質問主意書

第94回国会(常会)

質問主意書


質問第一七号

振動病対策に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十六年五月二十日

市川 正一   


       参議院議長 徳永 正利 殿


   振動病対策に関する質問主意書

 周知のように、林業労働者に多発している振動病は、「循環障害」、「骨・関接障害」、「神経系障害」が重複して発生するとともに、全身症状として疲労、不眠、消化器障害などを併発し、放置すれば労働能力がうしなわれ、廃人同様の状態にまで症状が進行する深刻な職業病である。
 これまで政府は、林業労働者の切実な要求とねばり強い運動の結果、国としての措置を講じてはきたが、依然として事態は深刻である。たとえば、これまで林業関係で約五千人が振動病として労災認定され、労働災害保険の給付を受けてきた。しかし、いまだ職業病として認定されず、苦痛な状態におかれている潜在患者は約六万人にのぼるといわれている。もちろん、職業病としての認定を受けても「いたみ」や「しびれ」、血液循環の悪化等々によつて、その苦しみはかわらない。なかには治療に絶望し、自殺においこまれた労働者すらでており、その深刻さは言語に絶するものがある。
 ところが最近になつて労働省は、昨年十一月の全国労働基準局長会議で「林業関係の労災保険収支の実情と問題点」と題する部内文書を配布し、事実上の“振動病かくし”をさえ、はかろうとしている。たとえば同文書によると、労災保険財政の「悪化傾向は、振動病患者の増大と軌を一にしており」、「現在の悪化傾向をそのまま伸ばし、かつ、行政上何らの方策をも実施しないものとの仮定に基づくものであることに留意する必要はあるが、このまま進むと、労災保険制度の根幹を破壊しかねない状況にたち至る怖れなしとしない」と述べるとともに、京都、和歌山等の地域で、「この高い給付水準のもとで、ゆがめられた保険給付が拡大する事態については、厳正に対処していかなければならない。不適正な給付の蔓延は……勤労を尊ぶ健全な常識をゆさぶり崩す危険をはらんでいる。」、「補償面のゆがみについては……問題事項の適正化のために、医師等の協力を得ながら一致してたゆまぬ努力をつくすこととしたい」としている。さらに、労災保険料負担についても、業種間でそれぞれ独立採算的になつているため、現在のような補償給付を続けてゆくなら、保険料の負担は「単純計算でも約三・五倍の料率の設定が必要となる」、「もし、このような保険料率が林業において課された場合には、林業経営の基盤すらも極めて危うくするものであつて」、「安易な保険給付を行うことは許されない」としている。
 これは、結局のところ、振動病患者の切りすてか、それとも保険料の三・五倍化か、を事業主に迫るとともに、あたかも振動病患者の大半が不正受給者であるかのように印象づけ、振動病多発の責任をも林業労働者になすりつけるものといわなければならない。そして、現に各地で、休業補償の一方的削減や患者の私生活調査という事態まで生じている。
 もちろん、労災保険収支が悪化していることは否定しない。しかし、そのことを理由に、振動病患者を切りすてることがゆるされないことも、また自明である。
 そこで、以下、質問する。

一 そもそも林業労働者に振動病が多発してきたのは、林野庁が振動障害がないことを事前に十分確認しないまま、昭和二十八年にチェンソーを率先して導入し、有効な予防対策を講じてこなかつたことに端を発しており、その責任は国にある。このことは、昭和五十二年七月二十八日の高知地裁判決でも明らかであり、まずなによりも国としての責任をこそ明確にすべきではないか。

二 労災保険収支の悪化を理由に、振動病認定基準を後退させるべきではないと思うがどうか。

三 約六万人といわれる潜在患者についても、職業病としての認定など、必要な救済措置を講ずべきと思うがどうか。

四 労働省の「昭和五十六年度労働基準行政運営方針」によれば、「職業性疾病の迅速かつ適正な認定については、本年度においても、引き続きその推進を図るものとする」としているが、これは林業労働者の振動病認定についても同様か。
 また、これまで労災保険給付申請から認定まで、おおむね一カ月を目途にしてきたが、最近たとえば高知県本山営林署や埼玉県の秩父労働基準監督署などにおいては、一年以上もかかるケースが増えており、なかには一年八カ月もかかつているケースもある。これは明らかに「迅速な」認定に反するのではないか。また、なぜ長期化しているのか、調査し、その理由を明らかにされたい。

五 さらに、最近の傾向として、主治医の意見を変更させるために、鑑別診断の名をかりた医師の“たらいまわし”のケースも目立つている。いうまでもなく鑑別診断は、昭和五十二年五月二十八日付労働省労働基準局補償課長名でだされた「振動障害の認定基準の運用上の留意点等について」でも明らかなように、正当な理由によらない鑑別診断の強要・命令はゆるされないはずである。
 ところが、たとえば山形県鶴岡労働基準監督署や神奈川県相模原労働基準監督署などにおいては、正当な理由なく鑑別診断を要求し、医師の“たらいまわし”がおこなわれている。この点について調査し回答を求めるとともに、いかなる場合に鑑別診断命令をだすのか、その基準を明確にされたい。

  右質問する。