質問主意書

第141回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一三号

シベリア抑留者に対する「未払い賃金」の補償措置に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成九年十二月十二日

上田 耕一郎   
緒方 靖夫   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   シベリア抑留者に対する「未払い賃金」の補償措置に関する質問主意書

 三月十三日、最高裁判所は、シベリア抑留者でつくっている「全国抑留者補償協議会」の神林共栄氏ら同会のメンバー三十一人が、シベリア抑留中の強制労働の賃金未払い分を日本政府が支払うべきであると訴えた「シベリア抑留訴訟」について一、二審判決の請求却下を支持して原告らの上告を棄却しました。
 第二次大戦後旧ソ連によってシベリアに強制抑留された人は、旧日本軍兵士、民間人も含めれば、厚生省の調査で約五十七万五千人であるということですが、実際には約六十三万人余とも言われています。これらの人達は、極寒の地シベリアで強制労働を課され、病気、寒さ、栄養失調、過労などで約五万五千人(実際には約六万四千人余というデーターもある)もの人が死亡したと言われています。
 このような旧ソ連政府が行った強制抑留は、国際諸法規に違反したものでした。
 このように、旧ソ連政府によって国際法に違反して不当にシベリアに強制抑留された人達は帰国しても日本政府からシベリア抑留中の未払い賃金を支払ってもらえませんでした。
 そこでシベリア抑留者で組織する「全国抑留者補償協議会」の神林共栄氏らは、一九五六年の「日・ソ共同宣言」で日本政府が旧ソ連政府に対するいっさいの請求権を放棄したため、日本政府に対して、シベリア抑留期間中の強制労働の賃金未払い分を日本政府が支払うべきである、として裁判をおこしました。
 一審、二審、最高裁判所の判決は、日ソ共同宣言六項二文により我が国が放棄した請求権は、我が国自身の有していた請求権及び外交的保護権であり、日本国民が個人として有する請求権を放棄したものではない、などとしてシベリアに抑留された「全国抑留者補償協議会」の人達が、日本政府に対して旧ソ連政府に代わって補償を行うべきであるという要求を却下しました。
 また判決は、オーストラリア、ニュージランド、東南アジア地域、アメリカから帰還した日本人捕虜に対しては、抑留国が交付した現金預かり証等に基づいて、持ち帰り金の制限なしに、日本政府が労働賃金を交付した事実を認めています。
 一方、旧ソ連から帰国したシベリア抑留者には日本政府から抑留期間中の未払い労働賃金が支払われなかったことについて最高裁判所の判決は「連合国最高司令官総司令部は、…『戦時捕虜としての所得を示す証明書』を所持する者に限り、その貸方残高を日本政府が決裁することを許可する旨を指令し、占領下にあって連合国の占領政策を誠実に遵守すべき立場にあった日本政府は、右覚書を実施するために大蔵省告示を発し、右告示の定めるところに従って、抑留国が発行した個人計算カード等の『戦時捕虜としての所得を示す証明書』を示した者については、抑留国に代わって右証明書に記載された抑留期間中の労働賃金の支払いを行ってきた」と述べ、「所得を証明するような資料を所持していない者に対して抑留中の労働賃金を決裁することは、連合国最高司令官総司令部の覚書によって許されていなかったものといわざるを得ず、連合国による占領管理下に置かれ、連合国の占領政策に忠実に従うべき義務を負っていた日本政府が、右決裁の措置を講じなかったことをもって、上告人に対して差別的取扱いをしたものということはできず」として日本政府が連合国側の抑留者に対して抑留中の未払い賃金を支払ったのは、労働賃金の「未払い証明書」があったからだとする一方、シベリア抑留者には未払い賃金があることを証明する「所得を証明するような資料」がなかったからやむをえなかったとしています。しかし、最高裁判所判決は次のように重要な判断を示しでいます。「南方地域から帰還した日本人捕虜は、被上告人からその抑留期間中の労働賃金の支払いを受けることができたのに、シベリア抑留者は、過酷な条件の下で長期間にわたり抑留され、強制労働を課せられたにもかかわらず、その抑留期間中の労働賃金が支払われないままであることは、前記説示のとおりであり、上告人らがそのことにつき不平等な取扱いを受けていると感ずることは理由のないことではないし、また、国際法上、捕虜の抑留期間中の労働賃金の支払いを確保すべきことが求められていることは、陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約以来の捕虜の待遇に関する国際法の変遷や四九年ジュネーブ条約に関する討議の経過につき原審の確定するところから明らかである上、上告人らが捕虜たる身分を失った後であるとはいえ、抑留国から捕虜に支払うべき貸方残高について捕虜の所属国がこれを決裁する責任を負う旨を定めた四九年ジュネーブ条約を被上告人が批准したことをも考慮すると、シベリア抑留者の抑留期間中の労働賃金の支払いを可能とする立法措置が講じられていないことについて不満を抱く上告人らの心情も理解し得ないものではない」。
 シベリア抑留者は、旧ソ連から帰国する際、旧ソ連政府から未払い賃金があることを証明する「労働証明書」を発給されなかったため、帰国しても日本政府から未払い賃金を支給されませんでしたが、このことについて、最高裁判決は、占領下の日本政府は連合国最高司令部の命令に従って未払い賃金を支払ったもので、現在の日本政府が支払わなければならない義務はない、としています。けれども最高裁判決で重要なことは「シベリア抑留者に対し、その抑留期間中の労働賃金を支払うためには、右のような総合的政策判断の上に立った立法措置を講ずることを必要とする」と述べていることで、このことは、日本政府が立法措置をとれば未払い賃金の支払は可能であることを指摘しているものと言わなければなりません。
 最高裁判決は、「抑留期間中の労働賃金の支払いがされていないという事情については、立法府において一応の考慮をしてきた」としていますが、シベリア抑留者に対して政府がこれまでに行ってきた措置は、恩給を受給していない一八万人には書状、銀杯の支給か一〇万円の交付国債の支給、恩給を受給している一二万四千人には書状、銀杯の支給、遺族の一万五千人には書状、銀杯を支給したに過ぎません。
 このような措置は、一審判決の中で第二次大戦後に日本と同様シベリアに抑留された人に対して諸外国政府が行った補償措置と雲泥の差があります。
 そこで以下質問します。

一、一九九三年八月二七日の参議院本会議で、シベリア抑留者に対する補償問題に関し、当時の細川総理は「昭和六三年に特別基金等に関する法律を制定して慰労金の支給、慰労品の贈呈などを行ってきているところでございます。戦後強制抑留者の問題につきましては、今後とも同法に基づく慰籍事業を適切に推進をすることをもって関係者の御心情にこたえてまいりたい」と答弁しました。

1 最高裁判決は、シベリア抑留者の強制労働に対する未払い賃金を日本政府が支払わなかったのは連合国側の抑留者と異なり、「所得を証明するような資料を所持していない」こと、即ちシベリアに強制抑留された人達は「労働証明書」を所持していなかったため、と述べています。しかし、すでにロシア政府は「労働証明書」を発給している以上、シベリア抑留者に対して、日本政府が、当時の連合軍の捕虜になった人と同様の「労働賃金の未支払い」分を支払う措置をとることは当然のことと考えるがどうか。
2 最高裁判決は、長期抑留、強制労働で苦しんだ上告人らの心情に理解を示しつつ「抑留期間中の労働賃金を支払うためには、…立法措置を講ずることを必要とする」と述べています。
 政府はこれまでの見解を改めて、シベリアに強制抑留された人に対して、抑留期間中の労働賃金の未払い分を支払う立法措置を早急にとるべきと考えるがどうか。

二、諸外国では、旧ソ連政府によってシベリアに強制抑留された人に対する補償措置を手厚く行っています。このことは司法の場である一審判決の中で詳しく述べられています。
 政府は諸外国がシベリア抑留者に対してどのような補償措置をとっているのか、その概要を調査し明らかにしていただきたい。

三、シベリアにはいまだに強制抑留されて死亡した人の遺骨が沢山残されています。八月一五日付の毎日新聞の投書には「先月、四泊五日で、イルクーツク方面に慰霊墓参し、シベリア抑留四年間の思い出の地に行った。…私は一九四九年夏、帰国でき、健康に恵まれ、今回の墓参ができたことに感謝している。厚生省に一言申し上げる。お骨の収拾を早期に実現してほしい」との意見が掲載されています。厚生省の説明によれば、遺骨が残されている場所は五四三カ所で、四〇〇二五柱の名簿の遺骨が未収拾であるということです。政府の今年度の遺骨収拾予算は三億二千万円で、一九九二から一九九七年までに七六カ所の遺骨を収拾したということです。このような小額の予算では前述の投書の方の要望にはとても答えられるものとはならないことは明白です。政府は抑留死亡者の遺骨収拾のための予算を増額し、一刻も早く収拾を終えるべきではないか。

四、政府はシベリアに強制抑留された人、および抑留者の遺族のシベリアの墓参に対して便宜供与を行うべきではないか。

  右質問する。