質問主意書

第87回国会(常会)

質問主意書


質問第一三号

成田空港二期用地に係る権利取得裁決などを千葉県収用委員会が行わないことにある合法性・正当性に関する再質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十四年四月十六日

秦 豊   


       参議院議長 安井 謙 殿


   成田空港二期用地に係る権利取得裁決などを千葉県収用委員会が行わないことにある合法性・正当性に関する再質問主意書

 昨年五月に強行された成田空港の暫定開港後も現在に至るまで、千葉県収用委員会は同空港二期用地内の未収用地について権利取得裁決などを行わず、また行おうとさえしていない。しかし、この不作為には合法性・正当性があるのではないかとして、これを大平正芳首相に質したところ、答弁書(内閣参質八七第六号)の送付を受けた。御答弁にはなお内容不明確・根拠不十分な点が残されていると判断されたので、再度、大平首相の御見解を賜りたい。

一 千葉県収用委員会の土地収用法第七十一条の規定による収用価格(土地に対する補償金の額)の決定と地方自治法第二条第十五項・同条第十六項との法律上の関係について

(1) 千葉県収用委員会が、その権限を行使するに当たつて、土地収用法第七十一条をはじめ、同法その他の法令の規定を遵守すべきことは当然であるとの御答弁であるが、理由が明示されていない。一般的・常識的・通念的に当然であるのか、それとも、何か特定の法律上の根拠があつてのことか。あるならば、それは何か。
(2) 地方自治法第二条第十五項は、何のためにわざわざ制定された条文か。その存在意義は何か。
(3) 千葉県収用委員会の権限の行使と地方自治法第二条第十五項は、どのような関係にあるのか。関係を規定する法律上の根拠とともに明らかにされたい。
(4) 千葉県収用委員会が犯した違法裁決は地方自治法第二条第十六項により無効ではないかとの問いには、御答弁がないが、御答弁を回避された理由は何か。
(5) 地方自治法第二条第十六項は、何のためにわざわざ制定された条文か。その存在意義は何か。
(6) 千葉県収用委員会の犯した違法裁決は、地方自治法第二条第十六項により無効であるとしてはいけない理由があれば、それほどのような法律上の根拠に基づくのか。

二 千葉県収用委員会の憲法第二十九条第三項による収用価格の決定と憲法第九十九条・同第九十八条第一項との憲法上の関係について

(1) 千葉県収用委員会が、その権限を行使するに当たつて、憲法を遵守すべきことは当然のことであるとの御答弁であるが、理由が明示されていない。一般的・通念的・常識的に当然であるのか、それとも、何か特定の憲法上の根拠があつてのことか。あるならば、それは何か。
(2) 憲法第九十九条の存在意義は何か。憲法尊重擁護の義務を定めた憲法第九十九条が憲法に欠けていたら、国家統治にどのような影響が出るか。
(3) 憲法第九十九条では、何故、憲法尊重擁護の義務を、とりわけ、天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員にのみ課しているのか。
(4) 千葉県収用委員会及び同事務局の全構成メンバーは、右にいうその他の公務員に含まれているのではないのか。含まれていないのであれば、その根拠は何か。
(5) 千葉県収用委員会が、その権限を行使するに当たつて、憲法を遵守すべきことが当然のことであれば、千葉県収用委員会がその権限を憲法に違反して行使してはならないのも当然ではないのか。
(6) 千葉県収用委員会が犯した違憲裁決は憲法第九十八条第一項により無効ではないかの問いには、明確な御答弁がないが、御答弁を回避された理由は何か。
(7) 憲法第九十八条第一項の存在意義は何か。憲法の最高法規性を定めた憲法第九十八条第一項が憲法に欠けていたら、国家統治にどのような影響が出るのか。
(8) 千葉県収用委員会の犯した違憲裁決は、憲法第九十八条第一項により無効であるとしてはいけない理由があれば、それはどのような憲法上の根拠に基づくものか。

三 大審院及び最高裁判所の憲法判例として定着している概念規定の外延性と行政行為について

(1) 御答弁では、当該補償について訴えの提起があつた場合に、最高裁判所が当該補償が正当な補償に当たるか否かを決定する権限を有することは、憲法第二十九条第三項及び同第八十一条の規定からして当然であると、また最高裁判所判例として具体的に指摘した倉吉事件(昭和四十六年(オ)一四六号)については、当該判決に係る事案に関し、昭和四十二年法律第七十四号による土地収用法の改正前の同法第七十二条の規定によつて補償すべき相当な価格について、最高裁判所の見解が述べられているものであると述べ、いずれも司法判断における概念規定の個別効力性を御主張のように判断される。司法判断には、結論はともかくとして、結論形成の論理・論拠に現われた個々の概念規定にも、当該事案ごとの個別効力しかなく、外延性は全くないというのが御答弁の趣旨なのか。
(2) つまり、最高裁判所の判示の中で、憲法上の特定の法概念、例えば正当な補償について明確な普遍的定義がなされたとしても、この概念規定の適用については、当該事件のみであつて、行政行為としては独自の概念解釈を行い得るということなのか。とすれば、その根拠は何か。
(3) 例えば、現行土地収用法に係る事件で最高裁判所が憲法第二十九条第三項の正当な補償たる収用価格は、裁決時価格であると判示したとしても、その事件以外の行政行為一般としては、あくまでも、事業認定時価格の裁決時における物価修正値でよしとして、現行法による収用手続がその後もひきつづき行われてしまうのか。
(4) ところで、司法判断は行政行為にとつてどのような意義をもつているのか。その根拠は何か。
(5) 建設省計画局総務課編「土地収用法実務提要」第二巻には、判例編として大審院や最高裁判所など各級裁判所の判例が、前記倉吉事件の判例を含め類々と掲載されているが、これは何のためか。実務家がどのように参考にすべきであるというのか。
(6) 右において、判例とは判決の先例という意味か、その他どのような意味なのか。
(7) そして前記倉吉事件に係る最高裁判所の判決が、何故、判例として分類掲載されたのか。
(8) (5)において、大審院や最高裁判所の判例にある個々の概念規定は、外延性をもつものとして行政行為を規定するとしていたからではないのか。
(9) 損失補償に関して同一の概念規定が繰り返し引用され、明らかに判決の先例として機能していた大審院の判例について、御答弁では、あえて判決例という表現をとつている理由は何か。判決の先例たる判例というべきではなかつたのか。
(10) 渡辺剛男法務省訟務局行政訟務第一課長らは、成田空港事業認定処分等取消請求事件(昭和四十五年(行ウ)四八号等)において、被告建設大臣の指定代理人であつた当時、昭和五十二年五月四日付の千葉地方裁判所による仮処分決定書を、航空法第四十九条第一項の規制が憲法第二十九条に違反しないとした判例が存在することの証拠として提出しているが、

(イ) 右にいう判例とは、判決の先例という意味か、その他どのような意味か。
(ロ) 千葉地方裁判所が審訊や口頭弁論ぬきで行つた判示が、判決の先例たり得るのであれば、その理由を示されたい。
(ハ) そもそも仮処分決定は判決なのか。

四 憲法第二十九条第三項に規定する正当な補償に対する有権解釈について

(1) 土地収用法第七十一条の規定によつて算定される補償金の額は、正当な補償であるとの御答弁であるが、例えば、収用価格が近傍類地価格(近傍において同等の代替地を得るに足りる金額)の三分の一以下になつても、この収用価格は正当な補償であるという趣旨なのか。
(2) 公共用地審議会の昭和三十七年三月の答申を受け、同年六月に閣議決定された公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和四十二年十二月の改正前のもの)は、公共用地の取得に係る正当な補償に関する有権解釈ではないのか。そうでなければ、正当な補償との関係を明らかにされたい。
(3) 建設大臣官房審議官小林忠雄編「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の解説」には、「同要綱全体を貫く思想は、あくまで客観主義、合理主義に立脚したものであつて、近時の公共用地の取得難から生じる補償についての考え方の混乱を憲法第二十九条第三項に基づく土地収用法の補償の原則に則つてスッキリ整理統一し、任意買収たると強制収用たるとを問わず、合理的に補償問題を割り切つて行くうんぬん」とあるが、憲法第二十九条第三項に基づく土地収用法の補償原則とは、正当な補償のことではないのか。
(4) 同要綱第八条では、憲法第二十九条第三項を受けて、要するに近傍類地価格を土地の正常な取引価格の算定基準としていたのではないのか。
(5) 右において、何故、近傍類地価格が選ばれたのか。
(6) 近傍類地の選択については、当該事業が行われなかつたとしたときに、その位置・品質等が類する土地を起業地となる地区以外近傍に選ぶべきなのか、その他どのように選択すべきなのか。
(7) 前記倉吉事件に係り最高裁判所が判示した如く、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償ということは、現行土地収用法第七十一条の補償規定とは両立し得ない概念規定ではないのか。
(8) 最高裁判所判例解説民事編・昭和四十八年)の中で、現行土地収用法第七十一条の制定目的は、右最高裁判所の判示の如き解釈を否定することにあつた旨述べられているが、このことに誤りはないか。
(9) 前記倉吉事件の最高裁判所判決は、当該事件を媒介にしているにせよ、土地収用法第七十一条・同第七十二条(昭和四十二年の改正前のもの)こそが、正当な補償の要件をみたし、合憲であるとしたと解してよいのではないのか。そう解すべきでない理由があれば、それは何か。
(10) 土地収用法における損失の補償は、特定の公益上の必要な事業のために土地が収用される場合、その収用によつて当該土地の所有者等が被る特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであるという見解は妥当か。これを不合理とするなら、その理由は何か。
(11) 土地収用の場合における損失補償は、完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償であることを要すると解するのが通説であり、異論のないところであろうと前記最高裁判所判例解説では、同じく論述されているが、これは土地収用に係る正当な補償についての妥当な見解ではないのか。不合理とするなら、その理由を示されたい。
(12) 現行土地収用法で当該土地所有権が被収用者から起業者へ移転する時期は、事業認定告示の時期ではなく、収用委員会によつて裁決された同法第四十八条第一項第三号にいう権利取得の時期ではないのか。
(13) 現行土地収用法では所有権移転の時期が、事業認定告示の時期ではないのであるから、収用価格を事業認定告示時の近傍類地価格の物価修正値とするという同法第七十一条では、所有権の侵害が生ずるのではないか。
(14) 憲法第二十九条第三項が被収用者に課しているのは、公共のための収用、例えば土地所有権の強制移転を受忍する義務だけであつて、収用に伴い財産権の一部といえど没収される事態は、財産権不可侵を定めた同条第一項からして容認されないのではないのか。
(15) 御答弁で明らかにされた少なからずある大審院の「判決例」で収用価格を収用時期における収用地の価格によつて決定すべきとした合理的根拠・理由は何か。この理由と財産権不可侵を定めた大日本帝国憲法第二十七条第一項との関係も示されたい。
(16) 右にいう収用時期における収用地の価格は、収用時期までに将来の開発利益(損失)により値上(下)りした価格を折り込んだものではないのか。とするならば、その理由は何か。
(17) 前記最高裁判所判例解説では、土地開発が行われることが明らかとなつた場合、そのため裁決時までに将来の開発利益(損失)を折り込んで値上(下)りした価格は、被収用者に帰属するとするのが通説判例である旨同じく解説されているが、これは土地収用一般に係る正当な補償として妥当な見解ではないのか。不合理とするならば、その理由を示されたい。
(18) ところで、収用価格が近傍類地価格の三分の一になれば、収用に伴い近傍に被収用地と同等の代替地を被収用地の三分の一しか求められず、被収用地の三分の二が無償で没収されることになるのではないのか。
(19) 右は憲法第二十九条第一項に違反するのではないのか。その理由は何か。

五 千葉県収用委員会は、土地収用法第四十七条の規定により当該申請を却下する場合を除き、収用の裁決をしなければならないとの御答弁について

(1) 千葉県収用委員会は、その権限を行使するに当たつて、憲法を遵守すべきことは当然のことであるとの御答弁であるが、千葉県収用委員会は、憲法を遵守せんとするに当たり、当該権限の行使が憲法に適合するか否かを判断する独自の権限をもつているのか。
(2) 右において、例えば、建設省の憲法判断に従うべきとするなら、その法令上の根拠を示されたい。
(3) 土地収用法第百二十九条は、収用委員会の裁決に不服があるものは、建設大臣に対して審査請求をすることができると定めているが、これは建設大臣が千葉県収用委員会に対して、行政不服審査法第五条第一項第一号にいう上級庁であり、したがつて、千葉県収用委員会は、その職権の行使に当たり建設大臣の指揮監督を受けなければならないということか。

(4) 憲法第九十九条、地方自治法第百三十八条の二及び土地収用法第五十一条第二項について

(イ) 千葉県収用委員会がその職権を行使するに当たり、これらの条項は、千葉県収用委員会の委員一人ひとりが自らの良心にのみ従い独立して憲法や法令について判断すべきことを規定しているのではないのか。
(ロ) つまり、これらの条項は、収用権行使に差別的発動や恣意的適用がありやの憲法判断、従つて、収用権の行使に乱用がありやの憲法判断、また土地収用法に形式的に従つて裁決することが憲法に抵触するや否やの憲法判断を、同じく千葉県収用委員会に課しているのではないのか。

(5) 御答弁にいわれる土地収用法第四十七条は、千葉県収用委員会が土地収用法に形式的に従つて裁決を行えば、憲法違反の事態発生、例えば、収用権の乱用を追認しこれに加担することになるとか、正当な補償を実現できないとかの違憲判断を独自に行つた場合でも、なお、千葉県収用委員会に収用の裁決を行うべき義務を課していると解すべきなのか。
(6) 本質問六号とほぼ同趣旨の質問に対し、千葉県収用委員会事務局長が寄せた回答(千収委第三八号、昭和五十四年二月十五日)では、成田空港二期用地内未収用地の裁決については、収用の適否を含め対処する旨述べられているが、千葉県収用委員会では、すでに二期用地の裁決に係る問題が、法律次元から憲法次元へと転移していると解すべきではないのか。

六 小泉よねさんに対する代執行について

(1) 右代執行が行われた理由を問うたのに対し、代執行に至る法手続について御答弁されているが、「何故」という設問を「どのような手続により」とすりかえて御答弁された理由は何か。
(2) 千葉県収用委員会の昭和四十六年六月十二日付け緊急裁決に基づく明渡義務を履行しない者には、小泉よねさん以外にも小川明治さん(墓地)、藤崎恒次さん(宅地、農地等)、いわゆる平和の塔などがあり、後三者について実際に明渡義務が完了した時期が、それぞれ昭和四十七年一月、同八月及び同十一月であるにも係わらず、何故、前年九月に小泉よねさんは右代執行により生活の場・生存の場から追い出されねばならなかつたのか。
(3) 航空燃料暫定輸送の実施、あるいは現下の本格パイプライン建設に係る沿線の住民やこれと一体となつた地方自治体には、ゴネ得を容認し、開港の遅延を容認し、あるいは航空燃料の十全な確保の遅延を容認し、小泉よねさんには、明渡の遅延も容認しなかつた理由は何か。

(4) 昭和四十六年六月十二日付緊急裁決に係る起業者空港公団による緊急裁決申立書について

(イ) 公共用地の取得に関する特別措置法施行規則第四条で規定される緊急裁決申立書の様式で、記載事項の第四号として「緊急裁決を申し立てる理由」を記載すべきとした理由は何か。
(ロ) 「緊急裁決を申し立てる理由」の記載のない緊急裁決申立書について、これを千葉県収用委員会が受理するのは、誠実な法令の執行とはいえないのではないか。
(ハ) 小泉よねさんに対する代執行を導いた右緊急裁決申立書に記載されているはずの「緊急裁決を申し立てる理由」の全文を示されたい。

  右質問する。