質問主意書

第87回国会(常会)

質問主意書


質問第八号

憲法第三十二条と昭和四十二年改正土地収用法に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和五十四年三月二十九日

秦 豊   


       参議院議長 安井 謙 殿


   憲法第三十二条と昭和四十二年改正土地収用法に関する質問主意書

 現行土地収用法を生み出した昭和四十二年の全面的ともいえる改正は、起業利益の帰属の適正化による投資効率の確保、そして補償価格の公平化による用地取得の円滑迅速化をうたつて行われたが、この改正では補償価格の決定手続の是非にのみ目をうばわれ、論議が集中した結果、必然的に収用権付与の法適合性については、アプリオリに当然の前提とされてしまつていたようである。
 収用委員会の裁決時における近傍類地価格(近傍において同等の代替地を取得するを得るに足りる金額)とされていた土地に係る収用価格(権利取得価格)を、収用権を発生させた事業認定時における近傍類地価格の裁決時における物価修正値と変更した土地収用法第七十一条による補償規定は、収用委員会における裁決が遅延すればする程、したがつて、収用が遅延すればする程、被収用者にとつて近傍に同等の代替地を取得することをますます困難ならしめ、これにより「ゴネ得」の可能性を排除し、もつて改正の趣旨を実現することにあつたようである。
 しかし、収用の是非を争う、つまり、収用権付与の法適合性を争う被収用者に対し、このような補償条件を課し、「ゴネ得」扱いすることは、憲法第三十二条にいう裁判請求権の侵害をもたらすことになると思料される。行政訴訟というものが、訴えの利益を有する原告適格者の権利救済を第一義的な目的とするとしても、行政行為の法適合性を裁判所に審査させることにより、法による公正な行政を保障することを併せもつていた筈である。そして、司法による行政権行使の審査は、三権分立を是とする現行憲法秩序下において、公共の福祉実現にとつてきわめて重大な意義をもつものであつた筈である。
 改正土地収用法では、収用委員会の裁決遅延による補償欠落(近傍に同等の代替地を得難くなること)に対処するため新たに導入された補償金の支払請求権を、例えば、事業認定の直後に行使させ、これにより事業認定時に事業認定時の価格が支払われるという時価支払の原則が保たれ、時価支払が保障されれば、被収用者は周辺地所有者と同等の地位に立つことができ、それゆえ周辺地との均衡が保たれるのであるから、裁決時価格の制度を改めるにあたり、最大の論点であつた周辺地とのバランス論は、この支払請求権によつて克服でき、収用に係る正当な補償を保障できるとしている。
 しかし、これは収用を是、またはやむを得ず是とする被収用者にのみ通用する論拠でしかなく、このような被収用者については、通常、収用手続によらず任意協議で用地売買が成立し、つまり、支払請求権など無意味であり、一方、収用をあくまでも否として法廷で争う被収用者には通用し得ない論拠ではないのか。
 そこで、昭和四十二年改正土地収用法には国家統治の根幹をゆるがす問題を内包していると思料されるが故に、以下、大平正芳首相の御見解を賜りたい。

一 現行憲法では、立法、行政、司法と三権を分立する国家統治方式が採用されているが、これは国家統治を直接能動的に行わんとする行政を、国民の総意を反映させるべく、立法による民主的コントロール下におき、一方、国民一人ひとりの基本的人権が保障されるように司法によるコントロール下におき、もつて適正な行政の確保を図つたものと思料されるが、司法による行政のコントロールについて、次により理由を付して説明されたい。

(1) 現行憲法秩序下で、司法による行政のコントロール(行政訴訟)は、どのような意義をもつものなのか。
(2) 右において、適正なコントロールが不可能となれば、どのような事態が招来されることになるのか。
(3) 行政訴訟は、行政行為による基本的人権の侵害の回復のみに意義があるのか。
(4) 憲法第九十七条は、行政訴訟において、どのような意義を有しているか。
(5) 憲法第十二条は、行政行為による基本的人権の侵害に対し、これを回復すべき責務を当該国民一人ひとりに課していると解してよいのか。
(6) 行政不服審査法第一条にある趣旨とは異なり、行政事件訴訟法第一条にある趣旨は、行政事件訴訟の意義・目的を明らかにしていない。行政事件訴訟の目的とするところは何か。
(7) 行政事件訴訟法を所管する省庁はどこか。局部課のレベルまで明らかにされたい。

二 行政訴訟における当事者公平の原則について、次により理由を付して説明されたい。

(1) 当事者公平の原則は、民事訴訟における基本理念ではないのか。
(2) 当事者公平の原則は、行政事件訴訟法第七条により、行政訴訟にも適用されるのではないのか。
(3) 行政訴訟の原告に対し、訴訟上の地位の不安定と不利益を強いる訴訟形式は、民事訴訟法上許されない不適法なものではないのか。
(4) 昭和四十五年三月二十五日付で判決の出た土地収用裁決取消請求事件(松江地裁昭和三十九年(行ウ)第一号)で、予備的請求の被告とされた国が、主観的予備的併合による訴訟形式は、被告国の訴訟上の地位を著しく不安定ならしめるものであつて、民事訴訟法上許されない不適法なものであると主張したことがあるか。あるとすれば、国ともあろうものが、そのような泣言的主張をなした理由は何か。

三 土地収用法第七十一条の補償規定を合憲化すべく導入された補償金の支払請求権について、次により理由を付して説明されたい。

(1) 昭和四十二年改正土地収用法では、補償金の支払請求権が創設(同法第四十六条の二から四まで及び第九十条の二から三まで)されているが、これは同法第七十一条による補償金算定方式の変更に伴う土地所有者等の保護規定の根幹をなすものとして導入されたものなのか。
(2) 補償金の支払請求権が導入されていなければ、補償金の算定方式を変更した土地収用法第七十一条は、憲法第二十九条第三項にいう正当な補償を実現し得ない違憲条項となるとされていたのか。
(3) 補償金の支払請求権の創設により土地収用法第七十一条が合憲化し得るとするならば、その根拠は何か。
(4) 右において、収用に反対し行政訴訟で係争する被収用者については、どのように考えられていたのか。
(5) 補償金の支払請求権は、現実の土地収用事件(土地収用法によるもの)でどのように運用され、どのような効果を現実にあげているのか、最近の事例で説明されたい。
(6) 昭和四十二年改正土地収用法のキャスティングボートとして創設された補償金の支払請求権であつてみれば、現実の運用状況、効果については、建設省により精力的な追跡調査が行われていると思料される。建設省による「国土建設の現況」では、土地収用法の運用状況の中で、過去十年間の年度毎の事業認定件数、裁決申請件数及び裁決件数を表示しているが、これら裁決申請件数及び裁決件数に占める補償金の支払請求件数をそれぞれ示されたい。

四 土地収用法第四十八条にいう権利取得裁決が行われるべき時期に課せられた期限について、次により理由を付して説明されたい。

(1) 権利取得裁決の申請期限を事業認定後一年間と限定した根拠は何か。例えば、何故二年間ではいけないのか。
(2) 右において、創設された補償金の支払請求権の存在は、どのように位置づけられていたか。
(3) 土地収用法第四十七条の三による明渡裁決の申立ての期限を事業認定後四年間と限定した根拠は何か。例えば、何故八年間ではいけないのか。
(4) 都市計画法による都市計画事業では、事業認定時とみなされる時期が、権利取得裁決の申請が行われない場合、一年毎に更新され、もつて、事業認定時価格が一年毎に時価修正される方式をとつた根拠は何か。
(5) 権利取得裁決の申請に期限を設け、また補償金の支払請求権を創設して土地収用法第七十一条の補償規定の合憲化を図つていると思料されるが、補償金の支払請求がなされない場合でも、合憲であるべき裁決の時期にはおのずから限界があるのではないのか。
(6) 右において、補償金の支払請求がなされない権利取得裁決が事業認定後十年近く放置された上、または収用価格が近傍類地価格の三分の一以下に下落した後で権利取得裁決を行うのは、収用委員会による権利取得裁決権の乱用ではないのか。

五 土地収用法第七十一条の補償規定は、憲法第三十二条による裁判請求権の侵害をもたらすということについて、次により理由を付して説明されたい。

(1) 土地収用法第七十一条は、収用委員会による権利取得裁決の時期が遅延すればする程、開発利益を発生させる事業においては、被収用者にとつて近傍に同等の代替地の取得をますます困難ならしめる規定ではないのか。
(2) 開発利益が発生するについては、被収用者に一片の責任もないのではないのか。
(3) 被収用者が収用されるについては、被収用者に一片の責任もないのではないのか。
(4) 土地収用法第七十一条による補償規定の導入にあたり、収用を拒否して訴訟で争う被収用者の存在はどのように考慮されたか。
(5) 右において、収用に反対する者は全て「ゴネ得」をねらつていると判断した根拠は何か。
(6) 右において、収用の是非を争う訴訟の存在は認めないという前提だつたのか。
(7) 収用権付与の法適合性を争う被収用者に対し、土地収用法第七十一条にいう補償条件を課すことは、収用を非として提訴する被収用者たる原告に、「勝つてもともと、敗ければ夜逃げ」というような存在してはならない苛酷な条件を課すことにならないか。
(8) 右において、提訴自体がバクチ同然とならないか。
(9) 同じく、訴訟維持のための現実的な条件を欠落させることにならないか。
(10) 同じく、原告の訴訟上の地位を著しく不安定ならしめ、不利益を強いることにならないか。
(11) 同じく、民事訴訟法にいう当事者公平の原則に反する、反社会的不正義ではないのか。
(12) 同じく、実質的には司法拒絶という状態が生み出されないか。
(13) 同じく、憲法第三十二条にいう裁判請求権の侵害がもたらされるのではないのか。

六 昭和四十二年改正土地収用法に補償金の支払請求権が導入されたところで、憲法第三十二条にいう裁判請求権の侵害は回復されず、土地収用法第七十一条による補償規定を合憲化しないということについて、次により理由を付して説明されたい。

(1) 憲法第二十九条第三項は、国民一人ひとりに公共のために正当な補償の下で収用されることに受忍する義務を課しているだけであつて、収用される義務を課しているとはいえないのではないのか。
(2) 収用されることに受忍する義務を課しているということを前提として、収用の具体的、実務的手続を定めたのが、土地収用法ではなかつたのか。
(3) 収用される義務を課していないのであれば、収用を拒否して収用の是非を法廷で争うことを現行憲法秩序は容認しているのではないのか。
(4) 収用の是非を法廷で争わんとする被収用者に対し、収用を促進すべく間接強制(ペナルティ)を課すのは、不適法であり、現行憲法秩序の容認するところではないのではないのか。
(5) ペナルティは、もしそれを課するとすれば、法律上の要請など当然履行されて然るべき義務を行わない者に対してのみ加えられるのが、適法なのではないのか。
(6) 収用をあくまで否として法廷で争う被収用者にとつて、補償金の支払請求権は無意味であり、事実上無効ではないのか。
(7) 同じく法廷で争う被収用者をして、自ら進んで収用されたと同じ状態に、いいかえれば、訴訟に仮に敗訴したと同じ状態に身を置かせるのは、不適法であり、現行憲法秩序の容認するところではないのではないのか。
(8) 同じく法廷で争う被収用者が、収用の完成により既成事実が成熟し、定着するのに自ら加担し、そして事情判決(行政事件訴訟法第三十一条)により終局的に敗訴することを強いるのは、同法による行政チェックの機能を喪失させてしまうのではないのか。
(9) 建設大臣等による事業認定処分(収用権の付与)は、常に絶対に正しいといえるのか。
(10) 建設大臣の事業認定処分が、司法により取り消されたことはなかつたか。
(11) 以上要するに、補償金の支払請求権が創設されたところで、土地収用法第七十一条の補償規定を完全には合憲化し得ないのではないのか。

  右質問する。