質問主意書

第156回国会(常会)

質問主意書


質問第一七号

石綿(アスベスト)ばく露による健康被害への対策に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十五年三月二十四日

井上 美代   


       参議院議長 倉田 寛之 殿



   石綿(アスベスト)ばく露による健康被害への対策に関する質問主意書

 石綿(アスベスト)は粉塵の中でも発がん性が強く、吸入することにより、肺がん、胸膜等のがんの一種である中皮腫、石綿肺等の重大な健康障害が発生する。こうした危険性が早くから指摘されながら、日本では、一九七五年に石綿吹き付け作業の原則禁止措置が採られて以降も石綿輸入量は減少せず、多くの労働者が石綿ばく露の危険にさらされてきた。
 一九九五年ようやく、発がん性が特に強いとされる茶石綿(アモサイト)と青石綿(クロシドライト)の製造・輸入・使用等が禁止され、同時に高濃度の石綿にさらされるおそれがある作業について呼吸用保護具及び作業衣・保護衣の着用が義務付けられた。しかし、白石綿(クリソタイル)の使用は禁止されず、また、茶石綿・青石綿を使用した建築材・断熱材等の製品回収は行われなかった。
 石綿は全体量の九割以上が建材及び建築資材に使用されている。建築基準法では「不燃材料」として国土交通大臣(旧建設大臣)が建材を指定しており、この一つとして「石綿スレート」が指定されている。「石綿スレート」は安価で耐火性に優れていたことから大量に使用されてきた。建築物に防火・耐火性が求められることは当然だが、代替製品の開発をメーカー任せにし、石綿建材の大規模な普及を野放しにしてきた政府の責任は重大である。
 現在、建設関係の労働者・事業者の多くが、建築物の解体・改修等の作業時に石綿ばく露の危険の下に置かれている。石綿建材の使用が分かっていても、石綿を飛散させない防護策には多大な経費が必要となるため、「公的施設以外は、石綿建材でも非石綿として扱っている」と指摘されるほど、石綿ばく露対策は遅れている。
 建材以外の製品では、石綿全体量の一割足らずではあるが、広範囲に使用されているため、有害性を知らないままに、石綿ばく露の危険にさらされている労働者が多数存在する。
 石綿は吸入から疾病の発症まで潜伏期間が長く、今後、重篤な疾病に見舞われる危険性は相当数の労働者、退職者にあると言わざるを得ない。昨年の日本産業衛生学会での研究発表(「わが国におけるアスベスト被害の将来予測」)では、今後四十年間で石綿を要因とする中皮腫による死亡者は十万人を超えると指摘されている。
 不幸にして肺がん・中皮腫を発症し筆舌に尽くし難い苦しみの中で絶命した被害者、その遺族は、石綿ばく露防止策、危険性の周知徹底、医療機関への情報提供等々が余りに立ち遅れていることを痛切に訴え、被害を事実上放置してきた政府の責任を厳しく追及している。
 危険性を認識しながら、その使用を長期にわたって認めてきた政府は、石綿ばく露による健康被害の実態を究明し、早急に対策を講じる責務があると考え、以下質問する。

一、石綿使用の全面禁止措置について

 これまで政府は、石綿使用建材等は「石綿が飛散しないから安全」「代替が困難」等を理由として、事実上石綿使用製品の普及を野放しにしてきた。しかし、製品が劣化した場合、解体した場合に石綿が飛散する危険性は容易に推測されるものであり、国民を健康被害から守る立場に立つならば、「全面禁止」の方針を明らかにし、積極的に危険性の周知等を行うべきであったと考える。
 昨年十二月、厚生労働省は「石綿の代替化等検討委員会」を設置し、石綿の製造・使用等の全面禁止について検討を開始している。公表されている資料によれば、現在、石綿使用量の九割以上を占める建材は、メーカー側からほとんどすべてにわたり「代替可能」との回答が寄せられており、無石綿建材の製造も進んでいることが分かる。
1 建材を始め代替可能な製品については、石綿使用全面禁止措置を即刻講ずるべきではないか。
2 その際、全面禁止の施行猶予期間を置かないこと、また、石綿使用製品のこれ以上の普及を抑えるため既製品の流通を規制すべきと考えるがいかがか。
3 建材以外の製品についても、「全面禁止」の方針を明らかにした上で、期限を区切って代替品への移行を促進すべきと考えるがいかがか。
4 石綿使用製品の普及は非常に広範囲にわたる。建設関係等、労働者が扱うだけではなく、接着剤など家庭用製品にも使用されている。中には石綿使用かどうかが表示上は分からないものもあると指摘されている。政府の責任で、石綿使用製品の情報を一元化し製品名から石綿使用の有無が分かる措置を講ずるとともに、国民に石綿の有害性と取扱い上の注意点等を周知徹底すべきと考えるがいかがか。

二、今後の石綿ばく露防止施策について

 現行法制上は、労働安全衛生法や特定化学物質等障害予防規則(以下「特化則」という。)により、建築物の解体作業を行う場合に石綿使用の状況の調査・記録、また石綿含有率一%以上の製品が使用されている場合には、労働者の石綿ばく露を防止する十分な措置を講ずることが、事業主に義務付けられている。
 しかし、建築関係者等からは、事業主への周知徹底の不十分さ、石綿飛散防止策に必要な経費の問題などから、飛散防止策が採られていない場合が多々あると指摘されている。特に建築物について、改修・解体等を行う際に石綿飛散防止措置を講ずることは急務である。
1 そのために、少なくとも公共施設については、石綿含有率一%以上の建材の使用状況について全国的な調査を行うべきではないか。
2 一般建築物の改修・解体について、石綿飛散防止策に必要な経費への補助制度を設けるなど、石綿飛散防止施策を早急に検討すべきではないか。
3 建築物の解体作業に従事する建設労働者、一人親方に、石綿の有害性と飛散防止策を周知する研修、石綿建材取扱いマニュアルの普及、飛散防止策の技能講習等を行うべきと考えるがいかがか。

三、業務上の石綿ばく露に関する労災認定の現状について

 業務上の石綿ばく露の実態を究明する上で、石綿を要因とする労災認定の現状を広く国民に知らせ、注意を喚起することが必要と考える。
1 過去五年間において、肺がん、中皮腫、石綿肺の疾病ごとの認定件数を明らかにされたい。
2 1について、労働者が従事していた業種ごとの件数を詳細に明らかにされたい。

四、疾病の早期発見のための健康診断について

 特化則では、石綿を製造若しくは取り扱う業務に従事する労働者に対して、①六か月以内ごとに一回の健康診断(特殊健診)を行うこと、②労働基準監督署に健康診断結果報告書を提出すること、を事業主に義務付けている。これは、石綿ばく露の危険性がある業務全体を対象とするものである。
 疾病の早期発見はもとより、石綿ばく露の危険性を周知徹底し十分な防護策を採る上でも、特化則に基づく健康診断の実施は重要である。過去に石綿に起因する労災認定がなされた事業所については、特化則に基づく健康診断が行われているかどうか、労働基準監督署が主体的に調査を行うことも必要と考える。
 厚生労働省によれば、二〇〇一年に労働基準監督署に特殊健診実施の報告があった事業場数は二一五五か所、受診労働者数は二万一一八四人となっている。これは、広範囲にわたる石綿使用状況から見て、実態を反映した数とは思えないものであるが、政府の認識と今後の対策の必要性について見解を示されたい。

五、健康管理手帳の交付について

 石綿は吸入から発症までの潜伏期間が長く、健康管理への特別な対策が求められる。一九七八年に示された労働省労働基準監督局(当時)「基発第五八四号」石綿に係る労災認定基準では、中皮腫症の潜伏期間は「概ね二十年ないし三十年のものが多い」、肺ガンの潜伏期間は「概ね十年ないし二十年のものが多い」とし、「退職後に発生することも少なくないので十分留意すること」としている。
 退職者への対策として、一九九八年より、石綿を扱う作業に従事した労働者で、肺に胸膜肥厚や石綿による不整形陰影が認められる場合、本人が都道府県労働局長に申請することにより健康管理手帳が交付され、六か月に一回無償で健康診断を受けることができることとなった。
1 都道府県別に、健康管理手帳の交付状況、手帳保持者の健康診断受診率を明らかにされたい。
2 労働者が石綿ばく露による疾病として労災認定された事業所であっても、同時期に作業に従事していた退職者に対して、健康管理手帳に関する周知徹底がなされていない現状がある。健康診断の際に医療機関を通じて健康管理手帳についての情報を提供する等、労働者及び退職者に直接的な周知徹底を図り、必要な対象者にもれなく交付がなされるよう施策を講ずるべきと考えるがいかが。
3 現在、手帳保持者が無償で健康診断を受診できる医療機関は、各都道府県に一~二か所程度とされている。また診断内容の不十分さも指摘されている。受診可能な病院を増やし、また石綿所見を精密に診断できるよう診断内容の改善を図るべきではないか。

六、労災認定の在り方について

 業務上の石綿ばく露により不幸にして疾病を発生した場合に、石綿職歴の確認や石綿所見の診断の難しさから労災認定が遅れ、死亡後の病理解剖によって初めて職業上の石綿ばく露と認められる事例が少なくない。肺がん・中皮腫等、病状が急速に進む重篤な病気に罹患した労働者が、十分な治療を受けるためには、速やかな労災認定が求められる。
 厚生労働省は、昨年十月「石綿ばく露労働者に発生した疾病の認定基準に関する検討会」(以下「検討会」という。)を設置し、本年六月を目途に報告書をまとめる方向であると承知している。この検討会において、石綿被害者や関係者の意見を十分に反映すべきである。
 労災認定にかかわる問題として、以下の点について見解を示されたい。
1 石綿使用の状況と比して、石綿ばく露を理由とする労災認定件数は余りに少ない。その理由の一つとして、医療機関での診断の不十分さ、各労働基準監督署の対応の不十分さを指摘する声もある。政府は、医療機関に対して、石綿ばく露の危険性がある職業の詳細な情報提供、石綿関連所見についての研修及び詳細な情報提供等、適切な診断がなされるよう対策を講ずるべきではないか。同様に労働基準監督署及び労働局の職員に対しても研修等を行うべきと考えるがいかが。
2 業務箇所が多数に及ぶ建設労働者は、石綿ばく露の作業場を特定することが極めて困難である。こうした指摘を踏まえ、建設労働者の石綿ばく露歴の確認の在り方、労災認定の基準について見解を示されたい。
3 建設労働者について、一定期間建設作業に従事したことが確認でき、職業上の石綿所見が認められる場合には、石綿ばく露作業を特定できなくても、肺がん・中皮腫・石綿肺を労災と認定すべきではないか。
4 昨年十二月、石綿対策全国連絡会議が検討会に要請書を提出している。この中で、認定基準の見直しについて詳細な要請がなされている。この文書は、検討会に資料として配布されているが、資料という扱いにとどめず、要請内容の検討を行い、その内容を公開すべきと考えるがいかがか。
5 石綿ばく露による健康被害の実態を究明するために、長期間建設労働に従事した者、石綿ばく露作業に従事した者についての疾病調査等を行い、疾病の種類を含め、労災認定基準の検討を続けるべきと考えるがいかがか。

七、個人経営の建設事業者への救済措置について

 建設関係の石綿ばく露は、一人親方などの建設事業主にとっても重大な問題である。
 仕事をしなければ収入の道が絶たれる個人事業者は、たとえ石綿の危険性を知っていても、また健康上の問題が発生していても、石綿ばく露が生じ得る解体作業等をしなければ生活できないという立場にある。
 石綿建材は、個人事業主に使用・非使用を選択することはできず、先に述べた建築基準法に基づく建材指定の状況から見ても、言わば使用を余儀なくされてきたものであり、公的責任で健康管理、疾病への救済措置が行われるべきと考える。個人事業主の労災認定については、特別加入していれば適用の余地はあるが、救済措置として余りに不十分である。
 一人親方などの建設事業主に対して、石綿所見に着眼した健康診断、業務制限が必要と判断された場合の収入保障、病気治療の費用保障等、公的責任で救済措置を講ずるべきと考えるがいかがか。
 同じく労災の対象外となる、石綿ばく露作業従事者の家族についても救済措置が求められる。労働者の衣服や身体に付着した石綿が原因で、その家族が中皮腫を発症した事例もある。二次的ばく露による健康被害への救済措置について検討すべきと考えるがいかがか。

  右質問する。