質問主意書

第134回国会(臨時会)

質問主意書


質問第二号

従軍慰安婦の個人補償と資料公開に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成七年十一月十三日

吉川 春子   
西山 登紀子   
須藤 美也子   
阿部 幸代   


       参議院議長 斎藤 十朗 殿


   従軍慰安婦の個人補償と資料公開に関する質問主意書

 吉川春子議員は従軍慰安婦問題に関する質疑を九二年四月一日予算委員会で行い、更に質問主意書を一九九二年十一月六日、九四年十二月八日に提出して政府の見解をただしてきた。この間政府は内外の世論やNGOの追及で従軍慰安婦問題に対する日本政府の関与や一部強制連行があったことなどようやく認めるに至った。しかし政府は侵略戦争責任を曖昧にし、個人補償、実態解明のための調査について依然消極姿勢に終始し国連や国際的なNGOからも強く批判されている。政府は今年六月「女性のためのアジア友好平和基金」事業構想を発表し、つづいて八月十五日各紙に広告を出し民間の著名な十九人の呼びかけ人が「女性のためのアジア平和国民基金」にたいし日本人の償いの気持ちを示すよう拠金を呼びかけ、村山総理も「ごあいさつ」で国民ひとりひとりに拠金を呼びかけた。そして年内に元「慰安婦」の方々に一時金を支払うという。この、国庫からは一円も支出されない慰安婦への個人補償は多くの批判を呼び起こしている。
 これらの点について以下具体的に質問する。

一 世界女性会議の「行動綱領」と日本政府の責任

 今年八月から九月にかけて国連第四回世界女性会議が開かれ、戦争や紛争下における女性への暴力が重要なテーマとなった。この会議で日本政府も合意し採択された「行動綱領」では、各国政府のとるべき行為について「戦争中に女性に対して犯されたあらゆる暴力行為、特に従軍慰安婦を意味する「組織的レイプ」及び「性奴隷化」にたいして「充分な調査に着手し、女性に対する戦争犯罪に責任のあるすべての犯罪者を訴追すると共に、被害女性に対して完全な補償を提供すること」とされている。
またNGOフォーラムにおいても女性への暴力に関して数え切れないほどのワークショップやパネル展示が行われた。日本軍「従軍慰安婦」をテーマにした「戦時下における女性に対する暴力に関する国際シンポジウム」が一千人を集め行われたほか、あわせて十六のワークショップ(日弁連新聞十一月一日二六二号)や数え切れないデモが行われた。

1 世界女性会議では「行動綱領」具体化のため政府のコミットメントが重要とされた。従軍慰安婦問題に関し「行動綱領」をどのように受けとめたのか政府の見解を問う。
2 左記に指摘したようにNGOフォーラムでも沢山のワークショップが開かれ、吉川議員の参加したいくつかのワークショップでも諸外国の人々からも日本政府の責任が厳しく追及された。にもかかわらず、帰国後の世界女性会議の報告会で政府代表が「従軍慰安婦についてはどの国も言及しなかった」等と述べているが、これは不正確であり不誠実な態度である。NGOフォーラムでの声は世界女性会議と関係がないとでも考えているのか。
3 行動綱領の中の「性奴隷化」とは従軍慰安婦問題を指している。しかもこのパラグラフについては事前に各国政府が合意していた。これを「『行動綱領』は現在と将来の問題について述べているのであって過去の問題には触れていない」などとすることは、政府が自らの責任を逃れるための牽強附会の解釈である。「従軍慰安婦」であった方々は強い精神的肉体的打撃を受けたまま五十数年間打ち捨てられていた。彼女達は結婚も出来ず、今日では高齢で家族もなく健康もすぐれず病気、貧困に苦しんでいる。これはまさに今日的問題ではないのか。見解を問う。

二 「女性のためのアジア平和国民基金」による一時金支払について

 旧日本軍による「従軍慰安婦問題」は、人道に対する許し難い罪である。戦争犯罪及び人道に対する罪に対する時効不適用条約により人道に対する罪には時効がない。また国際人権規約では人権尊重は国の国際法上の責務とされ、国家とは別に個人が国連に告発する道も開かれている。国家間で協定が締結されている事を理由に人道上の犯罪の補償を回避する事は出来ない。国連が日本に旧日本軍「慰安婦」問題調査団を正式に派遣してきた事を見ても、今日解決を迫られている問題である事は明らかである。
 にもかかわらず政府はいまだに元「従軍慰安婦」達の強い要求を無視し、サンフランシスコ条約、日韓協定、日比協定等によって決着済みとの態度に固執し、見舞金支払のための「女性のためのアジア平和国民基金」いわゆる民間基金を発足させた。この、国庫からは一円も支出しない一時金構想に対して、元「従軍慰安婦」や支援団体から強い反対の声が起きている。例えばハルモニ達を支える会は「日本が負うべき戦争責任の責務を民間の善意にすりかえ、国家の責任を不問にせんとする巧妙なからくりは、被害者たちの名誉と尊厳を再び踏みにじるもの」として白紙撤回を要求(一九九四年十二月十一日)している。また九月十三日、「従軍慰安婦」被害者の会は「年老いて時間がない被害者救済のために何もしないより一歩前進だ」という考えを厳しく批判し、日本国家の公式謝罪と個人補償を回避するための「国民の償い」即ち「女性のためのアジア平和国民基金」事業をただちに止める事と日本政府が「人道に反する罪」である「戦争犯罪の国家責任」を国会決議で認め謝罪し、国際法にのっとって全ての被害者に補償すること」を求めている。更に九月十二日、「韓国挺身隊問題協議会」「元日本軍慰安婦韓国人生存者」「韓国女性団体連合」等は「日本政府は過去韓国と友好的な立場にあって私たちと連帯し運動してきた民間人たちを動員して・・民間募金を受け入れるよう説得し懐柔している。日本政府は民間募金による見舞金計画を、即刻中止し国際法による賠償の実施」と、慰安婦認定など民間募金調査団の韓国派遣の中止を求めている。フィリッピンや在日朝鮮人慰安婦問題に取り組む「戦後補償実現キャンペーン95」も「ごまかしの『女性のためのアジア平和国民基金』撤回」を求めている。このように肝心の当事者が政府のこの構想を厳しく批判し、白紙撤回や停止を求めあるいは受取を拒否している。
 政府は支払対象人数を八百人から一千人と考えているとの事だが、フィリッピンだけで六千人もの元「従軍慰安婦」が名のりを上げているとも伝えられている。旧日本軍「慰安婦」の数は数万人から二十万人と言われている。また、十月の段階で「民間基金」は「六千万円しか集まっていない」(外務省)とすれば政府の計画は破綻に近いのではないか。
 日本政府が侵略戦争を引き起こした結果、どれだけ多くの「従軍慰安婦」を生み出したのか徹底的に調査し、犠牲となった方々に政府が心から謝罪し、個人補償を行う事を要求する。
 これらの問題について以下具体的に質問する。

1 旧日本軍の「従軍慰安婦」は何人だったのか、また「慰安所」の数は、政府の直接経営、民間に行わせたもの各々何ケ所であったのか明らかにされたい。
2 「女性のためのアジア平和国民基金」いわゆる「民間基金」に対する当事者からの強い反対の声を政府はどう受けとめているのか。
3 政府は今年中に一時金の支払を行いたいとしているが、それは可能か。現在までに基金はいくら集まっているのか。その対象数を何人と予想しているか、また一時金は台湾の元日本人兵士に対する補償を念頭におくとしているが、一人当たり金額はいくらを予定しているのか。
4 一時金を払う条件として訴訟を取りやめる事、運動の矛を収める事などを働きかけている、または条件とし日本政府への個人補償を求める運動の切り崩しを図っている、との批判がある。政府は一時金支払のための調査団を韓国等に送っていると聞くが、一時金支払に向けてその他どんな調査を行っているのか明らかにされたい。
5 百パーセント民間の募金で一時金の支払を行うことは、政府が認めている道義的責任でさえ回避する事になると思われるが政府の見解を問う。
6 昨年十二月の吉川議員の質問主意書の答弁で政府は「サンフランシスコ平和条約、二国間の平和条約及びその他の関連する条約等に従って対応してきた。決着済みである。だから政府として個人補償を行う事は考えていない」としている。それでは具体的に聞くが、どんな条約ないし取り極めのどの条項を根拠に「決着済み」と言うのか、以下の国・地域別に明らかにされたい。
a 大韓民国 b 朝鮮民主主義人民共和国 c 中華人民共和国 d フィリッピン e マレーシア f シンガポール g インドネシア h オーストラリア i 香港 j 台湾 k オランダ
7 決着が着いていない国・地域については今後どうするのか。
8 政府は「国家が請求権を放棄した場合国家として個人を支援できない。しかし個人の損害賠償請求権は消滅しない」事を国会答弁でたびたび認めている。個人の請求権を国家(この場合は「従軍慰安婦」の母国)が代わって放棄できない事は当然だ。個人がまさに補償の要求をしてきているのに何故応じないのか。
9 政府はこの問題について「決着済み」とした後に、「一部強制があった」事を認めた。彼女達は犯罪行為の被害者である。日本はその当時すでに批准していた、醜業おこなわしむる為の婦女売買禁止に関する条約にもとづく犯人処罰の責任を負っている。日本が締約国としての責任を果たさない場合は損害賠償責任が生じるのではないのか。
10 前回の質問主意書で指摘したが、法的責任及び補償責任についてオランダのハーグにある常設仲裁裁判所の判断を求める事を政府は何故拒否したのか。

三 政府資料の公開について

1 この問題について政府は徹底した真相究明の責任をどう果たそうとしているのか。
2 前回の質問でも指摘したように、「従軍慰安婦」の渡航、強制連行等に警察が関与していた事は明らかである。にもかかわらず警察関係の資料が皆無というは事は絶対に納得できない。警察関係の他にも例えば「従軍慰安婦」の名簿など資料はまだ政府がたくさん保存しているものと思われる。内閣として従軍慰安婦問題に関する資料をまじめに探し調査する事を要求する。各省に依頼したから後は各省まかせにするのではなく内閣の総力を上げて調べ、公開せよ。
3 警察関係の資料は前回の吉川議員の質問に対し「誠実に調査したが該当する資料はなかった」とだけ答弁した。どのように調べたかも記さず全く不誠実な答弁である。報道によると、自治省がビル建て直しのため民間ビルに引っ越しをするに当たり膨大な旧内務省関係資料がある事が判明した(九四年十一月六日)。積み上げると一万五千メートルもあるというこの資料の中には警察関係、台湾総督府、朝鮮総督府関係の貴重な資料もあると思われる。この資料を早急に調査して戦争中のものをはじめきちんと整理し公表するべきと考えるが政府の見解を問う。
4 防衛庁防衛研究所図書館所蔵の業務日誌、従軍日誌類を公開しないのは何故か。これらを整理、調査しプライバシー保護上やむを得ないものの他は早急に公開すべきと考えるが政府の見解を問う。
5 従軍慰安婦問題解決のためにも資料の整理、公開は緊急を要する。担当者をしかるべく配置して作業を行う考えはあるか見解を問う。

  右質問する。