質問主意書

第146回国会(臨時会)

質問主意書


質問第八号

川辺川ダム建設に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十一年十一月二十六日

中村 敦夫   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   川辺川ダム建設に関する質問主意書

 熊本県において事業進行中の川辺川ダム建設計画について、今までに二度の質問を行った。それらの際の政府による積極的な答弁の努力はもちろん評価するものであるが、依然として不明である点も多いため、改めて質問する。
 なお、質問一「九折瀬洞窟について」は、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下「種の保存法」という。)第二条第三項の、国民は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に寄与するように努めなければならない」という規定にのっとり、「絶滅のおそれのある」九折瀬洞窟の固有種を守るという国民の責務を果たすべく質問する。また、先般、茨城県東海村で発生した臨界事故は、政府や事業者の「想定外」であっても大規模な事故や災害が現実に起きることを示した。最低限、専門家や住民から指摘される「想定外」でない点に関しては、災害防止の点からも政府は誠実に対応するべきである。質問二「川辺川ダムの洪水調節機能について」、質問三「頭地代替地の安全性について」、質問四「ダムサイトの安全性について」は、こうした観点に立ち、川辺川ダム建設を原因とする災害が起きることがないのか、五木村と下流域の住民の生命と財産を守るべく質問する。質問五「砂防計画及び堆砂計画について」は、川辺川ダム建設計画と周辺に予定されている砂防ダム群との関係を問うものである。質問六「川辺川ダム建設計画に対する世論について」は、川辺川ダム建設計画に対する世論の素朴な疑問に関して政府の見解を問うものである。
 川辺川ダム建設計画は、多くの国会議員が視察に赴き、新聞などでもしばしば大きな扱いで報道されている。政府においては、このように本計画が国民の強く関心を抱く事業であることに留意され、誠実で前向きな答弁を求めるものである。
 以上の観点から、次の事項について質問する。なお、同様の文言が並ぶ場合でも、各項目ごとに平易な文章で答弁していただきたい。

一 九折瀬洞窟について

1 川辺川ダム建設計画による水没予定地(熊本県球磨郡五木村)には、熊本県で二番目、日本でも四十九番目に長い九折瀬洞窟がある。その洞口は川辺川左岸に開口しているが、川辺川ダム満水時には洞口及び洞窟の中層までが水没する計画になっている。
 この洞窟には、世界中でもここだけに生息する絶滅危惧種のツヅラセメクラチビゴミムシや、最近新種として発表されたイツキメナシナミハグモなど、同洞窟固有の生物が存在している。また、ここは熊本でも有数のコウモリの生息場所となっており、これらの生物はコウモリの糞(グアノ)に依存しているものが多い。
 洞口水没により、コウモリの洞窟利用が出来なくなる可能性があることや洞窟中層まで水没することによってグアノが洗い流されることは容易に予想される。その場合、これらの希少生物の生息環境に悪影響がでるのは避けられないと思われる。日本自然保護協会の吉田正人保護部長も、「洞内の特異な生態系は天然記念物なみの価値があるが、洞口が閉ざされればコウモリや他の生物に影響が出かねない」と指摘している(熊本日日新聞・一九九九年十一月二十一日付け)。
 政府は同洞窟についてどのような認識を持っているのか、こうした専門家らからの指摘を踏まえた上で、明らかにされたい。
2 前述の報道によると、建設省川辺川工事事務所は、「洞内生物はアセスに準じた調査を続けており、保全策も学識経験者の意見を踏まえ検討中」とコメントしている。
 建設省は川辺川ダムについて本年度着工を目標とすると説明しているが、九折瀬洞窟の具体的保全策が着工前に実施されるのかどうかは、依然として不明である。
 同洞窟の保全策はいつ実施されるのか、時期を明らかにされたい。また、本体着工目前に及んでも同洞窟の具体的保全策や実施時期が明らかになっていない理由も併せて示されたい。
3 同洞窟の固有種にとって効果的な環境の保全が行われない場合、それらの絶滅を危惧せざるを得ない。
 専門家が「天然記念物なみの価値がある」と指摘する同洞窟の保全に関して、環境庁長官の意見を示されたい。また、種の保存法第三十五条にのっとり、環境庁長官は必要な助言又は指導を建設大臣に対して行ったのか、併せて示されたい。
4 前述の報道によると、同洞窟について、吉田部長は、「洞内の生態系には不明な点が多い。事業者による調査だけでなく、住民が参加できる環境アセスで事業の透明性を高める必要がある」と指摘している。一方で、建設省は、環境影響評価について「必要な調査と保全策の検討を進めており、法的に必要ない」と述べている。
 しかし、生物の多様性に関する条約第十四条第一項は、締約国が、可能な限りかつ適当な場合には、次のことを行うとして、以下のとおり定めている。「(a)生物の多様性への著しい悪影響を回避し又は最小にするため、そのような影響を及ぼすおそれのある当該締約国の事業計画案に対する環境影響評価を定める適当な手続を導入し、かつ、適当な場合には、当該手続への公衆の参加を認めること」
 同洞窟に対する吉田氏の指摘を本条約に照らすならば、「適当な場合」には「公衆の参加」による手続が本条約によって求められていると考えられる。だが、建設省は、「当該手続への公衆の参加」つまり環境影響評価の実施を必要としないとの見解を表明している。
 同洞窟の保全について、なぜ、政府は「当該手続への公衆の参加」が「適当」でないと考えるのか、本条約を踏まえた上で、理由を明らかにされたい。

二 川辺川ダムの洪水調節機能について

1 政府は、「川辺川ダム建設に関する質問主意書」に対する答弁書(一九九九年二月二十六日付け)において、「仮に川辺川ダムにその計画規模を超える洪水が流入し、同ダムの安全上非常用洪水吐きゲートを操作するとした場合においても、同ダムへの流入量を超える放流が行われることはなく」と答弁している。
 この答弁は、東海村臨界事故のような想定外の人為的ミスによっても、洪水吐きゲートの開度などの技術的な制約によって「流入量を超える放流が行われる」可能性がないという意味なのか、それとも想定外の人為的ミスによっては「流入量を超える放流が行われる」余地があるという意味なのか、明らかにされたい。
2 建設省公表の資料によると、市房ダムでは一九六五年七月洪水において、最大流入量が八六二立方メートル毎秒であり、最大放流量は五二一立方メートル毎秒、最大貯水位は二八〇メートルとなっている。
 市房ダムにおいて、最大貯水位二八〇メートルのときに二門のゲート開度を六メートル以上にすれば放流量は最大流入量を超えることがあるのではないか。
3 川辺川ダムにおいても、洪水吐きゲートの開度によっては、最大流入量を超える放流を行うことが技術的に可能ではないか。
4 ダムへの流入量は、貯水位の変動と放流量との関係で表され、リアルタイムで分かるものではなく、流入量の把握には十分程度の遅れが生じると聞くが事実か。
5 流入量の把握に遅れが生じるならば、リアルタイムにおいては流入量を予測に頼らざるをえず、結果として、予測値と後で分かる実測値が食い違う可能性があるのではないか。もし流入量の把握に遅れが生じないとすれば、その根拠を具体的に示されたい。
6 川辺川ダムは、洪水調節方式として、「不定率調節方式」いわゆる鍋底調節方式を採用している。この調節方式は「建設省河川砂防技術基準(案)同解説 計画編」によると、「不定率調節方式については、効率はよいが、洪水波形の推定が必要であり、現状での採用はほとんどない」と記されている。また「多目的ダムの建設 調査編」によると、「(鍋底調節)は一見調節効果が大きく見えるが、実際の操作に当り困難な点が多いので、原則として採用しないのがよい」とされている。
 川辺川ダムにおいて、建設省ですら「原則として採用しないのがよい」としている鍋底調節方式を採用している理由はなぜか。川辺川ダムにおいて技術基準上の問題点をクリアしていると考える具体的な根拠と併せて明らかにされたい。

三 頭地代替地の安全性について

1 川辺川工事事務所発行の「川辺川ダム事業について」(一九九八年七月)によると、水没地の五木村頭地地区の代替地に関しては、各種の地質調査や試験・解析により充分な安定性が確認されており、かつ造成に際してはダムによる潅水、降雨、地震などに対し充分な安全性を確保すると記されている。だが、松本幡郎元熊本大学教授など現地を調査した地質学者などからは、代替地の地質的な危険性が指摘されている。
 政府は、本代替地に関して、絶対に安全であると断言できるのか。具体的で科学的な根拠と併せて明らかにされたい。
2 造成現場では、固結度の極めて低い火山灰層や崖錐堆積物が分布していることが観察されている。これらはいずれも透水性に富み、非常に軟らかく流れやすい。現に現地の造成地内では、湧水による水の浸食作用により一~二メートルもの深さの雨裂も観察されている。また、基盤となる秩父帯石灰岩体の露頭状況から判断すると、造成地域では岩盤面が谷方向へ傾いていることが想定される。そして火砕流堆積物の最下部は熔結度が低い火山灰層が介在するのが一般的である。
 代替地内で、浸透水が作用してのパイピングなどによる地盤沈下や斜面崩壊の危険性があるのではないか。また、ダムへの貯水による地下水位の変化により、阿蘇熔結凝灰岩層下部での地滑りなどの発生可能性が考えられるのではないか、政府の見解を示されたい。
3 代替地については、充分な安全性が確保されなければならないのは当然である。だが、想定外の事態によって地盤沈下や斜面崩壊、地滑りなど懸念されるような災害が発生し、生命や財産などに被害があった場合、代替地を提供した政府に責任は生ずるのか。生ずる場合は、その補償についての対応と併せて明らかにされたい。

四 ダムサイトの安全性について

1 川辺川ダムを建設する際、一〇〇メートルを超えるアーチダムの翼端荷重を支える尾根の岩盤は、地質的に十分な強度を備えている必要があるのではないか。
2 川辺川ダムサイトの真横の右岸側には、四浦トンネル(一九七九年開通)が貫通している。このトンネルの全長(四三三・五メートル)にわたり、おびただしいクラックと漏水が発生しているが、最初にこの状況を認識したのはいつか。現在の補修状況と併せて明らかにされたい。
3 政府は、ダムサイト右岸高所の地滑り地区(岳野地区)とダムサイトとの間に変位計や歪計、傾斜計など、地質測定機器を設置しているか。設置している場合は、測定機器の種類や数、設置場所などの概要を示されたい。
4 ダムサイト真横の本トンネルにおいて、このようにおびただしいクラックと漏水が発生していることから、一〇〇メートルを超えるアーチダムの翼端荷重を支えることが地質的に可能なのか、疑問を感じざるを得ない。ダムサイト付近の岩盤状態に関しては、地質学の専門家からも、その安全性に疑問が投げかけられている。
 政府はダムサイト付近の地質に関して、アーチダムの翼端荷重を支えるに際して絶対に安全であると断言できるのか。具体的で科学的な根拠と併せて明らかにされたい。

五 砂防計画及び堆砂計画について

1 「建設省河川砂防技術基準(案)同解説 計画編」によると、砂防計画の基本となる土砂量として「計画生産土砂量」・「計画流出土砂量」・「計画許容流砂量」・「計画超過土砂量」を決定することとしている。そのうち「計画生産土砂量」及び「計画流出土砂量」は現地調査などにより求められることとなっている。また、「計画超過土砂量」は「計画流出土砂量」から「計画許容土砂量」を差し引いた値であり、砂防施設などにより調整する量である。「計画許容流砂量」は下流に対して無害であり、かつ下流河道及び海岸の安定のために流送すべき土砂量である。
 「計画許容流砂量」の設定は、「計画超過土砂量」の設定に直接影響し、砂防施設の規模を決定する際の大きな要素になると考えられる。一般に、「計画許容流砂量」の設定は、どのような考え方に基づき、どのように決定しているのか、計算方式など具体的に明らかにされたい。
2 多目的ダムでは、およそ一〇〇年間に上流から流入するであろう土砂量を見積もり、計画堆砂量としている。この計画堆砂量の設定において、上流域で砂防計画が立てられている場合、前述の建設省解説によると、「原則として、貯水池の計画堆砂量を考慮して計画年平均許容流砂量を定める」とあるが、どのように考慮されているのか、具体的に明らかにされたい。
3 「川辺川における直轄砂防事業計画について」(建設省河川局砂防部砂防課)によれば、熊本県相良村(平川橋付近)の基準点での百年確率での許容土砂量は一二六万立方メートルとなっている。この計算の根拠を具体的に明らかにされたい。
4 「川辺川ダム事業について」(建設省九州地方建設局川辺川工事事務所・一九九七年九月)によると、川辺川ダムの堆砂容量は、田中治雄、石外宏氏による貯水池堆砂量の推定式を用い、他ダムでの堆砂実績や砂防ダムによる効果を考慮して、ダム上流域からの年平均一平方キロメートル当たりの流出土砂量を六〇〇立方メートルとしている。
 この堆砂量が妥当である根拠として、図3-6-1「川辺川ダム周辺のダム堆砂状況」に、川辺川ダムの比堆砂量と四万十帯及びその近傍の領家帯、秩父帯に属する九州の治水目的を含むダムの比堆砂量を比較したグラフがあげられている。だが、このグラフでは、比較の対象となっているダム名が明らかにされていない。
 比較の対象となっているダム名を明らかにされたい。
5 川辺川ダム上流域からの年平均一平方キロメートル当たりの流出土砂量六〇〇立方メートルは、川辺川砂防計画における許容土砂量一二六万立方メートル(相良村平川橋付近基準点)をどのように考慮して設定されたのか、明らかにされたい。

六 川辺川ダム建設計画に対する世論について

1 朝日新聞社説(一九九九年八月十二日付け)は、「ごり押しは許されない」と題し、川辺川ダム建設計画に対して「長良川河口堰の強引な建設が世論の反発を招いて以来、建設省の河川行政には従来ほどのごり押しはみられなくなった。各地のダム計画を見直したり、コンクリート三面張りだった河川改修に自然に近い工法を採り入れたりしている。吉野川の可動堰建設でも、推進の方針は堅持しつつ、住民との対話を模索している。その建設省が川辺川ダムについては、既定路線を一切変えようとしていない」と厳しく批判している。
 同社説が批判するように、なぜ、建設省は川辺川ダムについて「既定路線」、つまり「ごり押し」を二切変えようと」しないのか。その理由を示されたい。
2 同社説は、続けて「ダムは本当に洪水防止に役立つのか、農業用水は必要なのか。全国有数の清流を殺すことにならないのか。根本的な疑問はまったく解消されていない」と指摘している。
 政府の取組にも関わらず、同社説が指摘するように、「根本的な疑問」が世論の中で解消されていないことをどのように考えるのか。今後、「根本的な疑問」を解消するために予定している施策と併せて明らかにされたい。
3 建設省川辺川工事事務所は、先般、流域において川辺川ダム建設に理解を求めるチラシの全戸配布を行った。
 一九九七年度、一九九八年度、一九九九年度の川辺川ダム建設計画における建設省と農林水産省のこうした広報活動の総額を、各年度ごとにそれぞれ明らかにされたい。
4 同社説は、川辺川ダム建設計画と川辺川土地改良事業について、「必要性に疑問符がつき、同意書の件にみられるように手続きにも問題があるのに、問答無用で押し切る態度は許されない。建設省と農水省は踏みとどまるべきだ」と結論づけた。
 政府は、このような厳しい批判が世論に存在することをどのように受けとめているのか。また、川辺川ダム建設計画と川辺川土地改良事業にこのような批判をどのように反映させているのか示されたい。
5 朝日新聞解説(一九九九年七月二十六日付け)は、公式には川辺川ダム建設計画に対し推進の立場をとる周辺自治体の実態として、「ダムが必要かどうかの論議より、反対すれば、国のほかの補助事業に影響が出ると思った」との元首長の言葉を紹介している。
 川辺川ダム建設計画に周辺自治体が反対の姿勢をとった場合、「国のほかの補助事業に影響が出る」ことがありえるのか。影響が出るならば、その根拠法令と併せて示されたい。また、影響がありえないならば、なぜ、この元首長は、「反対すれば、国のほかの補助事業に影響が出ると思った」と当該自治体における重大な政策決定において決定的な事実誤認をしたのか、担当政府職員の言動などを調査した上で、政府の見解を明らかにされたい。
6 環境影響評価を川辺川ダム建設計画において実施する法的義務はない。だが、本計画での環境影響評価の実施に関して、これを禁止する法令は存在しないと考えるが、政府の見解を示されたい。
7 同解説は、「建設省は七六年から自主的に始めた動植物の生息調査や、水質対策の効果予測を根拠に、『アセス法を持ち出すまでもない』という態度に終始している」と報じている。一方、同解説は続けて「調査はダム湖の周辺部にとどまり、河口部の不知火海までも含む流域全体に及ぶものではない」とも指摘している。
 しかし、不知火海の漁民は、川辺川ダムが不知火海の漁業資源に与える影響を強く懸念していると聞く。周辺の住民や漁民などによる有明海・不知火海フォーラムは、一九九九年十一月二十一日に「有明海・不知火海は、各河川の上流から下流域まで、やみくもな開発の波にさらされています。その例として、川辺川ダム建設が球磨川河口、引いては不知火海の環境に及ぼす影響は、計り知れないものがあるでしょう」と決議している。
 こうしたことから、「ダム湖の周辺部」での限定した調査だけではなく、不知火海も含む球磨川・川辺川流域全体を対象に、川辺川ダム建設計画による影響の調査、住民への事業の説明と意見の聴取などが必要であると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。

  右質問する。