質問主意書

第70回国会(臨時会)

質問主意書


質問第一号

原子力発電所の建設に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によつて提出する。

  昭和四十七年十月二十七日

杉山 善太郎      


       参議院議長 河野 謙三 殿



   原子力発電所の建設に関する質問主意書

一、原子力発電は、従来の水力・火力発電にくらべ、単にエネルギー源をおきかえるという簡単なものではない。すなわち、きわめて危険な放射性物質――一歩誤まれば、その被害は過去のどの災害よりも大きく、その影響は子々孫々に及ぶ公害である――を利用するという認識が基本となる。従つて、原子力の平和利用が許されるのは、軍事目的に利用しないというだけでなく、放射線の被害を国民に与えない保障が確立される場合に限るといわねばならない。

二、しかし、現実には、本年六月策定した政府の「原子力開発利用長期計画」によつても、原子力発電規模は、企業の高度成長を維持するためのものであつて、人間環境の視点からの開発計画に欠けている。
 また、立地条件を無視した大型化、集中化の推進によつて、安全性はもとより、環境汚染、温排水、廃棄物の処理による影響は、国民の安全と環境破壊を一層深刻にすることが予想される。

三、これらの情況のもとで、国民や科学者のなかでは、原子力発電の開発と安全性、その影響に疑問をもち、各地で必然的な反対運動が起きている。しかし、政府はこれらの疑問に答えることなく、対策や具体的なデータをも示さず正当な反対運動を無視、あるいは弾圧して、発電所の建設を強行している。
 新潟県においても、柏崎・巻両地区の建設予定地域で住民の反対運動が起きている
 また勤労県民は「新潟水俣病」に関して、当時政府が立入検査など厳重な予防措置を企業に対してとつたならば、被害を未然に防ぐことができたであろうという痛切な教訓をもつているだけに、政府の原子力行政に重大な関心をもち、建設反対の態度で臨んでいる。

四、従つて政府は、国民の安全と環境を守るために、すべての国民が納得するまで、原子力発電が安全であり環境を破壊しないという理由、根拠を明確に説明する当然の義務があると考える。
 よつて、さしあたり次の三点にわたり質問する。

一、安全性について

(一) わが国の発電炉は、ほとんどアメリカから輸入した軽水型であるが、最近アメリカの報道によれば、いわゆる軽水型炉の緊急冷却装置の欠陥問題およびこれに関連する「暫定基準」について、オークリッジ国立研究所や原子力委員会内部の少なくとも二十名以上の学者、研究者が、なお炉の安全性は確保できがたいと警告している。
 わが国では、本年八月新聞報道は「原子力発電が軒並みアウト、まともに動いているのは、原電敦賀と福島一号の二基」と当時の運転情況を報じた。その原電敦賀発電は、冷却材からコバルト60を排出し、燃料棒の破損、「保安基準」に達する放射性ガスの放出などで国民によく知られている。
 これらは原子炉において先進的とみられるアメリカにおいても、軽水型炉が試作の域を出ず、その安全性がまだ研究段階であるとともに、わが国の「開発」と安全性の水準を知る目安とみなければなるまい。
 しかし、わが国では、ようやく小規模の緊急冷却装置の実験を進める反面、中型炉の充分な安全実績を経ないままに、世界的にも稼動経験のない大型炉の建設を急いでいる。何故急ぐのか。その理由を明らかにせよ。
 このような「開発」と安全性に対する政府の態度は一般の良識にてらして、きわめて非科学的である。原子炉は冒頭ふれたように他の機械と異なり、人災を伴うことなく試行錯誤による改良ができがたい性格のものであるから、実物大による自主的な実験によつて実証的データを集め、安全をたしかめるのが最も確実である。その上で、はじめて実用化することによつて、社会の役に立ち、国民の安全にむすびつくと考えるのが科学的であるといわねばならぬ。
 政府は、現在稼動中の原子炉を一時運転中止し、建設中のものは建設を中止すべきである。中止するか、続行するかいずれか答えよ。
(二) 発電炉を建設する場合のわが国の立地条件の基準は、アメリカ、イギリスなどにくらべ、万一の事故発生を考慮する人口制限の距離を設けておらず、すべてを炉の安全性にもとめている。
 他方、政府、業界の試算によれば、電気出力約十五万キロワットの原子力発電炉内の、いわゆる死の灰が1/50大気に放出された場合には、被爆者七百二十名が死亡、二千九百名が障害を受け、約四百キロメートル四方は農業制限区域となり、損害額は三十七兆円としている。
 事故は予測できない原因で起こり、予測できない結果を生ずる。政府は万一事故が起きたときを想定して、個々の発電所の建設を許可するにあたつて、その地域の人的、物的損害をあらかじめ調査試算しているか。
 柏崎地区に予定されている発電所から万一放射性ガスが放出する事故が起きたと仮定して、どの程度の被害が生じるのか。計算方法を明示し、その計算結果を示せ。
 これは、万一の場合逃げるしかほかに方法のない住民の立場として、是非知りたいところであつて、政府にその説明ができないのであれば、「政府は万一の事故が起こつてもやむを得ない」という態度であると判断するがどうか。

二、温排水について

 原子力発電からは、百万キロワット(電気出力)当り、毎秒約七十トンの放射線を含む七度ないし八度Cの温排水が海に放出されるといわれる。この計算にたてば、現在計画中の柏崎原子力発電所は完成後毎秒七百トンの排水量となり、日本最大の水量をもつ新潟県阿賀野川(毎秒四百トン)をはるかに上回る。その上、若狭湾をはじめ日本海一帯に建設される発電所からの排出量を考えてみたとき、膨大な温排水が日本海に放出されることとなる。これは単に建設用地一帯の漁業権を補償すればことたりるものではなく、わが国だけでなく地球的規模の環境破壊につながる重大な問題を含んでいる。とりわけ、このために日本海の海象に変化が起こり、大量の霧の発生、沿岸一帯に異常豪雪雨などが起きると警告する識者もある。不幸にしてこの警告のとおりとなつた場合、日本海地方は、第一次産業はもとより、はかり知れない経済上、社会上、健康上の被害を受けることとなる。
 このような未知に対して政府は研究を進めているか。未着手であれば未着手と答え、研究中ならば中間報告をせよ。
 柏崎の場合の放出は、どんな影響を環境に与えるか。日本海に面して建設地および予定地のすべてからは、どんな複合した影響が出るか。

三、放射線の遺伝について

 政府は、わが国の原子力発電の排出ガスおよび排水に含まれる放射線は許容量以下であるから人体や環境に影響はないとしてきた。しかし実際には、たとえ微量であつても人体に何らかの影響があることは知られており、人体に受ける量が多ければ多いだけ、その影響も大きいとしなければならな、最近、大量に放出されているトリチュームが政府のいう放出許容量限度をはるかに下回る量であつても、染色体異常を起こすことが明らかとなつた。これは政府が根拠としているアメリカの基準や国際放射線防護委員会の勧告が絶対安全な基準でないことを明白にしたものである。また、クリプトン85の大量放出は世界的に問題となつている。それにもまして、広島、長崎の被爆者が現代医学をもつてしてもなお治療の方法が発見できず、遺伝の影響が二世代、三世代に及びつつあるきびしい現実に政府は目をふさいでいるが、被害は厳然たる事実である。
 政府は現在でも排出されている放射性ガス、排水が人体その他に影響がないといいきれるか。明確に答えよ。

 以上、さしあたり三点にわたる質問を行なうが、わが国の原子力開発、とりわけ原子力発電所の建設が各地で反対されているのは、平和利用にあたつて、自主、民主、公開の三原則と真の国際協力が政府の手によつて破られてきたことが根本的な理由である。そして平和利用の名のもとに、国民の生命健康を犠牲にして「開発」を進め今後も進めようとしている当然の帰結でもある。
 政府は率直にこのことを反省し、この質問に対する回答を通じて国民に明らかにするよう強く要求する。