質問主意書

第131回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一三号

元従軍慰安婦への個人補償等に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成六年十二月八日

吉川 春子   


       参議院議長 原 文兵衛 殿


   元従軍慰安婦への個人補償等に関する質問主意書

 私は千九百九十二年十一月六日に「従軍慰安婦に関する質問主意書」を提出し、日本政府の責任及び強制連行等について質した。政府はその後、不十分ながら従軍慰安婦について自らの関与を認め、また強制連行の事実も認めた。ところが、政府は元従軍慰安婦たちの必死の要求にもかかわらず、謝罪にも、個人補償にも日韓協定及び日比協定等で決着済みとして応じようとしない。
 しかし、千九百六十八年に国連で採択された、戦争犯罪及び人道に対する罪に対する時効不適用条約により、人道に対する罪には時効がないことが、国際法上一般に認められているところである。
 また千九百六十六年の国際人権規約では、人権尊重が国の国際法上の義務とされ、国家とは別に個人が人権侵害に対して国連に告発する道も開かれている。すでに国家間で協定が締結されていることを理由に、人道上の犯罪の賠償を回避することができないことは明白である。現に、国連人権委員会ではこの問題が討議されている。
 政府は従軍慰安婦問題を隠し続け、四年前にも国会で政府の関与を否定した。ところが今回、世論の高まりのなかでようやく政府による強制連行を認めたという事実経過をみれば、日韓協定締結時にはこの問題が賠償の対象とされていなかったことは明白であり、したがって同協定で解決済みなどとは到底言えないことも明らかである。
 政府は、国家責任による個人への謝罪と補償を行うべきである。そうしないで、ただ民間の基金ですませようとする村山内閣の態度は断じて許されない。
 日本政府のこのような態度に対して、元従軍慰安婦やその支援グループのNGOから日本国の法的責任及び賠償義務があることをオランダのハーグにある常設仲裁裁判所の判断に求める運動も行われている。
 政府は、戦後五十年を目前にしてわが国の侵略戦争と戦争責任への反省を明確にすべきであり、このような忌まわしい行為を二度と再び繰り返さない決意の表明として元従軍慰安婦への謝罪と個人補償を行うべきである。
 この立場から以下質問する。

一、政府の関与について

 昨年八月四日付け内閣官房長官談話は、「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれにあたったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人達の意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したことがあったことが明らかになった」と述べている。

1 「旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」ことを政府が認めたことによって、政府は自らの責任を明確にしたのではないか。
2 従軍慰安所に関する政策及び実際の運営について、軍のみならず政府機関も関与していたのではないか。政府が外務省関係文書として報告した、千九百三十九年十二月二十三日付け外務大臣から在漢口総領事あて「漢口陸軍天野部隊慰安所婦女渡支の件」及び同十二月二十七日付け在漢口総領事発外務大臣宛返電はそのことを示している。すなわち返電では「招致婦女子の稼業については当館の監督下において就業させてほしい旨申し出があるので、来漢の上は当館に出頭することを引率者に伝達しておいてほしい」というのがそれである。軍ばかりでなく外務省の関与についても事実関係を明らかにせよ。
3 満州事変直後日本陸軍の兵士による「掠奪、強姦、放火、俘虜惨殺等・・・幾多ノ犯行ヲ生シ為ニ内外ノ嫌悪反感ヲ招来シ」たために、「軍紀振作上主トシテ軍隊ニ於テ著意スヘキ事項」として陸軍省より出された「支那事変ノ経験ヨリ観タル軍紀振作対策」(「陸密一九五五号・教育指導参考資料送付の件関係陸軍部隊へ通牒」)が、政府により明らかにされている。このなかで「事変地ニ於テハ特ニ環境ヲ整理シ慰安施設ニ関シ周到ナル考慮ヲ払ヒ殺伐ナル感情及劣情ヲ緩和抑制スルコトニ留意スルヲ要ス」として「特ニ性的慰安所ヨリ受クル兵ノ精神的影響ハ最モ率直深刻ニシテ之カ指導監督ノ適否ハ志気ノ振興、軍紀ノ維持、犯罪及性病ノ予防等ニ影響スル所大ナルヲ思ハサルヘカラス」とされている。この文書からも従軍慰安婦政策は、侵略戦争を遂行するために必要な士気の向上、軍紀維持の目的で行われたもので、国際法にも違反した人権蹂躙の行為ではないか。

二、個人補償について

 今年八月三十一日付け内閣総理大臣の談話によると、今後十年間で一千億円相当の予算をつぎ込む「平和友好交流計画」を発足させて歴史研究支援事業、知的交流、青少年交流事業を行い加えて従軍慰安婦問題では幅広い国民参加の道を探るとして「民間募金による見舞金構想」が伝えられている。
 しかし、こうした政府の対応には国際的にも大きな批判がある。たとえば、人権NGO国際友和会(IFOR・本部オランダ)は日本政府に対して「『従軍慰安婦』を代表する諸団体がなしている要求を誠実に受けとめ、国際法上の義務にしたがって、その要求に答えるべく直ちに必要な措置をとること・・・すべての『従軍慰安婦』に対して、過去の不処罰を理由とする十分な賠償を支払うこと」を勧告している。また、国際法律家委員会(ICJ)は、「日本帝国陸海軍は・・・日本帝国陸海軍の『享楽』と専用のために、広範な慰安施設網の設立の音頭をとった・・・日本は今、完全に責任をとり、被害者とその家族に適切な原状回復を行うべきである・・・千九百五十五年の日韓協定も、千九百五十六年の日比賠償協定も日本に対する女性達の請求を妨害するものではない・・・長年無視されてきた年月を考慮すれば、四万米ドルの、直ちに支払われるべき暫定補償金の支払いは、十分に正当な理由あること」と勧告しているのである。

1 公表されている資料からでさえ政府の行為によって引き起こされた、したがって国に責任があることが明らかな元従軍慰安婦への補償は、国の責任において行われるのが当然である。それを、民間募金による見舞金にすり替えるなどは、断じて許されることではないし、国民の「善意」に肩代わりさせることも決して認められるものではない。従軍慰安婦問題の真の解決を図ろうとすれば、国民に拠出させるのではなく国の責任を明らかにし、政府が補償すべきではないか。
2 それとも村山内閣は侵略戦争と元従軍慰安婦の強制連行について国民にも責任があるとでも考えているのか。

三 わが国の条約締約国としての責任

1 政府公表の「渡支那人取締状況」の「支那渡航婦女の取扱に関する件」(千九百三十八年二月二十三日、内務省警保局長発、各庁府県長官宛文)には、「婦女の募集周旋等の取締に適正を欠くと・・・婦女売買国際条約の趣旨にも反するので・・・醜業を目的とする婦女に身分証明書を発給するときは・・・婦女売買または略取誘拐等の事実がないように特に留意する事」等の文言がある。当時、日本政府は従軍慰安婦の強制連行などの行為が醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買禁止ニ関スル国際条約、強制労働ニ関スル条約(ILO第二十九号)等に抵触するおそれがあることを知っていたことは明らかである。婦女強制連行はこうした条約に抵触する行為であることを承知の上で、侵略戦争遂行のための軍紀維持・振作と称して国際条約違反をあえて行ったことを認めるか。
2 醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買禁止ニ関スル国際条約の第一条は、売春目的で未成年女子(二十一歳未満)を誘拐し誘引しまたは拐去した者は処罰されること、第二条は、詐欺により、または暴行脅迫権力乱用、その他一切の強制手段をもって成年の婦女を勧誘し誘引し拐去した者も処罰されること、第三条ではこれらの犯罪を犯した者を処罰する措置をとる責任を締約国に課している。
 日本政府はこの条約の締約国として負っている「犯罪者を処罰する責務」を果たすために捜査、公訴提起等を行った事実がない。それはなぜか。国自身が違法であることを承知の上で行った行為であるからではないか。これは、政府の著しい条約上の義務の懈怠と言うべきであり、政府の責任を今こそ果たすべきではないか。
3 千九百九十三年、政府が公表した「バタビア臨時軍法会議の記録」中「ジャワ島セラマン所在の慰安所関係の事件」で、オランダ人女性を強制的に慰安婦として使う計画を知りつつ慰安所を開設し、かつ強制売春を黙認した日本人元陸軍少佐が死刑の判決を受けたのを始め、元軍人及び民間人九名が二十年から七年の有期刑の判決を受けている(千九百四十八年)。日本政府が後の平和条約でこの判決を受け入れていることをみれば、日本政府自身、当時こういう行為について処罰は当然と考えていたことは明らかである。
 しかし、オランダ人よりはるかに大規模に行われた朝鮮人等の従軍慰安婦について立案、実行した者の罪については全く不問に付されている。これは連合国が処罰した者は認めるが、日本政府自らはこれらの罪について不問に付すということで、あまりに公平さに欠け、かつ正義の実現という法の目的からしてゆゆしいことと言わなくてはならない。いかなる理由によるのか明らかにされたい。

四 慰安婦連行の態様について

 内閣総理大臣は今年八月三十一日付けの談話で、いわゆる従軍慰安婦問題について「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思います。わが国としては、このような問題も含め、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の増進に努める」とのべている。「過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」ためには、事実関係を明確にしなければならないと思う。

1 前記官房長官談話は、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島はわが国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」と述べている。
 強制的な状況のもとで痛ましいものであったこと、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して募集、移送、管理が行われたことを認めていることは極めて重大である。
 私が、元従軍慰安婦の方々から直接聞いた話も「十六、七歳で慰安婦にさせられた」、「一日に数十人の兵士の相手をさせられた」、「言うことを聞かないと顔を殴られ歯のほとんどを失った」、「人並みに結婚して子どもを産みたかった。自分の青春を返してほしい」など、生々しくも痛々しいものであった。政府は十二人の元「従軍慰安婦」から事情を聞いたというが同様の事実をつかんでいるのか。
2 従軍慰安所設置の目的ばかりでなく、慰安婦連行の態様の面からも違法の内容が明らかになっている。にもかかわらず、政府が国の責任を明確にしないのは極めて問題と言わなければならない。責任を明らかにすべきだと思うがどうか。
3 千九百九十二年七月六日公表された各省庁から発見された資料の中に警察庁保存分はない、という報告である。これは全く納得できない。
 政府発表の資料「経済統制にともなう警察事務に従事する者の増員説明」において「台北州知事より各郡守警察署長宛文書」、「未婚女子の徴用は必至にして中にはこれらを慰安婦となすがごとき・・・流言云々」、「警察力をもって指導取締を強化云々」など警察の関与が認められる。さらに従軍慰安婦の強制連行に警察は重要な役割を果たしていることを示す報告すらある。
 にもかかわらず各省庁より警察に宛てた文書、また警察自身の作成文書など従軍慰安婦の関係資料が一切ないということは容認できない。なぜ、一切ないのか。それは、国際法に違反する犯罪行為に警察が関与していたことを隠すために組織的に消却したのか、それとも、公文書の保管が杜撰であったのか、明確にされたい。
4 内閣総理大臣談話でいう「過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝える」ために、現存する一切の資料及び今後収集されるであろうあらゆる証言を政府の責任でともに展示・保存すべきだと考えるがどうか。

  右質問する。