質問主意書

第154回国会(常会)

答弁書


答弁書第二三号

内閣参質一五四第二三号
  平成十四年五月二十八日
内閣総理大臣 小泉 純一郎   


       参議院議長 倉田 寛之 殿

参議院議員櫻井充君提出在瀋陽日本総領事館への北朝鮮住民駆け込み事件に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。



   参議院議員櫻井充君提出在瀋陽日本総領事館への北朝鮮住民駆け込み事件に関する質問に対する答弁書

一について

 在瀋陽日本国総領事館(以下「在瀋陽総領事館」という。)におけるお尋ねの事件(以下「本事件」という。)が発生した時点において、査証等に関する事務を担当する副領事(以下「査証担当副領事」という。)は、中華人民共和国(以下「中国」という。)の武装警察官に対し、在瀋陽総領事館の敷地内への立入りが領事関係に関するウィーン条約(昭和五十八年条約第十四号)第三十一条の規定に違反するものであることを伝えなかった。

二について

 査証担当副領事は、本事件が発生する前に、お尋ねのように北朝鮮を脱出したと称する者が中国に所在する大使館等に庇護を求めることが頻発していたことは認識していたが、在瀋陽総領事館では、従前から、中国人査証申請者と武装警察官との間でトラブルがしばしば発生していたことから、本事件が発生した当初は、本事件についても、査証事務に関連して発生したトラブルである可能性が高いものと認識していたものである。また、御指摘の「NGOからも情報がもたらされていた」というのは、在瀋陽総領事館が、非政府機関等から、北朝鮮を脱出したと称する者が在瀋陽総領事館に庇護を求める可能性がある旨の情報を事前に得ていたということを意味するものと考えられるが、在瀋陽総領事館はそのような情報は得ていなかった。

三について

 お尋ねは、査証担当副領事が最初に目撃した幼児を含む女性三名への対応に関するものと考えられるが、査証担当副領事は、本事件が発生した当初は、査証事務に関連したトラブルが発生した可能性が高いとの認識を有しており、他方、武装警察官が在瀋陽総領事館の敷地内に立ち入ったとの認識を有していなかったことから、武装警察官のこれらの女性に対する行為について、これを制止すべきものとは判断しなかったものである。
 なお、査証担当副領事は、事態の正確な状況を把握するため、武装警察官がこれらの女性を在瀋陽総領事館の正門の門扉から引き離すまでは、これらの女性に対し中国語で落ち着くよう何回も声を掛け、これらの女性がどのような理由でこうした状況にあるのか理解しようと試み、また、これらの女性が門扉から引き離され正門脇の武装警察官詰所に押し込まれた後には、武装警察官詰所前に移動し、武装警察官に対し、自己の身分を明らかにした上で、これらの女性が査証申請人であれば事情を聴取したいと申し入れたものである。

四について

 査証担当副領事は、在瀋陽総領事館の事務所玄関を出てお尋ねの女性三名を最初に目撃した時点では、正門付近で起こっていた状況を正確に認識することができなかった。その後、正門付近に到達した時点では、武装警察官は正門の門扉の地点にいたため、査証担当副領事は、ここまでの段階で武装警察官がこれらの女性三名を引き戻すためにいったん在瀋陽総領事館の敷地内に立ち入っていたとは認識していなかったものである。
 しかし、いずれにせよ、本事件における武装警察官の在瀋陽総領事館の敷地内への立入りについては、在瀋陽日本国総領事館総領事(以下「在瀋陽総領事」という。)等は同意を与えておらず、右立入りは、領事関係に関するウィーン条約第三十一条の規定に違反するものであると考えている。

五について

 在瀋陽総領事館の警備等に関する事務を担当する副領事(以下「警備担当副領事」という。)は、本事件が発生した日の午後二時三十分(現地時間)ごろまでの間外出しており、外出先から戻った後、本事件への対応に当たったものである。その他の在瀋陽総領事館の職員については、本事件に対応した者を除き、基本的に在瀋陽総領事館の事務所内のそれぞれの自室等で通常の事務に当たっていたものである。
 査証担当副領事は、本事件が発生した当初は、三についてで述べたとおり、まず自らが事態の正確な状況を把握することを試み、その後は警備担当副領事と共に電話連絡等により事態の対応に当たることに追われていたため、在瀋陽総領事館の他の職員全員を呼び寄せる等の対応を行わなかったものである。また、在瀋陽総領事館の職員の緊急事態への対応に関する意識が希薄であったことは、率直に認めざるを得ないと考える。

六について

 在瀋陽総領事館には、五台の監視カメラ及び四台のモニターが設置されていたが、その映像を記録する録画装置は設置されていなかった。また、査証申請室には監視カメラが設置されていなかったため、同室にいる者を、モニターで確認することはできなかった。
 なお、今後は、録画装置等の配備を一層推進するとともに、監視カメラ及びモニターによる監視体制についても抜本的に見直しを行う考えである。

七について

 お尋ねの「国際法上の問題を指摘し」とは、外務本省の担当者が、在瀋陽総領事から本事件の発生についての第一報を受け、在瀋陽総領事に対し、武装警察官が我が方の同意なく総領事館内に立ち入ったのであれば領事関係に関するウィーン条約上問題である旨を述べて、この点について確認を行ったということである。

八について

 御指摘の査証担当副領事の発言は、本事件に係る女性三名が武装警察官詰所に押し込まれた際に行われたものであるが、査証担当副領事は、その時点では、査証事務に関連したトラブルが発生した可能性が高いと認識していたため、武装警察官に対し、これらの女性が査証申請人であれば事情を聴取したいと申し入れたものである。

九について

 御指摘の調査結果における「更なる指示があるまで現状を維持せよとの指示」については、外務本省においては、在瀋陽総領事から本事件の発生についての第一報を受けて、事実関係の把握に努めつつ直ちに具体的な対応を決定するべく協議を行っていたところ、具体的な対応を決定し指示するまでの間の取りあえずの措置として、御指摘の五名の身柄が武装警察官詰所から更に移されないようにせよとの趣旨で行ったものである。

十について

 御指摘の連絡の後、査証担当副領事及び警備担当副領事は、武装警察官詰所前で武装警察官等への対応に当たっており、現場を離れられない状況にあったところ、外務本省の担当者としては、外務本省からの指示を直接かつ迅速に伝えるための最も適切な方法であると判断して、査証担当副領事の携帯電話に連絡を試みたが、通じなかったものである。この段階で携帯電話が通じなかった理由について特定することは困難である。
 このように外務本省の担当者が査証担当副領事と連絡を取ることができなかったことは、過去の査察の結果と直接関連するものではないと考えているが、いずれにせよ、本事件に関する調査結果で明らかになった種々の問題点については、今後、外務省において、必要な改善等を早急に講じてまいりたい。

十一について

 お尋ねの在中華人民共和国日本国大使館公使(以下「在中国大使館公使」という。)は、本事件に係る五名の者が既に在瀋陽総領事館の敷地外に出されており、状況が緊迫の度合いを増す中で、武装警察官にこれ以上抵抗して物理的に押しとどめることもできないとの認識の下に、御指摘のように述べたものである。
 また、阿南中華人民共和国駐箚特命全権大使(以下「阿南大使」という。)の平成十四年五月八日午前の在中華人民共和国日本国大使館(以下「在中国大使館」という。)の定例会議における発言の内容は、いわゆる脱北者には中国へ不法入国している者が多いが、いったん在中国大使館内に入った以上は、人道的見地からこれを保護し、第三国への移動等適切に対処する必要があり、他方、在中国大使館としては、昨秋発生したようなテロに対処するという観点からも警戒を一層厳重にすべきことは当然であり、不審者が敷地に許可なく侵入しようとする場合には、侵入を阻止し、規則どおり門外で事情を聴取するようにすべきであるというものである。本事件について在中国大使館公使が査証担当副領事に対し御指摘のように述べたのは、阿南大使の右発言とは関係がない。

十二について

 本事件の際のように、総領事が総領事館を不在にしていても管轄区域内にとどまる場合には、総領事館の事務については、緊急事態への対応に関するものを含め、総領事が統括する。
 一方、総領事が管轄区域外に出張する等の場合には、外務省設置法(平成十一年法律第九十四号)第九条第四項に基づき、あらかじめ外務大臣が指定する職員が総領事の事務を代理し、通常は首席領事が総領事の事務を代理する職員に指定されているが、総領事及び首席領事が同時に不在となることが想定される場合には、その他の職員も優先順位を付した上で総領事を代理する職員に指定されることがあり、場合によっては副領事が総領事の事務を代理する職員に指定されることもある。

十三について

 在瀋陽総領事館の査証担当副領事と警備担当副領事との間に組織上の上下関係はない。
 なお、本事件について在中国大使館公使及び外務本省と連絡を取ったのは、右両者のうち査証担当副領事のみである。

十四について

 本事件が発生した当時、在瀋陽総領事館の首席領事は健康管理休暇で帰国中であったが、在瀋陽総領事は管轄区域内である大連へ出張中であり、本事件の発生に際しても在瀋陽総領事館の事務を統括していたものであって、本事件への対応に当たって「他省からの出向者に留守を預ける形にした」等の御指摘は当たらないと考える。

十五について

 在外公館の敷地の出入口に配置している警備員の主な役割は、一般的に、当該公館の周辺の監視・警戒、来訪者の出入規制等である。
 在瀋陽総領事館の正門には中国人警備員が通常二名配置されているが、本事件の発生当時、そのうち一名は、在瀋陽総領事館外における会計事務に係る警備を支援するため不在であり、残りの一名は、武装警察官が総領事等の同意なく敷地内に立ち入るという事態を想定した教育を受けていなかったため、本事件に適切に対処できなかったものである。
 外務省においては、今後は、本事件のような事態への対処の在り方を含め、警備員に対する教育を徹底していくこととしている。

十六について

 お尋ねの「諸謝金」とは、国の事務、事業及び試験研究等を委嘱された者又はこれらへの協力者に対する報酬及び謝金として使用される経費である。外務省においては、事務が拡大・多様化する中で、一部事務の外部委託を進めており、諸謝金を、その目的に従って、各種調査、研究、作業、協力、講演、執筆等に対する報酬及び謝金として使用しているが、このような取組の一環として、在瀋陽総領事館を含む在外公館における警備委託を行う上でも諸謝金を活用してきている。本事件と警備委託のための諸謝金の使用との間に直接的な関係があるとは考えていないが、外務省においては、今後とも在外公館の警備の充実のために諸謝金の適切な活用に努める方針である。

十七について

 我が国の在外公館の警備に関しては、通常、在外公館警備対策官及びこれを補佐する警備専門員に、現地で雇用された警備担当職員及び現地の警備会社から契約に基づき派遣された警備員を加えた体制で行っており、警備に当たる者にどの程度の装備をさせるかは、現地の状況に応じ判断しているところである。在瀋陽総領事館においてどの程度の装備をしているかについては、その安全にかかわることであるので、答弁を差し控えたい。
 我が国の在外公館の一般的な警備体制については、いわゆる在ペルー日本大使公邸占拠事件以降その強化に努めており、警備機器等による物的警備に関しては、アメリカ合衆国等の一部の国を除き、他の主要先進国とおおむね同等の水準に達しつつあると認識している。
 お尋ねの「大使館・領事館に武装した自衛官あるいは警察官を配置すること」の具体的な内容が明らかではないので、憲法上の評価について一概にお答えすることは困難である。

十八について

 外務省においては、我が国の在外公館に対して外国人が庇護を求めてくるような場合について、一般国際法上の観点からの基本的考え方及び措置の在り方についてまとめた文書を作成し、これを在外公館に備え置いており、文書の内容については職員に対し周知すべく努めている。
 お尋ねの「不測事態」の意味するところが必ずしも明らかではないが、在外公館においては、不審者が侵入した場合等に対応するための訓練を実施しており、在瀋陽総領事館においては、最近では昨年九月にこのような訓練を実施している。

十九について

 いわゆる亡命については、一般国際法上確立された定義があるわけではないところ、政府としては、難民の地位に関する条約(昭和五十六年条約第二十一号)及び出入国管理及び難民認定法(昭和二十六年政令第三百十九号)により、一定の要件を満たす外国人を難民として認定しているところである。今後とも、難民受入れの在り方については、内外における人道及び人権に関する意識の動向、国際社会の中における我が国の役割等も視野に入れながら、政府全体として検討してまいりたい。

二十について

 お尋ねのような緊急事態が発生した場合の在外公館の事務については、在外公館長又はその事務を代理する職員が統括等を行うものである。

二十一について

 外務省設置法第九条第三項は、「在外公館長は、外務大臣の命を受けて、在外公館の事務を統括する。」と定めていることから、本事件について、在瀋陽総領事は、外務本省に対し連絡を行うとともに指示を仰いだものである。一方、査証担当副領事から在中国大使館公使に対して行った連絡については、在中国大使館は在瀋陽総領事館を指揮監督する立場にはないものの、本事件の発生を受け、規模が大きく各種知見の豊富な在中国大使館からの助言を求めることが適当と判断した在瀋陽総領事の指示に基づき行われたものである。これらのことからすると、外務本省の担当者と在中国大使館公使の「両者からそれぞれ違う内容の命令が二重になされた」との御指摘は当たらないと考える。
 本事件が発生した日の午後二時(現地時間)ごろから本事件に係る五名の身柄が武装警察官詰所から移送された午後三時(現地時間)過ぎまでの間、外務本省と在中国大使館は、連絡を取ってはいなかった。外務本省は、在中国大使館に対し、同日午後四時三十分(現地時間)、本事件に関する訓令を発した。

二十二について

 在中国大使館公使は、本事件が発生した日の午後二時二十分(現地時間)ごろに、外務本省の担当者は、同日午後二時三十分(現地時間)ごろに、それぞれ本事件についての最初の連絡を受けたものである。

二十三について

一般に、総領事館は、世界の主要な都市に置かれ、その地方に在住する邦人等の保護、いわゆる通商問題の処理及び情報収集などの事務を主に行っている。
 在瀋陽総領事館については、瀋陽が中国東北地方の政治、経済及び交通の中心であり、その管轄区域内には約二千四百人の邦人が居住していること、同管轄区域は中国有数の重工業地区及び農業生産地であり、大連を中心に同管轄区域と我が国との経済面での協力関係が進展していること、同管轄区域内において中国残留日本人孤児関係事務や遺棄化学兵器処理関係事務を行う必要があること、同管轄区域は地理的にロシア連邦及び朝鮮半島と近接しているためこれらの国等の動向を把握するのに適していること等を総合的に勘案して設置しているものである。

二十四について

 本事件は、中国国内に存在する我が国の総領事館において発生したものであり、その建物及びこれに附属する土地にも中国の領域主権が及んでいるものの、領事関係に関するウィーン条約第三十一条に規定されているとおり、領事機関の公館である総領事館で専ら領事機関の活動のために使用される部分については不可侵とされている。本事件における武装警察官の行為は、我が国の領土が侵された場合とは異なり、我が国の主権を侵害するものではないが、同条に違反するものである。
 また、一般的に、大使館や領事館に対する武力による襲撃が「有事」と呼べるのか否かについては、お尋ねの「有事」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難である。
 仮に、我が国の在外公館が襲撃を受けた場合には、政府としては、事態を的確に把握し、諸般の状況を総合的に勘案しつつ、関係国とも必要に応じて連携しながら、適切かつ迅速に対応していく考えである。

二十五について

 本事件に関しては、平成十四年五月二十二日に中国政府が本事件に係る五名を出国させたが、調査により得られた事実認識に基づく政府の立場に変更はない。他方、中国政府も調査を行い、その結果を尊重して欲しいと要望している。事実認識の問題については、日中間では立場に相違があるが、中国側により我が国総領事館の不可侵が侵害されたことに関しては、政府としては、我が国の主張を毅然として貫きつつ、日中関係の大局を踏まえ、引き続き冷静に対処していくべきであると考えており、本事件につき国際司法裁判所に提訴することは考えていない。