等では水深二百メートル以下の海域では原則使用が禁止されている。結氷時や水深の浅い海域での分散剤の大量使用は、北海道の漁業資源保護の面から容認できないのではないか。
8 サハリン沖で今後サハリンⅢからⅨの開発が次々と進行した場合、北海道の漁業への影響について、どのように分析しているのか。

三、我が国の油防除体制の強化について

1 サハリン・エナジー社は、第二期工事の準備として二〇〇二年九月に「石油流出対応計画(Oil Spill Response Plan)」を策定する際、油流出シミュレーションを行っている。その結果は、サハリン北東部沖及びアニワ湾のいずれの油流出も三日以内に回収可能であり、北海道への影響はないとのことだが、海流や風向き、流出油量などシミュレーションの想定条件を一切公開していない以上、その結果には説得力がない。我が国として、想定条件を含むこのシミュレーションの内容を早急に入手し、本当に北海道への影響が皆無なのか、検証すべきではないか。
2 サハリン・エナジー社の二〇〇一年までの「緊急時計画(Oil Spill Contingency Plan)」及び二〇〇二年九月の「石油流出対応計画(Oil Spill Response Plan)」の策定及び改定の過程において、我が国の利害関係者の関与は全くない。我が国への影響に対する懸念及び我が国の協力の必要性を考慮した場合、今後の油流出対応計画の策定及び改定においては、我が国の漁業関係者や野生生物研究者、油防除専門家などの関与を求めていくべきではないか。
3 迅速で機動的な対応が可能とされる米国、韓国及びノルウェーの油防除体制において、海域及び陸域での各関係機関の役割や指揮系統が具体的にどのようになっているか示されたい。
4 米国や韓国の油防除体制では、「現場指揮官(On‐Scene Coordinator)」に対応権限を集中させることを定めている。一九九七年十二月に閣議決定された、油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画(以下「国家緊急時計画」という。)によると、海域では海上保安庁、陸域では大規模流出の場合は非常災害現地対策本部長の国土交通副大臣がその任に当たることとなっている。また所管官庁が複雑に分かれている沿岸域では「関係機関の連携」により防除作業を行うこととなっているが、より迅速な対応のためには、我が国においても海域、陸域共にカバーする統一的な指揮系統による防除体制を構築すべきではないか。
5 我が国がEBRDを通じ支援しているトルクメニスタンの油流出に関する国家緊急時対応計画(National Oil Spill Contingency Plan)の策定過程においては、環境関係機関や地元自治体等、広範な意見を反映させるとしている。ところが我が国の国家緊急時計画の策定過程においてはトルクメニスタンのような広範な意見の反映は一切行われていない。そのような透明性と説明責任を確保した手続を踏んで、国家緊急時計画を改定すべきではないか。
6 米国や韓国の油防除計画は、事故発生時の流出量により対応が規定されており、これが迅速な対応を可能にしている理由の一つと考える。サハリンⅡ第二期工事で建設が予定されている海上タンカー積込み施設(TLU)において原油を積載した九万トン程度のタンカーが、宗谷岬付近を航行中に事故を起こし、(1)全量、(2)一万トン程度、(3)一千トン程度、(4)五百トン程度の油を流出させた場合、国家緊急時計画などの規定に基づき、それぞれの対応にどのような違いがあるのか。
7 我が国の国家緊急時計画では、米国や韓国のように油の流出量による対応を規定しておらず、「大規模な被害が認められたとき」に初めて国レベルでの非常災害対策本部を設置することになっている。これでは被害の規模が明らかになるまでに時間を要するため、迅速な対応ができないのではないか。
8 米国や韓国においては「緊急時対応計画(Contingency Plan)」の地域版までが作成され、油防除活動の基礎情報となる地域の海岸特性や野生生物の生息状況を記載した環境脆弱性指標地図(以下「ESI地図」という。)が準備されている。我が国では海上保安庁等において同様の情報図が作成若しくは準備段階にあると聞いているが、この情報図をどのように海域ごとの「排出油防除計画」及び各自治体「地域防災計画」に位置付け、実際の防除活動に活用しようとしているのか。
9 海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律第四十三条の三が定める「排出油防除協議会」は、関係省庁や自治体だけではなく、漁業関係者、野生生物研究者、油防除の専門家、市民団体、NGOなどの関係者の参加を得て、ESI地図の活用を含む具体的な防除体制について、十分な透明性と説明責任を確保した継続的な協議を行う場となるよう、改善を図るべきでないか。
10 陸域で回収される漂着油の最終的な処分方法について、現在どのように規定されているか。
11 海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律第四十二条の三十六に規定されている、事故船舶の所有者らの委託による二号業務では保険会社による防除方法の指定など予算上の制限があるので、大規模な油流出事故が発生した場合、海上保安庁長官が海上災害防止センターに対して指示する一号を積極的に適用して業務を行うことが必要である。そのために、一号と二号の適用基準を明確に定めるべきではないか。
12 我が国の油防除体制を米国や韓国並のレベルに引き上げるためには、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律の抜本的な改正を検討すべきではないか。
13 総務省行政評価局が今年四月に策定した「海上災害対策に関する行政評価・監視結果に基づく勧告-油等流出事故災害を中心として-」は、沿岸海域を有する五十五市町村を調査したところ四十一市町村が当該海域の排出油防除計画を承知していなかったと報告している。それぞれの計画策定に当たり、これまで「排出油防除計画」と「地域防災計画」とはどのように関連させてきたのか。
14 「排出油防除計画」と「地域防災計画」との十分な関連性がない場合、海域と陸域での対応がバラバラとなって現場が混乱し、一致協力した適切な対応は不可能だと考える。「排出油防除計画」と「地域防災計画」を相互に関連させるための改定、あるいは海域と陸域の対応を統括する新たな油防除計画を策定すべきではないか。

  右質問する。