質問主意書

第147回国会(常会)

質問主意書


質問第五三号

国際人権規約委員会「最終見解」についての実施状況に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十二年六月一日

福島 瑞穂   

       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   国際人権規約委員会「最終見解」についての実施状況に関する質問主意書

 国際人権規約のうち市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)に基づいて設立された人権委員会(以下「規約人権委員会」という。)は、一九九八年一〇月二八日及び二九日の二日間、日本政府の提出した第四回報告についての審査を行い、一一月六日、最終見解を採択した。この最終見解は、我が国の人権状況について改善すべき点として、第六項から第三四項までの二九項目にも及ぶ問題点を指摘している。これは、日本において解決を迫られている人権課題のすべてではないが、我が国が批准している自由権規約の下で問題となる事項の大半を、その問題点と改善の方向性を明確にして指摘した重大な文書である。
 そこで、最終見解の各項ごとに指摘された問題点についての日本政府の対応に関し、以下質問する。

第一 最終見解に対する政府の基本的な態度について

一 規約人権委員会の勧告に対する認識

 第六項において、第三回報告後の勧告の大部分が履行されていないと指摘されているが、政府は規約人権委員会の勧告を軽く受け止めているのではないか。また、政府はこの最終見解の重大性をどのように認識しているか。

二 最終見解の履行にかかわる責任と責務

 一般的に条約の履行は、政府だけではなく立法機関及び司法機関も含めて責任を負う。政府はこのことを理解していないようである。一九九八年一一月一〇日、中村法務大臣は記者会見で、最終見解採択直後に死刑執行が行われたことに関し「勧告は一つの意見」とし「死刑の執行は国内問題」と述べたとされる。しかし、このような見解は、自由権規約の下に設立された規約人権委員会の勧告を正確に理解したものとはいえない。最終見解における勧告は、規約人権委員会の「一般的意見」や個人通報に基づく「見解」と同様に、条約実施機関としての規約の公権的解釈を示したものである。条約を批准している以上、条約実施機関の勧告に従うことは国会や司法を含む日本国の国際法上の義務であると考える。
 最終見解の履行にかかわる国際的な責任と責務について、政府の見解を明らかにされたい。

三 NGOと政府との対話

 第三四項前段では、最終見解の履行に際してNGOを含む国内の関係者との対話について期待を表明している。このように、包括的ともいえる最終見解が出されたことを受け、政府は、内容の分析と具体的課題の摘出の作業を行い、弁護士会やNGOとの対話を重ねていくことが必要である。
 政府は今後とも、最終見解で指摘された問題について、弁護士会やNGOと真摯に対話を重ねていく姿勢を堅持するつもりか。

第二 最終見解に示された日本政府がとるべき具体的な行動に関する勧告について

一 規約人権委員会における審査及び最終見解の内容の広報

 最終見解の履行のためにまず必要な作業は、今回の規約人権委員会における審査と最終見解の内容及びその意義について政府機関内部、裁判所、国会、マスメディアなどに幅広く知らせる広報活動である。
 第三四項後段に示された要請を受けて、具体的にどのような広報活動が行われたか明らかにされたい。

二 第一選択議定書の批准

 第三三項において批准を勧告されている第一選択議定書は、個人の通報に基づき国内の裁判所などの判断について規約人権委員会の判断を求めることのできる制度である。
 第一選択議定書の批准のための作業の現状及び現在までに批准できない理由を説明されたい。

三 国内人権機関の設立

 第九項では、政府から独立し、実効性のある人権救済機能を持つ国内人権機関の設立が勧告されている。とりわけ、第一〇項では、警察及び出入国管理当局について緊急に人権機関を設立することが求められている。このような人権機関は、人権教育の機能を有し、文字通り人権保障の要となるべきものであるが、法務省の人権擁護委員制度は、このような人権機関に当たらないとされた。なお、人権機関のガイドラインは、既に国連パリ原則として示されている。
 政府としては、人権機関の設立に関し、今後どのような機関において議論し、どのような制度の立案を進める方針か。人権擁護推進審議会において議論されている諸点を含めて説明されたい。とりわけ、警察及び出入国管理当局については緊急な対応が求められていることを踏まえて真摯に回答されたい。

四 裁判官等に対する人権教育

 極めて重大な課題は、人権教育である。第三二項で指摘されているように裁判官及び検察官を含む公務員に対する人権教育は極めて重要である。とりわけ、司法判断における問題点を指摘する第八項及び第一一項の勧告は、裁判官に対する人権教育の課題ということができる。さらに、警察官や刑務官、入国警備官などの法執行官の意識を変革するための人権教育もこれに勝るとも劣らない重要性を持っていると考える。
 これらの専門家に対する人権教育について、実施の実情、今後国連機関と連携したセミナーの開催などの予定はあるか。裁判官、検察官、警察官、刑務官、入国警備官の別に詳細に説明されたい。特に裁判官に関しては、自由権規約に関する資料を配付し周知徹底を図るなどの人権教育を、どのように行っていくのか。

第三 個別の人権問題についての勧告事項及びそれに対する政府等の対応について

 以下の一から二十までの各項目について、(1)当該事項について所管する行政機関若しくは司法機関、(2)最終見解を受けてとられた、若しくはとる予定の法令上の措置がある場合にはその措置の内容、(3)最終見解を受けてとられた、若しくはとる予定の行政上の措置がある場合には、その主体及び措置の内容、の三点を明らかにするとともに、当該各項目について政府の見解を示されたい。

一 婚外子に対する差別

 第一二項において、婚外子に対する差別について懸念が表明されているが、民法九〇〇条四号の改正を含む民法改正法案を政府から提出する予定はないのか。また、世論を変えるために、現在政府が行っていることはあるのか。

二 在日コリアンに対する差別

 第一三項では、朝鮮人学校の不認定を含む在日コリアンに対する差別について懸念が表明されている。
 これに関して、規約人権委員会の審査の中で「朝鮮人としての民族性または国民性を涵養することを目的とする朝鮮人学校は、わが国の社会にとって、各種学校の地位を与える積極的意義を有するものとは認められない」とする、一九六五年一二月二八日に発した文部事務次官通達(文普振第二一〇号)について、「まったく差別的」であるとの意見が委員から出された。政府はこの通達を廃止又は改正する考えはあるか。

三 アイヌに対する差別

 第一四項では、アイヌ民族は先住民族であるということを認めているが、政府はアイヌ民族が先住民族であるか否かについて具体的にどのような検討を行っているのか。先住民族であると結論づけるのであれば、国際的に定められた先住民族の権利体系に基づいて、アイヌ民族の権利及びその具体的な保障措置を定める見通しについて明らかにされたい。また、先住民族でないと結論づけるのであれば、その明確な根拠を示されたい。

四 被差別部落出身者に対する差別

 第一五項では、同和問題を終結させるための措置を求めている。自由権規約の規定を考慮すれば、被差別部落出身者に対する差別をやめさせるためには、差別を法律で禁止すること、及び差別撤廃のための効果的な保護を行うことが必要であるが、人種差別撤廃条約の規定なども考慮しつつ、同和問題について具体的にどのような検討がなされ、どのような結論となっているのか。
 また、人権擁護推進審議会における審議において、規約人権委員会による種々の勧告が十分に考慮されるために、具体的に何を行ったのか。

五 女性に対する制定法上の差別

 第一六項において、女性の再婚禁止期間及び女性と男性の結婚年齢の差について懸念が表明されている。政府は、これらの懸念を解消するための民法改正案を提出する予定はないのか。さらに、これを提出するための具体的取組を行っているのか。また、女性に対する差別であると指摘されている法律は、他にどのようなものがあると考えているか。

六 外国人登録証明書の常時携帯義務

 第一七項において、永住外国人の常時携帯義務は、廃止されるべきであると再度勧告されている。外国人登録法の改正に伴い、特別永住外国人の常時携帯義務違反は、刑事罰である二〇万円以下の罰金から、行政罰である一〇万円以下の過料に改められたが、これに伴って、現場における運用上の注意などを記した通達その他の文書等を出したか。

七 定住外国人と再入国許可

 最終見解は、第一八項において、第二、第三世代の永住外国人や日本にその生活の基盤を置く外国人に対しても、法務大臣の裁量による再入国許可制度を適用する出入国管理及び難民認定法(以下「出入国管理法」という。)二六条は、これらの外国人の「いずれの国からも離れる権利」及び「自国に戻る権利」(自由権規約一二条二項及び同条四項)を侵害するものであり、規約違反であるとした。今後、我が国に生活の本拠をもつ外国人について再入国許可制度を見直すつもりはないのか。特に、第一八項で強く要請されている特別永住外国人については、早急に廃止すべきであると考えるが、どうか。
 また、私が、一九九九年五月一三日の参議院法務委員会で、この規約人権委員会の規約解釈に従って永住者の再入国を権利として認めると実社会上何か問題が生じるのか、と質問したのに対し、竹中入国管理局長は、全体の入管の仕組みの中で再入国許可制度が必要だからとっている、と答弁した。さらに、同月六日、大森礼子議員が同種の質問を行ったときにも、陣内法務大臣は、「出入国管理法に基づいてこの再入国許可制度は維持されなければならない」と答弁している。これらの答弁は、出入国管理制度という行政上の制度や出入国管理法という国内法を根拠に、自由権規約の不履行を正当化するものであり、条約法に関するウィーン条約二七条に違反する答弁だと思うが、どうか。

八 入管収容施設における暴行等及び長期収容

 第一九項では、入管収容施設における暴行等及び長期にわたる収容期間について、自由権規約七条及び九条に合致させるよう勧告されている。

1 収容令書の発布要件について、行政権のみに基づく収容が可能となっていることについての見直しを含め、自由権規約九条一項及び四項との関係でどのような検討がなされ、どのような結論をもっているのか。
2 子どもや病人、あるいは難民申請者に対する収容を避けるべく、個々の収容に際してその必要性と相当性を判断する基準の明確化を行う必要性については、どのような検討がなされ、どのような結論をもっているのか。
3 戒具や隔離室の使用についての規定を含む被収容者の処遇細則について、現在各収容施設の所長に制定権が与えられていることを見直すべきであると考えるが、この点についてどのような検討がなされ、どのような結論をもっているのか。
4 入国管理局の職員による、収容施設内での暴行やセクシャル・ハラスメントを未然に防止するために、具体的にどのような措置が検討されているか。
5 出入国管理法四一条では、収容令書による収容期間は三〇日以内、やむを得ず延長されたとしても三〇日限り、と定められている。ところが第一九項では、収容が六か月から二年にも及ぶ場合のあることについて懸念が表明されている。退去強制令書の執行を定めた出入国管理法五二条において収容期限の上限を規定することや、送還を実施できない場合に仮放免を実施することなど、長期にわたる収容が起こらないような、柔軟な運用を行うことについて、どのような検討がなされ、どのような結論をもっているのか。

九 死刑廃止

 第二〇項では、自由権規約六条にあるように、「死刑の廃止を目指すものであり、死刑を廃止していない締約国は、最も深刻な犯罪にのみ死刑を適用する義務がある」と述べている。
 現在の日本の法制度上及び刑事司法の実務上、この自由権規約の義務は果たされているか。もし、自由権規約の解釈について、最終見解と違いがあるということであれば、その違いを示されたい。
 また、最近の裁判例において、無期懲役判決の場合の検察官上告や、死刑求刑のケースが目につく。この状況について、自由権規約六条との関係で、どう考えているか。

十 死刑確定者の処遇

 第二一項では、死刑確定者が外部との面会・通信を不当に制限されていること、及び家族や弁護人に執行の事前通知がないこと等死刑確定者の処遇について深刻な懸念が表明されている。人道的かつ人間固有の尊厳を尊重した取扱いを保障すべきとした自由権規約七条及び十条に従うよう勧告がなされている。
 政府は、こうした死刑確定者の処遇について具体的な改善策を現在とっているか、あるいは検討しているか。何かあれば、その内容を示されたい。

十一 起訴前勾留制度

 刑事被疑者の起訴前勾留制度について、第二二項では、自由権規約九条、一〇条及び一四条に適合させるよう強く勧告されている。勧告がなされた諸点、すなわち起訴前の保釈制度の導入、取調べの時間及び期間を律する規則の制定、被疑者段階での国選弁護人制度の導入、刑事訴訟法三九条三項による被疑者による弁護人への接見の制限についての改善、取調べにおける弁護人の立会いを認めること、のそれぞれについて検討内容と検討結果について具体的に言及されたい。
 また、規約人権委員会による「一般的意見8」は、自由権規約九条三項における「速やかに」とは二、三日を超えてはならないとしている。この点について、我が国における現行の起訴前勾留制度と照らし合わせてどのような検討が行われ、どのような結論が導かれたのか明示されたい。

十二 代用監獄制度

 第二三項では、代用監獄制度について自由権規約のすべての要請に合致するよう再度の勧告をしている。ところが政府は、警察内で捜査と留置実務を明確に分離しているという点をもって、自由権規約の規定が満たされているとの考えのようである。
 代用監獄制度について、同項の再度の勧告を受け、警察の捜査上の利便や財政上の問題といった視点ではなく、人権の擁護及びえん罪の防止という観点から、どのような検討がなされ、どのような判断があったのか。また、その際の判断における理由についても明確にされたい。

十三 人身保護制度

 第二四項では、人身保護規則四条が、人身保護命令書を取得するための要件を厳しいものにしていることに懸念を表明している。さらに、同規則四条の廃止と人身保護請求による救済をより効果的なものにすることを勧告している。
 政府は、この勧告を受け、人身保護規則四条の廃止について最高裁判所と何らかの協議を行ったのか。行ったとすれば、その概要を示されたい。

十四 被疑者取調べの監視

 第二五項では、代用監獄における被疑者への取調べが厳格に監視され、電磁的手段により記録されるべきことが勧告されている。この勧告に関し、取調べの記録について警察及び検察庁内部でどのような検討が行われているのか。その利点、問題点についてどのように理解しているか。

十五 証拠開示

 第二六項では、刑事裁判における弁護側の捜査関係資料へのアクセスを保証するよう法律及び実務上の改善が勧告されている。この勧告に関し、司法制度改革審議会における検討を含む政府の検討状況を明らかにされたい。また、最高裁判所との協議を行ったとすれば、その内容も併せて明らかにされたい。

十六 刑務所における処遇

 第二七項では、行刑施設の制度の多くの側面に深い懸念が表明されており、特に、所内行動規則、懲罰、懲罰決定の手続、不服申立の制度及び保護措置が挙げられている。

1 規約人権委員会の審査の際には、所内行動規則について緩和の方向で検討されている旨の政府代表の発言があったが、どのように緩和がなされたのか。
2 懲罰方法及び革手錠のような保護措置についてその過酷な取扱いが指摘されたが、この点について何か改善策はなされたのか。
3 懲罰決定の手続について公正性・公開性を担保するための制度改善は検討されているのか。
4 受刑者による苦情申立について公正な調査の仕組み、申立者の保護の仕組みなどは、改善の方向で検討されているのか。

十七 中央労働委員会における審問拒絶

 第二八項では、中央労働委員会の労働組合の腕章着用を理由とする審問拒絶について懸念が表明されているが、このような事例は解消されたか。解消されていないとすれば、労働省及び中央労働委員会として、どのような解消のための努力を行ったか、明らかにされたい。

十八 女性の人身売買及び子どもの買春・ポルノ

 第二九項では、売買春や売買春を目的とした人身売買により、女性や子どもの権利が不当に侵害していることを懸念し、自由権規約九条、一七条、及び二四条に基づき、状況の改善を勧告している。
 風俗営業法改正により、海外から日本への不正な女性の取引はどの程度減ったと考えるか。また、劣悪な環境下で働く外国人女性に対し、政府としてはどのような保護策を講じているか。
 また、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の施行により、海外での「子ども買春」ツアーに出かける日本人は減っているのか。海外、特にアジアにおける子ども買春の状況はどう変化したか、政府の認識を明らかにされたい。
 また、外国の子どもを買春目的で日本に連れてくることに関しては、現在の法的な規制で十分防止可能であると考えるか。

十九 女性に対する暴力

 第三〇項では、女性に対する暴力、特に家庭内暴力等に対する懸念が表明されている。
 女性に対する暴力への対応について政府の認識を明らかにされたい。また、この問題に対する立法はどのように検討されているか。
 また、女性への暴力問題にかかわる警察等の職務関係者のジェンダー研修は積極的に行われているのか。そのような研修が被害者の安全の確保及び精神的な支えに、どのように役立っていると考えるか。

二十 旧優生保護法による強制不妊手術が行われた人に対する補償

 第三一項では、旧優生保護法の下で、障害をもつ女性に対し強制的な不妊手術や子宮摘出が数多く行われたことに関し、必要な法的手段を講ずるよう勧告している。
 政府は、このような手術を受けた女性に対し、どのような救済措置をとっているのか。もし何もしていない場合、実態をどのように把握し、当事者への補償の必要性をどう考えるか明らかにされたい。

  右質問する。