質問主意書

第104回国会(常会)

質問主意書


質問第五三号

「明石海峡架橋」計画に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和六十一年五月二十二日

安武 洋子   


       参議院議長 木村 睦男 殿


   「明石海峡架橋」計画に関する質問主意書

 「明石海峡架橋」の本年度着工の政府決定に基づき、建設省と本州四国連絡橋公団(以下、公団という。)は、四月八日、明石海峡大橋など神戸、鳴門間の最終ルートを発表し、四月二十六日には「起工式」までおこなつた。
 本計画に対しては、かねてより「壮大なムダ使いのおそれ」をはじめ、採算性、環境や景観の破壊、漁業被害、関係住民の生活や権利の侵害などさまざまな問題点が指摘され、未解決の問題も多く残されている。
 にもかかわらず、政府が財界の意をうけて貿易摩擦解消のための「内需拡大」の目玉と称し、強引に「見切り発車」させたことは、きわめて重大である。
 かかる事態に対し、私は、四月九日、公団に対し着工の中止と計画の根本的再検討を申し入れてきたところであるが、その後の建設省、公団の強引な促進状況をふまえ、以下具体的に質問する。

一 計画推進にあたつての民主的ルールの軽視について

(一) 政府及び公団は、四月二十六日に「起工式」を強行した。
 しかし、本州側については工事実施計画の認可申請すら未提出で、法律上「工事開始」の段階には全くなつていない。
 公団が、実施計画認可路線と称している舞子海岸以南の部分でも、肝心の橋本体についての重大な設計変更があつたわけで、当然、建設大臣に対し変更申請をするべきものである。となれば、今回の発表路線の大半は未認可区間なのである。もちろん、神戸側での都市計画決定の手続なども全然開始されていないままの「起工式」であつた。
 予算審議に当然必要な計画細目なども、「予算がとおつてからしか発表できない」と、公然と国会無視の態度をとつてきた。
 関係住民への説明も、神戸側については、神戸市と住民の協議の場である「明石架橋対策協議会」に、公団が出席する形をとり、淡路側では、そのようなものすら今日に至るもされていない。すなわち、政府・公団が責任をもつた住民への説明は、ほとんどなされていないのである。
 このような実態であるにもかかわらず、「起工式」という名称を使つて、あたかも、計画が正規に確定したかのような錯覚をふりまき、既成事実を積み上げてしまおうというやりかたは許されるものではない。
 「祝賀会」に招待された明石架橋対策協議会の住民側代表の大半が欠席して、不同意の意思を表明したのは、当然の帰結である。
 政府及び公団は、このようなルール無視を直ちに改め、既成事実化をやめて、いつたん計画を凍結し、根本的な再検討をするべきであると考えるがどうか。
(二) 一九七六年度政府予算で「一ルート三橋」として、大鳴門橋の建設が開始された当時、政府は、同年一月三十日の衆議院予算委員会におけるわが党の不破哲三委員長の質疑に対して、「あくまで大鳴門橋は単独の地域開発構想で明石とつなぐ計画ではない」と答弁して計画全体の問題についての追及を避け、大鳴門橋だけならなぜ鉄道(それも新幹線規格の)橋の併設になるのかなどの疑問に対し、まつたくつじつまのあわない答弁に終始していたのである。実際には、本州とつなぐルートとしての計画を強行したわけであるが、そうだとすれば当時の政府答弁は、ごまかしであつたのかどうか、明確な答弁を求める。
 さらに、政府・公団や関連機関は、関連道路などの計画については「小出し」のやりかたをとつており、この点でも既成事実の積み重ね路線である。
 計画を全面的に発表して関係住民の民主的検討を保障するべきではないか。

二 計画の大企業奉仕ぶりについて

(一) 今日の深刻な円高不況の打開に政府が全く無策であることへの批判は、ますます高まつている。その国内的原因は、自動車産業など大企業が、国際経済秩序を無視した集中豪雨的輸出をすすめた結果である。競争力強化を口実に、これらの大企業は、一層の人減らし、下請いじめを行い、巨額の利潤蓄積をすすめている。
 政府は、「架橋」によつて内需拡大を図るとしているが、真に内需を拡大し、貿易摩擦解消、円高不況を解決するためには、大幅減税や所得の引上げ、生活関連公共投資重点への転換など、中小企業、農業、労働者のくらしに役立つ施策を緊急にとるべきであると考えるがどうか。
(二) 橋脚間隔約二キロメートルなどの条件から「明石海峡大橋」は、技術的にも、いわゆるトップメーカーでないと受注できない。
 現にいま建設中の児島・坂出ルートの場合、昭和八十五年度までの工事費約八千億円のうち、地元企業への発注は、元請、下請合わせてわずか二・五%、金額にして約二百億円にすぎない。大鳴門橋の工事発注の約九割は資本金一億円以上の大企業で占められている。
 たとえ中小企業に仕事がまわるとしても、それをあてこんで多くの業者が地元にのりこんでくることも十分予想される。結果として地元業者は、現在以上の激しい競争に見舞われるし、工事が終われば一層深刻な不況に陥るおそれがある。
 ところが公団は、「経済効果」試算なるものを発表して、あたかも多くの産業界に多大な効果があるかのような宣伝をおこなつている。しかし、その根拠を質したところ、建設費総額から用地買収費を差し引いたものに産業連関表の建設部門生産誘発係数を掛けただけという全くざつぱくなものであることが明らかとなつた。このような「試算」ではなく、さきにのべたような本四連絡道の既工事部分での事実をこそ直視し、いたずらに幻想をふりまくことをやめ、本計画による地元経済や雇用への影響を科学的に明らかにして国民の判断を求めるべきであると考えるがどうか。
 すなわち、「明石海峡大橋」では、地元中小企業への発注率、発注額及び地元からの雇用を何名と予測しているのか、正確に明らかにされたい。
(三) 架橋促進の側から盛んに、本州、淡路、四国経済の「相互依存効果」というものが宣伝されているが、その実際は、より強力な本土資本に淡路、四国の地元市場が食い荒らされることでしかない。
 既に、大鳴門橋の開通後淡路島には四国のより強力な業者がどんどん進出して、地元業者の経営を危機においやつている。最初は土木・建設業界が目立つたがその後、小売業、運送業、写真のDPEなどにまで影響がでている。
 最近、淡路の輸送事業共同組合が実施した「淡路開拓ビジョン調査」によれば、橋に期待する業者は、わずか六・九%で、七十五・九%は期待できないとの回答をしている。
 ホテル、旅館業界でもあいつぐ島外の大手資本による大型ホテル建設計画の登場は、地元に深刻な不安を与えている。
 こうした状況は四国側でも同じで、「明石大橋開通後に、阪神経済圏との競争にうち勝とうと思つたら、今からよほど構えて、経営体質を強化しておかねば」というのが架橋促進の行政関係者をも含めての共通の予測である。
 政府は架橋開通にともない、淡路島への島外資本進出の予測はおこなつているのか。
 もし、おこなつておれば、その詳細な予測結果を明らかにされたい。また、おこなつていない場合は、直ちに実施すべきであると考えるがどうか。

三 採算性、利便性について

(一) 事業費の「三十年償還計画」は、過大な通行量予測を前提にしている。関門海峡トンネルよりも多い通行量予測が前提になつているが、これにはどんな根拠があるのか明らかにされたい。
(二) 大鳴門橋の場合も当初計画を大きく上回る建設費と工期を費やしたが、公団及び建設省に質しても「三十年償還はできる」との結論を述べるだけで批判に耐えるだけの根拠を示そうとしない。この際、その根拠を明確にされたい。
(三) 公団側は、明石架橋の採算性は、実際にはとれないのではないか。それにもかかわらず、この不可能な「採算性」を大義名分に、補償要求の抑制、環境破壊、安全性軽視、公団職員への「合理化」押しつけ、といつた無理なコスト軽減策や、さらに高い通行料金などをもたらすおそれも指摘せざるをえない。「明石架橋」の「採算性」が実際あるというのなら、その根拠を明確に示されたい。
 さらに、本・四ルートが将来すべて開通した場合、明石架橋の採算性にどのような影響をおよぼすと予測されているのか、あわせて明確に示されたい。
(四) 大鳴門橋(普通車片道一、八〇〇円)の例からしても、「明石大橋」の通行料が数千円を下らないことは想定できる。フェリーより高い通行料金で、果たしてどれだけの淡路住民、四国住民の「足」になりうるか大いに疑問である。ましてや、現在最も明石に近い淡路町の住民にとつて、連絡船の減便も重なれば、とんでもない不便が強いられるのである。
 すなわち、淡路町民が「橋」を利用して明石に渡るためには、いつたん数キロメートル洲本側に行つて淡路縦貫道にはいり、数千円の通行料金を支払つて「橋」を渡り、「垂水ジャンクション」からもうひとつの有料道路にはいつてようやく明石に到着となる。
 このことは、単なる想像ではなく、現に因島では因島大橋の開通後フェリー航路が廃止され、遠まわりで高い料金負担を強いられているのである。公団・建設省は、「便益算定試算」にあたつての「便益単価」の公表は拒否しているが、それは結局、公団・建設省も真に住民の足になりうるものとの見通しはもつていない証拠ではないか。回答を求める。

四 「架橋」のもたらす被害について

(一) 「明石大橋」を新しい観光資源とする意見もあり、確かに、大鳴門橋の場合でも開通後の鳴門市の観光客は、前年同月比で数割増しになつているが、それも急速にダウンしており、いつまでも持続するブームではない。しかも、これらの観光客の多くは“便利”になつたため鳴門市で宿泊せず素通りしてしまうと地元の人はなげいている。また、同じ本四連絡橋のなかで、当初計画図には「白鳥が羽を広げたような美しさ」と宣伝しておきながら、できあがつた橋のケーブルステイは黒色塗装で、住民の批判に対しては、「当初設計の通りになるものではない。この方が海上の条件では強い塗料だ。」と居直つている実例すらある。しかも自然景観破壊の悪しき波及効果というべきか、洲本市での「洲本八景」のひとつである景勝地を埋め立てる臨海開発事業の着手など、本計画の凍結解除以来、淡路島では乱開発がつぎつぎ浮上してきている。
 また、本州側でいえば、孫中山ゆかりの移情閣や松林で有名な舞子公園を覆うようなアンカレイジと橋本体で瀬戸内海国立公園の貴重な景観が徹底して損なわれることになる。「架橋」がもたらす自然景観への被害は甚大なものである。政府はこのような事実を容認されるのかどうか、回答を求める。
(二) 公団が発表した環境問題の見解では、具体的な根拠を全く示さずに「問題なし」との「結論」を示している。しかも陸上部での環境アセスメントの実施についてすら、今のところ明言をさけ、海上部に至つては、すでに決定済の計画の実施にすぎないとの「論理」でアセスメント不要論をふりまいている。
 しかし、公害に対する規制緩和がすすめられつつある最近の情勢のもとですら、NOxが深刻な実態であることが指摘されている。勾配百分の三の坂を大型トラック(最高四十四トンのトレーラー)や大型バスが登つていくことになる。NOxは大型車のディーゼルエンジンからの排出が最も大きいことはいうまでもない。また騒音についても、長大橋での低周波振動の影響が考えられるが、この低周波振動についての人体等への影響と防止に関する研究はまだ不十分な段階である。したがつて、発生しても防止のしようがないのが現実ではないか。所見を問う。
(三) 海の環境への影響では、約七十メートル×四十メートル、深さ五十メートルの橋脚台二基と約九十メートル×七十メートルのアンカレイジ二基、そして数ヘクタール以上の作業基地の建設等が、明石海峡の「海」自体の環境に大きな影響があることはいうまでもない。明石海峡は、瀬戸内海の海水変換、生態系の活動条件ののどもとに位置しているから、この海域での環境破壊は瀬戸内海全体に波及しかねないのである。最近、宍道湖の淡水化計画の環境アセスメントに島根県当局すら疑問をなげかけたように、「規制緩和の時代」に事業主体が実施するアセスメントすら拒否する政府・公団の態度は、全く許すことができない。十三年前の計画というが径間距離が大幅にひろがり、また鉄道併用橋計画から道路単独橋への変更などきわめて大きな設計変更にもかかわらず、今日の段階での環境保全にかかわる施策を無視しようとすることは、いかなる意味でも合理化できるものではない。全面的で科学的な環境影響評価を実施し、しかも、そのデータ等基礎資料と評価方式を公開し、国民的検討にゆだねるべきである。政府の回答を求める。
(四) 児島・坂出ルートの場合、瀬戸内海漁業の一つの重要拠点がほとんど潰滅するほど深刻な影響がでている。
 政府・公団が漁業への影響調査もまともに実施しないままに工事を強行していることへの不安と不満から、半数の漁協が「起工祝賀会」への出席を拒否したことを真剣に受けとめ、国民の食糧の自給率を高めることを前提に、漁民の信頼が得られるような誠意ある態度で臨み、科学的で、全面的な漁業への影響調査をするべきである。政府の見解を求める。
(五) 立ち退き問題は重大である。聖マリアの園幼稚園の関係者が短期間のうちに五千名をこえる署名を添えて立ち退き反対を要求している。また、舞子の住宅地としての良好な環境など立ち退いたら済む問題ではないとの住民の声も当然である。まして、立ち退きでもなく、何の保障もなく、環境の悪化だけをこうむり、しかも商売にも深刻な影響がある住民の不安はきわめて大きい。これらの住民が公団の不誠実な態度に抗議してさまざまな反対運動をすすめているのは当然である。
 政府及び公団は、このような住民の声をどのように受けとめているのか伺いたい。
(六) 政府及び公団は、これらの住民の不信を取り除く努力をするどころか、用地買収その他住民との交渉を地元自治体に委託することとしている。しかし、本来、自治体は地方自治の本旨にのつとり、公団の代理としてでなく、住民の意思と要求を代表して政府・公団に対処すべきものである。従つて、地元自治体を公団の代理とするようなことは、やめるべきであると考えるがどうか。

  右質問する。