質問主意書

第125回国会(臨時会)

答弁書


第百二十五回国会答弁書第九号

内閣参質一二五第九号

  平成五年一月二十二日

内閣総理大臣 宮澤 喜一   


       参議院議長 原 文兵衛 殿

参議院議員穐山篤君提出国際人権B規約及び陪審制に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。


   参議院議員穐山篤君提出国際人権B規約及び陪審制に関する質問に対する答弁書

一について

 御指摘の「無罪の推定」については、我が国の憲法、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)等の現行法令上明文の規定は存しないが、刑事裁判の基本原理とされている。

二について

 法務省及び外務省において、御指摘の無罪推定の原則を含む世界人権宣言及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五十四年条約第七号)の普及のため、世界人権宣言パネル巡回展の実施、関係資料の作成配布等の各種広報・啓発活動を行っている。

三及び四について

 陪審制度は、国民を司法運営に参加させる制度として一定の意義を有するものであると考えている。しかしながら、陪審制度の予定する人的・物的前提条件(集中審理に要する人的負担及び裁判所の施設構造・陪審員宿舎等の物的設備)が満たされるか、犯罪報道等による陪審員に対する影響を排除できるか、陪審制度を導入する場合には事実審を一審限りとせざるを得ないと思われるが、三審制度などの現行司法制度とどのように調和させるかなどの検討すべき諸問題があり、陪審制度に対する国民世論の動向をも考慮する要があるので、今直ちに同制度の復活をすべき状況にあるとは考えていない。
 この問題をめぐっては、基礎的な研究を行う必要があるとの考えから、陪審制度や参審制度を実施している諸外国の刑事司法に関し、文献調査等の資料収集をする一方、欧米における陪審及び参審制度の在り方について検事を派遣するなどして実情調査を行っており、今後とも慎重に研究・検討を続けてまいりたい。

五について

 陪審については、種々の形態のものがあり、審理陪審のほか起訴陪審を設けるか否か、陪審に付する事件の範囲をどうするか、被告人に陪審による裁判を受ける権利の放棄を認めるか否か、評決に当たって陪審員の全員一致を要するか過半数で足りるか等について相違があり、このような制度の相違を捨象して、職業裁判官による裁判と陪審による裁判のそれぞれの長所・短所について、一概に答えることはできない。

六について

 我が国の刑事訴訟においては、自白のみで被告人を有罪にすることは許されない上、供述調書を証拠とすることに被告人が同意しなければ、原則として供述調書が採用されることなく、公判において証人尋問が行われる仕組みになっていることに加え、捜査・公判の実務においても裏付証拠等客観的証拠の確保が重視されていることに照らせば、御指摘のような批判は当を得ていないと考える。

七について

 被疑者に対しては、あらかじめ自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げ、強制、誘導など不当な方法を用いることなく取調べを行うこととして、任意の供述が得られるように努めている。このようにして得られた供述は、調書に録取し、これを被疑者に閲覧させ又は読み聞かせて誤りがないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立てをしたときは、その供述を調書に記載し、誤りのないことを申し立てたときは、調書に署名押印することを求めるなど、法令に定められた手続を履行している。以上の手続は、供述の任意性を確保するために履行するものであると理解している。

八について

 どのような取調べが許され、逆にどのような取調べが許されないのかについて、具体的な判断基準を示すのは困難であるが、一般的に言えば、およそ捜査に従事する者は、法令を遵守し、適正かつ迅速な取調べを行うことを執務の基本とすべきであると考えている。

九について

 自白の任意性を否定した主な判例としては、不当に長い抑留又は拘禁後の自白に当たるとした最高裁昭和二十三年七月十九日判決(最高裁判所刑事判例集第二巻第八号九百四十四頁)、最高裁昭和二十七年五月十四日判決(同第六巻第五号七百六十九頁)等や、その他偽計を用いたことなどから任意性に疑いのある自白に当たるとした最高裁昭和四十一年七月一日判決(同第二十巻第六号五百三十七頁)、最高裁昭和四十五年十一月二十五日判決(同第二十四巻第十二号千六百七十頁)等がある。

十について

 我が国の刑事訴訟においては、被告人が自白調書の任意性を争う場合、その調書を直ちに取り調べることはできず、裁判所は、任意性の有無に関し、当事者に十分な主張・立証をさせるなどした上、公平な立場から適正な判断を行い、任意性があるとして証拠能力が認められたときに限り、証拠として採用し取調べをすることとなっている。