質問主意書

第152回国会(臨時会)

質問主意書


質問第五号

内閣総理大臣及び閣僚の靖国神社参拝に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十三年八月九日

大脇 雅子   


       参議院議長 井上 裕 殿


   内閣総理大臣及び閣僚の靖国神社参拝に関する質問主意書

 小泉純一郎内閣総理大臣は、八月一五日に靖国神社へ参拝する意向を示している。
したがって、次の事項につき質問する。

一、小泉総理大臣は、八月一五日の終戦記念日に靖国神社へ参拝するのか。それは公式参拝か、私的な参拝か。また、なぜ八月一五日なのか。

二、内閣総理大臣と記帳するのか。もし記帳するならその理由は何か。

三、玉串料あるいは供花料を公費から支出するのか。参拝には公用車を使用するのか。

四、参拝には閣僚を同行するのか、それとも単独で行くのか。

五、本殿ではどのような形式で参拝するのか。二拝二拍手一拝の「神道儀礼」にのっとって参拝するのか。

六、参拝後、靖国神社境内で行われる「戦没者追悼中央国民集会」(「英霊にこたえる会」と「日本会議」共催)に参加するのか。また、当日はどのような行動予定か。

七、二〇〇〇年三月の政府統一見解においては、公式参拝は「一九八六年以降は諸般の事情を総合的に考慮し、今日まで差し控えられてきた」と述べている。「国民や遺族の方々の思い及び近隣諸国の国民感情など」の諸般の事情を考慮するとしながら、なぜ今、靖国神社を「公式」参拝しようとの判断に至ったのか。歴史教科書問題の影響等について周辺諸国とのあつれきが伝えられる中で、特に近隣諸国の国民感情をどのように考慮したのか。

八、合祀の基準はどのように定められ、合祀の推薦と決定はどのように進められているのか。戦前、戦後それぞれに関して明らかにされたい。

九、特に、戦前に関しては、「陸海軍省において一定の基準を定めて」おり、「前例に基いた」とされているが(『靖国神社問題資料集』国立国会図書館一九七六年五月、三頁)、それはどのような前例か。また、一九四二年に作成された「合祀資格審査内規」(前掲書三頁)の内容を明らかにされたい。

一〇、前掲書には、一九四五年一一月二〇日、臨時大招魂祭が執行され、同祭において、「招魂されたみたまのなかから、合祀に必要な諸調査のすんだみたまを、昭和二一年以降三七回にわたって合祀してきた」と記されている。この際、「招魂されたみたま」は、どの名簿によったのか。また、どのような「調査」をし、合祀されたのは何名で、合祀されなかったのは何名か。合祀した者とされたなかった者の違いを明らかにされたい。

一一、合祀の決定に際して、当事者の意向を確認したのか。その際に合祀の辞退はできるのか。また、合祀された後に取り消すことはできるのか。合祀を取り消すことができない場合、その理由を明らかにされたい。

一二、戦後、靖国神社が宗教法人になってからも合祀は続いているのか。その際の名簿はどのようにして入手していたのか。また、その名簿の入手はいつまで続いたのか。

一三、一九七八年にA級戦犯が合祀された経緯を明らかにされたい。また、政府はいつの時点で事実を把握したのか。

一四、本殿において、皇族である北白川宮能久親王及び北白川宮永久王には二人で霊璽一座を充て、合計二四六万余名の祭神を一括して霊璽一座を充てているとのことである(『靖国神社』大江志乃夫、岩波新書、一九八四年、一七~一八頁)。祭神は同格であるとされているが、皇族のみ別格にしている理由は何か。

一五、靖国神社における「創設以来の特殊の祭儀伝統」、戦前、陸海軍省が所定した参拝方式(『ジュリスト』八四八号、一九八五年一一月一〇日、五五頁)、及び現在の参拝方式をそれぞれ明らかにされたい。

  右質問する。