質問主意書

第142回国会(常会)

質問主意書


質問第一号

銀行預金の相続に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成十年一月二十八日

武田 節子   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   銀行預金の相続に関する質問主意書

 相続は、人の死亡により開始され、相続人は、被相続人の一身専属権を除き、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。相続人が相続する財産には、被相続人の銀行預金も含まれる。銀行が預金者の死亡を知った場合には、当該預金は、以後、相続人に対して支払われることとなる。この場合、遺言が存在すれば、その指定された受遺者に支払われ、相続人間で遺産分割協議が成立していれば、指定された相続人に支払われる。
 しかしながら、遺言が存在せず、遺産分割協議も成立していないときに、相続人の一人が預金について法定相続分の払戻しを請求した場合、銀行実務では、遺産分割前に相続預金を支払うときの手続は、遺言がないことを確認のうえ、相続人全員の連署のある書類を徴求のうえ取り扱うことを原則としている。
 徴求する書類としては、預金証書(通帳)及び相続人全員の記名・捺印のある相続預金払戻請求書、相続人の本人確認のための印鑑証明書、徴求する書類に記名・捺印できない相続人がいる場合には、他の相続人を代理人とする委任状、相続人全員の記名・捺印のある相続預金領収証が挙げられ、さらに、相続人中に未成年者がいる場合には、親権者を代理人として「右法定代理人親権者」と表示の上での記名・捺印を、また、払戻の際には、確実な保証人とその者の印鑑証明書を要求している。
 このように、銀行実務では、相続人全員の同意を要求しており、全員の同意があるまでは、払戻しを拒否する慣行となっている。しかし、この取扱いでは、被相続人が死亡してから間もない時期に、被相続人の病院における治療費や葬儀費用の支払の必要から、被相続人の銀行預金の払戻しを相続人の一人が法定相続分の範囲内で請求しても、相続人全員の同意がないことを理由として、銀行は、払戻しを拒否し、相続人は、治療費や葬儀費用の支払に窮することになる。
 銀行のこの実務慣行は、以下のような理由によるものと言われている。

1 相続財産が遺産分割により分割されるまでの間の、相続財産の相続人への帰属方式について学説上合有説が有力に主張されていること。
2 銀行では遺言の有無、相続人の欠格・廃除、遺贈などを完全に調査できないこと。
3 遺産をめぐる相続人のトラブルに銀行が巻き込まれることを回避したいこと。
4 戸籍謄本で相続人全員の法定相続分を確認することは容易でないこと。
5 家族名義預金について、被相続人のものかどうか争いが生じることがあること。
 ところで、民法八九八条は、共同相続について、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」と規定しているが、この「共有」に関して、銀行の実務慣行は、遺産分割協議成立前の遺産の共有を、民法二四九条以下に規定している共有とは異なり、各相続人が遺産に属する個別の財産の上に当然に法定相続分に応じた持分を有するものではなく、遺産分割協議が成立するまでは、遺産全体について、各相続人の法定相続分に応じた抽象的な権利・義務を有するにとどまるもの(合有説)と解している。
 一方、判例は、民法八九八条の「共有」は、民法二四九条以下に規定している「共有」とその性質を異にするものではない(共有説)とし(最高裁昭三〇・五・三一判決民集九巻六号七九三頁)、相続人が数人ある場合に、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継すると解すべきであるとしている(最高裁昭二九・四・八判決民集八巻四号八一九頁)。
 判例がとっている共有説によれば、預金債権も金銭債権である以上、相続の開始によって、当然に各相続人に分割帰属し、各相続人は、その法定相続分に応じて、個別に銀行に対して、預金の払戻しを請求することができ、銀行は払戻しに応じなければならないことになるが、判例と銀行実務とは不一致のままとなっている。
 この問題について、平成八年二月二三日、東京地裁は、以下のとおり判示した。「遺産の中に債権があり、それが可分債権である場合には、右債権は各共同相続人の相続分に応じて法律上当然に分割され、各共同相続人は、その相続分に応じて権利を取得する。遺産中の債権が預金債権であっても、右の理に何らの変更を生ずるものではない。遺言の存否、相続人の範囲、遺産分割の合意の有無等をめぐって争いがあるにもかかわらず、共同相続人の一人が預金債権につき法定相続分の払戻しを求めてきた場合に、銀行その他の金融機関が安易にその要求に応じると、債権の準占有者に対する弁済者の保護(民法四七八条)、遺産分割の遡及効の第三者への制限(民法九〇九条)等の規定により、金融機関が二重弁済を強いられることはあまりないものの、相続人間の紛争に巻き込まれ、応訴の労をとる必要等が生じることがありうる。このような事態を避けるため、共同相続人の一人が預金債権につき法定相続分の払戻しを求めてきた場合に、一応、遺言がないかどうか、遺産分割の協議が調っていないかどうか等の資料の提出を払戻請求者に求めることは、預金払戻の実務の運用として、不当とはいえない。しかし、預金の払戻請求をした共同相続人の一人が、一定の根拠を示して、相続人の範囲、遺言がないこと、遺産分割協議が調っていない事情等について説明したときは、金融機関としてはその者の相続分についての預金払戻に応ずるべきである。その場合に、共同相続人全員の合意または遺産分割協議書がなければ払戻請求に応じないとするのは、相続に関する法律関係を正解しない行きすぎた運用というべきである。」
 この裁判は、預金払戻請求者の請求を認容して確定している。判例は、一貫して共有説に立ち、共同相続人の一人が自己の法定相続分の範囲内で、預金の払戻しを請求した場合には、銀行はそれに応ずるべきだとしているにもかかわらず、銀行がこれに反して払戻しを拒否するという実務慣行をとり続けることは、預金者保護のためとはいえ、その限度を超えており、法的安定性のうえからも問題があると言わざるを得ない。
 相続が開始された直後には、共同相続人の一部が所在不明であったり、海外に居住しているため容易に連絡が取れないことは、しばしばあることであり、通常、このような時期には、相続人全員の同意による遺産分割協議は成立していないことが一般的であるので、被相続人の治療費や葬儀費用については、相続人の一人からの法定相続分の範囲内の預金の払戻請求に対しては、銀行はその払戻しに応じるよう、実務慣行を改めるように、政府は措置を講ずるべきであると考えるが、銀行を監督する責務を負っている政府の見解を示されたい。

  右質問する。