質問主意書

第118回国会(特別会)

質問主意書


質問第五号

消防職員の団結権に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二年六月十五日

諫山 博   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   消防職員の団結権に関する質問主意書

 すべての公務員に団結権を保障することは、憲法の当然の要求である。日本共産党は、警察官、海上保安庁職員、刑務所職員、消防職員などを含め、すべての公務員に団結権を保障することを要求している。中でも消防職員の団結権の問題は国会でしばしば論議され、その都度政府はその検討を約束してきた。ILOも毎年のように、日本政府に消防職員の団結権を保障するように勧告してきた。一部の消防職員の間から団結権の保障を求める強い動きも出ている。消防職員の団結権問題は、国内的にも国際的にも、緊急に解決を迫られている課題になっている。
 地方公務員法第五十二条第五項は、消防職員が職員団体を結成したり、これに加入したりすることを禁止している。消防職員から団結権を奪っている理由として、政府は、「高度の規律と統制を保持し、あらゆる状況に応じていつでも迅速果敢な部隊活動をとることができるような常時即応の体制を維持しておくことが不可欠」(一九八八年五月一三日、衆議院地方行政委員会、梶山自治大臣)、消防職員に団結権を保障すると、「当局と職員の間、あるいは職員相互の間に対立的な意識が生じて、常時即応の体制に緩みが生ずるばかりではなく、ひいては消防活動の遅延等によって国民の生命、財産等が脅かされる」(一九八九年三月二九日、参議院地方行政委員会、芦尾長司自治省行政局公務員部長)と説明している。
 しかし、消防職員に団結権を保障したら上司の指揮命令に従わなくなるとか、火災が起きても迅速に出動しなくなるおそれがあるなどというのは、前近代的な労働者蔑視の思想にとらわれた謬論である。団結権の保障と職場の秩序・規律の維持、消防活動の誠実・迅速な遂行とは、何の関係もないことである。
 よって、以下三点について質問する。

一 ILO第八十七号条約(結社の自由及び団結権の擁護に関する条約)は、「軍隊及び警察官」以外の労働者には団結権を保障すべきものとしており、我が国は一九六五年にこの条約を批准している。しかるに日本政府は、消防職員の職務は警察官と同一若しくは類似のものであるから団結権を保障しなくてもILO第八十七号条約には抵触しないと主張している。
 日本政府のこのような主張は、ILOでは妥当なものとは認識されていない。ILO条約勧告適用専門家委員(元最高裁長官)であった横田喜三郎氏は、一九七三年のILO専門家委員会に出席したときの論議の内容を、「(ILOは)消防職員の職務は、団結権を除外してもいいという性質のものとは考えない」、「はっきりと消防職員については、団結権を認めるべきであるという結論を出しているわけであります」と語っている(横田「ILO条約適用専門家会議に出席して」一九七三年、『世界の労働』)。
 その後も、ILOはしばしば同様の見解を表明してきた。例えば一九八七年、ILO総会条約勧告適用委員会報告書は、消防職員は「軍隊あるいは警察の一部を構成するものとは認められない」、「日本では消防は明確にかつ組織上、警察と分離している」とし、一九八八年六月に、消防職員は「独自の特色を有しているが警察又は軍隊の構成員ではない」とした上で、「政府が消防職員についても団結権が認められるような適当な措置をとることを希望する」という勧告を出した。一九八九年六月、ILO総会条約勧告適用委員会は、「討議が近く条約に沿ってこれら労働者の団結権を認めることに至るよう、強い希望を表明した」旨の意見を出している。これがILOとしての最新の意見表明となっている。
 ILOが警察官の団結権を積極的に保障する立場に立たず、消防職員の職務は警察官と同一のものとは認め難いという観点のみから日本政府を批判していることに、私は基本的に賛成できない。しかし、ILO第八十七号条約を批准している日本政府が、消防は警察と同一若しくは類似のものであるという詭弁によって消防職員の団結権をあくまで認めまいとしていることは、容認できるものではない。このような政府の言い方は、我が国において消防と警察が分離された歴史的な経過や消防の目的、任務からみて誤りであり、法律制度を無視した主張である。
 我が国では、戦前、消防は警察が所掌していたが、戦後間もないころ、消防は警察からはっきりと切り離された。消防と警察を分離する出発点となった、一九四六年一二月二三日の警察制度審議会の答申は「消防は警察と分離し、市町村に担当させること」としている。一九四八年に消防組織法案が国会に提出されたときの政府の提案理由説明は、「従来内務大臣の指揮監督の下に警察権の範囲に属していた消防を、徹底した民主化及び地方分権の趣旨に従い全部市町村の責任に移したのであります」となっている。こうして、消防は法的にも制度的にも、警察と完全に分離され、新しい自治体消防制度が発足した。
 このようにして再出発した戦後の消防は、当然のこととして、その任務も仕事も警察と明確に区別されている。警察の任務は警察法第二条第一項によれば、「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持に当ること」とされている。一方、消防の任務は、「国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害に関わる被害を軽減すること」(消防組織法第一条)にある。消防職員の職務と警察官の職務は完全に区別され、いささかの同一性も類似性もないのである。
 横田喜三郎氏はILOにおける日本政府の主張を、「(消防が)国民の生命、身体、財産の危険を排除し、公の秩序と平和を維持する」任務を有することを挙げていたと紹介している。日本政府のこのような主張は、ILOでは受け入れられていない。ILOが警察官の団結権を特別視する理由は、「法の防御」、つまり「法律違反の防止」ということにあった。この点についてILOは次のような見解を示している。「消防の場合には法の違反という問題は起こらず、その違反を防止するという意味で、公の秩序ということはありません」、「もちろん、火事や地震の場合に、一種のパニックを生じますが、それは違法行為から起こるパニックではありません。警察は、違法行為、犯罪行為を防止し、その犯罪行為から起こるパニックを防止して、公の秩序を維持するものですが、消防の場合は、いわば自然現象から秩序が乱れるのを防止するものであります。公の秩序を維持するといっても、そこに、警察と消防との重要な違いがあるわけであります」(横田・前掲)。
 以上で明らかなように、法律上の制度といい、職務の性質、内容といい、消防職員と警察官の間には、何の同一性も類似性もない。政府がILOにおいて消防職員の職務が警察官と同一、若しくは類似のものと主張しているのは、単に誤りというだけでなく、戦後の民主化措置によって警察から分離された消防職員に、戦前のような治安維持的任務を分担させようとする、反動的で、危険な言い分と言わなければならない。
 梶山自治大臣は一九八八年五月一三日の衆議院地方行政委員会で、「公務員問題連絡会議で検討が進められるところであるが、消防職員の団結権の問題は………今後とも長期的視野に立って慎重に検討していただきたいと思う」と答弁し、坂野自治大臣は一九八九年三月二九日の参議院地方行政委員会で、「各省間の意見もあるようであるが、一つの解決しなきゃならない問題として認識している」と答弁している。政府が消防職員に団結権を保障する立場で速やかに結論を出すことは、国際的な責務であるとともに、国民に対する政治的な公約になっていると言わなければならない。
 ILOは消防職員と警察官の職務の違いを判断する基準として、「法の防御」「法律違反の防止」を任務としているかどうかを挙げているが、警察法第二条第一項が警察官の基本的責務として「犯罪の予防、鎮圧」を挙げているのに、消防法、消防組織法が消防職員にこのような任務を与えていないことをみても、ILOの指摘は正当である。政府が今なお消防職員の職務を警察と同一視すべきものというのであれば、消防職員は「法の防御」「法律違反の防止」を任務としていないという批判に対して、どのように答えるのか、明らかにされたい。

二 世界のほとんどすべての国は消防職員に団結権を保障しており、それによって何の支障も生じていない。横田喜三郎氏によれば、一九七三年当時、消防職員に団結権を認めていない国は、日本のほかにキプロス、ナイジェリア、スーダンだけであったという。その後の政府の国会答弁によれば、消防職員の団結を禁止しているのは、ガボンとスーダンと日本だけとなっている(一九八八年五月一三日、衆議院地方行政委員会)。このような状態が続いていることを、横田喜三郎氏は、「日本にとってあまり名誉なことではないと思います」と述べている。民主国家を自称する日本として、現在の状態は名誉でないどころか、国際的な醜態と言わなければならない。
 はじめに述べたように、私は警察官にも団結権が保障さるべきものと考えている。横田氏の前掲報告も、「ヨーロッパの先進国は、たいてい、(警察官にも)団結権を認めています」としている。団結権の保障は警察官の職務遂行と矛盾するものではないし、警察官の生活と権利を守るためにも、警察を民主化するためにも、警察官に団結権を保障することは必要だからである。しかし、これは本質問主意書の主題ではない。ただ、消防職員の職務は警察官と同一視すべきものであるから、消防職員には団結権を保障する必要がないという政府の言い分は、許しがたい詭弁であるし、国際的にも通用しないものである。日本政府のこのような態度は、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」と宣言した憲法前文の立場からみても、放置できないことである。地方公務員法第五十二条第五項を削除し、消防職員に速やかに団結権を保障すべきだと考えるが、政府の見解を明らかにされたい。団結権を保障しないというのであれば、その理論的根拠を示されたい。

三 政府はILOにおいても国会においても、しばしばこの問題の検討を約束してきたが、いつ頃までに結論を出す予定であるのか、明示されたい。

  右質問する。