質問主意書

第110回国会(臨時会)

質問主意書


質問第六号

治山事業における用地・立木等の補償に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和六十二年十一月十一日

下田 京子   


       参議院議長 藤田 正明 殿


   治山事業における用地・立木等の補償に関する質問主意書

 治山事業を含め、公共事業の実施に当たつては「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」等によつて用地費・補償費が補償されることになつている。これは、憲法第二十九条第一項「財産権は、これを侵してはならない」、同第三項「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」に照らして当然のことである。
 ところが、治山事業の場合この原則が踏みにじられ、林地については補償対象から除外され、中小山林所有者の無償提供が強要されている。例えば、今年四月に起きた山林火災に伴つて福島県東白川郡塙町・鮫川村で実施されている災害関連緊急治山事業・復旧治山事業では、谷止工・底固工用地及び作業道用地に対する補償、さらにこれらの用地における立木の伐採補償が補助対象から排除されており、町村が単独で用地費・補償費を支出しているのが実態である。特に鮫川村の場合は、治山ダム用地二千七百六十五平方メートルを百七十九万円で買収しているが、これは、同村で行われている治山事業国庫補助千七百七十七万円の一割を越えるものである。
 これは、国土保全等森林の公益的機能の維持・増進にとつて重要な役割を果たしている治山事業の公共的性格に照らしても、また、被災者の窮状を考えても、到底納得できるものではない。
 憲法第二十九条の原則に立ち返つて治山事業における林地補償の不当な取扱いをやめ、せめて他の公共事業並みの補償を行うべきである。以上の観点から、治山事業における用地・立木等の補償について以下質問する。

一 治山事業における林地に対する損失補償の取扱いについて

 治山事業のうち、森林法に基づく保安施設事業は水源のかん養や、土砂の流出・崩壊、水害などを防ぐために行われる森林の造成・維持のための事業であり、事業の実施に当たつて農林水産大臣が指定する保安施設地区の土地の所有者等は事業の実施を拒んではならないという受忍義務が課されている。その見返りとして森林法第四十五条第二項では「国又は都道府県は、その行つた……行為により損失を受けた関係人に対し、通常生ずべき損失を補償しなければならない」ことを定め、細目は林野庁長官通達に規定されている(「民有林直轄治山事業等損失補償取扱要綱」及び「民有林直轄治山事業等に伴う損失補償基準」に準じて補助治山事業の損失補償が行われることになつている)。
 この「損失補償取扱要綱」第三条には、(1)作業道等の用地、(2)えん堤工、土留工等の用地、(3)これら工作物の築設によつて新たに堆砂敷地になる用地等に対しては「通常生ずべき損失を補償する」ことが明記されている。また、同じく林野庁長官の通達である「治山事業設計書作成要領」の「積算書の内容」には、これら損失補償を積算すべきことが明示されており、用地費・補償費も国の補助金の対象となつていることは全く明らかである。
 ところが、先の「損失補償取扱要綱」第三条では、えん堤工、土留工等の用地及びこれら工作物の築設によつて新たに堆砂敷地になる用地等のうち、宅地や農地については損失補償を行うが、林地(山林)については損失補償の対象にしないこととされている。その根拠となつているのが、例えば同「要綱」第三条第二項の「宅地、農地その他これに類する土地にえん堤工、土留工、水路工等の工作物を築設する場合における当該工作物の敷地……に供する土地等」を補償対象とするという表現である。つまり、「宅地、農地その他これに類する土地」には林地は含まないというのが林野庁の解釈である。その論拠とされているのは、「補助治山事業が民有林の荒廃を防ぐことによつて山林所有者の利益になるのだから林地を無償提供するのは当然だ」というものである。
 治山事業が森林所有者の利益になることを否定するものではないが、同時に、治山事業が下流域の災害予防など、すぐれて公共的な性格を持つていることは、例えば復旧治山事業の採択基準が「現に下流域に被害を与え、又は被害を与える恐れがあつて、流域保全上重要なもの及び公共の利益に密接な関係を有し、民生安定上放置しがたいもの」と規定されていることからも明白である。それにもかかわらず林地を補償対象から除いているのは、結局のところ、関係地権者の権利を侵害してでも治山事業予算を抑制することが目的だと考えざるを得ない。
そこで伺いたい。

1 治山事業における損失補償対象から林地を排除していることは、憲法第二十九条第三項の規定に反しているとは考えないか。
2 また、このことは森林法第四十五条第二項の損失補償規定に反するとは考えないか。農林水産事務次官等を顧問とする「農林法規研究委員会」が編集・執筆した『農林法規解説全集』の解説によれば、森林法第四十五条第二項は「森林所有者等は、水源のかん養及び災害の防備という公共目的のために……受忍義務が課されるのであるが、事業の実施行為等により生じた損失に対しては、憲法第二九条第三項の趣旨に従い、『正当な補償』がなされる」と解釈されている。この損失補償の対象の大部分は当然のことながら林地であるが、この解説によつても補償対象から林地を除くなどという解釈が出てくる余地はない。それでも森林法第四十五条第二項の損失補償規定に反しないと強弁するのか。
3 損失補償の対象から林地を除くという林野庁の歪んだ解釈・運用は、同一通達の中に矛盾を生まざるを得ない。先にあげた「民有林直轄治山事業等損失補償取扱要綱」では「宅地、農地その他これに類する土地」との表現で山林・林地が除かれるとされているが、その細目を定めた「民有林直轄治山事業等に伴う損失補償基準」第八条では、(1)宅地(2)農地(3)山林(4)その他の土地ごとに土地取得補償の前提となる「正常な取引価格」の算定方法を定めている。また、同「損失補償基準」の「運用方針」では、第二で(1)宅地(2)農地(3)山林(4)準宅地(5)その他の土地ごとの正常な取引価格算定の細目が定められ、第十一で(1)宅地、準宅地及び農地(2)山林及びその他の土地の借り賃の基準が定められている。このように「損失補償基準」及び「運用方針」では山林・林地は損失補償対象から排除されるどころか、宅地・農地などと並んで林地の損失補償額算定の細目が定められているのである。この矛盾をどう説明されるのか。
4 以上のように、憲法、森林法に反し、さらに同一通達内部でも矛盾に満ちた「民有林直轄治山事業等損失補償取扱要綱」第三条の規定を見直し、公共用地として取得・使用する林地を正当な補償の対象とするべきと考えるがどうか。

二 砂防事業等類似事業における損失補償の取扱いについて

 先に指摘した治山事業の損失補償対象から林地を除くことの不当性は、類似した事業である砂防・治水事業における用地費・補償費の取扱いと比較しても明らかである。
 砂防・治水事業などにおいては「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」によつて、不十分とはいえ、林地も含めて損失補償が行われている。福島県内で行われてきた砂防事業を例にとると、昭和五十三年度から六十二年度の十カ年で総事業費に占める用地費の割合は二・九%~四・三%となつており、山林はその大部分を占めている。例えば、先にあげた塙町・鮫川村に隣接する棚倉町で五十九年に実施された空沢ダムの場合、補償された用地三千三十平方メートルはすべて山林である。治山事業のように山林を除くなどということはない。だからこそ、当初、鮫川村は砂防事業で災害復旧を行うことを希望し、そのための先行取得としてダム建設用地を買収したのである。
 そこで伺いたい。

1 同じ公共事業である砂防事業において行われている山林・林地に対する損失補償が治山事業で行われていないのはなぜか。治山事業は公共事業ではないとでも言うつもりなのか。
2 目的、規模等が違うとはいえ、治山事業と砂防事業は類似した事業であり、農林・建設両省及びその前身省庁の間で事業の調整がしばしば行われてきたこと、また、「治山及び砂防事業を有機的に関連せしめて強力に推進する」(治山治水基本対策要綱、昭和二十八年十月十六日)ための努力が払われてきたことは歴史的にみても明らかである(大正二年四月十六日付内一八四通牒、昭和四年十二月六日付発土八五通牒、昭和三十八年十二月七日付三八林野治一八一一通達など)。
 したがつて、砂防事業のうち、治山事業と重複する部分が多い土砂流出防止、山地・渓流の荒廃防止のための事業を一体のものとして総合的に実施する必要があると考えるがどうか。また、その場合、当然のことながら、用地費・補償費等の取扱いに差をつけるべきではないと考えるがどうか。

三 その他

1 先にあげた塙町・鮫川村における災害関連緊急治山・復旧治山事業では、林地補償ばかりか山林火災で焼けたことを理由に立木補償も行われていない。しかし、現場では焼け残つた木を多数伐採しながら治山工事を進めているのが実態であり、塙町は町単独で立木補償費約六十万円を計上している。こういう実態に即して立木補償を直ちに行うよう県を指導するとともに、国の補助金等でカバーすべきではないか。
2 また、鮫川村のダム用地先行取得については、交付金対象にすべきであると考えるがどうか。
3 臨調「行革」路線のもとで、復旧治山事業に対する国庫補助金は従来の三分の二から、昭和六十年度に六〇%に、六十一年度に五五%に、さらに今年度からは五二・五%に連続して引き下げられてきた。これによつて都道府県の負担は一五%近く増え、財政を大きく圧迫している。治山事業の公共的性格からいつて、補助率引下げをやめ、五十九年度以前の三分の二補助に戻すべきであると考えるがどうか。

  右質問する。