質問主意書

第100回国会(臨時会)

質問主意書


質問第三号

輸入自由化攻勢下の肉用牛生産振興に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十八年九月三十日

下田 京子   
安武 洋子   


       参議院議長 木村 睦男 殿


   輸入自由化攻勢下の肉用牛生産振興に関する質問主意書

 我が国の肉用牛生産は、米、みかん、牛乳、鶏卵等、農畜産物の「過剰」が広がる中で、唯一とも言える増産対象部門であり、耕種農業や農山村地域の農家経営の安定にとつて大きな役割を持つている。
 また、我が国の畜産業が、「加工畜産」といわれる飼料の海外依存体制の中にあつて、野草等の未利用資源の有効活用も含め、土地に結びついた畜産の発展という点からも、肉用牛生産の振興は、重要な意義を持つている。
 ところが、昨年来、米国の牛肉輸入自由化の圧力が強まる中で、和子牛価格等の低落がつづき、飼料等生産資材価格の値上りもあつて繁殖牛経営の収益性が急速に悪化し、このままでは、肉用牛の資源上も重大な事態となりかねない。
 よつて、肉用牛生産の土台である繁殖牛経営の危機を打開するとともに、牛肉供給体制の安定を図るため、政府の具体的な対策について、以下質問する。

一 肉用子牛価格の低落対策について

1 肉用子牛価格は、和子牛一頭当たり平均価格で、一九八二年二月に三十万円台を割つて以来、本年七月、二十一万九千円と、大幅な低落が長期につづいている。
 この根本原因は、米国の執ような牛肉輸入自由化攻勢と、それに対する政府の姿勢のあいまいさが、肉用牛生産の将来不安を招き、農家の増産意欲を失わせている点にあると考えるが、政府はどのように分析しているのか。

2 政府は、肉用子牛価格安定制度による生産者補給金の交付によつて、繁殖牛経営が基本的に守られているとしているが、この肉用子牛価格安定制度に関連して尋ねたい。

(1) 政府の生産費調査(一九八二年度)で、和子牛一頭当たり第一次生産費が三十九万八千八百七円という中で、補給金交付の基準となる保証基準価格は、二十九万二千円(黒毛和種全国平均)であり、これではとうてい生産費をつぐなう水準とはいえないと考えるがどうか。
(2) 一九八二年度の交付金の交付総額は百十七億円にも及んでおり、本年度も、このままでは昨年度以上の交付額が見込まれ、交付準備金の不足という事態も生じかねない。例えば、福島県の場合、一九八二年度の交付額が約三億三千万円で、一九八三年度事業計画の交付予定額は、二億二千五百万円でしかない。この点政府はどう対応するのか。また、交付準備金の大幅な減少に対し、一九八四年度以降どのような方針で積み増しを行うのか。

3 政府は、子牛の需要拡大策として、肥育素牛導入や繁殖経営の規模拡大のため農業近代化資金や農林漁業金融公庫資金等の積極的活用を推進し、新たに雌子牛購入飼養奨励金等の交付を実施するとしている。
 しかし、今日の肉用牛経営は、全国農協中央会の畜産農家の負債状況調査(一九八一年一二月末現在)によると、畜産負債額が畜産販売額の一・五倍をこえる「Dランク層」の農家割合が、酪農二十七%、養豚二十六%に対して肉用牛が四十四%で、中でも繁殖牛経営は六十七%が「Dランク層」という、極めて深刻な事態にある。しかもその後の長びく価格低落で事態は一層悪化しており、このままで規模拡大が進むという状況ではない。
 政府は、一九八二年度、肉畜経営改善資金の貸付けで、負債対策を行つたが、これは貸付対象が、繁殖牛経営全体の三%程度にすぎない「十頭以上規模」の農家に限定され、極めて不十分な内容である。従つて、子牛価格の低落という新たな事態に即応して肉用牛経営の負債状況を調査し、特別の負債対策を講ずべきと考えるがどうか。

4 配合飼料価格について全国農業協同組合連合会は、十月中に値上げする意向を表明してるが、畜産農家への重大な影響を考慮し、極力値上げの抑制を図り、少なくとも配合飼料安定基金の補てん等で農家の負担とならぬよう措置すべきと考えるがどうか。

二 米国の輸入自由化攻勢について

1 米国側は、先日の日米交渉の際、牛肉について現行枠の六十%を毎年ふやすことを要求したと伝えられている。これは、「自由化時期の明示」要求と合わせて、事実上の自由化要求に等しいものであり、「一歩前進」などと断じて評価できるものではないと考えるがどうか。
 そもそも、世界で最大の牛肉輸入国である米国が、自国の肉用牛生産保護のため、発動すればガット違反となる食肉輸入法による牛肉の輸入制限措置をそのままにして、日本に対しては自由化を要求してくるというのは、あまりにも身勝手そのものである。この点、政府はどう考えるのか。

2 米国の市場開放要求に呼応するかの様に、財界からの農産物輸入自由化要求が一段と強まつている。経団連は、去る九月二十日の「食品工業政策提言」につづいて、同月二十七日、「自由貿易体制の維持、強化に関する見解と提言」で、「牛肉・オレンジなどの残存輸入制限品目を期間を定めて完全自由化をめざして努力せよ。」と政府に申し入れている。
 こうした財界の要求は、なによりも自らが、自動車や電気などの工業製品の輸出攻勢で激化させてきた貿易摩擦を、大企業の利益を守りながら回避するために、その犠牲を農業に押しつけようとするものであり、農業団体が「暴論である」と強く反発しているのは当然である。そこで、次の点について尋ねたい。

(1) 中曽根首相は、先の所信表明演説における基本政策の第一の柱の一つとして、「自由貿易体制の維持、拡大」をかかげているが、財界の「自由貿易体制の維持、強化」の要求と基本方向で一致するのか。もし、違うというなら、具体的にどう違うのか。
(2) 日米農産物交渉が重大な段階にある中で、「自由化しない。」というのが政府の方針ならば、社会的にも影響の大きい財界の「自由化提言」に対して、明確な反論をすべきと考えるがどうか。
(3) さらに、財界や一部の研究者から、牛肉自由化の見返り措置として、「不足払い制度」の提言がなされている。かつての大豆の例が示している様に、自由化を前提とした不足払い制度によつては、国内肉用牛生産の発展はあり得ないと考えるがどうか。

3 肉用牛生産が日本農業を支えている重大な柱であると同時に、消費者にとつても、牛肉の世界貿易量が極めて狭小かつ国際価格の乱高下も大きい中で、牛肉の供給体制の安定化を図る基本は、牛肉の自給率を向上させることである。
 従つて、政府のいう「国内で不足する分を輸入する。」という輸入政策の原則を貫くとするならば、米国との来年四月以降の牛肉輸入枠交渉にあたつては、まずなによりも、一九八四年度以降の牛肉の需要と、国内生産計画を明確にすべきと考えるがどうか。
 我が国肉用牛の積極的な増産をすすめる立場からは、これ以上の牛肉の輸入枠拡大はすべきでないと考えるがどうか。

  右質問する。