質問主意書

第114回国会(常会)

質問主意書


質問第六号

消費税法実施に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成元年三月二十二日

猪熊 重二   


       参議院議長 土屋 義彦 殿


   消費税法実施に関する質問主意書

 政府は、現在、消費税法の本年四月一日実施を目指して、事業者に対する右税制の周知徹底を図るとの名目の下に、消費税法を独自に解釈したうえで、種々の行政指導を行っている。
 しかし、消費税法は、その運用の如何によっては、以下述べるとおり、憲法第十四条(法の下の平等)、第二十九条(財産権の保障)、第三十条(納税の義務)及び第八十四条(租税法律主義)の各条項に違反するおそれが多い。
 右のような観点に立って、以下五点にわたり、政府に質問する。

第一点 消費税の転嫁について

一 問題の所在

 間接税については、講学上「租税負担の転嫁が行われ、法律上の納税義務者と租税の実質上の負担者とが一致しないことを立法者が予定している租税」といわれている。
 今般の消費税も、間接税として、右のような「転嫁」が行われることが当然に予想されていると言える。
 しかし、法は、先ず第一義的に、法として存在する形式すなわち公布された法律の条文の形態において、その規範内容が解釈確定されなければならない。
 右の講学上の間接税の定義が直ちに法の解釈を規律するものではないし、また立法意思と言えども、法の客観的存在形式を超越して、法の解釈基準となるものでもない。
 このような観点から、消費税法及び税制改革法を検討した場合、「転嫁」の法律的必然性、換言すれば事業者から消費者への租税負担の転嫁が法律上の義務として関係者に課されているという事態は、認められないと考えられる。
 何故なら、(イ)消費税法の条文には、右の転嫁に関する直接的規定は存在しない。同法附則第三十条の存在は、事業者に対する転嫁の法的義務の有無とは関係のないところである。それ故、同法から、転嫁の必然性を法的に導き出すことはできない。(ロ)税制改革法には転嫁に関する条項が存在する(第十一条)。しかし、「事業者は、消費税を円滑かつ適正に転嫁するものとする」との規定は、転嫁が事業者にとって取引の一般的常態であることを宣言したにすぎず、転嫁を事業者の法的義務としたものとは考えられないし、また、「国は消費税の転嫁に寄与する」ために必要な施策を講ずることが規定されているが、この規定も、国の努力義務を規定しているだけであって、やはり、事業者の法的転嫁義務を規定しているものではない。
 要するに、消費税法の規定の下において、事業者は、消費税を消費者に転嫁するか、それとも納税義務者として自己の経済活動の枠内において消費税を自己の負担とするか、両者の選択は全く事業者の自由とされていると言わねばならない。
 しかるに、現在政府が行っている転嫁に関する諸施策は、あたかも転嫁が事業者の法的義務とされるかのごとき立場に立っていると言わねばならない。そうとすれば、事業者は、国民の一人として、「法律の規定なくして国法上の義務を負担することはない」とする憲法の法治主義の原理からみて、違法な負担を迫られているものと言わざるを得ない。
 そこで、右の観点から、政府に対し、転嫁に関し、以下のとおり質問する。

二 政府に対する質問

1 政府は、事業者が、自己に課税された消費税を、次の事業者もしくは最終の消費者に対し、転嫁すべき法律上の義務を負っていると考えるか。
2 仮に、右の点につき積極に解するのであれば、その法律上の根拠は何であるか。
3 仮に、右の点につき消極に解するのであれば、政府ないし行政機関による次のごとき施策は、いかなる法的根拠に基づいて行われかつ合法とされるのか。

第一 納税義務免除業者が、その旨の表示(当該事業者が消費税を消費者に負担させない趣旨を表した表示)をなすことは相当でない旨の公正取引委員会の見解(昭和六十三年十二月二十七日、公正取引委員会による税額転嫁に関する手引書=ガイドライン)並びにこの見解に従った政府の行政指導
第二 東京都をはじめとする全国の地方自治体が、消費税を消費者に負担させず(すなわち消費税を転嫁せず)に、財政上の措置によってこれを納付するとの方針に対する政府の否定的行政指導
第三 政府が事業者団体等における消費税法解説・説明会において、転嫁が事業者の法的義務であるかのごとく実施している行政指導

第二点 消費税制下において消費者が支出する負担金の性質について

一 問題の所在

 わが国においても、従前より、個別間接税が実施されている。この個別間接税制の下においても、消費者が支出を余儀なくされる負担金の性質がいかなるものであるかは、重大な問題であったといえる。
 しかし、個別間接税制である限りにおいて、課税対象が限定されているため社会的影響が少なかったし、また、それ以上に、国民は消費すると否との自由を保有しているが故に、「消費なければ負担なし」の原則に従い消費しないことによって負担から自由であり得た。そのため、負担金の法的性質についても、格別の検討がなされなかったと考えられる。
 しかし、今回の消費税法は、従前の個別間接税と全く異質なものである。すなわち、同法によれば、極めて僅少の例外を除き、すべての国民に対し、国民生活の全領域にわたり、すべての消費・すべての役務の提供に消費税が課されることとなっている。
 従って、国民は、個別間接税制の下におけると異なり「消費なければ負担なし」などという立場に立つことは不可能の状態に置かれることとなった。すなわち、国民は、生存を維持するためのすべての生活資料の購入に対し負担金の支出を余儀なくされる法的状態に置かれることとなったのである。
 今般の消費税法によって、国民は、負担金の支払をなすか否かの自由を全面的に喪失することとなった。この国民の受ける不利益は、質問第一点において述べた消費税の転嫁が、事業者にとって法的義務であるか否かとは無関係の問題である。何故なら、事業者にとって転嫁が法的義務であるならばより一層明確に、それが法的義務でないと認められた場合であっても事業者が転嫁を意図する限りにおいて必然的に、負担金の支出を強制されるからである。
 かかる事態の下において、すべての国民が支出を余儀なくされる負担金について、その法的性質、換言すれば、かかる負担を課すことの法令上の根拠が明確にされなければならない。
 何故なら、国民は、財産権を侵されない憲法上の権利を保有しているのであるから、明確な法律の根拠なしに、負担金の支出強制によって財産を喪失せしめられるいわれはないからである。
 そこで、右の観点から、政府に対し、負担金の性質に関し、以下のとおり質問をする。

二 政府に対する質問

1 政府は、消費税法により、消費者である国民のすべてが、生存を維持する限りにおいて、事実上負担金の支出を強制されることとなる状態(国民が負担すると否との自由意思を喪失せしめられる状態)に在ることを承認するか。
2 政府は、消費者たる国民が、消費に際し、事業者に支出することを法的に強制される負担金が、いかなる法的性質の金銭支出であると考えているか。
 特に、右負担金が(イ)租税であるのか、(ロ)租税以外の公的賦課金であるのか、(ハ)事業者が納税義務者として国に納付すべきことを条件として、消費者たる国民が事業者に対し支払うべき公的負担金であるのか、(ニ)国が消費税法に基づき、事業者に対し、消費者たる国民から領得することを特に認めた事業者の取得金であるのか、否か、を各別に摘示した上で、負担金の法的性質を明示されたい。
3 仮に、政府が消費者たる国民の強制負担金につき右の(ニ)もしくはこれに類似する法的性質を有するものであるとしている場合、政府は、特定の国民(事業者)が特定の国民(消費者)から財産を強制的に領得することを容認する法律は、憲法第十四条(法の下の平等)・第二十九条(財産権の保障)・第十三条(個人の尊重)の規定に違反するとは考えないのか。
 もし、違憲でないと考えるのであれば、合憲であることの理由を詳述されたい。

第三点 納税義務免除事業者の徴収金について

一 問題の所在

 消費税法第九条によれば、小規模事業者は消費税の納付義務を免除されている。
 右規定によれば、小規模事業者は、消費税を納税する義務を負っていないのであるから、消費者から、課税資産の譲渡に際し、消費税を徴収すべき立場にないと考えられる。何故なら、消費者に転嫁するべき消費税(自己が納税すべきものとされる消費税)が存在しないからである。
 右のような理論と、小規模事業者が仕入れにおいて負担した消費税の処理を如何にすべきかという問題とは別個の問題である。
 小規模事業者は、仕入れにおいて負担した消費税を、譲渡代金に加算して消費者から領収することにより、加不足のない通常の事業を営むことができるのであって、この範囲を超えて消費者から金銭を受領するいわれはまったく存しない(この仕入れにかかる消費税額の譲渡代金への加算は、いわゆる消費税の転嫁の概念とは異なる概念である。確かに、取引の前段階における消費税を、最終の消費者たる国民が実質的に負担するという意味においては、直前事業者の消費税が中間省略の形式で消費者に転嫁されているが、これはいわゆる転嫁の概念とは別個である。)。
 ところで、政府は、納税義務を免除されている小規模事業者に対しても、消費者たる国民に消費税を転嫁し得るとの前提の下に、種々の行政指導を行っている。そこで、右の観点から、政府に対し、右業者の徴収金の法的性質に関し、以下のとおり質問する。

二 政府に対する質問

1 政府は、納税義務免除事業者が、課税資産の譲渡等につき、消費者から、課税標準につき三%に相当する金銭(徴収金という)の交付を受けることができると考えるか。
2 仮に、右につき、積極と考えるのであれば、

(1) その法的根拠は、いかなる法規のいかなる規定に基づくものであるのか。
(2) 右事業者が消費者たる国民から交付される徴収金は、いかなる法的性質を有する金銭か。
 特に、右徴収金は、(イ)租税であるのか、(ロ)租税以外の公的賦課金であるのか、(ハ)事業者が納税義務者として国に納付すべきことを条件として、消費者たる国民が事業者に対し支払うべき公的負担金であるのか、(ニ)国が消費税法に基づき、事業者が消費者たる国民から領得することを特に認めた事業者の取得金であるのか、否か、を各別に摘示した上で、徴収金の法的性質を明示されたい。

3 右徴収金は、右事業者にとって自己の所得であるのか。

(1) 所得であるとすれば、それはいかなる名目による所得であり、また、この所得は所得税ないし法人税法上の課税所得となるのか。
(2) 所得でないとすれば、それは、何人の所有の客体であるのか。また、事業者は、いかなる法的根拠によって右徴収金を保有するのか。

4 政府は、国家が、一方の国民(消費者たる国民)から他方の国民(小規模事業者)に対し、法律上の何の対価関係もなしに金銭授受を強制することは、憲法第十四条(法の下の平等)に違反するとは考えないのか。
 仮に、違反しないと考えるのであれば、その合理的根拠を詳細に説明されたい。

第四点 限界控除・簡易課税について

一 問題の所在

 消費税法によれば、限界控除(第四十条)及び簡易課税(第三十七条)の制度が規定されている。
 右の両制度とも、特定の事業者に対し、消費者たる国民から消費税として交付を受けた金銭のうち、特定部分について、納税義務を免除するものである(特定の計算方式により、本来事業者が消費税として消費者から交付を受けた金額に比し、より少額の金額を消費税額とみなすことにより、残留部分の金額の納税義務を免除するものである)。
 右両制度の下において、消費者たる国民は、法的強制の下に、消費税(ないしその転嫁による負担)として、右金銭を事業者に支出したものである。消費者たる国民は、事業者の所得(利得)となる金銭を、生活必需品の購入に際し、事業者に支出・交付したものではない(本来国民は、事業者の所得となる金銭の支出を法律上強制さるべき義務を、国法上何ら負っていない)。
 納税の便宜その他如何なる事由によるとしても、国家が、法律ないしその適用の場面において、特定の国民の利得のために、特定の国民に負担を強制することは、憲法第十四条、第二十九条に違反することであって許されないところである。
 そこで、右の観点から、政府に対し、事業者の下にある残留金に関し、以下のとおり質問する。

二 政府に対する質問

1 政府は、右事業者の下に残留する金銭が右事業者にとっての所得であると考えるか。

(1) 所得であるとすれば、それはいかなる名目による所得であり、また、この所得は所得税ないし法人税法上の課税所得となるのか。
(2) 所得でないとすれば、それは何人の所有の客体であるのか。また、事業者は、いかなる法的根拠によって右残留金を保有するのか。

2 政府は、国家が一方の国民(消費者たる国民)から他方の国民(右両制度の事業者)に対し、法律上の何の対価関係もなしに金銭授受を強制することは憲法第十四条(法の下の平等)に違反するとは考えないのか。
 仮に、違反しないと考えるのであれば、その合理的根拠を詳細に説明されたい。

第五点 消費者たる国民の消費税法上の地位について

一 問題の所在

 講学上、租税法律関係の当事者は、租税債権者(国もしくは地方公共団体)及び租税債務者(納税義務者)とされ、間接税における実質的租税負担者(担税者)は、当事者たる地位を認められていない。
 しかし、右のような理論は、間接税が個別的・特殊的間接税である限りにおいては妥当するが、一般的・普遍的間接税の場面においては当然には妥当せず、何らかの修正がなされるべきものと考えられる。
 今般の消費税のごとく、国民のすべての者を担税者となし、国民生活の全領域にわたる消費・役務の提供を課税対象とし、しかも、その年間税収額が国家予算における年歳入総額の一割に近い莫大な金額となるような事態の下において、担税者たる国民が、消費税法律関係の当事者ないし準当事者的地位を付与されることなく、右法律関係と無関係のまま放置されたままであるという事態は、租税法律主義の原則からみて甚だしく妥当性を欠くものである。
 その上、今般の消費税法が、前述のとおり、納税義務免除事業者、限界控除事業者及び簡易課税事業者なる憲法違反的制度を創設し、年間消費税額の一割に近い金額を右事業者に不当に利得させるなどの反憲法的事態の発生を企図している状況下において、担税者たる国民に、右消費税法律関係における準当事者的地位を承認することは、国民主権原理・租税法律主義原理からみて、当然の帰結と言うべきである。
 右のような観点に立って、担税者たる国民には、自己が負担することを強制される金銭支出につき、国税当局に対し、本来納税義務者に認められているあらゆる不服申立権が認められるべきである。
 それにもかかわらず、なお国が担税者たる国民に何らの法的地位を承認せず、他方において、租税制度の便宜のために、右のような残留金の諸制度を創設・維持するのであれば、消費税の実質的負担者たる国民は、事業者の下に残留した支出金につき、返還を請求する権利を有すると考えなければならない。
 さらに、右のような不当利得返還請求が、法律上の原因に基づく事業者の利得と構成された結果として法的に不能であるとするならば、消費税を負担した国民は、その負担金中、事業者の下に残留した金額と同額の金銭につき、国に対し、損害賠償請求することが認められなければならない。何故なら、誤った国法の定立ないし国法の執行によって、担税した国民は、憲法の保障する財産権を強制的に侵奪されたものであり、しかも、国民のその損害発生の原因が国にあることは明らかであるからである。
 そこで、右の観点から、政府に対し、担税者たる国民の地位に関し、以下のとおり質問する。

二 政府に対する質問

1 政府は、消費税の担税者たる国民が、消費税法律関係において、いかなる権利を保有する法的地位にあると考えるか。
2 仮に、右において、いかなる法的地位も認められないとするのであれば、政府は、消費税法が憲法の規定する国民主権原理・租税法律主義に違反するとは考えないのか。
 仮に、合憲であると考えるのであれば、その合理的根拠を詳細に説明されたい。
3 政府は、右残留金を負担した国民が、残留金を保有する事業者に対し、「消費税名目の支払金が実際には消費税として納税されず、事業者の下に残留し、その所得となっている状況は、消費者たる国民の損失において、法律上の理由がなく、事業者が不当に利得したものである」とする不当利得返還請求権が成立すると考えるか。
 仮に、右につき消極であるとするならば、不当利得返還請求権が成立しない法的根拠を、詳細に説明されたい。
4 政府は、右不当利得返還請求権につき消極である場合、残留金を負担した消費者たる国民が、国に対し、国法の定立ないしその執行における国の過誤に基づく損害として、残留金に相当する金額につき、損害賠償請求をなし得ると考えるか。
 仮に、右につき消極であるとするならば、損害賠償請求権が成立しない法的根拠を、詳細に説明されたい。

  右質問する。